表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/72

13話 質問(視点:高城見治)

 俺は嘘をついた。


『好きな人はいない』


 けど、その嘘をついた事を、俺は後悔などしていない。俺は今の、広との関係性が好きだった。だからそれを壊す真似を俺はしない。

 けど、それはあくまでそれは俺自身の話。他人までには強制出来ない。


 あの時、俺は出来なかった。

 好きな人がいるかだなんて質問をするなと、四条さんに言う事が。

 だからこそ、俺は直ぐには答えられなかった。別に好きな人はいないと、嘘をつくのが心苦しかった訳じゃない。

 ただ怖かった、その質問で広が何て答えるか、俺は怖かったんだ。


 だからこそ、あの時出した広の答えは、少なくとも俺を安堵させる。


『好きな人はいない』


 広は確かにそう言った。しかし、それは幾ばくか悩んだ末に広が出した言葉。だから、本音を言えばその答えが、広の本心かどうか、俺には分からない。

 けど、一つだけ確かな事がある。それはその言葉を言うまで、そして言った後も、広は陽の事も一度も見ておらず、同時に視線も送っていなかったということ。

 

 だからこそ、今の俺ははっきりと思う事が出来る。


『広は陽の事が好きではないと』

 

ーーーーーーー


 翌日、朝の教室に入った俺の目に入ってきたのは、満面の笑みをした広であった。

 ニコニコと、何の悩みもないかのような表情をしている広を見るのは久しぶりである。それこそ、小学校の時以来かもしれない。


 誕生日パーティーを終わった時、広の表情は優れていなかった。俺としては、あの時広についてやりたがったが、部活がある分、一緒に帰ることは出来ない。

 別に無理に部活を休んででも広に着いていくことも出来た、しかしそれを広自身が拒否した。一人で帰りたい気分だからと。

 広が落ち込んでいたきっかけは分かっている。あの四条さんの質問だ。けど、()()広がそこまで落ち込んだのか、それが分からない。

 好きな人がいるのに、嘘をついたことが尾を引いたのか。それとも高校生なのに、好きな人がいない事実が嫌なのか。

 広の事を考えると後者のほうかもしれない。彼は中途半端が嫌いだし、それに好きな人がいる生活に、憧れを抱くような発言も過去にしていた。

 けど、何かが引っ掛かる。納得出来る材料があり、正解だと思うのに、上手く呑み込む事が出来ない。形容しがたい違和感を感じる。


 そんな状態だからこそ、翌日の学校で広の笑顔を見たとき、俺は安堵する思いだった。少なくとも昨日の、あの落ち込みから広が立ち直ったのだと分かったから。

 聞いてみると、やはりあの誕生日パーティーの後で、何かあったようであった。広は勿体ぶって話さなかったが、それでも推測することは出来る。

 広の左腕には、昨日にはなかった腕時計が巻かれていた。きっと誕生日プレゼントで貰ったのだろう。恐らく両親ではなく、妹の添ちゃんから。


 出なければ、広はこんな表情をしない。

 小学生の頃、広は添ちゃんと仲が良かった。俺や陽よりもずっと。だからこそ、妹との仲が険悪になった事により、広は覇気を失った。広は妹である添ちゃんの事を何よりも気にかけていたから。

 だから、広がここまで明るくさせるには添ちゃんしかいない。別にその事に嫉妬を、俺は覚えない。寧ろ感謝したい思いである。広が元気になること。それが何より大切な事だから。


 広と俺は話をしていく。こんなに元気な広と話すのは久しぶりだった。今よりもずっと楽しかった、小学生の頃に戻ったような気分にさせる。

 活力溢れ、先の事など気にせずにすんだ、心の底から楽しむことが出来た、あの頃のような気分へと。

 そんな時、ふと。そう本当にふと、俺は窓際にいる陽へと視線を向けた。今にして思えば、多分小学生の頃を思い出した故の行動。

 だからこそ、驚く。いつもの、窓際に佇み読書に興じる陽はそこにはいなかった。俺と同じように喜んでもいない。


 陽は悲しげに伏せられた瞳で、喜ぶ広を見つめていたのだから。 


ーーーーーーー


 その日の学校、俺はいつものように授業を受け、いつものように昼練にいき、いつものように友達と話した。

 いつものように、行動していく自分。外を変えない自分。けど、中は違う。

 朝のことがどうしても頭から離れない。陽のあの瞳を忘れることが出来ない。

 

