【妖狐】
エルフィリオ王子も、エルファバ王子も、動くことができないでいた。2人ともただ、声にならぬ悲鳴を喉から出しているだけだ。
「ち、父上。お許しください。わ、私は――」
エルフィリオ王子が何かを言い終わる前に、彼の頭は吹き飛んでいた。動かなくなった首元から血が吹き出す。それはまさに恐怖だった。目前に迫る死の恐怖。
「エルフィリオ。お前はもういらぬ。さて、次はエルファバ。と言いたいところだがお前は利用価値がある。故にまだ殺さぬ」
エルフ王は、動けないエルファバ王子の頭をゆっくりと撫でた。もはやこうなってしまってはどうすることも出来ないだろう。
倒れているルークナイトを見る。ピクリともしていない。死んでしまったのだろうか。憑依なしの力で勝てるはずがない。どうする、どうする。
「フリード。そう……フリード・ニルバーナ。お前のことは知っていた」
エルフ王は、俺を睨むようにして見た。
俺は動けない。
「妖狐を暴れさせた時に、お前がいたと聞いてピンと来たのだ。此奴こそが魔王が言っていた次の魔物使いだと。私はその時からこうなると確信していた。お前のおかげで魔王は蘇り、私は力を手に入れることができたのだよ。くくく……感謝するぞ」
エルフ王は、愉快そうに笑う。周りには死体が転がっているというのに。
「あんたは……なんで魔王を裏切ったんだ?」
だから俺は純粋な気持ちでそう尋ねた。わからなかったからだ。この人の気持ちが。
「何故か。そうだな……最早遥か昔の記憶故に、忘れてしまった。だが、恐らく嫌だったんだろう。私より上に誰かが君臨しているということが。だから私は魔王を殺す事を決めたのだ」
「器が小さい男だな」
「なんとでも言うがいい。最後に残っているものが勝者だ。お前はここで死ぬ」
「ただでやられてたまるかよ……」
俺は冷や汗混じりで戦闘態勢を取った。それを見ても、エルフ王は余裕を持って近づいてくる。
「やめておけ。お前は憑依しないと並の人間程度しか力が出せない。魔王は単体でも強かったがな。フリード・ニルバーナ、お前は失敗作だ」
「そんなのやってみなきゃ、わかんねえだろ!」
俺は勢いをつけてエルフ王に斬りかかった。だが俺の剣は奴のたった一本の指先で止められてしまった。
「無駄と言ったはずだが」
「ぐ、がぁ!」
エルフ王は右足で俺のことを蹴り飛ばした。まるで鉄で出来た丸太でぶん殴られたかのような衝撃だ。俺は地面を跳ねながら壁に激突する。胃から何かが激流して吐き出すと、血が大量に出た。
目が霞む。たった一発の蹴りでこれか。
「私は魔王の力が加わっているのだ。無駄なことはするな。さぁ、今楽にしてやるぞ」
エルフ王の剣が、俺の心臓を目掛けて突き刺されようとする。もはや抵抗することもできない。その瞬間だった。エルフ王の剣は、どこからともなく放たれた剣にぶつかって俺の頬をかすめるにとどまった。
「誰だ?」
エルフ王が剣が放たれた方向に顔を向ける。俺もなんとかそっちに顔を向けた。そこにいたのは、テンネだった。いやテンネだけじゃない。リン、ノン、ホムラ、レモン、サイド、サシャ、リズ、全員いる。
「どうやら間に合ったようだにゃあ」
テンネは笑みを浮かべながらそう言った。そして、ノンがすぐに行動を始めて、遠距離から氷を放った。エルフ王はそれを難なく弾くが、その隙にリンが俺の元へと近づいて俺を連れ出そうする。
「哀れな魔物たちがまた増えたか……」
エルフ王はノンの攻撃を弾きながら、リンに向けて剣を斬りつけた。リンの腕がぼとりと落ちるが、すぐに腕が生え変わる。
「ちっ」
リンはそのまま俺を抱きかかえてテンネたちがいる方へと運んだ。
「マスター、平気?」
「ああ……助かったよ。本当に」
俺はよろよろになりながらも立ち上がった。エルフ王は、余裕からか立ち止まって俺の方をニヤニヤと見つめているだけだ。
みんなが駆け寄ってきて心配そうに俺に話しかけてきた。
「フリード。こんなに傷だらけになって、あの耳長……許せない」
