【メイルア街】
王との話を終え、部屋から出ると、一緒にリールラも出てきた。
「いやぁ、凄い話だったな」
俺がそういうと、リールラはなんとも言えない顔をしていた。
「凄いどころじゃないわよ! 信じられない話ばかりだわ。まさか魔王が……!」
リールラは周りの目を気にしてそれ以上は言わなかった。
「まぁ、まだどうなるかわからないけどな。所詮は言い伝えだし。それにその遺言も苦し紛れに言っただけかもしれんし」
「そ、そりゃそうだけど」
「ま、考え過ぎても仕方ないって事だ。そんな心配するなら国内にいる亜人排斥派とかいう過激派をなんとかした方が、もがががが」
俺がそういうと、リールラは俺の口元に手を当てて遮ってきた。なんだなんだ。
すると、彼女はそのまま耳打ちをしてくる。
「亜人排斥派は城内の権力者でもいるらしいの。下手なこと言うと何されるかわかんないわよ!」
「そ、そうなのか。にしても彼らのせいでロベルト団長も攻撃してきたわけだし……」
「わかってるわよ。けどああいった保守層は慎重に扱わないと危うく内紛になりかねないわ」
「なるほどねぇ」
アイデン王国も一枚岩じゃないんだな。
「ねぇフリード……あなた、魔王になったり……しないわよね」
リールラが、不安げな瞳で俺に尋ねてきた。
俺は、ただ淡々と答えた。
「しないよ。俺人間だし」
♦︎
話も終わり、家に帰ってきた俺はクエストの準備をしていた。
「姫さまのナイトの件はちゃんと断ったんでしょうね?」
リズが俺の目をジトーっと見つめてそう言ってくる。
「断ったよ」
「それにしては遅かったじゃない」
「王様から話を聞いててね。魔物使いの話」
「ふーん、ならいいけど」
どうやら話自体には興味がないらしい。
「そういえばホムラ。お前ってあの英雄ロードに封印されてたんだな」
俺がそういうと、嬉しそうに稲荷を食べていたホムラが、尻尾をぴょこぴょこと動かして怒りをあらわにし始めた。
「ぬうう! そうじゃ! あのクソ忌々しい人間め。あいつさえいなければ妾が国を征服できたものを!」
「征服してどうするつもりだったんだ?」
「決まっとるじゃろう! 人間どもを働かせ、妾に美味しいものを作らせ続ける。妾の国を作るのじゃ!」
なんというしょうもない夢だ。
「にゃんだかホムラ、ダサいのだ」
「というかそれ今とあんまり状況変わらないよねぇ」
テンネとノンに突っ込まれていた。情けないぞホムラ。
「魔王とやらは会ったことあるのか?」
「魔王? ああ前の魔物使いか。あるぞ。本気の妾と同じくらい強かったのう、あやつは。フリードのような未熟な魔物使いではなかったからのう」
あの封印術がなければ確実に勝てなかったホムラの本気と同じレベルか。やっぱりやばいな。
「どんなやつだったんだ?」
「んん? 強いカリスマ性を持っておった。それこそ魔王じゃな。まぁそこまで親しいわけではなかったから詳しくは知らんが、確か奴は、名はなんと言ったかな……ああそうじゃ。『イニジオ』と、そう呼ばれておった」
「イニジオ……ふーん」
英雄ロードと魔王イニジオか。
「なんなんじゃ急に。奴に憧れてもお主の力じゃ全然届いてないぞ」
「別に憧れてないよ。さて、準備完了だ。サイドとレモンは?」
振り返って彼らを探すと、日傘を持って準備万端の様子だった。
「オッケーよ」
「僕も良いよー」
双子が揃ってそう言った。
「よし、行くとするか」
