【姫とエルフ⑦】
俺たちはすぐにそこから出て、王都キリスクから去った。あたりは既に暗くなってきている。
俺たちは近くの馬車に乗り込み、ヘルマイアに向かうように頼んだ。
「お客さん、こんな時間からヘルマイアですか? 珍しいですね」
「すみませんが、俺ら急いでいるんで速めでお願いします!」
「えっ、お、おうわかった」
御者のおっちゃんも俺たちのただならぬ気配を察したのか、すぐに馬を走らせてくれた。
「あの狐、とんでもにゃい魔力だったのだ」
テンネが馬車の中でそう切り出す。
「私もびっくりした。あれが神魔。底知れない」
「尾っぽが9本もあったもんねぇ、凄いよねぇ」
魔物娘たちでそんなトークを繰り広げている。みんな元魔物だからこそあの途轍もない力をより感じることができたのだろう。
「ところでリン。神魔ってなんだ?」
「魔物は才能とか突然変異とかで力を得たりすると、稀に魔人になったりする」
「ああ、それはよく聞くな」
エルフやらドワーフやら生まれた時から魔人である方が圧倒的に多いが、たまにそういったものが生まれるらしい。どちらかというとリンたちも後者だしな。
「ただ、それを遥かに超える力を手にした魔物は、神魔と呼ばれる神話級の魔物になることがある、らしい。本に書いてあった」
「なるほど。あの妖狐はその神魔ってやつなわけか……」
まぁ神話級と言われても納得の迫力だったな。
「へぇ、うち神魔なんて初めて聞いたよ」
「私は聞いたことあるわ。ただ伝説のお話の中でだけど。今からその伝説に立ち向かいに行くってわけね。面白くなってきた……とは言えないわね」
リルの不安げな声を最後に俺たちは沈黙し、目的地までの時間をただ黙って過ごした。ただそんな緊張感の中でもノンだけはしっかり寝ていた。こいつは大物だよ。
ヘルマイアに近づくにつれて、異変が起き始めていた。ヘルマイアの方から多くの馬車がやってくるのだ。御者のおっちゃんも「なんでこんな時間にこんな沢山の馬車がやってくんだ?」とか呟いていた。
異変の原因はわかる。妖狐が現れたからだ。彼らは逃げ出してきたのだろう。
俺たちがヘルマイアに到着する頃には、ヘルマイアは人々の悲鳴が響いていた。
「おっちゃん、ありがとう! これお金。釣りはいらないから早く逃げるんだ」
「えっ、こんなに!? いいのか返さねえぞ俺!」
「いいよ、じゃ!」
俺は少し多めにおっちゃんにお金を渡して、街の中央へと向かった。すると見えてきた。紫色の妖狐だ。楽しそうに手当たり次第に建物を壊してる。
妖狐の足元にはレイチェル達がいた。しかし見た雰囲気だと彼らも焦っているようだ。
「クハハハハ。久し振りに暴れると楽しいのう!」
「よ、妖狐様! ここは我らの国です。攻撃するのはおやめください!」
「貴様らの国など知ったことか! 妾は妾のしたいようにする」
どうやら揉めているようだ。ふと周りを見ると、どこかで見た顔がいた。よく見ると、アイデン騎士団の人たちだ。
「みんな、ここにいたの!?」
「ヴィーナス、それに……リ、リールラ様!??」
ヴィーナスが騎士団員たちに話しかけると、彼らはリルを見て驚愕の表情をしていた。
「な、何故ここに姫が!?」
「それは後にして! それよりこれ、どうなってんの? あいつら喧嘩してない?」
「お、俺たちもわからん。この街に滞在していたら、急にあの魔物が現れて、街を破壊し始めたんだ」
その騎士団員の話によると、どうやら妖狐が現れた後、レイチェルたちがアイデン国の方へと移動させようとしたらしいが、妖狐がそれを無視してこの街を破壊し始めてしまったらしい。
「なるほどね、これはうちらにとって好都合だよ。ここで足止めしている間に、君たちはリールラ様と国に戻ってこの事を報告するんだ!」
ヴィーナスは騎士団員たちにそう言った。
「わ、わかった! さぁリールラ様、私たちとご一緒に!」
「駄目よ、私は行かない」
騎士団員がリルにそう言うが、彼女は首を横に振った。その様子を見て、ヴィーナスは今までにない焦りを見せた。
「リルちゃん、いえリールラ様! これはもう試練などといえるものではございません! すぐにお逃げください!」
「いいえ、妖狐が復活してしまったからこそ私がいなければならないの! 私たち王家に伝わる封印術を使わなければ、絶対にあの妖狐は倒せないわ! ここを通せばアイデン国に来てしまう。それは絶対に避けなければならないの! 私はここに残る、これは王家の誇りよ。譲れないわ!」
「リールラ様……! そこまでの覚悟が……」
「あなたたちは国に戻って報告しなさい。いいわね、これは命令よ!」
「……御意にございます」
騎士団員たちはリルの命令に、膝をついてこうべを垂れて従った。そして迅速に行動し始めて、すぐに街から出て行った。
「リールラ様……」
「あら、ヴィーナス。まだ任務中よ、リルちゃんと呼びなさい。何死にそうな顔をしてるの。言ったでしょ、私の封印術を使う必要があるのよ」
「で、でもその術は、未完成なんじゃ……」
「そうよ。うまく封印できて妖狐の力の半分、いえ3分の1、ってところかしら。あとはその弱った妖狐を倒せるかって話ね。大丈夫よ、やばくなったら逃げるから」
あれの3分の1って弱くなってるとはいえ相当強いだろうな……。
「でもこの術、時間がかかるのよね。それに封印するための何か玉が必要だし、まずそれを探さないと……」
「それって何か特別な玉じゃないと駄目なのか?」
「いえ、普通の水晶とかでもいいはずよ」
「ならどこかに――」
「――うぉおおおおお! 『ギガウインド』!」
俺がリルと話をしていると、雄叫びのような声が聞こえてきた。声の方を見てみると、ひとりの兵士が妖狐にスキルの風を巻き起こして戦っている。しかしどう見ても効いてるようには見えない。
あれは、ミセタ騎士団のフィリップさんだ。そういえばヘルマイアに行くとか言ってたな。てことは妹さんも来てるのか?
