【絶対に盗られない】
「びっくりするくらい弱かったわね、あいつら」
リズが走りながらそう言ってきた。
「まぁあいつら村を出てから何も成長してなさそうだったからな」
「まさか魔人化する必要もなかったとはねぇ」
リズは生身でゾックとやり合って普通に勝ったらしい。こいつ、割と素の状態でも強いんだな。
「ゾックのこと椅子にしてたしなお前」
「ゾックは私が椅子がわりに座ってもちょっと嬉しそうにしてたけどね」
「マジかよあいつ変態か」
そんな事を話しつつ、俺たちは城に到着した。だが、既に異様な雰囲気があたりに漂っている。城の門兵が倒れていた。確認すると死んでいる。
城の中に入ると、剣と剣がぶつかり合う音がしていた。見渡すと、ゾンビが兵士達と戦っている。
「ひ、ひえっ。も、もう敵から攻撃されてるじゃないですか」
「いつの間に……まずい、王が危ない」
俺はすぐさま玉座の間へと走った。
するとそこからはやはり剣戟の音が聞こえる。そして中に入ると、剣でゾンビ達と戦う兵士たちの姿と、レイチェルと剣を交えるノンの姿があった。
「レイチェル!」
「おや……フリード君。君がここにいるって事は、ロイヤー君たちは失敗しましたか……」
レイチェルはノンから離れると、俺の方を見てそう言った。
王とリールラは、2人の兵士に護衛されてる。まだ生きていたか、よかった。
「ロイヤーを焚きつけたのはお前か。くだらない事しやがって」
「くだらない、ですか。幼馴染を殺した感触はどうでした?」
「悪いが俺は殺したいほどあいつらを憎んでるわけじゃなくてね」
「んん? まさか君は彼らを殺さずにここへ? これは傑作だ。君は彼らから村を追い出されたのではなかったのですか。そんな彼らへ復讐心がないと?」
「さぁ。勿論無かったとは言わないが。俺は自分勝手でね。追放されてた程度で殺す気なんてあるわけないさ」
「これはつまらないですね。君はここへ何しに?」
レイチェルは、貼り付けたような笑みのまま俺を見る。
「王様を守りにだよ。あんたにはさっさと消えてもらう。ここでな」
「ここで? 何か君には僕に対する怒りが見えますね。何か僕が君にしました?」
「さぁな。ただ……」
「ただ?」
「自業自得とはいえ、ロイヤー達を利用して自分たちだけ逃げおおせるなんて都合がいい真似はさせたくないのさ」
「くく、君に僕が倒せるとでも?」
「どうだろう。ただ少しは強くなったと思うけど。それに俺は……1人じゃない」
俺は腰から剣を引き抜いた。
さて、憑依があるとはいえ本当に倒せるかはわからんな。
「全く。わざわざ騎士団と冒険者を遠ざけて、なるべく低燃費で終わらせようとしたというのに……厄介な少年だ。仕方ない、死んでいただこう」
そう言って、レイチェルが俺に向かって剣を振るってきた。
「みんな! とりあえず周りのゾンビどもを倒してくれ! テンネだけは俺のサポートだ!」
「はいにゃ!」
俺は迫り来る剣をなんとか弾きながらそう指示した。どうやらここにいるゾンビどもは普通のゾンビより強いらしい。
レイチェルの滑らかな剣筋が俺の攻撃を難なく避ける。やはりかなり強い。
テンネの追撃があるにもかかわらず、レイチェルの方がやや優勢だ。
お互いに攻撃を続けていると、おもむろにレイチェルが距離をとった。
「やっとご到着ですか」
「なんの話だ」
レイチェルがそう言った途端、背後から強い殺気を感じた。思わず俺は振り返る。
するとそこには、血まみれの騎士団の格好をした1人の男が立っていた。彼は、確かアイデン騎士団の団長じゃないか。
「遅いですよロベルト」
「やー、すまんすまん! 団員の奴ら意外にしぶとくてなぁ! 手間取っちまった!」
ロベルトと呼ばれたその男は、笑顔でそう答えた。その瞬間、俺は理解した。この男は敵だと。
「さて、じゃあさっさと王様殺そうぜ!!」
ロベルトは無邪気にそう言う。
こいつ……。
「あんた、騎士団長だろ! なんで裏切ってんだよ!」
