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【ありがとう】


 テンネの提案を俺は素直に頷けるはずがなかった。

 エルフ王の方を見ると、俺たちから受けた傷を癒すために、傷口に闇の魔力を漂わせていた。

 少しして傷が治ったらすぐに俺たちは殺されてしまうだろう。


「出来るわけないだろ! 何言ってんだ、お前融合の対価がなんだかわかってんのか」

「わかってるにゃ。私が消えちゃうのだろ。いや死んじゃうのか……まぁでもいいにゃ」

「いいわけない。お前を失って誰が喜ぶんだよ!」

「そんな事言ってる場合じゃ無いのだ。このままじゃ、みんな死ぬぞ。リンもノンもレモンもサイドもサシャもホムラも」


 俺は周りを見る。既に、仲間が血を流して気絶している。そうだ、テンネの言うことは正しい。このままじゃ全員死ぬ。

 だからって……。


「だからってお前を失うなんて考えられない」

「これが一番犠牲が少なくて済む方法だにゃ! 頭の良いフリードならわかってるだろにゃ!」


 そりゃ、頭ではわかっている。ここで一番有効な手はそれしかない。


「わかってる……でもテンネ、だってお前……泣いてる」

「え?」


 テンネの頬には一筋の涙が流れていた。


「涙……? こ、こんにゃものは何かの間違いだにゃ。だって私はテンネ様だにゃ。天使のような猫にゃのだ。私はみんなを救うためなら、悲しくにゃんか……」

「俺には無理だ……お前を犠牲にするなんて。俺はテンネに救われた。絶望していた俺が立ち直ることができたのは、お前がいたからだ。俺はまだテンネとご飯を食べたい。テンネと遊んでいたい。テンネと……暮らしていたい」


 テンネは俺の言葉を聞いて、俯いた。そして沈黙の後に彼女は顔を上げる。その表情は悲しみではなく、笑顔だった。


「へへ……フリード、私は考えていたにゃ。リンはなんで魔物の時の記憶が曖昧なのか……」

「なんの、話だよ」

「スライムだから、知性が無くて覚えていにゃいのか。そうかもしれない。けど、私は違うと思っているにゃ。ダンジョンから生まれてきたせいにゃ。ダンジョンの魔物はどうして生まれてくるのか、何もわかっていない」


 テンネは倒れているリンの方をちらりと見ながら話を続ける。


「たぶん、いやきっと……禁忌を犯して死んでしまった魔物は生まれ変わってダンジョンに現れるのにゃ。考える事も奪われ、ただただ獲物を捕食する。だから私たち魔物には、ダンジョンを嫌う気持ちが心の何処かに残っているのだ」

「どういう事だよテンネ、何が言いたいのか……俺にはわかんねえよ」

「私はここに来る前に、ホムラにいろいろと聞いたにゃ。魔王は融合という禁忌のスキルを持っていること、フリードもそれを使える素質があること。融合したら消えて無くなってしまうこと。でもきっと……私はダンジョンで生まれ変わってまた会えるにゃ。だからフリード、融合するにゃ」


 テンネは、まっすぐと俺を見てそう言った。俺は、俺は……。


「ダンジョンで転生するなんて本当かどうかもわからない事に賭けられるわけがないだろ! それにリンは魔人化した時記憶を失ってたんだぞ! お前だって俺たちの事……忘れてるかも、しれないんだ……! 転生してまたブラックキャットになるかもわからない! 俺は、お前の事を見つけられないかもしれないんだぞ!!」

「大丈夫にゃ! 最初は忘れてるかもしれにゃいけど、ご飯を食べれば思い出すにゃ! そりゃあフリード達との思い出が無くにゃるのは……少し、寂しいけど。思い出すからきっと平気なのだ! それと、どんな姿になったとしても、フリードはきっと私の事を見つけてくれるのだ。だって……」


