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15話 言えずにはいられない 〃

 陽の異常を私は追求しなかった。けど、気にならなかった訳じゃない。当然気にはなったし、理由だけでも突き止めようとも思った。

 けど、問題はどうやって突き止めるか。本人には聞けない。彼女は、その事を話したがらなかったから。

 そうした本命のカードがない中で、私が思い付いたのは高城君に相談してみるという事であった。


 完璧超人の彼なら陽の、あの不機嫌な、変調の理由が分かるのではないかと思ってのこと。けど、彼のいる2-1組の教室に直に尋ねるのは気が引けた。

 彼は学校の注目の的だ。そんな彼に教室までわざわざ尋ねにいったら、何か皆に言われるんではないかという不安が頭を過ぎる。それに、彼に教室で話しかけたら当然同じクラスにいる陽も知ることとなる。何で高城君に話しかけたのか、詰問された場合、誤魔化す自身が私にはない。


 だから私は、廊下で高城君と話すことにした。こうすれば世間話を装えるし、無駄な注目を浴びる事もないと考えた上での作戦だ。

 廊下で高城君とすれ違えたのなら、その場で捕まえ、話を聞く。そうしたぶっつけ本番の作戦を胸に抱えながら、私は日々を過ごしていった。

 しかし、残念な事に、それから何日も経っても、私は高城君とはすれ違えなかった。

 これまで幾度となく、廊下ですれ違ってきたのに、いざ望んだ時にすれ違えないというのは、こうも焦れったくなるものなのか。

 悶々とした日々。肌が荒れるに違いない。陽ほど綺麗ではないけど、それでも女性としては気になるもの。

 しかし、それでも待つしかないのだ。その機会がくるまで。


 そうして陽の変調から幾日も経ったある日、私は陽と昼御飯を食べるため読書部のある第三校舎へと向かっていた。

 第三校舎へは、私達の教室がある第二校舎の二階から渡り廊下を通っていくことになるのだけど、その際高城君たちのいる2-1組付近も通ることとなる。

 通る際、私はいつも高城君とすれ違えないものかなと願っていた。けど、今のいままでそういう日は来ず、今はもうろくに期待すらしていなかった。


 第三校舎へ行ける渡り廊下目指して、廊下を歩く私。

 そうして2-1組付近に近づいた時、私の視界に見知った人物が入ってきた。

 長すぎも短すぎもせず、私とは違いくせっ毛のない黒髪に、然したる感慨を見ている者にもたらさない顔立ち、背格好も太りすぎでもなければ痩せすぎもしない。言ってしまえば特徴がないのが特徴と言うほどの普通さ。

 川瀬広である。彼は教室から廊下に出てくる所であった。


 高城君ではない、その事実を私は残念に思ったが、同時にこうも思った、川瀬君でも良いのではないかと。

 高城君に聞こうと粘っていた為、視野が狭まっていた。別に高城君で無くてもいいのだ。陽の事を聞ければ高城君だろうと川瀬君だろうと変わりないのだから。

 彼にしよう。直ぐに私は決断し、そして実行した。


「川瀬君、こんにちわ。誕生日の時以来だね」


 川瀬君の進路上に立ちふさがるように移動して、私は川瀬君に話しかけた。

 私としてはにこやかに、愛想よく話しかけたつもりだったけど、彼にとっては違ったらしい。

 彼は露骨とはいかないまでも嫌がっていた。その証拠に、現に今、彼は眉を潜め、唇をひきつらせている。


「……四条さん、久しぶりです。誕生日の件ありがとうございました」

 

 会釈する川瀬君。そして彼は再び歩きだした。そそくさと、前に私がいるにも関わらず。


「ちょっ、ちょっと待ってよ川瀬君」


 蟹さながらに横移動して、私は川瀬君の進路を妨害した。そんな私を前にして、川瀬君は再度足を止めると、怪訝な視線を私に向けてくる。

 

「……四条さん、ごめん。職員室に用があるから行かなくちゃならないんだ」


 すまなそうな顔と嫌悪している顔が織り混ざったような表情をこの時の川瀬君はしていた。


 嘘ではないんだろうけど、それが主な理由でも無いんだろう。どうやら、私は川瀬君に嫌われたらしい。まぁそれも当然か。楽しみにしていた誕生日パーティーをぶち壊されたとなっては、気分が良くないことぐらい、私にだって分かる。

 だから、彼から嫌悪を向けられても私は気分を害さない。いや、寧ろ私は彼にしなければならない事があった。


「この前はその、ごめんなさい。私が悪かったです」


 私は川瀬君に向かい頭を下げた。さながら陽に謝った時のように。違うのはここが、陽しかいなかった部室ではなく廊下だということ。

 それに今は昼休み。大勢の人が行き交っている。だからこそ、頭を下げ、謝っている私は目立っていた。

 頭を下げていても分かる。廊下にいる生徒たちが、私達を見て、こそこそ話をしていることを。そして、それに川瀬君が恥ずかしさを覚えていることも。

 頭を下げている私には川瀬君の足しか見えない。この時川瀬君の足は忙しなく動いていた。どうやら周りを見渡しているらしい。

 やがて、耐えられなくなったのか、悲痛とも言える声が頭上から響いた。


「四条さん、頭を上げて。分かったから、話を聞くから。だから頼むから顔を上げてくれ」

「本当?良かったぁ。その気になってくれて」


 私は顔を上げると、胸を撫で下ろすと共に微笑んだ。

 一方川瀬君と言えば、まだ周囲の視線が気になるのか、辺りを見渡してばかりいる。

 そうして何回も辺りを見渡した後、川瀬君は目の前に立つ私を手招いた。どうやら場所を変えたいらしい。私はそんな川瀬君の合図に頷きを返す。

 そして、歩きだした川瀬君の後を、私は無言のまま着いていった。


ーーーーーーー


 川瀬君が行った先は、当初の私の目的地、読書部がある第三校舎だった。人気がないここなら、人を撒けるし先程のように注目されることもないとの考えてのことなんだろう。

 

