【流血】
これを含めてあと5話で完結します。
書き終えているので徐々に投稿します。
「改めて礼を言わせて貰うよ。フリード君、ありがとう」
対面に座っているエルファバ王子はそう言った。
俺達は木で出来た城の中にいた。そして目の前には木でできた机。机には豪華な食事が並べられている。
ヂータブルの炙り焼きにマサナガエビ。それにラズリールの卵もある。いずれも最高級の食材だ。
「俺こんなん食べたことないよ」
「ふ……子供だな。俺くらいの年になるとよく食べていたぞ」
口元を包帯でぐるぐる巻きにして、黒眼鏡をかけた隣に座っている男がそう言ってきた。
いやあんた誰だよ。
「フリードが助太刀してる間に変装をしておいた。これで完璧だぜ」
声が曇ってて聞き取り辛いな。
まぁわかっていたが、つまりこいつはルークナイトだ。俺がエルファバ王子を助けていた間にこの準備をしていたらしいが逆に怪しいだろ。何が完璧なんだ。見た目は若いが結構なおじさんなのにな……。
「む、なんだこれ食べられねーぞ」
そりゃ口元包帯あるんだから食えるわけないだろ。包帯にソースついてんじゃねえか。
「あんた意外と馬鹿だろ……」
「うるせえ。俺は元から頭使うのは得意じゃないんだよ」
「頭使うとかそういう問題じゃない気が……」
緊張感のないやつだな。
「君たちは、友達なのか?」
エルファバ王子は俺たちを見てそう言った。
「いや、友達じゃないです。俺はこんな奴と友達になりたくないんで」
「つれないなフリード」
ふざけた調子でルークナイトはそう返した。
「面白い人達だな。それで君達はあの怪物が何かは知っているのか?」
「いえ知りません。あんなもの見たことも……いや、待てよ?」
よく思い出すと、あれって……前に見たゾンビたちと特徴が似てないか? 肥大化した筋肉。異常な様子。だとすると……。
「もしかすると王子、心当たりがあるかもしれません」
「ほう。聞かせてもらえるかな」
「私はアイデン国の者ですが、先ほどの怪物は以前に見た改造されたゾンビと特徴が似ているのです」
「ゾンビ……死霊術師かい。そういえばついこの前もこの国にゾンビが襲ってきてたね。あれは人間だったが、確かに特徴は似ている。君はその犯人に心当たりがあるのか?」
「……はい」
「誰なんだ?」
確か、あの死霊術師、名はギュンターと言ったか。だけどこの事を言っていいんだろうか。奴はレイチェルと組んでいた。そしてレイチェルはエルフ国の闇を取り扱うニヒル隊の隊員。第一王子のエルフィリオはニヒル隊と繋がりがある。ならば第二王子であるエルファバも繋がりがある可能性はある。
ここでエルファバ王子に話す事は、果たして得策か? とはいえ話さなきゃどうせルークナイトに脅されるしな。
「ギュンターという男です。そいつはニヒル隊と繋がりがあります」
俺がそう告げると、エルファバ王子は眉をピクリと動かした。
「ニヒル隊……君はあれを信じているのか?」
「ギュンターはレイチェルという男と繋がっていました。その男がニヒル隊の所属のはずです」
「どうやら君は只者ではないようだ」
エルファバ王子はそう言うと、手で払うようにして近くにいた従者たちを皆室内から追い出した。
そして俺の方を見て静かに語り出す。
「なるほど、ニヒル隊か。実は僕はねあの隊を詳しく知らないんだ。あの隊は兄エルフィリオの為の部隊と言っていい」
「エルフィリオ王子の?」
「ああ。正に幻の部隊さ。しかし遂に僕に直接ぶつけてきたか。なりふり構っていられないようだね。あの怪物は僕に対する宣戦か。だとするならそろそろ襲いかかってくる頃合いかもしれない」
「――よくわかっているじゃないか」
部屋の扉が開いて低い男の声が聞こえてきた。そこにいたのは、エルフの男だった。だが綺麗に整っていたはずの顔は血管が浮き出て赤みを帯びている。明らかに異常だ。
「エルフィリオ……!」
隣にいるエルファバ王子が声を震わせながらそう言った。
だとすると……あいつがエルフィリオ第一王子!