「君が例のフリード君か! はっはっ、裏切ってなんかないよ! 最初から俺はこの国が嫌いさ!」
「何を……!」
「自分の話をするのは好きじゃなくてね! だから簡潔に話そう。俺は最愛の人をこの国の人間に殺された! 彼女はハーフエルフだった。殺したのは亜人排斥派。彼らは無罪だったよ。だから僕はこの国が嫌いだ。単純だろう? さぁ、行くぞ!」
「ちょ、待て! 速っ!!」
ロベルトは俺に向かって突撃してきた。しかしそのあまりの速さに俺は反応しきれず、剣でなんとか防いだが、あえなく吹き飛ばされた。
「ぐぁっ!」
「おっと、大したことないね! レイチェル、君はこんなのに苦戦してたのか!?」
「あいにく僕の専門は戦闘じゃなくて諜報なんですよ。君は筋肉バカすぎます」
「それは褒めてるのか? まあいい、さぁ王様、死んでもらうよ!」
「くっ、ロベルト! 貴公は純粋にこの国を守ってくれとると思っていたのに……!」
王は、ロベルトに向かってそう言った。
「馬鹿だな、そんなわけないじゃないですか! 俺はこんな差別にまみれた国まっぴら御免だ。いや、違うな! あいつを殺したこの国が、そしてそれを裁けないこの国が、どうしても許せないだけだ! これで終わりだ! 燃えろ、俺の魂! 『ギガファイア』!」
ロベルトは、剣に燃え盛る炎を宿した。あれはまずい。くそ、間に合わない。
あまり見せたくはなかったが、こうなったら――
「テンネ!」
「わかってるにゃ!」
「よし、『憑依』!」
俺はテンネに触れて、スキルを唱えた。瞬間、体が変化するのを感じる。
俺はそのままバネのようにその場から駆け出すと、ロベルトの繰り出した一撃を剣で受け止めた。
「な、何!? なんで!」
「悪いが、王様達は殺させにゃいぞ!」
「その姿、猫人!? お前は魔人だったのか!?」
「さぁ、にゃ! 悪いがちんたら話してる暇はにゃい! 終わらせてやるにゃ!」
「くそっ、なんだこの力は! それにその語尾は!」
俺はロベルトへ次々と攻撃を繰り出した。奴は防戦一方だにゃ。あいつは語尾とか何の事を言ってるのだ?
よし、憑依が解けるまでの10分、これならいけるのだ!
「ぐっ、くそっ! だが俺は負けん!! 消えろ! 『テラファイア』!」
さっきの炎より巨大な炎が奴の手のひらから解き放たれた。これは普通じゃ迎撃できにゃい!
俺は前もって確認していたテンネの新しいスキルを使うことにした。
「『キャットニャックル』!」
俺はスキルを唱えて、右手の拳で奴の炎に立ち向かった。拳が炎に直撃すると、星のような形をした魔力が具現化したものがあたりに火花のように飛散しながら、炎を消し去った。
これぞキャットニャックルの力。まぁ要は猫パンチにゃんだけど……。
相手のスキル系攻撃に対して、普通のパンチの3倍の威力を発揮するスキル。逆に肉体にあてたところで普通の三分の一しか威力はない。
「馬鹿な! 俺の最強のスキルを!?」
「これで終わりだ!」
「――待ちなさい!」
俺の剣が、ロベルトの体を斬りつけようとした瞬間、レイチェルの声が響き渡った。
声のする方を向くと、レイチェルがホムラを捕まえて首筋に剣をあてていた。
馬鹿、何してんだホムラのやつ。
「すまんフリード。捕まってしまったのじゃ」
「馬鹿、何やってんだ!」
「おっと、動かないでください。動いたら、わかってますね?」
「くそっ!」
俺は動くことができない。
「さぁ、そのまま剣を地面に置いて手を上にあげなさい」
「馬鹿を言え、貴様! 王族とたかが亜人の命、どっちが大事だと思っておる!」
王様の近くにいた兵士が俺に向かってそう叫ぶ。
「うるさいぞ人間。妾の命の方が大事に決まってるじゃろが! 言う通りにするのじゃフリード。妾はまだ死にとうない」
お前が率先して敵の味方するにゃよホムラ。
悪いにゃ、王様にリールラ。俺はあんたらよりこいつらの方が大事なのだ。
仕方ないので俺は剣を置き、手を挙げた。瞬間、ロベルトの蹴りが俺の腹に直撃する。
