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10話 貴方の事が知りたい(視点:四条結)

 あぁイライラする。

 まったくもう、足を揺らすのを止められない。何だってそんなに、落ち込むんだ。それを見せられるこっちの身にもなってくれ。


 今私は部室にいた。そしてテーブルを挟んだ向こうには陽がいる。放課後の部活中だ。

 読書部は人気がなく、かつグラウンドから最も遠い第三校舎にある為、運動部などの歓声や物音は届かず、部室の中は本のページを捲る音しか響かない。


 そんな静寂に包まれた空間。いつもなら心地よく感じられる筈の空間。けど、今の私には心地よくなんて感じられないなれない。

 そんな中、私が時計を見ると、まだ部活が終わるまで大分あった。今日はやけに時間が長く感じる。

 部活が終わるまで無言であること。それがこの部活の無言のルール。私はこのルールを破ったことはあまりない。あまりないというのは、放送を聞いて反応せざるを得なかったときや、稀に部室を尋ねてきた人に対応せざるを得なかった時など、どうしようもないときだけ破ったことがあった。

 だから、今回が始めてだ。私が私の事情でこのルールを破るのは。


「何かあったの」


 重苦しいため息を吐きつつ、私は読んでいる文庫本のページに指を挟み、栞換わりとする。

 一方陽と言えば、私がルールを破って突如として声を出したことに驚いたのか目を丸くして、こちらを見てきた。全く、自覚がないのか、ただの能天気なのか分からない。


「どうしたの結。突然そんな事尋ねて」


 首を傾げる彼女。それに合わせ彼女の長い黒髪が揺れ動く。そんな彼女は私から見ても、美少女だと思わざるを得ない。


「突然じゃない、前から思ってた」

「前から?」

「そう前から。ここ何日かずっと」


 私は瞳を細める。傍目から見れば、きっと睨み付けているのかと思われるだろう。でも、それでも構わなかった。このイライラを解消できるなら。


「川瀬の事で何かあった?」

「……いや、何もないよ」

「嘘、陽が何か悩んでいる事ぐらい分かるよ。陽、悩んでいると少し本を読むスピード落ちるから」

「えっ、本当」


 そして、陽は、手に持っていた文庫本のページを数枚分捲り始める。

 ペラペラ、ペラペラと。けど、それも途中で止まった。


「引っ掛かったね」

「うぅ、引っ掛かったぁ」


 僅かに顔を歪ませ、悔しそうな表情になる陽。

 ページを捲る、それ自体が私の指摘した事を認めたという宣言に他ならない。

 だからこそ、陽が見事はまってくれた事に、私は少しばかり、勝ち誇ったような気分となった。


「で、教えてもらおうか。川瀬と何があって、どうして悩んでいるのか」


 背もたれに膝を挟むという行儀の悪い姿勢で先程まで本を読んでいた私は正しい姿勢、つまりは体を前にいる陽へとこの時向き直らせた。

 体と顔で、私は陽を見据える。

 この時の私は、陽と語り合うつもりでいた。それこそ徹底的に。川瀬とどうなりたいのか、どうしたいのか、どうすればいいのか。洗いざらい話し合うつもりだった。そうしなければ陽はこのままずっと変わらないと思ったから。

 だから、次の陽の発言は肩透かしにも程があった。


「えっとね、その、結には悪いんだけど私、広の事で悩んでいる訳ではないの」

「……はっ?」


 間抜けな声が出る私。

 正していた姿勢も崩れてしまう。一方の陽と言えば、頬を掻きすまなそうな顔をしていた。


「じゃあ、何で悩んでいたのさ」

「うーん、それが私にも何に悩んでいたのか分からないんだ」

「はぁ?」


 再度間抜けが声が出る私。

 そんな私に応える事なく、陽は持っていた文庫本を閉じると、テーブルの上へと置く。そして彼女は私から窓へと視線を移した。

 この時刻、第三校舎三階にある部室の窓から見える景色は、隣の第二校舎と暗くなりつつある空という、至極つまらない景色。だから、何で彼女がそんな窓へと視線を移したのか、私には分からなかった。