リズが翼を生やして怒りをあらわにしていた。
「待て。あいつの強さは異常だ。魔王を取り込んだんだ……」
「イニジオをか……? あやつ、何をしておるのじゃ」
ホムラは珍しく驚いていた。
「あいつには生半可な力じゃ太刀打ち出来ない。だけど俺はさっき憑依を使っちゃったからあと少しの間使えないんだ。だから今は時間を稼ぐしかない」
「ねぇ、あそこに倒れてるのって……ルークナイト?」
レモンが血だらけのルークナイトを指差してそう言った。
「そうだ。エルフ王にやられた。あいつはどうやら、エルフ王に操られていたらしい。狂気的な殺人方法の理由がそれだったみたいだ」
俺の言葉に、レモンとサイドは悔しそうに顔を歪めた。それもそうだろう。自分や家族を殺した張本人が別の誰かに操られていたなんて怒りの行きどころがない。
「とにかく……倒すしかないのですね。あの恐ろしい人を」
サシャは冷や汗まじりにそう言った。
倒す。本当にそんな事ができるのか? 正直言って憑依した俺でも勝てる見込みはない。
「久しぶりじゃのう、エルレイアよ」
ホムラは、エルフ王に向けてそう言った。そうか、あいつは400年前に知り合いなのか。
エルフ王は、興味深そうにホムラを見て、首を傾げた。
「んん? お前……その九本の尻尾。まさか妖狐ホムラか? なぜお前がここにいる。お前は再び封印されたんじゃないのか」
「くくく、さてな。何にせよ、お主には感謝している事もある。妾を復活させたあのレイチェルという男はお主の回し者だろう。間接的に言えば、妾はお主のおかげで復活できたという事じゃ」
「感謝をしているならどうだね、ホムラ殿。私と一緒に人間を滅ぼさないか? 私とあなたなら確実だぞ」
ホムラに向かって手を差し出したエルフ王。ホムラは、俺の方をちらりと見ると、微笑を浮かべた。
「それは冗談で言っているのかのう? 確かに妾は生き返った事を嬉しく思っている。だがそれは……それは、フリードという人間に逢えたからじゃ。この世界も、人間も、悪くはないものじゃぞ……エルレイア」
ホムラがそういうと、エルフ王はあからさまにがっかりした様子を見せた。
「失望したよ。まさかあなたからそんなありきたりな台詞を聞くことになるとはな。昔のホムラ殿は、残忍で、何より美しかった。こんな事になるなら、復活させない方が良かった」
「妾を殺す気か? 魔王の使いっ走りだったお主が?」
「わ、私は! あの頃の力の無い私では無い!! あの魔王様の力だって手に入れた! 偉そうにしていたそこのルークナイトだって、私は一蹴したのだ! 今の私にできない事などない!」
先ほどまであれほど余裕そうだったエルフ王が、何故か動揺している。一方でホムラは、少し哀しそうな目をしていた。
「ならば、やってみるといい。妾も、ただでやられるわけにはいかんのでな」
「強がりを。かつての力もないお前に何が出来るというのだ」
「それはどうかの。これが何かわかるか?」
ホムラは首につけていた水晶の首飾りをエルフ王に見せた。いつのまにあんなものを。あれは……ホムラを封印する時に使った水晶だ。
「そんなものがなんだというのだ」
「リールラ姫から少し借りてきたのじゃ。一時的に力を解放する事が出来るようにのう! はぁぁああああ!」
ホムラの魔力がどんどん上がっていく。大気が震える。ホムラの身体を黒い魔力が覆い始めた。これは、妖狐としてホムラと対峙した時の魔力に似ている。
魔力によって出来た渦から解き放たれると、そこには俺と同じくらいの身長まで成長したホムラの姿があった。
「人型で、そこまで力のコントロールをしたというのか」
エルフ王は驚いていた。
圧倒的な魔力を感じる。エルフ王と比べても遜色無いレベルだ。
「神魔でも無い。これが妾の新たな進化じゃ。さて、妾の主人を虐めた罪は重いぞ。償って貰おうか」
「く、くくく。やれるものならやってみるといい。私の全力はこんなものではないぞ」
エルフ王も魔力を上げた。まだ魔力が上がるのか!