 その日陽は一日中元気がなかった。と言ってもはっきりとは断言出来ない。だって彼女は休み時間を読書に費やしているし、それに昔よりも良くなったとはいえ感情表現も薄い。

 だから、元気がなかったと言うよりは、いつもより元気がないなと感じた位だ。

 だから、俺としては陽に話しかけるかどうか悩んだ。

 陽に元気ないな、どうしたんだと、彼女の状態を確定させるのは、どうかと思ったらから。

 こうして、もんもんと悩んでいるうちも時間は過ぎていき、気がついた時には、放課後となっていた。


 クラスメイトたちは、教室内でお喋りに興じたり、部活に行く準備をしている。

 そんな中俺は後ろの席へ振り向く。広はどうしているのかと思ったから。そしたら、なんと広はまだニコニコと笑っていた。どうやら、俺が陽の事を考えている間、広はずっとこの調子だったようである。能天気な奴だなと、俺は苦笑しつつ広には声をかけず、陽の席がある窓際へと視線を写す。

 けど、そこに顔に影を落とす彼女はいなかった。そこにあるは、空っぽの空席。鞄は机にかけられていない。

 陽は既に教室を出て、部活に向かったのだ。

 その事が分かった瞬間、俺は席を立ち、教室を出ていた。自分でも何でそうしたか、分からない。ただ、今日彼女に声をかけなければ後悔すると、理由もなくそう思った。


ーーーーーーー


 廊下に、足音が響く。パタパタ、間隔が短く大きな音。

 そんな音につられてか、廊下にいた皆は俺を見る。数名は俺に声をかけてきてくれたが、俺は返事を返さなかった。無言のまま、廊下を走る。

 今の俺らしくないなと自嘲しながら、俺は彼女が向かうであろう場所に向かう。

 そのかいもあってか、読書部にたどり着く前に、俺は彼女に追い付いた。


「陽、少し待ってくれっ」


 俺は声をかける。階段上、踊り場にいる彼女を見上げて。

 ここは読書部がある第三校舎の、一階。

 人がおらず静寂に包まれているここでは、俺の声は驚くほど響き渡った。それこそ、第三校舎内全てに届き渡ったんじゃないかと思うほどに。

 

 響き渡った声、それに反応するように後ろ姿の陽は振り向く。踊り場にある窓からの光を受け、陽の黒髪は光を反射しつつ靡く。それは、一見すると絵になる光景だった。

 

「見治、どうしたの。何かあった?」


 陽は俺の姿を確認すると、瞳をいつもより少し開いた後、尋ねた。

 この時の陽は一階踊り場にいる俺を見下ろす格好である。

 一方の俺はと言えば、一階踊り場から、一階と二階の中間踊り場にいる陽を見上げる格好。俺と陽との距離は開いていた。けど、それを詰めようとは俺は、思わなかった。


「あぁ、いや、ちょっとあってな……」


 先程の声とは一転、しどろもどろになる俺。よく思えば、俺は陽にかける言葉を考えていなかった。いや、もっと言えば、陽に追いかけてまで、何を話したかったのかも俺には分からない。

 きっかけは分かる、彼女が落ち込んでいるように見えたから。けど、それで俺は彼女にどうなってもらいたいんだろう。


 きっと、クラスメイトが見たら驚くであろう、はっきりしない今の俺の姿。そんな俺を見下ろす格好となっている陽は、苦笑した。


「ふふっ、懐かしい」

「懐かしい?何が」

「そうやって言い淀むの見てると、昔の見治を思い出すよ」


 微笑む陽。

 幼馴染である彼女は昔の俺を知っている。おどおどしていて、いつも誰かの後ろをついてばっかりだった頃の俺を。今とは違う、本来の俺を。

 そう、今の俺は、俺自身によって作られた存在。広が変わったと同時に、俺は今の俺を作り始めた。

 けど、作られる前、本来の弱気な自分を、俺は嫌いではなかった、寧ろ肯定する。だってそれが、広と俺が仲良くなれたきっかけであり、仲良くあり続けられた理由でもあるのだから。

 そして、今の、作られた自分も俺は肯定する。望んでこの性格したから。今の広と仲良くあり続けるために。

 