「悩んでいる……というよりも、物思いをしてたって感じ……かな。何だか心が重くなるような、そんな気分だったの。ここ最近」

「心が重くなる……進路の事とか?」

「うぅん、進路の事じゃないの。それは違うって分かる」

「恋じゃないの」

「恋……かもしれないね」


 そこで、彼女は窓から再度私へと向き直ると、微笑する。それは照れ隠しとは違う微笑だった。でも、その微笑がどんな意味を持っているのか分からない。

 けど、分かりたいともこの時私は思わなかった。少なくともその時の彼女を見て、私が思ったのは、めんどくさいの一言である。


「恋でしょ。女子高校生は恋に青春を捧げる生き物なんだから」

「それを言う結は、恋をしているの?」

「して……ない。あぁもう私の事は良いの。今は陽の事で話をしてるんだから」


 らちが明かない。ここはもう、はっきりと言うしかない。刻み付けるしかない。

 私は指を陽に突きつける。それは逃がしはしないという意思表示でもあった。


「あんたはどうなりたいの、川瀬と」

「広と?」

「そう、川瀬と、あんたは付き合いたいの。それともただの幼馴染みでいたいの」


 棘がある声音となる。私自身少し言い過ぎたかなと、言った後で反省するほどに。

 でも、指を指されても、棘のある言葉を受けても、陽は陽のままだった。


「幼馴染みでいいの私は」

 

 小さいながらも、部室全体に広がる声。当然私の耳にも入った。

 そして、それを確認したみたいに、一呼吸置いて彼女は続ける。


「私は相応しくないもの、広の相手に。きっと広は他の人が似合うと思う」


 諦めている人の表情じゃない、まるで達観しているかのような顔をこの時、陽はしていた。

 これでいいんだと、本気で思っているかのような、そんな表情。

 けど、そんな彼女を前にして、私は落ち着いてなんて居られない。彼女とは違って私は大人ではいられなかった。


「もういいよ」


 私は陽に向かって、そんな冷たく、突き放す言葉を吐く。

 そして私は指を降ろして、持っていた文庫本を乱暴にカバンに詰め込むと、そのカバンを手にそのまま部室を飛び出した。

 短い時間。その間、私は陽の顔を一度も見なかった。


ーーーーーーー


 昇降口に来ていた私はまだ、イライラしていた。

 私には理解出来なかった。何故、陽があんなことを言うのか。


 そもそも、なんだあの、私には相応しくないっつう言葉は。陽の大バカ野郎、相応しくないのは川瀬のほうだっつうの。寧ろあんたに相応しいのは川瀬じゃない方の幼馴染みぐらいだっ。何か?自分を過小評価してれば、良いことでもあるってのか。だったら私のような俗世は虫けらみたいな評価になるよなっ!

 

 と、そんな事を思いながら、靴へと履き替え、昇降口を出た私はそこらにあった小石を蹴った。

 蹴られた小石はコロコロと転がり、やがて他の小石へとぶつかり、止まる。それを見て、私は舌打ちをすると、自転車がある駐輪場へと向かった。


 自転車へと乗った私はそのまま家へと帰らず、ヤオンへ向かっている。

 別に、ヤオン内にあるゲームセンターで鬱憤ばらしをしようとかそう言うつもりじゃない。寧ろ自転車を漕いでいる私は鬱憤ではなく、後悔が溜まっていた。


 自転車に乗って、風で頭を冷やした私は自身を見つめ直す事が出来たのだ。それで思った、やり過ぎたと。

 明らかに最後のは、私が悪かった。てか、そもそも私は陽に怒る権利はない。陽がどんな恋愛尺度を持っていようと自由であり、他人である私は本来なら何も言うことが出来ない。