俺たちは家を出て、レナートとの待ち合わせ場所である街の外に向かった。
「おぉ、待ってたぜフリード……って凄い人数だな。それ全部お前のパーティか?」
レナートはテンネたちを見て驚きながらそう言った。俺は無言で頷く。
「なるほど。全員亜人パーティとは恐れ入ったぜ。オーケイさ、問題は足を引っ張らないかどうかだけだ。さて、じゃあ早速向かおう。フリードは、これから向かうメイルア街には行ったことあるのか?」
「いいや、ないな。確か王都の次に栄えてるんだろう?」
「そうそう。こんな血生臭いクエストじゃなけりゃ観光も楽しめるんだろうけどな。馬車に乗って行こう。2台あれば足りるな」
そう言って、レナートは近くに停まっている馬車の御者に話しかけて、馬車に乗らせてもらっている。
俺たちも2つに分かれて馬車に乗り込む。そのまま進む事2時間ほどで俺たちは目的地であるメイルア街に到着した。
「さて、入るとしようか」
馬車から降り、レナートに連れられるまま俺たちは街の中に入った。
街の様子は、王都とはまた違ったものだった。全体的に若者が多く、奇抜な格好をしているものや魔人の割合が高い。
「どうした? フリード」
ポカンとしているとレナートにそう言われてしまった。
「い、いや……なんか凄いな。メイルアは魔人が多いな」
「ん? ああ……昔からここら辺は商業の中心だったからいろんな宗教や国の人が入り乱れていたらしい。その名残でこんな事になってるらしい。だが、その代わり見てみろ。綺麗なことばかりじゃないぜ」
「え?」
レナートが示した方向を見ると、首輪を繋がれた獣系の魔人が首の紐を引っ張られながら主人らしき男の後ろを歩いている。
「奴隷の数も異常に多いはずだ。ここはとにかく商売優先だからな。奴隷商売も繁盛してるってわけだ」
確かに辺りを見渡すと、人間の奴隷もいるようだし、かなりの奴隷がいるみたいだな。なるほど、商売の街ね。
そんな事を考えていると、見知らぬ太った中年の男が俺たちの方を見ると驚いた顔をして近づいてきた。
「ひえっ、ぼ、僕!? な、なんですか?」
そして男はそのままサシャの方に近づいていくと、彼女を見て興奮している様子だった。
サシャはびっくりした様子だ。
「おお! こ、これは単眼族の亜人!? き、キミ……彼女はゲイザーヒューマンかね?」
「ゲイザー……? よくわかりませんが彼女はサイクロプスヒューマンですけど、あなたはなんですか?」
俺がそう尋ねると、おっさんは興奮したまま答えた。
「サ、サイクロプス! 初めて見た……素晴らしい! お、おっと失礼。私は大の単眼族好きでね。彼女に見惚れてしまった」
「にゃんだこの気持ち悪いおっさん。臭いしきもいニャア」
「なんだキミは。悪いが私は猫どもに興味はない」
単眼族好き。へぇ、まぁそりゃあいるよな。
「キミ! サイクロプスの彼女はいくらで買ったんだ!?」
「は?」
なんだ急に。
「50万か? 100万か? いくらだ!? その倍は出そう! どうだ! なっ!?」
このおっさん……何を言ってやがるんだ……?
なんだか自分の中からふつふつと黒いものがら溢れてくるような気配がする。
「おい! いくらなんだ! わかった! 500万出そう! それならいいだろう!? なぁほらキミも私の家ならもっと満足いく暮らしができるぞ!」
「ひ、ひゃあっ……! う、うぅ……」
サシャは完全に怯えている。
まさかとは思うが、この男……俺からサシャを『買おう』としているのか?
