14話 裏側の事情(視点:四条結)
陽の事を知りたい。それは本当。けどそれはあくまで川瀬君の誕生日パーティーに参加した目的。
川瀬君の誕生日パーティーに参加したからには、彼の事も知りたかった。
およそ女性として、全てのものを持っている陽がどうして、川瀬なんていう、モブに惹かれたのか、前からの疑問を解決出来るかもしれない。
だからこそ、私は誕生日パーティーが楽しみだった。ほとんど初対面の人を祝い、そして自身が場違いであると分かりながらも、私はその日を待ち望んだ。
サプライズを計画したのは私だ。と言ってもそれは私が人を驚かすのが好きだとか、川瀬君に喜んでもらいたいとかそんな他人の為の理由じゃない。
私がサプライズを計画したのは、あくまで私の為。いつも誕生日パーティーを川瀬君の家でやると聞いた時、正直言って嫌だった。初対面かつ、自分には場違いな誕生日パーティーをさらに初対面の他人の家でやるなんて、いくら目的が合っても耐えられそうにない。せめてやるならホームグラウンドとも言える学校でやりたかった。
そしてその案を通すのはサプライズという形式を取るしかない。サプライズで祝いたいからいつもの川瀬君の自宅じゃなく、学校でやろうと。
その案に、陽も高城君も賛成してくれた。二人とも川瀬君の事を考え、彼が一番喜ぶ事が何か、それを一番に考えているようだった。
けど、私は違う。私は自分の事だけを考えている。自分の事で、初対面の誕生日パーティーに出て、そして自分の事でサプライズを計画する。
二人とは違う。私は他人を思いやっていない。もしかしたら陽と高城君は私の考えに気づいているのかも知れない。気づきながらも、私に合わせてくれているのかもしれない。
けど、だからといって私は、そんな自己中な自分の事が嫌いではなかった。己を決めるのは自分自身で、そして一人で好き勝手決められる今の生き方が、私は好きだった。
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サプライズは成功した。すっとんきょうな声を出し、瞳を瞬せ、その場に微動だにしない川瀬君の驚きようと言ったら、初対面ながらも、私は忘れることがないだろう。
最もその後で少し心配となったのは、川瀬君に私の参加を、許してもらえるのかという事だ。サプライズ形式故に主役である川瀬君に確認することが出来なかったから。
それに脅かしすぎたという不安もあった。誰だって見ず知らずの他人に、自分の情けない姿を見せられるのは嫌である、勿論この私もその例に漏れない。
驚かされた川瀬君が気分を害して私を追い出す、なんて事もあり得た。だからこそ、少し不安だったのだけど、川瀬君は戸惑いこそすれど、私が参加した理由を話したらあっさりと了承してくれた。
どうやら、川瀬君はわりかし心が広い人らしい。そんな川瀬君に、私は言葉には出さなかったけど、内心感謝する思いだった。
その後も、私は陽や高城君に混じり、川瀬君と話していく。そうして分かった事と言えば、川瀬君は良くも悪くもいい人だということである。
私の参加を許してくれたし、初対面にも関わらず、すんなりと私と話も出来る。引っ込み思案でもなければ、押し付けがましい所もない、バランスの取れた人物。
けど、逆にそれだけとも言える。
いい人、だとは思う、それこそ、不快になる人物では決してない。けど、あくまでいい人止まり。見治君のように、突き抜けた好印象を、川瀬君には感じられない。
だからこそ、何んで陽が、見治君ではなく川瀬君の事が好きなのか、それが分からない。
それに、私が参加した本命である陽を知る事に関しても明確な情報は得られなかった。強いて言うなら幼馴染たち二人と一緒にいるときの陽は、随分と楽しそうだった、ということくらい。最もこれは既に分かりきった事、私にとっては目新しいものでも何でもない。
また、陽が川瀬君といるとき、どんな表情や仕草をするのか、それもまた気になっていた事柄だったけど、これもまた収穫はなしだった。話の流れのなかで当然ながら陽と川瀬君の会話もあったけと、この時の陽は高城君や私と話しているときと特に変わった様子はなかった。
けど、それは考えてみればそれは当然の事。だって、陽が川瀬君と話すときに、感情が顔に出ていれば自然と噂は陽×高城ではなく陽×川瀬と流れる筈だから。でもそんな噂がないということは、陽は川瀬君と話すとき、これといった反応はしないという証明でもある。