 また、陽が落ち込んでいるのだって、私が勝手にその事でイライラしただけ。陽だって落ち込みたくて落ち込んでた訳じゃないのに。

 さらに付け加えるなら、落ち込んでるっていっても、陽は感状表現が乏しいからそこまで、目につくほどの変化じゃなかった。


 なのに、私はイラついた、不機嫌になった、怒った。これはどう見ても自分が悪い。

 それを、私は自転車に乗りながら気づいたのだ。だからこそ、私はヤオンへと向かう。明日陽に何か詫びの品でもあげようと思ったから。


 だから、ヤオンへとついた私はゲームセンターがある二階じゃなく、一階の食料品売り場へと行く。

 詫びの品として、物よりも食べ物の方が良いと思ったのだ。物なら受けとりを断わられるかもしれないが、食べ物なら二人一緒に食べられる分、断わられづらくなるかと考えての事。

 部活中に渡し、かつ食べるとなるとクッキー辺りが良いように思われた。

 クッキーなら手も汚れないし、きっと陽も喜ぶに違いない。


 てな訳で、私は食料品売り場内にあるお菓子が陳列されている棚へとたどり着く。

 ポテチや、キャンディ類、はたまた駄菓子まで、様々なお菓子類が、私に買われようと、誘惑してくる。

 きっと、いつもの私なら、お金余ってるし少しぐらいはいいかと言った気軽さで、目についたものを買うだろう。でも、今の私は違う。

 今の私にはクッキーを買うという確固とした意思がある。だからこそ、誘惑に勝てる。誘惑に目を奪われるという失態を起こさない。

 と、いきこんでた私だけれども、お菓子とは違うものに目を奪われることとなった。


 他の人より頭ひとつ分出る程の高身に、地毛であろう短く整えられた茶髪。

 爽やかでありつつも、柔くない力強さをもつ顔立ち。目も、鼻も、口も、それぞれ絶妙なバランスで配置されている。それぞれがそれぞれを際立せ、かつそれぞれの各部位も男らしい強さと、華麗さを合わせ持っている。

 そんな彼は学校の制服を来ていなければ、芸能人かと間違える程に、こんな普通の街のショッピングモールでは場違いなほど際立っていた。

 

 そんな彼は学校の中でも、当然目立つ。大勢の生徒の波の中から一瞬で見つけ出せるほどに。

 でも、私が彼を見たのはいつも学校で、外で会うのは始めてだった。だからこそ、今の私は彼から目を離せないのかもしれない。


 高城見治。冴えない方とは違う方の陽の幼馴染み。そして、美少女である陽と双璧をなす美男子。

 そんな彼が、私が探していたクッキーがある棚の前に立っていた。彼もまた、クッキーを品定めしているのだろうか。


 この時、私は何気ない、何でもない顔をして、彼の隣へといき、クッキーに手を伸ばすなり何なりして、かすみ取っても良かった。それか、彼が立ち去るまで待つというのも手だった。

 けど、私はそれらの選択肢を取ろうとは思わなかった。陽の事を考えていた故か、この時の私はちょっかいを出してみたい気持ちにかられていたのだ。


「あら~そこにいるのは、愛梨さんの彼氏で有名な高城さんじゃありませんの~」


 と、振り返れば、どうかしてるんじゃないかと自分自身思うほどの、話しかけ方をこの時私はした。しかも、この時、私は高城に初めて話しかけたのである。

 だからこそ、よりどうかしてるんだけど、陽の事で悩んでいた私は若干ながらハイになっていたかもしれない。


 と、このような頭の可笑しな女に、話しかけられた高城だけど、返し方は実にスマートであった。


「あれ、四条さんだよね」


 戸惑うことなく、彼は私の方へ振り向くと、私の名を読んだ。ほとんど初対面なのに。

 だから、この時からかうような、ニヤついていた私の表情は、一転驚きのものとなる。


「えっ、私の事知ってるの?」

「知ってるも何も、陽の部活仲間だろ?陽からよく話を聞いているよ」


 爽やかに、そう言うと彼は右手を差し出してきた。そんな彼の差し出された手を見る私。

 あれ、これってこうであってるのかな?