 第三校舎へとやって来ると、そのまま一階へと川瀬君は降りていく。

 第三校舎の一階。人が大勢いた第二校舎とは違い人気がない第三校舎は、全体的にうすら寒い。その上ここ一階では寒さに加えじめじめとした、湿気じみたものさえ感じる。読書部のある三階に比べ日の光が入りにくい分、より気味悪さが増していた。

 

 薄暗く、廃墟じみた雰囲気さえ感じさせる第三校舎の一階。そこで川瀬君は止まると私と向き合った。


「で、何の用かな四条さん。話があれば聞くよ」


 ため息混じりに観念したように呟く川瀬君。彼の声は大きくはなかったが、人気のないここでは光の乱反射の如く校舎内に響き渡る。


「そう言ってくれて助かるよ。けど本当にいいの?職員室に用があったんじゃ」

「別に急用じゃないから、あとで尋ねることにするよ」


 苦々しい表情をチラ見せしながら、川瀬君は答える。押しに弱いと見るべきか優しいと見るべきか、おそらくは両方なのだろう。

 とにかく、彼のそういう性格のおかげで、私は彼と話す機会を得られた。公衆がいる中で頭を下げたかいがあったというものである。私としてもあれは恥ずかしくなかったわけじゃない、十分恥ずかしかった。

 陽の為でなかったらやっていない。もっとも、彼に謝罪したかったという思いは本心だ、偽ってはいない。

 だからこそ、彼の好意には甘んじて受け取ろう、折角得られたこの機会を、逃すわけには行かないのだから。

 

「分かった。なら手短に、単刀直入に聞くね。この前川瀬君の誕生日の翌日の放課後、部活に来た陽の様子がおかしかったんだけど、何か心当たりある?」


 気兼ねなくというほどでもないけど、それほど深刻そうに言ったつもりはなかった。例えるならなんでもない世間話をするときのような、そんな感じ。

 だからこそ、川瀬君の挙動は目につく。視線を右往左往し、右腕に左手を当てていた。もしかして……。


「心当たりあるの?」


 瞳を細め、私は目の前にいる川瀬君に目線を合わせる。目線を合わせられた川瀬君は、一瞬ビクついた後、瞳を逸らした。


「……ない」

「なら、なんで目を逸らしたの」

「それは……」

「……」


 しばしの沈黙が流れる。人がおらず、薄暗いここでは、沈黙は恐怖となる。けど、今の私は恐怖を感じない。目の前にいる人しか、見えない。

 そうした沈黙に耐えかねたのか、やがて川瀬君は短いため息を吐いた。


「心当たりはない、それは本当だよ。もっと正確に言うなら、四条さんの言うように陽に何かあったかもしれない、けどそれに僕は気づかなかった」

「どう言うこと?」


 思わず私は首を傾げる。一方の川瀬君と言えば瞳を下げていた。その視線の先にあるのは彼自身の左手。いや厳密には左手じゃなく、左手首に巻き付けられているものを川瀬君は見ているようだった。

 

「……それ、誕生日の時つけてたっけ?」


 私は、川瀬君の左手首にあるものを指す。それを受け、川瀬君は私にそれを見せつけるように、右腕を掴んでいた左手を上げた。


「いや、つけてない。誕生日プレゼントで貰ったんだ、妹から」


 見せつけながら、少し照れ臭そうに笑う川瀬君。彼の左手首には黒を基調とした腕時計が静かに時を刻んでいる。それを見て私は静かにため息をついた。

 彼の言いたいことが分かったから。


「なるほど、妹から貰った誕生日プレゼントに夢中になって、陽の変化に気づかなかったと。そう言うこと」

「まぁ……そんなところ」


 頰を掻きつつ、彼は上げていた左手を下ろした。名残惜しそうに腕時計を見ながら。

 腕時計から目を離した彼は、再度前にいる私を見た。


「でもよく分かったね、まだそこまで言ってないのに」

「私も妹がいるから、その気持ちは分からなくもないんだよ」

「四条さんも兄弟がいるんだ」

「妹だけじゃないけどね。騒がしいことこの上ないよ」


 苦笑する私。そのとき私は家族のことを思い出していた。うるさいけど、それでもみんな、私の大切な人たちだ。

 だから彼の気持ちは分からなくはない、けど分かるとも言い切れない。

 妹のプレゼントを嬉しがるのは分かる、でも、そこまで夢中になるものだろうか。それに彼の、腕時計を見るときの瞳。嬉しいとは違う、別の感情が揺れ動いていたように思えた。

 シスコン?妹しか目に入ってないとか。いや、それは早計か。決めつけるのは早すぎる。でも……


「ありがとう。質問に答えてくれて。手間を取らせてごめんね」

「いや、いいよ。それに僕もごめん。役に立たなくて」

「いいよ、それくらい……でも、もう1つだけいいかな」

「いいけど、何?」


 彼は私を見つめる。私がこれから何を言うか、彼は分かっていないようだった。

 そんな彼に、私は言葉を告げる。お節介だとは分かっている。けど妹のプレゼントに夢中になっている川瀬君を前に、私は言えずにはいられなかった。


「陽のこと、見ていてくれない」 

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