これでは、折角無理して誕生日パーティーに参加した意味がない。分かった事と言えば、既に知っていた情報だけ。普通だと思っていた川瀬君はやはり普通で、陽たち幼馴染み三人組はやはり仲が良く、そして陽は変な噂が流れていないように川瀬君と普通に話せている。
裏付けが取れただけ良いだろという考えもあるかもしれない。けど、少なくとも私にはそう思うことが出来なかった。もう少し欲しいと思った、新たな種が欲しいと。自分勝手だと自覚しながらも。
けど、仲良し三人組は互いに互いの領域を知っている。そしてそこには互いに踏み込まない。だから、私が何かを願うなら、私自身が行動するしかなかった。
仲良し三人組の領域を踏み、荒らし、土煙を舞い上がらせる。それしかないと。
そして、その為の手段を私は知っていた。
「皆ってさ、好きな人とかいるの?」
私は言った。陽たち幼馴染グループでは話に出ない、または荒らすかもしれない話題だと、分かっていた上での発言である。
その時の各個人の反応は、その人の人柄が出ていて興味深かった。
高城君はあまり、芳しくない表情をしていた。端的に言えば苦々しい表情。あまり私の質問を喜んでいないよう。
陽は、以外な事に私の質問にこれといった反応を示さなかった。真顔……ではないけど、なんというか彼女の表情には色がなかった。
そして、この場の主役でもある川瀬君。川瀬君は私に質問を返す程の余裕があるように見せていたけど、その実最も嫌がっているのは彼であるように思えた。それこそ、彼は高城君よりも苦く嫌そうな顔をしている。
そんな彼が言った『好きな人はいないよ』発言。それはあまりに真剣で真に帯びていて、だからこそ内心申し訳なくなった。踏み込み過ぎたと、少し反省する。
でも、その踏み込みに値するものは得られた。
陽は、川瀬君の返答に顔を伏せていた。その時になって、先程まで色のなかった彼女の顔に、影と言う名の黒色が差し込まれる。それは紛れもなく陽が川瀬君の返答に落ち込んだという証拠でもあり、そして陽が川瀬君の事を好きだという証拠でもあった。
やはり、陽は川瀬君の事が好きなのだ。口で自分は川瀬君に相応しくないとか、何とか言っていたけど、好きという感情を陽は彼に抱いていた。それが確認出来ただけでも私が参加した意義はあるというもの。
副産物として、高城君の反応も得られた。彼は川瀬君の返答に安堵したような、そんな表情をしていた。
高城君は何故川瀬君の好きな人はいない発言にそんな表情をしたのだろう。恋人がいない高城君は幼馴染である川瀬君に、恋人が出来る事を望んでいないとか、先に追い越されるのは嫌だとか、そんな所なのだろうか。
だとしたら、私は高城君の事をより好きになれそうな気がした。顔とかではなく、人間くさい気がして。
初対面の人を祝う誕生日パーティー。普通なら参加しないし、参加しても後悔するだろう。
けど、少なくとも私は参加した事を後悔することはなかった。だって、参加しなかったら、陽が川瀬君を好きだという事の、確たる根拠を得ることは出来なかったんだから。
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翌日の放課後。
7月に入り、初夏を通り過ぎたこの時期。既に夏服のワイシャツは体に馴染み、衣替えをしても暑さを感じるようになった頃。部室の中もその例に漏れない。
窓を開けても熱気が完全に逃げない部屋のなかで、私は本を読む。けど、そんな私の前に陽の姿はない。いつもなら私より早く来るか、私が来た後すぐに来る彼女だけど、今日は時間が経っても部室に姿を表さなかった。
委員会の仕事でもあるのかなと思ったけど、陽が事前に連絡せず、委員会に出るとは考えずらかった。
それにこの時、少し私は怖かった。人気のない第三校舎に一人でいることが怖いのではなく、中途半端に人気があるのが怖かったのだ。
声が聞こえる、それも響き方から声の主は第三校舎にいるみたい。
何を言っていたか聞き取れなかったけど、普段人気のない第三校舎に慣れていた私にとっては、人気があるということ事態が逆に怖い要素であった。暑さを感じずにすむというのはありがたいけど、今の状況が続くよりも、早く終わってくれと、そう思わずにはいられない。
だから今、私は膝を揺らしつつ、本を読みながらチラチラといつ陽が来てくれないかと、部室の扉を垣間見る。でも、それで陽が早く来る訳はなくて、私はしばらく待たされることとなった。と言っても怖がっていた私が長く感じていただけで、実際には短かったに違いない。
ガラリと扉を開く音が、唐突に部屋に響いた。
その音は私の中に渦巻いていた恐怖を吹き飛ばす。扉を見るとそこには見知っていた人物が立っていた。
