【不幸の家】
「仕返しって……どういうことですか?」
エリナさんがそう訊き返してきた。
「悔しくないですか、騙されて」
「それは、悔しいですけど……まだ騙されてたって決まったわけじゃないですし……」
まだ信じてたのか。エリナさん、変な壺とか買ってないよな?
「それも含めて全部暴く方法がありますよ」
「え? 本当ですか?」
「はい。なので、ウーサンを夜、もう一度この家に来るように頼んで貰えませんか?」
「わ、わかりました……」
さて……化けの皮を剥がさせてもらうぞ。
♦︎
ウーサンは、エリナによって再びフリードの家に訪ねるように依頼されていた。
(よく考えたらあの1つ目は亜人か……驚かせおって)
そんな風に苛つきながらも、彼は夜になってフリードの家を訪ねた。
(ふん、この家も適当な事を言って、金を巻き上げてやる。そして……いずれはあのエリナさんと……むふふ)
ウーサンは、霊媒師としての能力などなかった。彼はその怪しげでスピリチュアルな雰囲気だけで金を稼いでいる猛者である。
彼は、冒険者として活動していた時期もあったが、割に合わないとすぐ辞めた。そして、その時期に受付嬢であるエリナに恋い焦がれるようになった。
その愛情はやがて拗れていき、彼は彼女を付け回すようになった。ウーサンは、自分のストーカー行為で彼女が怯えている事を知り、それを利用することに決めたのだった。
そこからは、エリナへと近づき依頼を受けて、ストーカー行為を一時的に辞めて、効果があったように見せかけたのだ。そして、今回のフリードの依頼へと至る。ちなみにエリナの下着を盗んだのもウーサンである。
ウーサンが妄想していると、家の扉が開き、中からフリードが出てきた。
「あ、どうも。中へどうぞ」
「ふむ。やはり私のパゥワァーが必要になったのですね?」
「あーまぁ、そんな感じです」
フリードは、そのままウーサンを客間に案内した。そこでは、まずウーサンが事務的な契約についての説明をした。
「――ということになりますが」
「あー、はいはいわかりました。じゃあ俺ちょっとペン持ってくるんで、ちょっと待っててください」
フリードが席を立ち、部屋から出た。ウーサンが部屋に1人になる。
(今回の依頼もちょろそうだな。なーにが不幸の家だよ。馬鹿らしい。そんなことあってたまる――)
――カタカタ。
ウーサンが考え事をしていると、部屋の中にあるものが振動して震え始めた。
「な、なんだ? 地震か?」
だがそれはすぐに収まる。
「き、気のせいか?」
――おじちゃん……あーそーぼ。
「ひぃっ!?」
部屋のどこかから響いてきた幼い少年の声。ウーサンは立ち上がり、思わず周りを見た。だが何もいない。
「な、なんだというんだ」
彼は気味が悪くなって、部屋から出ようと扉に手をかける。だが、鍵は開いているはずなのに、扉はいくら力を入れても開かない。
「な、何故だ! 何故開かない!」
――おじちゃん、僕と遊んでよ。
「ひぃ!? だ、誰だお前は! ふざけるのもいい加減にしろ」
姿なき声に、ウーサンは必死でそう呼びかける。彼は既に身体中から冷や汗を流していた。
そして、部屋についている明かりが、突然点滅を繰り返し始める。
「な、なんだ!? なんだっていうんだ!」
――おじちゃん。僕はここだよ。
先ほどまで遠くから聞こえていた声が、急にウーサンの耳元から聞こえたのだった。あまりの怪奇現象に、ウーサンは尻餅をつく。
「ひ、ひぃっ! 怖い! やめてくれ! ここから私を出してくれえ!」
尻餅をついたまま、彼は縮こまっていた。
「ウーサンさーん、大丈夫ですかー?」
「フ、フリードさん!?」
扉の向こうから聞こえてくるフリードの声に、ウーサンはすがりつくようにして近づいた。だが扉は開かない。
「フ、フリードさん! 扉が開かないんです! それに変な事が起きてる! 助けてください!」
「えー? でもこっちからも開きませんし、これがあの『呪い』って奴なんじゃ? ウーサンさん、今こそ霊媒師の力を発揮する時ですよ! あの『マジックパゥワァー』とかいうやつをやっつけてください」
「そ、そんな! 私はそんなもの――」
「じゃ、俺は向こうの部屋で待ってるんで片付いたら来て下さい」
「そ、そんな! 待って! 待ってください、フリードさん!」
フリードは、そのまま遠くへと行ってしまったようだ。ウーサンは、絶望の表情を浮かべる。既に彼の中の自我は崩壊していた。
再び部屋の中の明かりが点滅し、周りの物が震え始める。
――おじちゃん、遊ぼうよ。
「怖い、やめて、やめてくれ……俺は本当はこういうのは駄目なんだ」
――おじちゃん霊媒師なんでしょう? 僕と遊んでよ。
「違う! 俺は霊媒師なんかじゃない。俺はそんな能力なんてないんだ……」
――じゃあエリナさんのことも騙してたの?
