【姫とエルフ⑧】
レイチェルばかりか妖狐までもがこっちに興味を示し始めてしまった。
まずい。まずいぞこれは。くそっ、こうなったら……一か八か!
「リライフ」
俺はなるべく小さい声で、妖狐に向かってそう唱えた。だが何も変化はない。くそ、やっぱり駄目か。ゴブリンロードといい、相手が格上すぎると効かないのか?
まずい、いよいよ打つ手がないぞ。
「お兄ちゃん!」
そう思っていると、そんな声が聞こえてフィリップさんの元に少女が駆け寄った。フィリップさんの妹だ。やっぱりいたのか。
「あれ? あなたは、行商人さん。なんでこんなところに……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよ! 君の兄貴のせいで! 水晶玉は割れちゃったしさぁ!」
「水晶玉……? あ、あのよくわかりませんがこれじゃダメですか?」
「へ?」
そう言って彼女が首元から外したのは、俺が彼女に売った水晶玉の首飾りだった。いつのまにか木でできた紐がくくられている。
俺は思わずくいついた。
「い、いいのか!? これもらって!」
「え? ま、まぁはい。元々行商人さんから買ったものですし。そ、そんな事よりここから逃げましょう!」
「いや、だめだ! おいあんた、妹連れてこっから逃げろ! このままだと妹死ぬぞ!」
「何っ!?」
「ちょ!? え?」
俺は水晶玉の首飾りを受け取ると、それを急いでリルへと渡した。
レイチェルはその一連の流れを余裕そうに眺めている。
「リルこいつでいけるかっ?」
「ええ、十分よ!」
「くく、フリード君。何をしようというのですか。今更何をしたところで――」
「いや待てっ! まさか小娘、貴様ロードの血縁の……!」
レイチェルの言葉を遮るように、妖狐が焦るような発言をした。だがもうリルの準備はできている。
「遅いっ――『ソウルロック』!」
「……ぬわぁぁあ!」
「妖狐様!?」
リルがスキルを唱えて玉を上に掲げると、妖狐の体から紫色のオーラが吸い込まれるようにして玉の中へと入っていく。妖狐は絶叫とも言える雄叫びをあげていた。
「まさかっ、これは封印!? ちっ、やらせるか!」
「おっと、お前に邪魔はさせない!」
レイチェルがリルに攻撃しようとしたのを、俺は剣で防いだ。
「下級ランクの冒険者1人など、ひね潰してあげますよっ……!」
「悪いけど1人じゃないんだよねーっ。『エクスプロージョン』」
「ちっ、『シールド』!」
ヴィーナスが加勢しに来てくれた。彼女の放った弓矢がレイチェルの作った透明な壁に激突し爆発を起こす。
「ふん、その程度どうってことは――何っ!?」
レイチェルが完全に攻撃を防いだかと思ったが、彼の足元が氷によって固められていた。
この攻撃はノンに違いない。そう思って彼女の方を見ると、ニコニコと笑っていた。
「へへ、初めてだけど成功したぁ」
「くそっ」
氷自体は彼が力を込めるとすぐに割れて動けるようになったものの、そこに隙はできる。気づかなかったが、あらかじめ動いていたらしいテンネが、レイチェルの背後から一太刀を浴びせていた。
そしてテンネは、水色の腕輪らしきものを自身の手から取ると、それをレイチェルの背後へと投げた。
剣で切られた彼の背中から血が滴る。
「ぐぁっ!? ば、馬鹿ないつのまに後ろに!」
「黒き影ってやつだにゃ。そんでもってこれが『こんぴぷれー』ってやつなのだ」
テンネがレイチェルの後方を指差してそう言った。そこには水色の腕輪が変形し、人型になったスライムのリンが現れる。そして腰から抜いた剣で、レイチェルを斬った。
「ぐあああっ!」
「テンネにしては、良いアイデア」
「一言余計にゃ! リン」
「はぁ、はぁ……くそ、この亜人ども、一人一人の基礎能力が異様に高い……! 流石にこの人数は分が悪いですね……妖狐は惜しいですが仕方ありません。ギュンター、退きますよ!」
レイチェルはスキルを使いながら血だらけのままその場から離れると、妖狐の近くにいた眼鏡の男の元へと向かった。
「あーあ、勿体ないですねぇ」
「はぁはぁ。ちっ……まさかあの姫にそこまでの力があるとは。『コネクト』」
