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19話 犯した過ち 〃

 陽の手が冷たいことに気づいた僕は、直ぐに彼女に気分でも悪いのか尋ねた。けど、彼女は何でもないとの一点張りで、僕の疑問にNoを突き付けてくる。

 実際、彼女の足取りは確かであり、花火の時のように息切れもしていない。だから僕としても、それ以上追求する事は出来なかった。

 結局のところ、何故彼女の手が冷たくなったのか、僕には分からず、そして生まれた不安も消えることはない。

 

 その後、僕達は相も変わらず手を握りながら多くのアトラクションを回った。コースターに乗ってアトラクション内を回るやつから、ボートや列車に乗って森の中や園内を巡ったり、ガンシューティングや3D映像作品を見たりと、それこそ午前中だけでかなりの数のアトラクションを遊び尽くした。


 それが出来たのもひとえにジェットコースター関連の人気のあるアトラクションに並ばなかったからだ。

 最も、計算してスルーしたのではなく、陽の体の事を考えるとあまり負担のかかるものに、乗ることが出来なかったというだけのこと。

 陽はその事を申し訳なさそうに話してくれたが、僕にとっては、それくらいどうでもよかった。そもそも僕はジェットコースターがあまり好きではない。だから、陽は僕に遠慮する必要など本当はなかったんだ。


 寧ろ僕は陽に感謝したい気持ちだ。僕ひとりだったらここまで楽しむ事は出来なかった。やはり、幼馴染の彼女と一緒にいれる事は、普通な僕にとっては贅沢な事。

 けど、普通な僕がより望める事が出来るのだとしたら、見治と一緒に三人で来たかった。また、陽の変調の原因を探るなんて使命感を抱かず、ただ能天気に遊びまわりたかった。

 けど、それは出来ない話。僕は使命感と、そして陽の体調に気を付けることを最重要としたのだけれど、そのせいで楽しみきれていなかったのかもしれない。


 午前中多くのアトラクションを回った結果、腹が減った僕らはランチとして、ファストフードを主に提供しているお店に入った。

 入った店内は多くの人がいて、賑わっていたのだけれど、幸運なことに、まだ席には余裕があった。

 僕らはホットドッグとハンバーガー、及びドリンクをそれぞれ注文し、料理を受けると空いていたテーブルに座わる。

 そして僕らはそれぞれ頼んだ料理を食べたのだけれど、そんな中、唐突に前に座る陽が尋ねてきた。


「広、あまり楽しめてない?」


 食べかけのハンバーガーを包み紙の上に置いた彼女は、僕の顔を見つめてきた。ファストフード店という明るい店内とは裏腹に、この時の彼女の表情は、不安げなものとなっている。

 一方の僕はと言えば、多分豆鉄砲を食らった鳩のような、間抜けな顔になっていたと思う。ホットドックにかぶりつこうと、口を大きく開けた際に尋ねられた上、彼女のいう言葉に少なからず心あたりがあったから。

 

「えっと、どうしてそう思う」


 彼女と同じく、食べかけのホットドックを包み紙の上に置く。

 こうして一旦僕は、ホットドックではなく、向かいに座る陽と向き合うこととなった。


「だって、広どこか心ここにあらずというか、何か考え事をしていたみたいだから」


 瞳を細め尋ねてくる陽。そんな彼女に対し、僕は首を振った。無論自然な行動などではなく、意識しての行動だ。

 

「それは……昔を懐かしんでただけだよ。前に来たのは小学生の頃だから」

「けど、広が見てるのは昔というより、今みたいだった」


 譲らない陽。彼女は根は弱くない。寧ろ弱いのは僕の方だ。

 逸らすことなく陽は僕を見つめる。澄んだ、けど何処と無く強さを感じさせる瞳。

 そんな彼女の瞳を最後まで、受けきる度量が僕にはなかった。


「分かった、言うよ」


 僕の口から出たのはため息混じりの声である。

 いつかは尋ねなければならないこと。でもいざその時が来たら来たで気分が重くなる。

 本当なら、僕自身が気づけた方がよかったのだろうけど、残念ながら、そこまでの洞察力が僕にはなかった。

 厳密に言えばこれから僕がいう言葉は、陽の質問に完璧に答えられているものではない。

 でも少なくとも的外れではないし、それにこれは僕の使命感から出る言葉だ。


「陽、何かあった」

 

 思い切って尋ねた質問。それこそ、息を飲んで、溜めて言った言葉。

 けど質問に質問で返してしまったこの言葉は、陽には届かなかった。彼女はキョトンとした要領を得ない表情のまま、僕の目の前に座っている。

 

「何かって?」

 

 首を傾げる陽。それと一緒に、彼女のポニーテールが揺れ動く。思えば陽がこう答えるのは当然だ、先ほどの僕の言葉は、あまりに単純で、言葉足らずだ。

 でもこの時の僕はそんなことにも思い至らなかった。この時の僕は、溜めていた質問に対して、望む結果が得られず焦っていたから。


「何かって、ほら何かあるだろ」

「何もないけど……」

 