これだとホムラは……勝てないかもしれない。
そう思っていると、ホムラが俺に近寄ってきて、耳打ちをした。
「フリード。お主の憑依が再び使えるようになるまであとどれくらいじゃ」
「あと40分程度は必要なはずだ」
「正直言って、今の妾ですら彼奴には勝てん。だが、お主との憑依なら勝機はある。40分……長すぎるが、持ち堪えてみせるから、お主は傷を癒して準備しておけ」
「ホムラ……死ぬなよ」
「馬鹿者。死んだらお稲荷が食えぬではないか」
そう言って、彼女は微笑んだ。いつものような童顔ではないせいか、その表情は本気なのかどうかが掴みにくい。
ホムラはエルフ王の方へと向き直る。
「さて、テンネ達も、準備はいいか? 妾のサポートを頼むぞ」
「勿論にゃ。さっさと終わらせてフリードとご飯をたべるぞ」
「珍しくテンネに同意」
「眠いしねぇ、早く終わらせよぉ」
「が、頑張ります」
「ぶちのめしてあげるわよ」
テンネ達も戦闘態勢に入った。俺はレモンとサイドと一緒に、巻き込まれない位置まで下がる。憑依もしないで食らった奴の蹴りのせいで、今の俺はボロボロだ。
とにかく彼女達が時間を稼いでくれているうちに、体力を回復させないと。
「フリード、ポーション持ってきたわ。飲みなさい」
レモンから受け取ったポーションを飲んで、傷を癒す。
「ねぇフリード。さっきのことだけど、私たち家族を殺したルークナイトが操られていたのって本当なの?」
レモンは、横たわっているルークナイトの方を見てそう呟く。その横顔はどこか寂しそうだった。
「エルフ王はそう言ってたな……ルークナイト本人は信じていなさそうだったが……だとしても許される事じゃない」
「そうね。私は永遠に許す事は出来ないと思う。私たちの幸せを奪った事には違いがないもの」
「でもさ、お姉ちゃん。良かった事もあったよね」
サイドはこの場の雰囲気に場違いなくらいあっけらかんとそう言った。
「どういうことよ」
「だって、フリード兄ちゃん達と出会えたじゃん!」
サイドの純粋無垢な答えにレモンは口を開けて衝撃を受けていた。少ししてレモンは、諦めたかのように、ふと笑った。
「……そうね。その通りだわ」
そんな俺達の会話のそばでは、苛烈な戦いが繰り広げられている。人外と人外の戦い。ホムラの全力は、あのエルフ王に引けを取っていない。
ホムラを主体にして、テンネ達がアシストをする。その絶妙なチームワークによって彼女達は時間を稼いでいた。
とはいえ、それでも実力はエルフ王の方が上。徐々にホムラ達は傷つけられていく。何も出来ない自分が歯がゆい。
「くくく、どうした。先ほどまでの威勢は。勢いが落ちているぞ!」
エルフ王は疲れた様子もなく続けて攻撃をしている。既に15分は経っただろうか。まだ俺の憑依が使える気配は無い。
このままだと、先にホムラ達が力尽きてしまうかもしれない。
「くっ……まずい。此奴ここまで強いとは。このままでは妾達は……!」
「きゃっ」
先に膝をついてしまったのは、サシャだった。それをエルフ王は見逃さなかった。一瞬でサシャの間合いまで踏み込み、サシャに向けて剣を振るう。
思わず俺は走り出そうとした。だが間に合う距離では無い。絶望が俺を襲おうとしたその時、一本の矢がエルフ王の胸に突き刺さった。
「弾けろ、エクスプロージョン」
エルフ王がその状況に反応したと同時に、胸に刺さった矢が爆発を起こす。その隙に膝をついたサシャをテンネが回収した。
あのスキルは……!
「なんだ貴様らは!」
激昂したエルフ王は、矢の来た方向を見た。俺もその方向を見る。するとそこには、弓を構えたヴィーナスさんとアイデン騎士団達の姿があった。
「なんだって、フリードちゃんの友達に決まってるじゃん。あんた馬鹿なん? 面白ーい」
そう言ってヴィーナスさんは、不敵に笑った。