レイチェルは空間を歪ませると、その中に入って逃げていった。本当なら追いかけてぶん殴りたいところだが、今はこっちの妖狐をなんとかしなきゃならない。
「はぁ、はぁ……私の力じゃ、こ、ここまでね」
リルの封印にも限界がきたようだ。あれだけ透明だった水晶が紫色に変わっている。
妖狐も、あれだけ大きかった体が小さくなって今は俺たちとあまり変わらなくなっている。
「お、おのれ……妾の力を、ほとんど持っていきよった。まさか大樹を霊術に編み込んでおるとは。くそ……悔しいがここは一旦退却するしかないか」
「あんたを逃すわけないだろ。ここで倒させて貰うぜ」
「ふん……小僧が。貴様ら人間の弱点などわかっておるわ! 例えば……」
妖狐が素早く移動すると、奴は街中で取り残されていた子供を口で掴み、持ち上げた。
「この子供を殺されたくなければ、その封印した玉を壊せ、とかのぅ」
「うわぁぁあん、怖いよぉおお!」
捕らえられた子供は泣き出していた。
「き、汚いわよ! 伝説の妖狐ともあろうものが!」
「生き残るものは得てして狡猾と決まっておる。さぁ、子供を殺すか、玉を壊すか。2つの選択肢じゃ。早ようせい」
「くっ……」
リルは捕らえられた子供と封印した玉を交互に見比べていた。このままだと彼女は玉を割るだろう。それは最悪のパターンだ。
俺は周りを見渡す。どうやらあのエルフの兄妹はここから逃げてくれたようだ。なら目撃者は……。
「わかっ――」
「ちょっと待ってくれリル」
「な、何よフリード。こんな時に」
「ヴィーナスもだ。あんたら、口は堅い方か?」
「「は?」」
俺の質問に2人とも頭上にはてなマークが浮かんでいた。
「俺がこれからやることを、2人は絶対に口外しないで欲しい。ただ俺はそう、2人にお願いしてるだけさ」
「ちょっとそれどういう……」
「おい妖狐! 第3の選択肢だ! 行くぜ、『リライフ』!」
「何っ? こ、これは……! 身体が!!? まさか貴様――」
妖狐の体が眩く光り出した。妖狐と目が合う。奴の驚愕の表情を見て、俺は不敵に笑うのだった――
♦︎
「――つまり、お前がこの水晶に妖狐を封じたというのか? リールラ」
「そうよ、お父様」
アイデン王国の王都、荘厳な城内でこの国の王であるヒルデブランド王が自身の娘であるリールラにそう尋ねていた。
王は、片手に紫色の水晶玉を持っていた。
「ミセタ国の策略でルクスの玉の封印が解かれてしまったけど、なんとか封印し直すことができたわ」
「お前があの英雄ロードと同じ事をしたとはにわかには信じられぬが……だとすればリールラ、お前の才能はとてつもないぞ」
「ま、まぁその水晶に編まれてる涙の大樹の木片が、術の効果を高めたみたいよ」
リールラがそういうと、王は水晶玉にくくりつけられている木の紐を興味気に見た。
「ふむ。まぁいずれにせよ、今回の件は調査をする必要がある。おそらくエルフ王はしらばっくれるだろうがな」
「仕方ないわ。相手は幻の男だったんだもの。『無かったこと』にしても大丈夫」
「そういうことだな。さて、今回よく働いた騎士団員のヴィーナス・ブルマーと冒険者達には褒美を与えよう。今は怪我の治療でいないのだったか」
「え、ええ。少し療養中よ。また後で日を改めた方がいいと思うわ」
「ふむ、そうしよう。では下がっていいぞリールラ」
「はーい」
リールラはそのまま城を出た。そしてその足で教えられたフリードの家の住所へと向かった。
♦︎
「――ていうことで、私が封印した事にしといたわよ」
リールラが俺の家に来たかと思えば、そんな話をし始めた。
「ごめんな、リールラ無理言って。ありがとう」
「貴様程度に妾が封印できるわけなかろうが」
俺の言葉に続くように、幼い女の子の声が下から聞こえた。
声を発したのは、俺の腰あたりまでの身長を持った紫色の髪を持つ女の子。とはいえただの女の子ではなく、頭からぴょこんと耳が生え、お尻から自身の半分くらいの体積を持つ9本の尻尾を生やしていた。
少しつり目だが可愛らしい女の子である。しかし中身は妖狐だが。
そう、俺は妖狐を魔人化させる事に成功した。あの時リライフを発動させて、狐だった彼女はこんなちんちくりんな幼女になった。
最初はぎゃーぎゃー抵抗していたが、俺には逆らえないしもう元の魔力はないので諦めたらしい。それとおいなりさんを作ったらそこそこ懐いた。ちょろかった。