 次第に、表情を曇らせて行く陽。そんな彼女を見て、ようやく僕は言葉足らずだったことに気がついた。


「ごめん、足りてなかった。次はしっかりと聞くね……僕の誕生日の翌日、何かあった?」


 喧騒に包まれている店内にて、放たれた僕の言葉は、今度こそしっかりと陽へ届けられたようだ。

 その証拠に、陽の表情が揺れ動く。視線は一瞬ではあるが僕から逸れ、口も真一文字になっている。曇りから一点、そこには動揺の色合いが濃く現れていた。


「何か、あったんだね」


 僕は尋ねる。質問ではなく確認として。そんな僕の言葉に、陽は力なく頷いた。


「あった……よ。でもそれは済んだことなの。もうそのことを引きずってなんかいない」

「本当に?」

「本当に、もう私は悩んでなんかいない」


 陽は僕を見つめる。彼女の澄んでいる瞳は輝きを伴っている。そこには曇りの一欠片もない。だからこそ、僕はため息をつく事が出来た。


「良かったぁ、なんともないようで。ごめんね、変なこと聞いて」


 胸を撫で下ろす僕。何があったか、聞けなかったけど、それでも彼女が今、何も悩んでおらず、そして縛られてもいないことは、幼馴染として安堵するに足りる話だ。

 それに、ずっと胸に突っかかっていた思いが消え、胸が軽くなったこともある。もしかして、悩み、とらわれていたのは、陽ではなく僕だったかもしれない。

 固かった顔を崩す僕。そんな僕を前に、彼女もまた真剣だった表情を崩した。


「うぅん、いいよそれくらい。でもいいの、何があったか聞かなくて」

「いいよ。誰だって秘密はあるし、それに本来なら僕には聞ける資格はないから」


 妹からのプレゼントに夢中になって、陽の変調に気づけなかった僕には。

 

 そんな言葉が口に出せるはずもない。だってそれは僕の秘密に触れる事柄だから。でも、それ以外なら答えることが出来た。例えば次の陽の質問にも。


「広の誕生日の翌日、私に何かあったってこと、誰に聞いたの」

「四条さんに聞いたんだ」

「そっか、結か」


 陽はうんうんと頷く。どうやら心当たりがあるらしい。

 そんな時ふと、僕は思った。陽は四条さんの事を嫌いになったりしないのだろうかと。

 前から思っていた。陽は四条さんと仲が良い。けど、今日だけみても、陽は四条さんに嘘をつかれた上、自身の変調を幼馴染である僕に四条さんが話したと彼女は知った。

 それでも陽は四条さんの事を好きになり続けるのだろうか。


「陽は四条さんのこと、どう思っているの」

「ん、どうって?」

「いや、今日色々あったけど、陽は怒ってないのかなぁて、四条さんのこと」


 手振りを交え、僕は話す。前から抱いていた疑問を。

 陽に仲がよい友人が出来た事は喜ばしいけど、出来ることなら陽が四条さんの事をどう思っているか幼馴染として、僕は知りたかった。

 そんな僕の質問に、陽は即答はしなかった。う~ん、と唸りながら手を組んだり、組まなかったり、目線を何処かへやったり、かと思えば近くにあるハンバーガーを見たりと、とにかく悩んでいる様子である。

 そうして中身の入ったドリンクを飲むわけでもなく手に取った時、陽はぽつりぽつりと口にし始めた。


「嫌ってはない……かな。少しだけ腹が立ったけど」


 腹が立つ。そんな俗世の言葉を口にした陽はひどく新鮮だった。そして、それが顔に出てしまったのだろう。陽がか細い笑い声を出す。


「広、今変な顔してるよ」

「えっ、ほんと?」

「うん、なんか悔しそうな顔をしてる」


 優しく、柔らかに笑いながら陽は前にいる僕に指を差す。それに対して僕は自身の顔を手で触った。鏡を見なければ正確には言えないけど、掌で感じとる限り、確かにいつもの平均的な顔から少しばかり歪んでいる気がする。

 何故自身がそんな顔になっているのか、僕には心当たりがあった。そして、それを自分でも驚くほどに、すんなりと受け入れられた。


「たぶん、あれだよ。陽が僕達以外の人と仲が良いのを見て、嫉妬してるんだよ、僕は」

「嫉妬?私に」

「うん。何かさ、陽が遠いところに行ったなぁって。可笑しいんだけどね、こんな気持ちは」

 

 僕は笑う。先程の言葉を誤魔化すように。けど、そんな僕を前に、陽は首を振った。ゆっくりと、僕に見せつけるように。


「可笑しくないよ。誰だっていつかは遠くに行ってしまう。そして……知っている人が遠くに行ったら、誰だって悲しくもなるよ」


 胸に手を当てる陽。その言葉には重みがあった。否定や反論なんて許さない重みが。その重みに釣られ、僕は尋ね返す。

 

