【最期の一手】
ヴィーナスさんが来てくれるとは。
彼女は、すぐにこちらに走ってくると、そのまま騎士団達に指示を出し始めた。
「敵はあのエルフ王! ホムラちゃんのサポートに回れ!」
「「「はっ」」」
いつのまに指示する立場になったんだろう彼女は。彼女の指示で動いた騎士団が、一斉にエルフ王へと襲いかかっていった。
そしてヴィーナスさんは俺の元へと走ってきた。
「やっほ、フリードちゃん。元気そーだね」
「これが元気そうに見えますか。でも助かりました、まさかアイデン騎士団が来てくれるとは。これもヴィーナスさんが?」
「まぁちょっとね、頑張っちった」
そう言って舌をペロッと出すヴィーナスさん。見かけはいつも通りの彼女だが、額にはうっすらと汗が滲んでいるのがわかる。彼女もわかっているのだ。あの化け物じみたエルフ王の実力が。
「じゃあ私も行ってくるねー、世界の命運は君に任せた! フリードちゃん」
少しふざけた感じで彼女は敵の元へと走っていった。劣勢だったホムラ達は、アイデン騎士団達のおかげでなんとか立て直し、再び拮抗した戦いが行われる。
だが、元々ホムラ以外はエルフ王との力は歴然としている。一人、また一人と騎士団員達は倒れていき、ヴィーナスさんも満身創痍になっている。
「こ、ここまでかな……」
「き、きついにゃ」
「ま、マスターのため……くっ」
テンネ達も体力の底が見えはじめ、そして遂にホムラ自身の体力も底を尽きてしまった。
尻餅をついたホムラに、ジリジリと近寄るエルフ王。俺は腰から剣を抜き取り、態勢を整える。
「くく、遂にお前の体力も尽きたか。無理もない、全力を出し続けて戦っているのだからな。馬鹿め、こうなる事は分かっていたはずだ」
「ば、馬鹿はお主じゃ……」
「何?」
「40分……ち、長かったのう。永遠にも思えたわ」
「40分? なんの話をしている」
「ふん……昔の妾なら、誰かを頼って戦うなどあり得んかった。じゃが今の妾には……主人がおる」
俺は一気に走りこんで、エルフ王に剣を振るった。予想外の方向だったのか、エルフ王も咄嗟に剣で受け止める。
「ちっ……フリード・ニルバーナァア!」
「ヴィーナスさん!」
「あいよ! エクスプロージョン!」
ヴィーナスさんの余力全てを込めて放った矢が俺とエルフ王の近くの床に突き刺さり、爆発して煙が発生する。
俺はその隙に、ホムラを抱きかかえて逃走した。
「くく……準備はできたのか」
「ああ、お前達のおかげでな!」
「ならば妾の力くれてやる。光栄に思えよフリード。未だ誰も触れさせておらぬ、妾の深淵に触れられるのじゃ」
「勿論、光栄に思ってるさ……行くぞホムラ! 憑依!」
ホムラに手を当てて、憑依を行う。俺たちを黒い渦が包みこんだ。身体の奥底から力が溢れてくる。
渦が消え去った時、俺には九本の尾が生えていた。俺は抱きかかえているホムラを床に下ろす。
「ふん……少しはマシな面になったのう」
「そりゃどうも。後は俺に任せてくれ」
「頼んだぞ」
俺はエルフ王の方を見る。奴の顔から笑みは消えていた。
「人間風情が、妖狐の力を得たか」
「お前だって借り物の力じゃろうが。なら俺と一緒だな」
「なるほど……言動までも影響を受けるというわけか。面白い、かかってこい!」
俺は一気に踏み込んでエルフ王に剣を振るった。奴はそれを受け、剣戟が始まる。さっきまで勝てる気配がなかったが、今の俺なら互角の戦いが出来ている。いや、僅かに俺の方が上だ。
斬っては斬られ、致命傷にならない傷がどんどん増えていった。
「はぁはぁ……どうやら、本当に私と同じ領域に到達したようだな」
「お前の目は節穴か? 俺の方が上回ってる」
「ぐっ」
奴は左腕を抑えている。先程俺が斬りつけた場所から血が流れ出しているのだ。あの傷は深い。
「馬鹿な。魔王の力を得た私が……お前よりも劣っているというのか」
「さぁな。とにかく俺は今、お前を倒す事しか考えていない」
「ふん……人間が。お前達はいつもくだらぬ。平和と破壊を同時に求める異端者どもめ……! 死んで償え、全員な!」
エルフ王の腕に黒い渦が巻き付けられて、出血が止まっていく。だがあんなものは応急処置に過ぎない。
俺たちは再び斬り合いを始めた。剣と剣がぶつかるたびに、奴の腕から出血する。
「ぐっ」
「終わりだ、エルフの王!」
エルフ王の怯んだ隙を狙って、俺は首元に剣を振り下ろした。だが奴は、ギリギリで剣で受け止めてごろごろと床を転がっていく。
「はぁ、はぁ……この場所を待っていた」
「何を言っている?」
「『融合』」