「ぐはっ!」
俺はゴロゴロとその場に転がる。
くそっ、痛え。
「よくやったレイチェル! 危うく俺もやられるとこだったぜ」
「だから僕は諜報役だと言ったんです。こういうのも必要でしょう?」
「全くだ! 意識を変えるよ」
「ならさっさと王族を殺して終わりにしてください」
「わかったよ! くくく、惨めだなフリード! 甘すぎるよお前は!!」
ロベルトは俺を見て笑いながらそう言った。そしてそのまま王様の元へと歩いていく。
まずい、このままじゃ本当にやられちまう。他の奴らはゾンビ達と戦ってるし……どうしたら。
そう思っている時だった。
「――本当だよ。てめえは甘すぎる、フリード」
聞き覚えのある声が、天井から聞こえてきた。そして、その声に気づき、上を見上げると、穴が空いた天井から剣を持ち落下してくるロイヤーとゾックの姿があった。
そして、ロイヤーの剣はそのまま反応しきれなかったレイチェルの肩に突き刺さった。
「っ!? ぐぁぁぁあ!!」
一方ロベルトの方に落ちたゾックは、ロベルトに攻撃を防がれつつ、さらに攻撃を繰り出している。
「ロイヤー!? それにゾック! にゃんでお前らがここにいるのにゃ!?」
「うるせえ! なんだその気色悪い言葉は! さっさと立てフリード!」
「おぉ、よくやったぞ小僧達。やったのじゃ、これで解放じゃ」
ホムラは嬉しそうに俺の元へと走ってきた。
頭が混乱しているが、どうやらロイヤー達は助けてくれたらしい。
俺はすぐに立ち上がり、落ちていた剣を拾った。
「ぐぅ! ロイヤー! 何故君が……! くそっ!」
「気が変わった。あんたにはここで死んでもらう」
「ふざけるなよ! 君を助けてやった恩を忘れたのか!」
「悪いなレイチェル。僕はどうやら人をすぐ裏切るタチらしくてね。あんたの恩なんか感じてないさ」
「くそがぁ!!」
ロイヤーとレイチェルなら圧倒的にレイチェルが強いだろうが、あれだけ深く肩を怪我していたら、思ったように動けないだろう。
ロイヤーでも倒せるはずだ。
「はぁ、はぁ。お前程度で俺が倒せると思ったのか!?」
「ぐぁっ!」
ロベルトの方を見ると、ロベルトがゾックを剣で圧倒していた。ゾックは吹き飛ばされている。
よし、時間がない、さっさとロベルトを倒そう。俺はロベルトに走り、向かって剣を繰り出した。
「くそっ! またお前か!」
「もう諦めろ! あんたじゃ俺を倒せにゃい!」
「ぐ、くそっ!」
「終わりだっ!!」
俺の剣がロベルトの剣を弾き飛ばし、奴の身体へと剣が届く――かと思われたが、その前に俺の身体に異変が起きた。
憑依が解けたのだ。身体が一瞬にして重くなるのを感じる。思わず俺は地面に膝をついた。
「なんだ、変身が解けた? くく! 運は俺に味方してる!」
「くそっ!」
「死ね! 『ギガファイア』!」
「マスター! 危ない!――きゃあっ!」
「リン!?」
リンが炎迫る俺の目の前へと現れると、剣で炎を防御した。だが勢いに負けて剣をその場に落としてしまう。リンは炎を食らって少し火傷していた。
「はぁはぁ……手間かけさせやがって!! 最後は仲間の剣で殺してやるよ!!」
ロベルトは、リンが落とした剣を拾おうとした。
待て、確かあの剣は……そうだ!!
なら、俺は……最後の力をこの一撃に込める!
ロベルトは、リンの落とした『ダスニアシリーズ』の剣を握ってしまった。それも思い切り。
瞬間、剣の持ち手から無数の針が出現する。それは深々とロベルトの手を突き刺した。
「ぐぁっ!?」
一瞬だった。ロベルトがその出来事を把握するまでの一瞬。その隙に、俺は全力を込めた一撃で奴の首元を掻き切った。
「かはっ!? 馬鹿、な……こんな、ところで」
血があたりに舞った。そのまま奴はその場に倒れる。時を同じくして、ロイヤーがレイチェルを倒した。彼らが倒れると、ゾンビ達は動かなくなった。
少しして、状況を理解した兵士たちの勝利の雄叫びがあたりに響いたのだった。