 テンネの手のひらがが俺の頬にそっと触れた。テンネの瞳は悲しみでも喜びでも無く、ただ俺だけをまっすぐ見ている。


「だってフリードは、私に新しい人生をくれたにゃ。次生まれ変わってもまた私を見つけ出してくれるって……そう決まってるにゃ」


 テンネが俺に近づいてくる。テンネの唇が俺の唇に触れた。


 瞬間。俺の脳裏には神官に言われた言葉を思い出していた。

 ――貴方のスキルは魔物にそれまでにない力を与え、新たな人生を歩ませます。故に魔法名は――

『リライフ』。テンネにとって俺と過ごした日々は無駄じゃなかったのだろうか。


 顔が離れる。テンネは何も言わない。

 俺の心には迷いは無くなっていた。


「なぁテンネ、俺との生活、満足したか?」

「……全然。まだまだ物足りにゃいな!」

「だよな」


 俺も全然足りないさ。


「だからテンネ、お前の事は俺が見つけ出す。何年かかろうが、何十年かかろうが。きっとだ」

「うん、待ってるのだ。いつまでも」


 俺は、テンネを抱き寄せた。小さいがテンネの温もりを感じることができる。テンネの覚悟も感じることができた。

 わかっている。やるべき事は。だけど、1秒でも長くこうしていたい。

 無限にも一瞬にも思えたその時間を終えて、俺はスキルを発動させた。



「『融合』…………!」



 発動させると、テンネの身体が光り輝き始めた。身体が粒子のようになっていき、俺の体にその粒子が吸収されていく。

 抱いているテンネの体がどんどん実体では無くなっていくようだ。


「にゃあ、フリード……」

「なんだ……?」

「ありがとう」


 何がだよ。そう言ってやる前に、俺の前から彼女は姿を消していた。

 テンネは、消えたのだ。俺に力を与えて。

 俺の髪が黒く染まっていくのがわかる。尾が生え、耳は獣のようになっている。俺にはわかる。憑依と融合のレベルの違いが。

 俺一人では絶対に成し得ない領域の力。テンネがくれた力。


 今は、今は少しだけテンネの事を考えるのをやめよう。俺の敵は、あいつだけだ。


 俺は瓦礫を退けて立ち上がる。エルフ王は、俺が立ち上がった事に気付いた。


「おや。まだ生きていたのか。先ほどとは形態が違うようだがまだ下らぬ抵抗を――」

「どけよ」


 俺は、一瞬で奴に接近して奴を手のひらで押した。エルフ王はそのまま尻餅をつく。


「何っ……!?」


 俺は奴の近くにいた瀕死になっているロイヤーとゾックとリズをリンの元へと運んだ。重傷だ。特にロイヤーの傷は酷い。

 リンは気絶しているが、応急処置としてリンの体に3人を突っ込んだ。スライムには治癒能力がある。出血はこれで抑えられるはずだ。


「くく……なんだ、その変化は? お前また憑依でもしたのか? 無駄な足掻きを」

「憑依じゃない。融合だ」

「ゆ、融合だと? 馬鹿を言え。あれは魔物使いとして究極にまで高まった者のみが扱えるスキルだ。お前のような餓鬼が扱える代物じゃない!」

「知るかよ。究極だのなんだのと。興味無えよ、そんなもの」


 俺はエルフ王の方へと向き直った。

 エルフ王は、俺が言った事が信じられないようだ。怒りをあらわにしている。


「私は、魔王を取り込んだのだ。貴様程度が、私を上から見るな!! 『闇林』!」


 俺の近くの床から、黒く染まった木の枝が出現し、俺へと襲いかかってくる。

 遅い。今なら歩いていても避けられそうだ。

 俺は、枝を避けてそのままエルフ王の無防備な顔面に思い切りぶん殴った。


「がぁっ!??」


 奴は床に叩きつけられる。

 何が起きたかわかっていない様子だ。


「な、何が起きている……!? 何故至高の力を手に入れたはずの私が、このような餓鬼に殴られている!?」

「あの世で考えてろ」

「く、来るな! 『樹血』!」


 黒い木の幹が俺に向かってくる。

 俺は肘を引いて構えた。


「『キャットナックル』」


 ぶん殴った木の幹は星を散らしながら粉々に砕け散った。

 エルフ王は、いつのまにか恐怖の顔に変わっていた。


「あ、あり得ない。お前が吸収したのは下級ランクの魔物のはずだ。私はルークナイトを吸収したんだぞ! なのに、何故だぁぁああああ!」


 やけになったエルフ王は俺に殴りかかってきた。俺はそれを避けて何十発も奴の体に拳を叩き込んだ。


「ぐぼぁぁあっ!」


 血反吐を吐きながら、エルフ王はその場に膝をつく。


「あ、あり得ぬ……そんなはず、無い。魔王様は強かった。最強だったのだ! その魔王様の力を手に入れた私が、最強のはずだ! 何故その私が、たった一人の人間に負けなければならんのだ!」

「俺は一人で戦っているわけじゃない。俺には仲間がいる。心を支える仲間がいる!」

「友情だの、愛だの、仲間だの! 下らぬ、下らぬ下らぬ! 愛を知った魔王様は弱くなった。だが守るべき恋人を私が殺した時、魔王様は強くなった! いらぬ、いらぬのだ! 強さに全ては不要! 私が最強だ! 死ね、汚れた種族め!」


 エルフ王は剣を俺に向けて突いた。


「お前も何か見つかるといいな……じゃあなエルフの王様」


 俺は突きを避けて、落ちていたロイヤーの剣を拾った。

 そしてそれをそのまま奴の胸に突き刺した。

 エルフ王は、剣を落とす。そして、苦しそうな顔をしながら俺の方を見た。


「くそ……あの時の、リーシャ様と同じ瞳をしやがって……くそ……くそ…………魔王、様……」


 そのまま奴は倒れて、やがて事切れた。

 終わったんだ。全て。

 俺の体が、元に戻っていくのを感じる。ああ、役目を終えたんだ。ありがとう、テンネ。


 俺はすぐに倒れている仲間たちを助けるために、エルフの街の人々に助けを求めた。流石に異変に気づいていた彼らはフィリップさんをリーダーとした騎士団を中心に救助活動を行ってくれた。


 ロイヤー、ゾック、リズも一命を取り留めたようだ。

 皆かなりの重傷だったが、しばらくして話せる程度には回復した。


 エルフ国は生き残ったエルファバ王子の証言もあり、エルフ王の罪を認める形になった。これで再び人間とエルフの仲には亀裂が入ってしまうかと思われたが、アイデン国の王は、今までのエルフ国の罪を問わない事にした。これによって、徐々にではあるが、人間とエルフの溝も埋まっていくかもしれない。


 仲間には、テンネの事を話した。彼女がもう戻らない事を知ると、皆悲しんだけれど、俺はまだ諦めていない。

 最後のテンネの言葉を信じているからだ。


 俺たちの冒険は、まだ終わっていない。そうだよな? テンネ。





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最強な主人公が無自覚のまま冒険するお話です
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