エルフ王は、近くに倒れていたルークナイトに手を触れながらそう言った。再び、黒い渦がエルフ王とルークナイトを包み込む。
渦が消え、そこから現れたのは、ルークナイトと同じ緑髪になったエルフ王だった。そこで俺はエルフ王の魔力が一気に跳ね上がっていることに気づいた。
「おいおい、そんなのありかよ……」
「魔王の持っているスキルだ。対象者を自分に取り込み、一時的に能力を跳ね上げる。それは憑依など比較にならない」
「そんなの温存してたとはな。酷い奴だ」
「時間もない。さっさと終わらせてやろう」
エルフ王が動いたが、身体が全く反応できなかった。奴の拳が俺の顔面に近づいていると気づいた時には、既に俺は殴られていた。
俺はその場から吹き飛んで、ホムラがいるあたりに転がった。一発もらっただけでもなかなか効くな……。
「フリード、大丈夫か」
「痛えよ。ホムラ、あれはなんなんだ?」
「融合。魔王の持つ最強スキルじゃ。信頼関係が極限まで達しているしもべの力を手に入れることができる」
「憑依と何が違う?」
「あれは不可逆じゃ。ルークナイトが消えているじゃろう。数十分の力の為に、命と引き換えにしか出来ぬ、禁断の力」
つまりルークナイトは、もう戻ってこないのか……。そうか、ルークナイトと魔王の信頼関係は極限と言ってよかった。その関係性をエルフ王は利用したのか。
「それじゃあ俺は真似出来ねーな」
「……妾の命、くれてやる。フリード、もはや彼奴を倒す方法はそれしかない」
ホムラは真剣な眼差しでそう言ってきた。
「馬鹿言え。そんな事出来るか」
「そうか……そうじゃな。それに、妾とお主では恐らく出来ん。本当に心の底から信頼したものでないと……そう、今お主の頭に浮かんだ者以外には無理じゃろう」
俺の頭には、テンネの顔が浮かんでいた。そうだ、出来るとしたらそれしかない。俺が絶望していたあの日から、ずっと心を明るくしていてくれた、あいつしか……。だけど、
「へっ、そんなものに頼らなくても勝ってやるよ」
俺はそう言って、無理やり笑った。そうだ、そんな事出来るはずがない。
ホムラも諦めるような笑顔で答える。
「そうじゃな……」
俺は体勢を整えて、剣を強く握る。
周りを見渡すと、もう動けないくらい傷つき、疲労しきっているテンネ達の姿がある。ヴィーナスさんや兵士達は既に意識が無く倒れている。
もう俺しか戦える人物がいないのだ。
憑依していられるのもあと少ししかないだろう。くそ、絶望的な状況だな。足が重い。身体が動こうとしない。
「ここまで私を苦しめた事は褒めてやろう、フリード。だがそれもここまでだ。お前の援軍ももういないだろう」
その通りだ。エルフ王はもう俺に手がない事を知っている。だから余裕があるんだ。
だが、その時、
「援軍ならまだいるぜ。しかも伝説の勇者様だ」
「え、じゃあ俺は魔王幹部Aか?」
背後から聞いたことのある声が響いた。
振り返るとそこにはロイヤーとゾックが立っていた。
「お、お前ら! なんでここに……?」
「そんな事話してる場合か? さっさと戦うぞ」
「ロイヤーにしちゃ珍しく正論を言ったな」
軽口を叩いているように見えるが、彼らの顔からは汗が滲み出ている。恐怖しているのが空気を通して伝わってくる。
「ほう、だが蝿が二匹増えたところで何か変わるわけでもない。かかってくるといい、格の違いを教えてやろう」
そう言ってエルフ王はロイヤーたちの方をじろりと見つめた。
「くっくっく、本当に魔王みたいな発言しやがって。おいフリード、俺が勇者、ゾックが魔王幹部Aなら、お前は何だった?」
ロイヤーがそう尋ねてくる。小さな子どもだった時の話をしているみたいだ。あの時は……そうだ。ロイヤーが勇者役をやって、ゾックが魔王幹部、そして俺は……。
「魔王、だな」
「ああ、そうだ。だがあそこにいるエルフの野郎はお前を差し置いて魔王みたいな事をしてやがる。魔王が二人いちゃ、駄目だろ。なぁ? ゾック」
ロイヤーはいつもの憎たらしい笑みでそう言った。すると、ゾックもいつものように軽快に笑う。
「……あぁ、そうだな。くっく、ロイヤーの言う通りだ」
「つーわけであいつをぶっ倒すぞ! 勇者様に続きやがれ!」
ロイヤーはそう言いながら走り出していた。ゾックもそれに続いて走り出す。ふと自分の足が少し軽くなっていることに気づく。今なら俺も走り出せそうだ。
「ギガファイア!」
「ギガウィンド!」
ロイヤーが炎を、ゾックが風の刃を繰り出した。いつのまにあいつらあんな強力なスキルを……。驚いてる場合じゃないな、俺もあいつらに続こう。