「そう、そうだ……自分でストーカーをして、それを辞めてあたかも悪霊を払ったかのように仕向けたんだ。俺は彼女が好きだったんだ。ただそれだけだ」
――本当にやったのはそれだけ?
「か、彼女の家に悪霊を払いに行った時に、下着を盗んだりもした」
――下着の色は何色だった?
「く、黒だった。いつもなら白しかないのに、ある時から黒が増えていたから思わず……」
――じ、じゃあ他の下着は? ガーターベルトはあった?
「――そこまでだ。おいサイド、お前自分の性癖尋ねてんじゃねえぞ」
♦︎
部屋の扉を開いて、俺は天井に向かってそう言った。
すると、明かりの点滅、物の震えは止まり、天井に漂っていた薄い霧が集まり出して、人型の少年になる。サイドだった。
「へへ、ごめんよ。フリード兄ちゃん」
「こ、これはいったい?」
ウーサンは、状況が把握できていないようだった。俺は、尻餅をついている彼を見下ろす。
「正体表しやがったな、この偽物霊媒師」
「ま、まさかこれは……」
ようやくウーサンが状況を掴み始めたあたりで、俺の後ろから現れたエリナさんが彼の元へと行くと、思い切り頬をひっぱたいた。
痛そう。
「いてぇ!?」
「最っ低ぇです! この変態!」
「ち、違うんだエリナさん、これは……」
「近づかないでください!」
エリナさんは、滅多に見せることのない怒りの表情を見せていた。
ウーサンは、そのまま俺が騎士団の元へと連れて行き、牢屋へとぶちこまれた。
その後、俺は落ち着いたエリナさんとお茶を飲みながら会話していた。
「ま、これでわかったでしょ。エリナさん。たまには疑ったほうがいいですよ」
「は、はい……よく分かりました。あの……すみませんでした! こんなことに巻き込んでしまって!」
「いや、いやいや、いいですよ。エリナさんは良かれと思ってやってくださった事ですし。エリナさんも結果的に無事ですみましたし。結果オーライです」
「フリードさん……」
エリナさんは心底申し訳なさそうにしている。まぁ全部空回りに終わってるからな。うーむ仕方ない、ここは一丁俺が場を和ませて、リラックスしてもらうか。
「ところでエリナさん」
「……はい」
「今履いてるパンツは、黒ですか?」
俺がそう訊くと、エリナさんは顔を真っ赤にして、何故か履いているスカートを抑えると叫んだ。
「私ちょっと冒険しただけですから違いますからそういうんじゃないですからエッチなことなんて考えてないんですからーーっ!!」
そう言って、彼女は走って家から出てってしまった。失敗だったかな?
まぁけど、元気になったみたいだし、いっか。
「やるね、フリード兄ちゃん。正面切って訊くとは」
「うるさいよ」
ニヤついて俺にそう言ってきたサイドに、とりあえずチョップしておいた。




