【帰る場所】
1話と見比べて見て頂けると幸いです。
「マスター、あーん」
リンが差し出してきたスプーンを口にくわえる。
ううむ、これはまるでボルカリア山のように熱く、そして、
「辛い! 辛いよこれ!!」
めちゃくちゃ辛かった。
「どうやら配分を間違えた。マスター、ごめん」
「全然リンの料理は上達しないわね」
同じテーブルで食事しているレモンが呆れたようにそう言った。
「そういうお主らは、いつまで経っても成仏せんのぉ」
ホムラが稲荷を食べながらレモンとサイドを見てそう言った。
「仕方ないでしょ。復讐したかった相手は死んじゃったし、成仏するタイミング逃したのよ」
「そうそう、それに僕たちこの家好きだしね」
レモン達はそう答える。
まぁ無理に成仏する必要もないけど。
「はい、ご飯できたわよ」
そう言いながら皿を並べて来たのはリズだ。エプロンをつけている。
「ノ、ノンちゃん。早く起きてくだい。ご飯ですよ」
「ううん、あと100分」
「そ、そんなに寝たらご飯なくなっちゃいますよ!」
サシャが床で日向に当たりながら寝ているノンを揺らして起こそうとしている。ノンは目をこすりながらなんとか起きたようだ。
「「「いただきまーす」」」
みんなでご飯を食べ始める。他愛無い話なんかをしながら。
食事が終わると、俺はギルドに行くために支度をし始めた。準備が終わり、俺は一人でギルドへと向かう。
ギルドの扉を開けると、俺に気づいた冒険者達がざわつき始めた。
「お、おいありゃあ……!」
「フ、フリードさんだ……!」
「五年前にエルフ国の魔王から世界を救ったあの伝説の……! この街に住んでるってのは本当だったのか!」
「隣の街から引っ越した甲斐があったぜ」
何やらいろいろと言われているが、俺は特に反応もせずに受付まで進む。これがあるからあまりギルドには来たく無いんだよな。
受付にはエリナさんがいた。いつのまにか受付嬢から管理職になっていたけど、俺の時だけ受付をしてくれる。彼女は俺を見ると、いつものようににこやかに笑った。
「遂に行かれるんですね」
「ええ。おそらくこれが最期になると思います」
「ダンジョンの300階層ですか……前人未到。もはやあなた以外には達成出来ないでしょうね」
あの戦いから五年が経った。戦いの傷も癒え、俺たちは平穏な日々を送っている。だが、そんな中でも俺はひたすらにやり続けている事があった。
そう俺はダンジョンに潜り続けている。あの日の、テンネの言葉を信じて。ダンジョンに関する文献なども調べたが、殆ど何も分からなかった。だから俺は、とにかく潜ることにした。
ダンジョンは深ければ深いほど強力な魔物が現れる。少しずつ潜って5年かけて300階層近くまで来た。
そして、俺は確信している。そろそろ最下層である事を。それは言うなれば勘としか言いようがないが、潜り続けた俺だからこそ肌で感じるのだ。ダンジョンは生きている。
俺は許可書を貰うために、ギルドに来た。必要な事項にサインして、提出する。
「フリードさん……お気をつけて。私も、あの子が見つかることを祈っています」
「はい、ありがとうございますエリナさん。行ってきます!」
俺はそう言って、再び家に戻った。
みんなも準備が終わったようだ。
「よっしゃ、みんな行くぞ!」
「「「おー!」」」
そう言って、俺たちはダンジョンに向けて出発した。するとダンジョンに行く道の途中で、アイデン騎士団の人達に遭遇した。
「「「お久しぶりです! フリード様!」」」
騎士団の人達は、俺に気づくなり頭を下げてそう言ってきた。この国の騎士団では俺は英雄的な扱いになっていた。少し歯がゆい。
「あはは……そんなかしこまらなくていいですよ」
「やっほーフリードちゃん」
「ヴィーナスさん!」
列の先頭にいたのはヴィーナスさんだった。彼女は騎士団長になっていた。
「みんな引き連れてるところを見ると、今日はダンジョンに潜るのかな?」
「そうですよ。ヴィーナスさんも、騎士団を引き連れて何を?」
「今日は新しい騎士団員の審査をする日だからねん。ビシバシやっちゃうよー」
「ヴィーナスさんが審査員ですか。そりゃ厳しそうですね」
「ふっふっふー。フリードちゃんも頑張って! みんな会えるの楽しみにしてるよっ。もう一人の英雄にさ」
そう言って、元気よく手を振りながらヴィーナスさんは去っていった。もう一人の英雄。みんなを救うために消えてしまった英雄。
