【ロイヤーの失敗⑥】
むせるような汚臭が漂う地下牢獄で、ロイヤーはまだ看守であるモーセに弄ばれていた。
「ふぅ……今日も良かったぜロイヤー」
モーセはズボンを持ち上げ、ベルトを締めるとニヤつきながらそう言った。
ロイヤーは、ただ生気のない目で虚空を見つめている。そんな彼をモーセは満足に見ながら続ける。
「そういえば、少し前に盗まれた秘宝が返ってきたらしいぜ。あのガキ……なんて言ったかな、ああフリードか。そいつらが手柄を上げたとか。あいつも可愛い顔してたなぁ」
「……フ……リード……?」
「お、なんだ。久々に喋ったじゃねえか。なんだ他の男の名前を出したから嫉妬してんのか?」
「フリード……は……化け物だ。人間じゃない」
「ん? なんだ?」
ロイヤーはボソボソと呟く。モーセはそれを近くで聞こうとする。
「フリードは、魔物使いだ。あいつは魔物だ。あいつは人間の敵だ」
「おーおー……ちぃと派手に使い過ぎたかな……。『魔物使い』なんてお伽話を言い始めちまった。そんなもんがいたら魔王になっちまうぞ、ってか? ガハハハ」
モーセは、笑いながら牢屋を後にした。ロイヤー達が収監されてから既に2週間は経過していた。既にドミニクは骸となっていた。しかし残った彼らもかなり疲弊していた。
「よぉ、ゾック。来てやったぞ」
「モ、モーセさん! 嬉しいです」
次の日になり、モーセはゾックの元を訪れていた。ゾックはモーセのお気に入りだった。ゾックはモーセの指示には何でも従ったため、モーセも彼を気に入り、丁寧に扱っていた。
「へへ……ゾック」
「わかってます。任せてください」
モーセの不気味な笑みの意味を、ゾックは理解してすぐに彼は行動に移した。
事が終わると、モーセは檻の中で煙草をふかしていた。獄中では煙草は禁止されている。モーセの意識は緩んできていた。
「今日も良かったぜゾック」
「それは良かったです。もっと頑張ります」
「へへ……お前は本当に良いやつだなぁ。そんなお前にはほら、これ」
モーセは小さい手帳とペンを、ズボンのポケットから出すと、それをゾックに渡した。
「これって……」
「ゾック欲しがってたろ? 自分の生きてた記録を世に遺したいって。だからよ、内緒でそいつをやる。悔いのねえように書きな」
「モ、モーセさん……!」
ゾックはペンを握りしめ、手を震わせて涙していた。
「へへ、泣くほど嬉しかったか。まぁまた今度来るからよ、その時にまた書いたのでも見せてくれや」
そういうと、モーセは立ち上がってゾックに背を向けると上着を着始めた。
「本当に……本当に、ありがとうございます」
ゾックは背中越しにモーセにお礼を言った。そして立ち上がり、モーセに近づいていく。
「本当に……ありがとう、ございます……モーセさん。せめてものお礼ですが……これを受け取ってください」
「あー? お礼ってお前なんも渡せるようなもんないだろ? 一体何を渡すつも――」
モーセは振り返って、ゾックが何を渡すつもりなのか見ようとした。
――その瞬間だった。
ゾックが握りしめたペンが、振り向いたモーセの右目を貫いたのだ。
「ぎゃあああああっ!!」
モーセは右目から留めなく溢れる血を手で抑えようとする。ゾックはその隙に、モーセの腰に刺さっていた剣を抜き取った。
「ゾ、ゾック、何故だ、てめえは俺の従順なペットのはずだ!」
「くくくくく!! 本当にありがとよ! モーセ! てめぇには絶望を教えてもらった、感謝するよ! てめえにやるのは死だ!! ははは!」
「ゾック……! てめぇえええ!!」
「じゃあなぁ!!」
ゾックは、剣をモーセへと突き刺した。しばらくしてモーセは事切れる。