「おいっ! 何黙ってる! いいってことか? ならほら! ついてこい!」
「や、やめっ」
サシャの腕を男が掴んだ。
その時俺の中にある墨のような黒い何かが漏れ出た。
「すぐに私の特性の薬を」
「――おい」
「ん? なんだというん――ヒッ!?」
俺は、一瞬で腰から抜いた剣を男の首元に押し当てた。既に男の首筋から一滴の血が垂れている。
「その手を離せ」
「な、何……?」
「そいつから手を離せって言ったんだ。それともこのままお前の手を切り落とそうか?」
「わ、わかった! はなした! ほら離したぞ!」
男は手を離し、両方の手を上にあげた。
俺はそのまま男に接近していき、間近で囁いた。
「次そいつに触れたら斬り落とす。わかったらそのまま消えろ」
「は、ははは、はいっ……!!」
男は一目散に去っていった。
俺は息を整えて剣を腰にしまった。
「凄い顔をするんだな。あんたが短期間でAランクまで来た真髄を見た気がするよ」
レナートが俺にそう話しかけてきた。
徐々に体から毒が抜けていく感覚がする。
「凄い顔、してたのか……俺」
感情的になりすぎてたかもしれない。
「凄まじい殺気じゃったのうさっきの主は。少し見直したぞ……少しだけじゃが」
ホムラが笑みを浮かべて嬉しそうにそう言っている。
「フ、フリード君……! あ、ありがとうございます!」
サシャが近くにやってくると、そう言ってきた。
「ああ、ごめんな。すぐに言い出せなくて」
「いえ。僕、嬉しかったです。あんなに真剣に怒ってくれるなんて。やっぱりフリード君に付いてきて良かった……それにさっきのは格好良かったです……僕の騎士みたいで」
「え?」
「あっ、な、なんでもないです」
サシャは、目をキョロキョロと恥ずかしそうに動かしながらそう言った。
「……あぁ憎たらしい。フリードにあんな一面があっただなんて。それが私に向けられたものじゃないなんて。あの刃物のような冷たい目で向こう半年はおかずに出来るわ……あぁ残念なんで私じゃないのかしら」
後ろの方でリズが恨めしそうにブツブツと何か言っていたが無視することにしよう。
変なことがあったせいで微妙な雰囲気になっていると、
「ちょっと。目的忘れてない? 早く探しましょうよ、殺人犯」
とレモンがそう言った。
「その通りだな。実はね、俺に情報をくれた奴によると、この先に住んでいたある商人の家で先日殺人が起きたらしい。今からそこに行って手がかりを探そうと思う」
レナートはそう言うと、俺たちをその家へと案内した。家に着くと、辺りを警備兵が見張っていたが、レナートが知り合いらしき人に声をかけて中に入れてもらった。
被害者の家は、普通の家よりは少し大きめだった。おそらく儲けていたのだろう。だが、部屋を荒らされた様子はなく、やはり金品狙いなどではなさそうだ。遺体はすでに回収されている。
「殺されたのは商人のクルーノ・デライナー。昔から王都との繋がりがあったようで、そこで上手く商売してた人物らしい」
レナートが近くにあったクルーノの肖像画を見てそう言った。いかにも金持ちの男って感じの見た目だな。太った腹に輝く宝石類。
「やっぱり十字の傷はあったのか?」
「ああ。今回は額にあったそうだ。間違いなくルークナイトの犯行だろう」
「なるほどねぇ」
「殺されたのは5日前だ。いつのものように商売をして家に帰ってきたところ、家に侵入してきた犯人に襲われたらしい」
それにしてもいったい犯人の目的はなんなんだろうか。本当に無差別なのか?
だとしたら殺す基準はなんだ? もっと殺しやすい奴はいるはず。
「今までに殺されたのってお金持ちが多かったんだっけ?」
「うーん、確かに多かったかもしれないな。だが奴は金目の物はおろか何も盗らないぞ。殺すだけだ」
「だよなぁ。じゃあなんだっていうんだ。何か手がかりは残ってないのか?」
「さっき家の前にいた兵士に聞いた話だと手記が残ってるそうだ」
「手記?」
「ああ。えーと……あった。これだな」
レナートが近くにあったテーブルに置いてある日記帳のようなものを見せてきた。
パラパラとページをめくっていくと、そこには商人であるクルーノの日常が綴ってあった。だが日付が最近に近づくにつれて、何かどことない恐怖に怯えているようだ。
帰ってくると、家の中の物が少し動いていたり、誰かに見られているような気がしていたりしたらしい。日記は6日前で切れている。
「どうやらクルーノは20日ほど前に奴隷市場に行ってから何か周りでの異変を感じたようだな」
「なるほど……行ってみるか」
奴隷市場ね。さっきのようなおっさんにまた絡まれなきゃいいけど。
だが、俺たちが家から出て目的の奴隷市場に着いた時、辺りは騒然としていた。
「何があったんです?」
俺は近くにいた野次馬の1人に話しかけてみた。
「殺しだよ。どうやら誰かが殺されたみたいだな。犯人は緑色の髪をした獣人らしいぜ」
緑色。それって、ルークナイトの特徴と一緒じゃないか。何かを囲むように大勢の人だかりができている中、俺たちはそれをかき分けて中心に顔を出した。
そこには、先ほどサシャに絡んできていたあの中年の男の、無残な死体が転がっていた。
「どういう、ことだ……?」
思わず俺はそう呟いた。死体に近づいてあることに気づいたのだ。
何かに切り刻まれたような傷のあと。だが、そこには『十字の傷』はどこにも見当たらなかった。