「陽が四条さんの事を好きなのも、自身とは遠くにいる存在だから?」

「うん、結は私とは違うから、だから引かれる。それに……結はもう私の親友だもん」


 そこで、彼女は微笑んだ。誰に向けたものか分からないけど、でも少なくとも、彼女の笑顔を見た僕の心は穏やかになる。

 親友、その言葉が陽の口から出たことに、僕の心は嫉妬ではなく喜びで満たされる。

 遠くに行ってしまったと実感しても、それでも僕は嬉しかった。

 にやついた表情を押し隠すように、僕は包み紙の上に置いていた自身のホットドッグを手に取ると、一噛みする。

 そんな僕を見て、陽はまた小さく微笑むと、同じく自身のハンバーガーに手をつけ始める。


 こうして、僕らの話は食事を交えたものとなった。最初の話題として上がったのは、僕が少量の嘘を交えた答えに関しての事である。


「最初、私が広に対して楽しんでないと聞いたとき、広は四条さんに聞かれた事を答えたけど、本当はそれだけじゃないよね」

「と、言うと?」

「広、私の体の事気にしてるでしょう」

「それは……」


 一旦食べるのを止め、口をつぐむ僕。そんな僕を前に、ハンバーガーを手にしている陽は小さく首を振る。


「ううん、怒ってる訳じゃないの。寧ろその逆、嬉しかった、広が私の事を気にしてくれて」

「陽……」

「でもね、広には自分の事を考えてほしいの。だから、私に構わないで楽しんで」

「でも……」

「でも、じゃないの。それが遠くに行った私からのお願い」

 

 微笑む彼女。でもその微笑みは先程とは違い、維持の悪さが少量入っていた。

 

「そう言われたら、断れないね」


 肩をすくめる僕。結局のところ陽にうまくしてやられる格好となった。

 でも、それだけの強さを手にいれた彼女の事を、僕は先程と同様嬉しく思う。そして同時に彼女の事を羨ましくも思った。


 こうした食事を交えた話が佳境、つまりは料理を食べ終わった頃、僕は陽が隣のテーブルを見つめているのに気がついた。隣のテーブルには家族連れ、夫婦と思われる男女と小学生ぐらいの男の子がおり、仲睦まじく食事を楽しんでいる。

 そんな彼らを陽はじっくりと、まじまじと凝視してた訳ではない。だから特段怪しく、不自然な訳でもない。

 でも、その家族連れを見つめる彼女の瞳に、羨望の眼差しが宿っているのが、どうしても僕には気になった。


「気になるの、隣の家族のこと」


 なるべく、平静を保って僕は尋ねる。この時、陽は隣の家族たちの方を向いていたが、僕の言葉を受け家族連れから、前にいる僕へと視線を戻した。


「気にならないって言ったら、嘘になるかな」


 瞳を細める陽。

 家族連れを見る彼女の瞳に、僕は心当たりがあった。ヤオンにて教助先生とその妻と出会った時も彼女は、羨望に似た瞳を二人に向けていた。

 もしかして、これなのだろうか。陽の変調の理由は。解決したと言っていたけど、気になることには変わりない。だからこれは、陽のためというよりも、僕の好奇心から出たものだ。


「憧れるの、やっぱり女子としては」


 隣のテーブルに座る家族連れの方を、見ながら僕は尋ねる。そんな僕につられるように、陽もまた再びその家族たちの方を見た。


「……憧れるよ、それは」


 溜められ、そして放たれた陽の言葉。それは重苦しい響きを伴っていた。先ほどの重みをさらに凝縮させたような重さ。そんな彼女の声を聞いて、僕はこれが正解だったのかと考える。 


 陽はもしかしたら、恋人が欲しいのかもしれない。思えば、陽ほどの人物に、彼氏が出来ない方が不思議というもの。

 でも、思えば陽が告白されたという話を僕は聞いたことがない。学校の男子たちは、高嶺の花とも言われている陽に、手を出そうとしないのだ。そんな、告白されたことがない陽は、告白されまくっている見治を見て自信を失っているのかもしれない。

 けど、それは杞憂というものだ。陽ほどの人物に告白されれば、男なら誰だって二つ返事でokすることだろう。だから、次の僕の言葉は、純粋に陽を安心されるために言ったものだ。


「大丈夫、陽なら学校の男子たちと直ぐに付き合えるよ。それこそ告白でもすれば」


 そこで、僕は家族連れから視線を外す。これ以上見ては気づかれてしまうかもしれないし、それに周りから怪しまれてしまう。

 でも、この時の僕は、怪しまれてもいいから隣の家族たちの方を見続けた方が幸せだったかもしれない。

 家族連れから目を逸らした僕は見てしまった、悲しそうな瞳で顔を俯かせている陽の顔を、忘れることなど出来ない彼女の姿を。

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