「やぁエルファバ。お前のいうように直接来たよ。もう回りくどい事はやめにしようと思ってね」
「エルフィリオ……何なんだその体は! 君はいったい何をした! 廊下には僕の護衛がいたはずだ!」
「そいつらならオネンネしてるよ……」
部屋の扉には少しだけ倒れた人の影が見える。どうやらやられたみたいだな。
「力さ。俺は力を得たんだ。俺はお前を殺すための力を得た!」
「そこまで……! もう話は通じないか!」
「無駄だぁ! 死んでもらうぞエルファバ!」
腰から剣を抜いたエルフィリオはそのままエルファバ王子へと襲いかかってきた。
正面から剣を受け止めようとしたエルファバ王子だったが、押し負けて尻餅をついた。まずい。
「ぐぁっ」
「死ね!」
「やらせるか!」
俺は机を踏み台にしてエルフィリオに思い切り飛び蹴りをかました。
その勢いでエルフィリオは壁に激突する。俺はその隙に倒れたエルファバ王子に手を差し出した。
「大丈夫ですか!」
「あ、ああ。助かったよ」
「なんだか大変な事になったなぁおい」
余裕そうな雰囲気を出しながらルークナイトがこちらに歩いてきた。
「エルフィリオはあんなに力が強くなかったはずだ……あいつにいったい何が起きたんだ」
エルファバ王子がエルフィリオの方を見ながらそう言った。
「十中八九、よくない事をしてるなありゃ。フリード、お前が憑依して戦え」
ルークナイトがそう言ってきた。
まぁいいけどさ……こいつと憑依すると少し凶暴性が増すから嫌なんだよな。
「憑依!」
俺の頭から獣人の耳が生える。
「フリードくん、それはいったい……!?」
エルファバ王子は驚いた様子で俺を見ていた。
「ああ、まぁ色々とね。すみません、見なかったことにしてください」
俺はエルフィリオに襲いかかった。
「なんだっ……お前は!?」
「通りすがりの冒険者って事でよろしく」
俺の剣がエルフィリオに届いた。
いける、ルークナイトの憑依ならなんとか俺の方が力が上だ。
「ば、馬鹿な!? 薬を使った俺よりもお前の方が上だと言うのか!? 何故だ!」
「さぁな。そんな事てめぇで考えろ」
「ぐぁっ!」
エルフィリオの胸が切られ血しぶきが舞う。そのまま奴は地面に倒れた。俺はすかさず奴を踏みつけて、首元に剣を当てる。
「なぁエルファバ王子、こいつは殺すのか?」
「ま、待て。まだ彼は殺してはいけない。捕まえて話を聞く必要がある。父上にもな……」
「そうか」
その後憑依が解けた俺はエルファバ王子に事情を聞かれることになった。
「君は……いったい何者なんだ? あの強さ、普通じゃない。それにあの時君には魔人の耳が……」
まぁそれは気になるよな。とはいえ言うわけにもいかないし。
「申し訳ないですがそれは言うわけにはいきません」
「そうか。まぁ恩人に無理にさせられないね。これから僕は父上……エルフ王の所に向かうけど君たちはどうする?」
ルークナイトの方を見る。不敵に笑っていた。
思わぬ速さで王まで近づくことができたな。まぁ断るとこいつに何されるかわからないし、ついていくとしよう。
「なら、俺たちもついて行っていいですか」
「ああ、いいとも。護衛も倒れてしまったし、僕の護衛をしてくれると助かる」
「わかりました」
というわけで俺たちは王の間に向かうことになった。途中縛られているエルフィリオ王子を見て城の兵士たちが驚いていたが、エルファバ王子がなんとか誤魔化していた。そして部屋に入り、俺たちは王と対面を果たした。
エルフの王、エルレイア王は縄で縛られているエルフィリオ王子をじっと見つめるとため息をつく。
「やはりこうなったか。だからお前は駄目なのだ、エルフィリオよ」
「ぐ……!」
悔しそうに口を歪ませるエルフィリオ。
「父上、エルフィリオが僕を襲う事を知っていたのですか」
「さてな。今となってはどうでもいい事だ。エルファバよ、お前は何を望む」
「何を、望む……?」
「エルフィリオに王の器は無い。そんな事は分かっている。だがお前の考えはエルフ国を根本から変える考えだ。人と魔人、相容れるものだと本当に思っているのか?」
王の問いに、エルファバは少し間を持たせた後、澄んだ目でしっかりと答えた。
「はい。僕は人との共存を望みます」
「……そうか。お前はやはり……若いな。世界を知らぬ」
「父上、私は……!」
「――その通り。若い、そして甘いね、王子様よ」
その声は、俺の隣から響いた。ルークナイトが不意に放った一言。俺には何が起きたのか理解できなかった。
「が……これ、は……!?」
エルレイア王の胸には投げナイフが突き刺さっていた。じんわりと彼の胸からは血が滲み出ていた。
「「王!」」
「動くのが遅いんだよお前ら」
動き出した兵士たちに、ルークナイトは同様にして投げナイフを投げつけた。それらは全て兵士たちに直撃し、彼らを次々と倒していく。
「な、何をしてるんだ! 君は!」
エルファバ王がそう叫んだ。