「くそっ、全く効かない!」
「チクチク邪魔だのぅ。なんじゃお前は。エルフ族か」
「俺はミセタ騎士団、団長のフィリップだ! お前こそ何者だ! 街をこんなにめちゃくちゃにしやがって! レイチェル! これはどういうことだ!」
フィリップさんは怯みもせず、剣を構えてレイチェルのいる方へとそう叫んだ。
「フィリップさん、これは全てミセタ国のためですよ。この妖狐様が私たちに幸福をもたらしてくれるでしょう」
「何いってやがる、こうして街を破壊されてるじゃねえか!」
「大いなる目的のためには犠牲もやむを得ません。妖狐様は、アイデン王国を滅ぼしてくれるはずです。そうですよね?」
「ふん、心配せずとも準備運動が終われば次は妾を封じ込めた、憎きロードがいた国だ。粉々にしてくれようぞ」
おいおいおい、今不穏な発言が聞こえたぞ。ここが終わったら次俺らの国じゃん。
「こんな気まぐれで街を破壊する魔物を信用する方がおかしい! アイデンの後は俺たちかもしれんぞ! 制御できるとでも思ってるのか!?」
「くくく、存外このエルフの小僧は物事がわかっとるようだのう。その通りじゃ、妾が貴様らの指示に従うことなどない」
「ふふ……僕たちもその時には考えがありますよ。さぁお話は終わりです。これ以上邪魔をするなら、あなたには死んでもらう必要がある」
「やってみろ、もやし野郎が!」
フィリップさんが時間を稼いでいる間に、俺たちはやるべきことをやったほうがいいな。
「リルは術の準備をしといてくれ。ヴィーナスは彼女の護衛を。俺たちは手分けして手頃な水晶を探そう。街を探せばどこかにはあるはずだ」
「そうね、それがいいわ」
「フリードちゃん、リーダー向いてるんじゃない?」
「はは、ありがとう」
軽い冗談を交わして、俺は街の中を駆け回った。どこかに水晶があればいいんだが……街の雑貨屋は、くそっ、攻撃でめちゃくちゃだ。
何か、何かないか? 走って走って、探し回っていると、急いで逃げている老婆に出会った。ただの老婆じゃない。ルーズベルトさんを紹介してくれたあのお婆さんだ。
「あ、あなたは!」
「はぁ、はぁ……んん? お前さんはこの前の客じゃないか。何してるんだ、お前さんも早く逃げい。あれは人の手に負えるもんじゃないよ!」
「お婆さん、もしかしてあの水晶玉持ってない!?」
「水晶玉? 商売道具だから持っちゃいるが……これかい?」
お婆さんが背中の風呂敷から取り出したのは、あの人の頭ほどある大きな水晶玉だ。これならいける! こんだけでかけりゃなんか封印もできそうだし!
「それ俺に譲ってくれ!」
「んー? なんでこんな時に」
「い、いいから早く!」
「10万デリー」
「金とんのかよ!」
「キーヒッヒッヒ、渡せないならやれないよ」
「わかったよほら! 今手持ちにあるのが8万デリーだから! これで勘弁してくれ!」
「ヒッヒッヒ、まぁいいよ、ほらやるよ」
「ありがとう! じゃあ!」
「ヒッヒッヒ、儲けた儲けた」
くそっ、非常事態だからって足元見やがって。でもこれで水晶玉を手に入れた。
こうして俺はリルのいる元へと戻った。テンネ達も戻ってきていたが、彼女達は水晶を見つけられなかったらしい。俺は手に入れた水晶玉をリルに見せる。
「リル! これでどうだ」
「わっ、凄い大きい水晶玉ね。けど問題ないわ、それでいきましょう。もうすぐで術の準備ができるわ、それ絶対割らないでね!」
「ああ、もちろん割るわけ――」
一瞬だった。凄まじい速度でどこからか吹っ飛んできたフィリップさんが、俺に激突し、俺もその衝撃を受けて吹き飛んだ。もちろん、手に持っていた水晶玉は離れて、無残にも地面に叩きつけられて、粉々に砕けた。
「いててて――あああああ!」
俺は起き上がってそう叫ぶ。
水晶玉が割れちまった。やばいどうしよう。
「く、すまない大丈夫か?」
起き上がってきたフィリップさんが俺にそういった。
「大丈夫じゃねーよあんたのせいで水晶玉割れちまったじゃねーか!」
「す、水晶玉? すまん。それは後で俺が買い直す」
「いや今じゃないとだめなんだって!」
「おや、フリード君じゃないですか。ここまで追ってきたんですか?」
こちらに近づいてきたレイチェルが俺たちに気づいた。そればかりか妖狐の方も俺たちの方を見ている。
「んん? そやつから、あの憎きロードと同じ匂いがするのぅ……!」
リルを見て、怒気を孕んだ声で妖狐は言ったのだった。
まずい、絶体絶命だ……。