俺も、手を振り返しながらダンジョンがある場所へと向かった。ダンジョンに入るための入り口は冒険者たちでごった返している。
俺に気づくや否や、冒険者達がざわつき始めた。面倒に思っていると二人組の男が俺に話しかけてきた。見知った顔だと思ったらロイヤーとゾックだった。
「あれ、お前らこんなとこで何してんだ?」
俺がそう尋ねると、ロイヤーは相変わらずの小憎たらしい笑みで答える。
「師匠の命令でこの街に売ってる素材を買いに来たんだ」
「師匠っていうと、ラクノアさんか」
「ああ、弟子入りして三年は経ってるけどまだまだ雑用だよ」
ロイヤーは冒険者を辞めた。いや正確に言うと続けられなくなったのだ。あの時の傷が原因でロイヤーは戦う事が出来なくなったからだ。
その後彼は鍛治師であるラクノアさんに弟子入りした。
「ふーん、ゾックは?」
「俺はロイヤーに久々に飲まねーかって呼ばれたんだよ。んで、どうせならフリードにも会っとくかってなったわけだ。話聞いたら今日はお前ダンジョンに潜るらしいからここにいりゃ会えるだろと思ってな」
ゾックは冒険者を辞めて、村に戻った。今は村で畑を耕して過ごしているようだ。
「なるほどね、まぁ別に会ったところでお前達と話す事なんて特にないけどな」
「そりゃそうだ。僕は久し振りに間抜けなお前の顔を見たくなっただけさ」
お互いに牽制し合う俺とフリード。ゾックとリズはあきれた様子で俺たちをみていた。
ロイヤーは俺をしばらく睨んだあと、緊張を解いて軽快に笑った。
「ふっ、僕はもう満足した。行こう、ゾック」
「そうだな、またなフリード、リズ」
ロイヤーとゾックはそれだけ言ってあっさりと去って行ってしまった。ある意味でもはや俺たちは特別視しない関係に戻れたという事だろうか。
「男ってなんでこうめんどくさいのかしら」
リズがそんな事を言っていたが、気にしない事にしよう。リズも少し嬉しそうだったし。
俺たちは入り口の近くにある転送魔道具に魔石をかざしてダンジョン下層に転移した。
ダンジョンにはいくつかの階層に直接転移される魔道具がある。これによって俺は280階まで一瞬で行くことが出来る。
俺たちは魔石によってぼんやりと光っているダンジョン内を歩いていった。
「いよいよ、ダンジョンも最期。マスター、嬉しい?」
リンは歩きながらそう聞いてきた。
「嬉しい、訳ではないかな。目的はダンジョン制覇じゃないし。でもこの先にあいつがいる、そんな気がしてるんだ」
「で、でででももしテンネちゃんがいなかったらどうしましょう」
サシャが不安げにそう言った。そんなに緊張してると俺が緊張できないじゃないか。
「大丈夫だよぉ、サシャ。きっといるよ、ねぇご主人。テンネ、元気にしてるかなぁ?」
ノンは相変わらずのほほんとしていた。
「そうだな、元気だといいな」
「でもテンネ姉ちゃんがいるって事は五年間同じパンティを履いてるって事だよね、それってつまり……ごくり」
「馬鹿か、あんたは。テンネは転生してたら魔人じゃないんだから服なんて着てるわけないでしょーが」
「え、じゃあ全裸ってこと?」
「死ね」
サイドの変態度とレモンの辛辣度がそれぞれ上がった気がするな……。サイドに関しては年齢的にもういい年になっていると思うんだが犯罪じゃないのだろうか。
「それにしてもよくこんな奥深くまでこれたもんね、私たち。そもそもこんな深くまでダンジョンがあるなんて思ってなかったけど」
リズが辺りを見渡しながらそう言った。
「ダンジョンが何のためにあるのか、いつからあるのか。よくわかっておらんからの。少なくとも妾の時代には既にあったし、その頃は『神の依り代』と呼ばれていたのも事実じゃ」
ホムラが得意げにそう答える。
「大層な名前が付いてんのねぇ。まぁ時々壁に刻まれてる古代文字とか見てると、過去にもダンジョンを探った人がいるのは間違いなさそうね。本当、不思議な場所だわ。リンはダンジョンから生まれたんでしょう。過去の記憶とか思い出せないの?」
リズがリンにそう尋ねた。リンは顎に手を当てながら、考えたそぶりを見せている。
「実はこの五年、私もダンジョンに潜り続けて少し思い出した事がある。断片的なものだけど。おそらく私、前世は人間だった」
「前世? 前世の記憶なんて思い出せたの? 面白いわね。それで?」
「私は考古学者だった。何かを研究していた。その中で何かの禁忌を犯してしまって私は死んだ。ぼんやりとだけどそう覚えている」