するとルークナイトは、顔に巻いた包帯と黒眼鏡を外し、王の方へと一歩一歩歩いていく。
「この日をどれだけ待ちわびたか。エルレイア王さんよ。我が魔王様を裏切った罪は、ここで償ってもらうぜ」
「き、貴様……ルークナイトか……!」
「覚えていたか。まぁどうせ死ぬんだから覚えてようが関係ないがな。だが残念だ……あれだけ狡猾だった男が、こんな安い手で死ぬなんて」
「く……魔王もいないのに、貴様はずっと復讐の機会を狙っていたのか……」
「魔王様ならいるさ、そこにな」
ルークナイトは俺を指差してそう言った。
何を言っているんだ? 魔王は俺じゃないだろう。
そう思っていると、俺の影から突如黒い物体が現れた。それは人の形になり、やがて魔王イニジオへと変化した。
こ、こいついないと思ったらこんなとこにいたのか。
「久しぶりだな、エルレイア」
魔王は俺から離れると、エルフ王のもとへ歩いていった。彼が近づくと、エルフ王は驚愕の表情を強めていく。
「ば、馬鹿な……あなたは、死んだはず」
「死んだよ、俺は。お前に裏切られてな」
「まさか……こんな事が……」
「リーシャの最期の言葉をお前は裏切った。あいつの想いを、お前は踏みにじったんだ」
「ち、違う! 話を聞いてください魔王様! 私はあなたの事を思って」
「言い訳は無用。今更聞く耳は持たない。お前はここで死ぬのだ。俺はそのためにいるのだから。長かった……話すこともない。ただ死ね」
魔王は剣を持ち、エルフ王の胸に狙いを定めた。そして勢いをつけたまま、それを彼の胸に突き刺した。
「あ、あ……」
エルフ王が刺された箇所を見ている。
あれじゃもう助からないだろうな。
魔王は剣を抜き取ると、倒れるエルフ王を眺めた。
「呆気ないな……歳をとった」
魔王がぽつりと呟いたその時、エルフ王は目を見開いて口元を歪ませた。
「こ、この距離まで来るのを待っていた……お前は終わりだ! 魔王……!」
エルフ王は血反吐を吐きながらそう言った。
魔王は言っている意味がわからず首をかしげる。
「……減らず口を。お前は死ぬんだ」
「そ、それは……どうかな? 『ミタキリア』」
「何っ!?」
瞬間、玉座を囲む柱に描かれていた六芒星が輝き出し、魔王とエルフ王を包むように黒い渦が発生した。
「魔王様!? ちっ、何をしやがった! 『ウルフファング』!」
ルークナイトはその渦に向かって攻撃をしたが、攻撃はあえなく弾かれる。黒い渦はどんどん縮小していき、そして一人分の体のシルエットが現れた。
一人、消えたってことだ。だとしたら消えた方は死んだのか?
そう思っていると、渦がなくなり中から人が現れた。出てきたのは、エルフ王だった。でもただのエルフ王じゃない。白かった髪は黒くなり、肌も筋肉も若さを取り戻していた。
まさか……魔王を取り込んだのか?
「くくく、ははは! 成功した! これこそ私が望んだ結果よ!」
「ま、魔王様! てめえ! 魔王様をどこにやりやがった!?」
「気づかないのか? 魔王なら私が取り込んで差し上げたよ。素晴らしい力だ」
「ふざけた事を……言ってんじゃねえ!」
ルークナイトはすぐさま飛びかかった。だがエルフ王はそんな彼の腕を掴むと地面にそのまま叩きつけた。
「ふざけてなどいない。事実だ。私はこの瞬間を待っていたのだ」
「なんだ、この強さは……!?」
「私は魔王の強さと若さを手に入れた。私にはそこにいる使えぬ息子に代わって玉座に着き続ける使命がある」
エルフ王はエルフィリオ王子とエルファバ王子を見ながらそう言った。
「こんな事で、魔王様がやられてたまる――かっ?」
ルークナイトが抵抗しようとしたところを、エルフ王は防いだ。いや、防いだのではない。エルフ王の右手は、深々とルークナイトの胸に突き刺さっている。彼は淡々とその手を引き抜いた。彼の手は赤黒い色に染まっていた。
「お前もご苦労だったな。私の策略通り魔王を生き返らせるためせっせと人間どもを殺してくれて感謝するぞ」
「お、お前の……策略じゃねえ。あ、あれは俺の意思だ」
ルークナイトは血反吐吐きながらそう答えた。そんな彼を見ながらエルフ王はニンマリと笑みを浮かべる。
「人を殺してあそこまで愉しそうだったのは本当にお前の意思だったのか? 私の知る400年前のルークナイトは、罪があっても子を殺すような事が出来る男ではなかったがなぁ」
「い、いったい……何を言ってやがる」
「お前は知らず知らずのうちに、私の薬の実験台になっていたのだよ。凶暴性が増す薬だ。お前は400年経って自分の本当の感情を把握できなかったのだ。今のお前は、私の作ったお前なのだ」
「そ、そんなわけが……嘘だ……なら、俺は……なん、で……」
ルークナイトはとうとう喋れなくなって目を閉じた。そして彼は動かなくなる。
「あのルークナイトすらこの程度。さて、残るは塵どもだけか」
エルフ王の目はじろりと俺たちの方へと向いた。その目はまるで、蚊を潰す時のような作業的な目だった。