「狐火!」
俺の手のひらから九つの炎が現れ、それぞれが別の角度からエルフ王に向かう。
「ちっ、ちょろちょろと鬱陶しい! 魔林!」
エルフ王は黒ずんだ木の枝を蜘蛛の巣のように伸ばして出現させた。それは炎をかき消すようにうねうねと蠢き、風の刃からエルフ王を守る。
その隙にロイヤーはエルフ王の後ろに回り込んでいた。そしてエルフ王を覆っている木を斬りつけた。だが木に守られているエルフ王は余裕の笑みを浮かべる。
「上手く後ろに回り込んだつもりだろうが、お前のなまくら剣で私の魔林が斬れるわけがない!」
「なまくらかどうかを確かめてみやがれ!」
ロイヤーの剣は、木を見事に切り裂いてエルフ王の胸にかすり傷を与えた。
「ちっ、かすり傷か」
「何っ!? 馬鹿な!」
「ラクノアの一振りだ。こいつは斬れるぜ」
ロイヤーはそう言って再び攻撃を加えようとする。
「舐めるな!」
「ぐぁっ!」
だがエルフ王に斬り返された。ロイヤーの腹からジワリと血が滲む。
ロイヤーは一旦距離を置いた。傷の止血をするのだろう。俺とゾックはすかさずエルフ王に攻撃を加える。2対1とはいえ奴との剣での斬り合いは、やはり奴の方が一枚上手で隙がない。気をぬくとすぐにやられてしまいそうだ。
そう思っていたら新しく加勢の攻撃が加わった。誰かと思えばボロボロで動けないはずのリズだった。
「リズ! お前なんで」
「はぁ、はぁ……あんたらが動いてるのに、私だけ休んでるわけにもいかないでしょ」
リズの傷と疲労はもはや動けるものではないはずだ。今リズを動かしているのは幼馴染としての精神力。なら俺たちが倒れるわけにはいかない。
「寝てりゃ良いのによっ」
止血を終えたロイヤーが再び攻撃に加わる。幼馴染たち全員による攻撃だ。何も言わなくても、お互いがどこを攻撃するのかをわかっていた。
「後ろだ!」
「ちっ」
「そっち向いてるとこっちから攻撃するぜ」
「小癪な!」
ヒットアンドアウェイを繰り返し、エルフ王の攻撃をなんとか避ける。だがもともと力の差が開いていた勝負。俺たちの限界もすぐに見え始めた。
均衡を終わらせたのは、一瞬の隙だった。
「樹血」
エルフ王がそう言った。そして、気付いた時にはロイヤーの腹から真っ赤に染まった木の柱が生えていた。
「嘘だろ……おい」
いきなり地面から出現した先の尖った木が、ロイヤーの背中を貫いたのだ。ロイヤーはそのまま意識を失い、木を抜き取られると重力のなすがまま床に倒れた。
「ロイヤー!」
「スノウファング」
そして狼の口をした氷の結晶が、ゾックを襲った。ロイヤーの出来事に驚いていたゾックは、それをまともに腹に受けてしまった。
「が……」
胴体を噛み砕かれたゾックは、失血しながらその場に倒れる。
「ゾック!」
「倒れていく仲間に気を取られていて良いのか?」
エルフ王の剣が、おれの目の前まで迫っていることに気づいた。一瞬の油断、だがそれは生死を決するには十分だった。
もはやどうあがいても避ける事のできないはずの剣は、果たして俺に届かなかった。
「ぐっ……」
ポタポタと目の前から滴り落ちる血。
目の前には俺を庇って背中に剣を突き刺されたリズの姿があった。
「リズ!」
「よかった……フリードが無事で」
「リズ! おい! リズ!」
「ちっ……邪魔が入ったか……」
エルフ王がリズから剣を抜いた。ずるりと抜けた剣と共に、リズは前のめりに俺に倒れこむ。俺はそれを抱きとめた。
手のひらにリズの血が付いた。この出血はまずい……!
「フリード……死んじゃ、駄目だよ」
「俺が死ぬわけないだろ! おい、リズ! くそ!」
「……好き、だよ。フリード……」
リズが目を閉じる。まだ息をしているが、このままじゃ保たない。それはロイヤーもゾックも同じだ。
「絶望の果てに死ね」
だがそんな事を相手が待ってくれるわけもない。エルフ王は笑みを浮かべたまま、俺に剣を振るってきた。俺はなんとか剣でそれを受け止めるが、俺の剣は耐えきれず粉々になった。そしてその衝撃で俺は壁に吹き飛んだ。
憑依も解けた。もはや勝ち目は無い。
壁から崩れた瓦礫が俺にぶつかる。だが俺の受けた衝撃は少なかった。誰かが俺を受け止めたのだ。俺は振り返ると、そこには傷だらけのテンネの姿があった。
「テンネ……!」
「はぁ……はぁ……フリード……憑依も解けている。話は聞いてたのだ。もうあれしか無いのだ」
テンネの真剣な顔。それは、覚悟を決めている者の目だった。俺はその瞬間、全てを悟る。
「まさか、お前……」
「『融合』にゃ。私の命、お前にやる」