 昔から、そして今も、俺の中心にいるのは広だ。そしてそれは陽だって同じだろう。

 昔から広に向けられる陽の視線は、他の人と異なっていた。感情が籠っていた、誰よりも、多分、俺よりも。

 だから、傷ついたのだろうか。あの広の言葉を、彼女は深刻に受け止めてしまったのだろうか。


「……そうだな、昔の俺はこんな奴だったな」


 陽から視線を外す俺。

 昔の自分はうじうじ悩み奥手な奴だった。そうやって、無駄に時間を流していた。

 けど、今は違う。今の広と仲良くなるために変わった俺は、先手をさす奴だ。

 俺は短く息を吐く。そして再度陽に視線を合わせる。今の俺は、逃げない奴だ。


「昨日の事を引きずっているのか?」

「昨日?」

「広が好きな人はいないって言った事を、引きずっているんじゃないのか」

「……」


 語尾を強めて発言する。

 陽の瞳から俺は逃げない。そうだろと、俺は瞳で訴えかける。

 はっきりさせる。ここで、陽の、広への想いを。今まで見てみぬしてきた事に、けりをつける。


「広の事、好きなんじゃないのか」


 ついに俺は、長年しまっていた疑惑を口にした。

 宙へと漂う言葉はもう戻らない。言葉は空気に漂い、その場にいた彼女の元へとたどり着く。その場から動かなかった彼女は受け止めざるを得ない。

 言葉が宙に霧散した後、残るのは静寂だ。俺は口をつぐむ。彼女の言葉、返事を待つため。

 黒髪と白い肌のコントラストを持つ彼女は、石膏模型のように無表情のまま動かない、喋らない。聞いていた筈なのに。

 それでも俺は、ただひたすら待った。俺の番は終わった、次は君の番だと言わんばかりに。 

 そうやって、しばらく経って、それこそ7月だと言うのに肌寒さを感じてしまうほど、膠着状態が続いた後、彼女は瞳を細めた。


 その動作を見て俺は、彼女が困っているかと、悩んでいるかと思った。けど、それは違っていた。

 瞳を細めた彼女は、口角を下げるのではなく上げた。それと同時に彼女の纏う雰囲気が一気に冷たくなる。

 その時の陽の面は、彼女らしくない、今まで見せたことがない冷笑を、張り付けていた。


「気づいてないんだね、見治は」


 そして投げ掛けられた声。宙へと漂うことなく、ストレートに相手に届かせる声。

 それは、驚くほど冷たく、驚くほど冷淡だった。

 言葉の意味を図ることが出来ない。それ以前に、彼女の言葉に乗せた感情が、俺の心を凍えさせる。あの陽が、こんな声を出せたのかと思う程、彼女には相応しくない感情。

 立ち位置ではなく、立場として上の踊り場にいる彼女は、下の踊り場にいる俺を見下す。

 

 そんな彼女の前に、俺は今の俺でいられない。決意した心は、凍え縮小し昔へと戻る。

 そんな俺を前にして、凍えさせる声を発した彼女は一転、柔和な笑みを浮かべた。


「ねぇ、見治。私が広の事を好きって答えたらどうするつもりだったの」


 綺麗な花には棘がある。

 今の彼女はまさしく薔薇だった。そして、今の俺は哀れにも摘もうとし、傷つけられた園芸家。

 園芸家の指からは血が流れる。自身の内を巡る、汚れなく誇張もないありのままの己の一部を、園芸家は見つめる。

 そして、棘がある花はなおも存在し続ける。誰にも摘まれることなく、凛とし咲き誇る。


 気がついた時、陽は踊り場から姿を消していた。恐らくは読書部の部室に向かったのだろう。

 だれも居ない踊り場。窓からの光が寂しくそこを照らし続ける。そんな景色をぼうっと眺めていた俺は、ふと部活に行かねばと思った。昨日も大幅に遅刻したのに、今日も遅れたとなっては流石に洒落にならない。


 けど、今の俺は、大切にしていた薔薇に傷つけられ、呆気にとられた園芸家のように、その場を動けなかった。


ーーーーーーー

 

 陽が広の事を、好きになったことが嫌ではない。俺は……広が陽を……いや、違う。広が誰かを好きになってしまうことが嫌だったんだ。

 誰かを好きでいれば、誰からの告白だって流せる、断れる。けど、想い人がいない状態で、好きだと異性から言われても断わることが出来るだろうか。断ったとしても、相手があきらめず想いを向け続けたら、好きになったりしないのだろうか。


 けど、それは可笑しな話だ。だって広が誰かを好きになろうと俺と彼との関係性は変わらない筈だから。

 ならなんで、俺は嫌に感じる、こうも胸がざわめく。


 今のままがいい。それを広の前で今でも俺は言えるのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