ていうかなんでこいつここにいるんだ? 二階でテンネ達と一緒にいたはずだが。
「まぁ、あんたみたいなチビに何言われようが悔しくないけどね」
俺が魔物使いだと国にばれると面倒なので、今回はリールラが封印に成功したという事にしてもらった。その方が色々と俺にも都合がいい。
「不敬じゃぞ人間風情が! 消し去ってくれるわ! 『狐火』!」
幼女は、リールラに向かって小さい手のひらを突き出したが、特に何もそこから出てくることはなかった。
「あらー、可愛いお手手ですこと。私に見せてくれるのかな?」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……!」
リールラの煽りに、幼女は八重歯をむき出しにして怒っていた。だが怖くなかった。
「ねー、フリードちゃんご飯まだー?」
客間でリールラと話していたら、ヴィーナスがそう言ってひょっこり顔をのぞかせてきた。今彼女は、姫と同じで一時的に家に遊びに来ている。
「あ、じゃあそろそろご飯でも作りますか。リールラもどう? 食べてく?」
「あら、じゃあお言葉に甘えて」
リールラも一緒にリビングに行き、料理を作ってそれを机に並べていると、二階から階段をドタドタと降りてくる音が聞こえたかと思えばテンネ達だった。
「あ、こんなところにいたのかお前ー!」
「ぬぅ……っ!」
テンネが幼女を指差して見つけると、幼女はあからさまに嫌そうな顔をした。どうやら力が無くなっておもちゃにされてるようだ。
「フリード、こいつ名前があるらしいのに教えてくれないのだ!」
「ふん! 誰が妾の高貴な名前を貴様らなどに教えるものか!」
幼女はそう言ってテンネを睨め付ける。
「じゃあお前昼飯抜きな。おいなりさんを作ったのになぁ」
俺がそういうと、幼女は絶望したような顔をした。そして「うぬぬぬぬ」とかなんと唸ったあと、観念したのか口を開いた。
「ォ……ラじゃ……」
「え? なんて?」
「ホムラじゃ! これでいいじゃろ、妾にも飯を寄越せ! そこの猫より多めにな!」
ホムラっていうのか。まぁ本当はステータス見たら一発でわかるんだろうけど、後で見てみるか。
「にゃんだとホムラ! 私の方が先輩だぞ!」
「なんじゃ! 妾の方が長生きじゃ!」
「先輩!」
「長生き!」
「「ぬぬぬぬぬぬ!」」
2人で争い始めていた。
「低レベルな争い」
「ノンが先に食べちゃうよー」
遠目で見ていたリンとノンがそう言った。
「うるさいぞ、おっぱいスライムにもじゃもじゃ羊!」
「許さない、処す」
「狐の剥製っていうのも、良いかもねぇ」
ホムラの発言にリンとノンが切れてしまったようだ。争いに加わっていった。
「いやーお姉ちゃん、また女の子が増えたね。これでお風呂覗きが楽しみ――じゃなくて家が楽しくなるね」
「サイド、あんた全然変態を隠しきれてないわよ」
既に椅子に着席しているサイドとレモンがそう言った。
俺は辺りを見渡す。
いつの間にかこんなに増えた仲間だけど、賑やかでとても楽しい。俺の人生を彩ってくれてる彼女達に感謝しよう。
「お前らいつもありが――ぶっ」
俺の顔面にスライムの体の一部らしきものがぶつかった。
「にゃはは! リンの取れたおっぱいがフリードに激突したにゃ!」
「マスター私のおっぱいに感謝するとは、流石」
「ご主人、ノンはおっぱい取れないよぉ?」
「貴様、稀に見る変態じゃな……」
「お前らに感謝しようとした俺が馬鹿だった」
俺がそう言うと魔物娘達も、王女様も、騎士団員も、笑った。
――世の中というものは平等にできてはいない。
けど神様、そこから生まれた新たな出会いに、俺は感謝するよ。
これにて一章完結です。お読みくださった方、ありがとうございます。
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一章は主人公があまりパッとしない強さでしたが、二章はかなり強くなるお話になる予定です。あとロイヤー君たちにも決着をつけようかなと。
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