「陽〜ちょっと遅かったじゃないの〜」
猫なで声に似た声で、私はそこに立っていた人物、陽に訴えかけた。本音とからかいを混ぜて。
けど、彼女はそんな私の言葉が届いていなかったのか、返事を出してくれない。
その事を不思議がった私だけど、すぐに彼女の異変に気がついた。
「ちょっと陽、何かあったの、酷い顔だけど」
声を出す私。
実際この時の陽の顔は、今まで私が見て来た中でも特に酷い有り様だった。彼女らしくなく、眉間にシワをよせ、唇も引きつったように歪み、見つめたら吸い込まれそうになる黒の瞳も、今は壁を作っているかのように輝きを失っている。
「なんでもない、ただ少し自己嫌悪になっているだけ」
私に視線を合わさず、平坦な声音で陽はそう言った。そして彼女は開いた扉を音を立てて閉めると、私の向かい側にあるいつもの定位置へと向かう。
陽らしくない、乱暴な手つきで、鞄をテーブルに置くと音を立て椅子へと座る。さすがに足を組むなんてことはしてないけど、それでも頬杖をつき短くため息を吐く姿を見ると、対面している私としては思わざるを得ない。
昨日の事を思っているのかと。
昨日のあの私の質問で場の空気は一気に変わった。それこそ居心地の良いものから悪いものへと。その後なし崩し的にパーティーはお開きとなった。
その事を陽は怒っているのだろうか。余計な話題をだし、空気を悪くさせた私を。自己嫌悪という言葉も、私が川瀬君の誕生日パーティーに参加する事を許したからだと考えれば辻褄があう。
謝らねばと思った。出すぎた真似だった事を。それに私自身陽に嫌われるのは耐えられそうにない。
読みかけの本を閉じ、私は座っていた状態からいきよいよく立ち上がる。そして陽に向き直った。
頬杖をつきこちらを見てない陽に、私は声を発する。
「陽、ごめんさいっ私が悪かった!!」
大声をだし、私は陽に向かって精一杯頭を下げた。私が思いつける謝罪なんて、これしかなかった。
響き渡った怒声。そして無言となる部室内。その中で私は下げていた頭を、ゆっくりと恐る恐る上げる。そんな私の視界に入ったのはポカンと口を半開きにしている陽であった。
「えっと……なんで結が謝るの?」
微笑しつつ首を傾げる彼女。そこにいるのは紛れもなく私が知っている陽だった。
「えっ、だって昨日のことで怒ってたんじゃないの?」
「昨日?」
「昨日の、ほら恋愛ごとの話題を私が持ち出したせいで、空気が悪くなった事を怒ってるんじゃないかなぁって」
「あぁその事、怒ってないよ。それに結、その事を本気で悪かったと思ってないでしょ」
「悪いと思ってるよ」
「本当に?」
「いや……少しだけ」
「ふふっ結らしい」
笑みを漏らす陽を見て、私は胸を撫で下ろす。やはり陽は不機嫌な姿よりも今の、微笑している姿の方が似合っている。
表情筋を使わないマジな顔から一転、朗らかな表情へと戻した私は、椅子に座りなおした。
「いや、ほんとにさ、どうして自己……嫌悪だっけ?してたの」
今度は私が頬杖をつき陽に向き合う。一方の陽はと言えば頬杖を既に止めており、膝に両手を置き姿勢を伸ばしている。
開けた窓から風が舞い込み、私達を包み込む。残っていた濁りを吹き飛ばし、後に残るはいつもの読書部。
おしとやかな彼女と、自分で言うのも何だけど我が儘な私。やっぱりこういった差異がある方が私達らしいと、私は勝手に思った。
そんな中、元に戻った陽はいつもと変わらぬ優柔不断さを見せてきた。
「それは……う~ん、あまり言いたく、ない……かな」
躊躇いがちに言う彼女。そんな彼女を前にして私はいつもならつくであろうため息をつかない。
「いいよ、分かった。聞かないから早く本を出しなよ」
「えっ、聞かないの」
「聞かせたいの?」
陽の顔を私は覗きこむ。そんな私を前に、陽は首を小さく、それこそ小動物みたいに振った。
彼女の動きに合わせ、彼女の長い黒髪もまた綺麗に揺れ動く。私ならきっとこのクリーム色のくせっ毛が不格好に動くだけなんだろう。
そんな彼女の髪を少しだけ、羨ましく思う。
「いや、聞かせたくない……」
「なら、聞かないよ」
簡潔に私は話を終らすと、テーブル上に置いてある読みかけの本を手に取り、読み始める。
無言のまま文字を追っていく私。そんな私の視界隅に微笑を携えながら、鞄の中から本を取り出す陽の姿が入る。それを見て私は密かに安堵した。
陽の恋愛ごとに無理に突っ込み、聞いてしまったことを私は引きずっている、いや学んだと言うべきなんだろう。無理に聞いても良いことはない。無理にならない程度に、聞く。今後はそうしてこうと心に決めた。