「ふーん、禁忌ね。まぁ今の話を聞くとテンネが生まれ変わってるのもあり得るかもね」
「おいおい、リズ。まだ信じてなかったのかよ、生まれ変わりの話」
俺がそう尋ねると、リズはペロリと舌を出した。
「冗談よ、信じてるに決まってるじゃない。きっといるわ、この先に。あの子は」
リズは真面目な顔でそう言った。
俺たちはダンジョンを進んでいく。
そして――
「これが、最期の扉じゃな……何という荘厳な扉じゃ」
俺たちは最期の部屋の前に辿り着いていた。
見上げると、高さ10メートルはありそうな巨大な扉。様々な紋様や装飾がなされているが、もはや門よりもでかい。俺たちの目線の高さにある、扉の中央には巨大な虹色の魔石が埋まっていた。
固く閉ざされているように見えるこの扉も、この魔石に触れる事で開くのだろう。俺はそっと魔石に手を触れた。すると、魔石が淡く輝き始める。
『深き海の底より出でし御霊。輝く樹々の光より出でし御霊。此の迷宮が底で、求めよ。然らば与えられん』
どこからともなくそんな声が聞こえたかと思えば、扉が少しずつ開き始めた。開いた先の部屋には、広い空間と青白い炎が灯された台座があった。
青い炎に照らされたその台座は神秘的な空気を醸し出している。
そして、その台座には――いた。
いたのだ。まるで死んでいるかのように目を瞑り横になっている真っ黒な猫の魔物。ブラックキャットだ。
何で生まれ変わっているはずなのに、またブラックキャットなのか? 何でこんな仰々しい台座にいるのか?
わからない事は沢山ある。だけど俺は、そんな事はどうでもよかった。
――歩いて、歩いて、歩いて
あいつを見つけるためにあらゆる場所を訪ねた。そしてダンジョンの奥深くまで来て、やっと俺は辿り着けたのだ。
周りのみんなは入り口の近くで待ってくれている。
俺は一人、一歩一歩噛み締めながら台座に近づいていった。
すると、ブラックキャットはのそりと起き上がった。そして俺を見つめて低い声で唸り始めた。俺を敵と判断したのだろう。だが俺は、それでも前に進む。台座に登った。
そして、ブラックキャットは俺に飛びかかってきた。俺は抵抗をせずにそのまま押し倒される。
「グルルルル……」
ブラックキャットは、今にも俺のことを食べそうだ。よだれ垂らしてるしな。
「ははっ……お前はいつもお腹空いてるな」
俺は初めてテンネに会った時のことを思い出していた。あの時も俺はこうやってテンネに喰われそうになってたんだっけか。あの時は死ぬかと思ったよ。
――なぁテンネ……少し時間かかったけどさ。
「会いに来たぜ! 『リライフ』!」
俺がそう唱えると俺の手が眩く輝き出し、魔物の体もそれに呼応するように輝き始める。眩しいが俺は目を閉じなかった。光の中で、黒い魔物が人に変化していくのがわかる。
そこにいたのは――
「たーべさーせろー! ……あれ?」
黒い髪をした猫耳の美少女だった。
よく見た顔だ。相変わらず気の抜けた顔をしてやがる。
「にゃ? フリード、どこにゃここ? お前少し老けたか? 私何してたんだっけ……にゃんだお前泣きそうな顔して」
俺はテンネを抱きしめた。
テンネはぽかんとしていたが、尻尾を振っているので嬉しそうだ。
「「「テンネーー!!!」」」
「にゃっ。みんにゃ?」
後ろからリンたちも走ってやってきて、そのままテンネに抱きついてきた。サシャなんて号泣している。
しばらくそうしていたあと、俺はテンネから体を離した。
「テンネ」
「にゃに?」
「おかえり」
「「「おかえり」」」
俺がそう言ったあと、みんなも後に続いてそう言った。
世の中は平等には出来ていない。だからこそ、必死に生きるんだ。
村から追放された俺が、誰かの帰る場所になれたんだ。人が人と触れ合って、また新しい誰かの場所になる。
テンネは少し照れ臭そうな顔をしながら答えた。
「ただいまなのだ」
完
ということで追放されし魔物使いの成り上がりは、これにて完結です。
いろいろとあって当初より大幅に完結が遅れてしまって申し訳ないです。でもまぁ、当初思っていた結末を迎えられて良かったです。
今までお読みいただきありがとうございました!
下にリンクも貼りましたが、【新連載】も始まっているのでそちらもよろしくお願いします!!
最期になりますが、面白かったら評価や感想の方よろしくお願いします!
ファンタジーの次回作の参考にします!
【追記】
新しいファンタジー連載始めました。下のリンクから飛べます。よろしければどうぞ!
では!