 戸惑いつつ、私は右手を出し、彼と握手をした。


「俺は高城見治。宜しく」

「あっ、えっと四条結です。宜しくお願いします」


 戸惑う私。

 一方の彼はというと微笑んでいた。まるで、私と出会えた事が嬉しいような、そんな笑顔。

 普通の人がやったら、キモいであろうこの流れも、高城がやると様になる。イケメンしかなせない技だなぁと半ば感心しつつ私は高城から手を離した。


「てか、俺は陽の彼氏じゃないよ。それくらい陽から聞いているだろ?」


 握手を終えた高城は最初の私の質問?に答えてくる。それを受けた私は、大阪のおばちゃんのように、手を大げさに振って否定した。


「いやぁ、ごめんごめん。うん、聞いてる。ちょっとからかいたかっただけだから。心配しないで」

「だろうね。陽も俺も困っているんだ。その噂。こうやって否定し続けてると、相手が冗談で言っているのか本気で言っているのか分からなくなる」

「それなら、なおさらごめんね。冗談で言っちゃって」

「良いよ別に。四条さんと話すのは初めてなんだから」


 微笑む高城。しかし、こうしてみると本当にイケメンだ。それに、学業・運動も完璧で中身まで良いときている。それなのに何故陽が高城ではなく、川瀬の事が好きなのか、分からない。

 やっぱり、陽って変わってる。そんな思いを抱きつつ、私は彼女の幼馴染みと話していく。


「高城君はさ、クッキーとか好きなの?」

「いや、好き程じゃないね。普通。四条さんは?」

「私は結構好きかな。ここに来たのもクッキーを買うためだし」

「それなら悪かった。俺がいたから買いずら買っただろ?」


 そう言って、高城はクッキーが並べられている棚から2歩程ずれ、私に譲る。それを受け、私は首を振った。


「いいのいいの。高城君が先に買って良いよ。クッキー買うつもりだったでしょ?」

「そう?それなら先に選ばせてもらうね」


 高城は先程自分のいた位置に戻ると、素早く商品を手に取る。

 高城が選んだのは、丸形の缶詰めに敷き詰められた、手土産として送るようなタイプの奴だった。


「誰かに送るの、それ」

 

 高城が手に取った商品を見つつ私は尋ねる。それを受け、高城は首を振った。


「送るんじゃなく、一緒に食べようと思って」

「一緒に……家族と?」

「うぅん、広や陽と。広もうすぐ誕生日なんだ。そのお祝いとして、皆で食べようと思って」


 少し照れ臭そうに笑う高城。きっと、他の女子達が見たら倒れる事間違いなしの威力である。

 でも、その時の私と言えば、目の前にいる高城に意識がいかなかった。


 私は思い出していた、ここ一年間の事を。

 誕生日、そう言えば昔陽が言っていた。三人のうち誰かが誕生日になったら、皆で集まってお祝いすると。

 それを聞いた時、思わず小学生か、と陽に言ったっけ。


 お誕生日パーティー。高城と川瀬と陽の幼馴染み三人だけで行う。

 その時、陽はどんな顔をしているんだろう。どんな気持ちで川瀬を祝うんだろう。

 知りたい、と率直にそう思った。今日の事がある分、より切実に。

 そして、思ったのなら即行動するのが私という人間。


「ねぇ、高城君一つお願いしてもいいかな」

「えっ?……まぁお願いにもよるかな」


 戸惑う高城。歯切れがよくない彼に私は目を合わせる。自分の意思を確かめるように、彼の瞳を見つめる。

 そして、私は言い切った。彼らの関係に切り込む言葉を。


「私も川瀬君のお誕生日パーティーに出たい」

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