ピチャピチャとモーセから溢れる血を踏みしめて、ゾックはモーセから鍵をくすねた。それを使って檻から抜けると、ゾックは唾を吐いた。
「ちっ、さっさと体を洗いてえな」
彼はそう言って歩いていき、おもむろに他の檻を見た。そこには憔悴しきったロイヤーの姿があった。
ゾックとロイヤーの目が交差する。するとロイヤーは少しだけ眉を動かして、
「ゾック……助け、て……」
ただそう繰り返した。
ゾックはそれを無視して、進もうとしたが途中で歩を止めた。そして舌打ちをした後、ロイヤーの檻まで戻ると、鍵を開けてロイヤーの鎖を外した。
ロイヤーは、鎖で支えられていたため、それが外れて床にそのまま倒れた。ゾックはめんどくさそうにロイヤーを手で引っ張り上げて、肩を貸した。
「ゾック、ありが、とう……」
「全く、お前もちょっとは従う事を覚えろよ。反抗ばっかするからこんなボロボロになったんだろ」
「ぼ、僕が……あんな奴に……従えるか」
「くくく、なら俺に感謝しろよ」
「そう、だな……ありがとう」
ふらふらになりながら、2人は歩いていく。
だが勿論、ここから脱出することなどできるわけがない。地下牢獄から上に出たところで、そこは兵士たちが衛兵として常駐している。彼らは囲まれているのだ。
だがわかっていても、彼らは進むしかなかった。待っていても死刑が来るだけだ。だから彼らは歩いた。
暗い牢の中を歩いていき、彼らが階段を歩いった。やがて陽の光が差し込んで来る。出口が近かった。彼らはおよそ2週間ぶりに陽の光を浴びたのだった。
そして、出口を抜けた途端、彼らの前には1人の男が現れた。30代前半程度の若い見た目をした筋肉質な男だった。
ゾックはその場にロイヤーを下ろして、疲れ切った体で剣を構える。
「おぉ、凄いな! まだ戦う元気があるのか! 凄い凄い! やる気があるなぁ」
ゾックは周りを見渡した。異様な雰囲気を感じたからだ。するとそこには出口を見張っていたはずの衛兵が複数倒れていた。
「てめぇ……何者だ?」
「いやぁ、大丈夫! 安心して? 俺は君の味方さ! おっとまずは名乗った方がいいかな! 俺はロベルトっていうんだ」
ロベルトと名乗るその男は、大きな声でそう言った。
「ロベルトさん、駄目ですよ。彼が困ってるじゃないですか」
ロベルトの後ろからそう聞こえてきた声の持ち主は、不気味に笑っている見覚えのある顔だった。
「てめぇは……レイ、チェル……」
ロイヤーが木にもたれかかりながらそう言った。
「……君はドミニクさんと一緒にいた、ロイヤー君ですね。そしてこっちの彼は、ゾック君」
「てめぇ、どのツラ下げてきやがった! てめえのせいで俺たちは! てめぇだけは許せねえ!」
ゾックはレイチェル方へと走り出すと、斬りかかった。だがレイチェルはスキルで目の前に見えない壁を作ってそれを防ぐ。
「くっ……」
「まぁ落ち着いてください、ゾック君。気持ちはわかりますが、僕は君達の味方ですよ」
「そんなのが信じられるか!」
「……ふぅ、そうですね。ならこう言い換えましょう。僕たちは今から君達を逃げさせてあげますから、その代わりに君達は僕達に協力してください」
レイチェルがそう言うと、ゾックは黙った。彼も自力でここから脱出するのが不可能だと感じていたからだ。
「あんたら、何考えてやがる……」
「それは逃げ切れた後に教えましょう。ほら、早く決めてください。他の兵士が異変に気づくのも時間の問題ですよ」
ゾックは、辺りを見渡して舌打ちをすると、再びロイヤーを担いだ。
「ならさっさと俺たちを逃せ!」
「いい答えです。ならいきましょうか。『コネクト』」
レイチェルが作った亜空間に、彼らは入っていくのだった。




