【姫とエルフ⑥】
夕暮れになり、俺たちは行動を始めた。ルーズベルトに案内されるまま城へと向かうと、彼は城のある外壁をおもむろに押した。すると壁が横にずれて中への階段が露わになった。
「さて、俺の案内はここまでだ。貰った金の分は働いた。あとはあんたら次第だ」
「ええ、ご苦労様。助かったわ」
「ただあんたらの探し人がそこにいなくても俺を責めるなよ」
「わかってるわよ」
ルーズベルトの念押しに、リルが答える。彼は俺たちが隠し通路へと入っていくのを確認すると、どこかへと立ち去った。
中に入ると、開いた壁は元に戻り、壁についている燭台が唯一の明かりとなった。地震の靴音が響く狭い階段を降りていくと、広い空間に俺たちは出た。
そして中には、『奴ら』がいた。金色の髪に張り付いた笑顔の男。そして眼鏡をかけた薄気味悪い白衣の男。どちらも見覚えがある。彼らは俺たちに気がつくと、興味深そうに見てきた。
「おや、何故君達がここにいるんです」
レイチェルが、俺たちを見てそう言った。
「何を言ってるんです、レイチェルさん。彼らはこれを取り返しにきたのでしょう」
眼鏡をかけたあの死霊魔術師の男がそう言って、手のひらに持っていたのは、紫色のオーラのようなものを渦巻かせている玉だった。
「あれはルクスの玉!」
リルがそう叫ぶ。
「これはこれは……いけませんよ。まさかリールラ姫がこんなところにまできてしまうなんて。危険ではないですか」
レイチェルが笑顔のまま、なだめるようにそう言った。あいつ、リールラ姫のことわかってるのか。
「あなたわかってるの!? そのルクスの玉はあなた達が思ってるより遥かに――」
「――危険な400年前に暴れた伝説の妖狐が封印されてる、でしょ?」
「なっ……何故それを……」
リルは驚きを隠せていない様子だった。
400年前に封印された伝説の妖狐? そいつがあの玉の中に入ってるってのか。だから国は必死にあの玉を取り返そうとしてるのか。
だとしたら、レイチェル達はまさか……。
「ま、まさかあなた達! 玉の封印を最初から解くつもりで私たちの試練を利用したの!?」
「ご明察。あなた達も素晴らしいタイミングで来ました。さぁ、世紀のショーの始まりですよ。私たちは伝説の妖狐をこの目で観れる生き証人となるのです。ギュンター!」
「はーいはい、任せてくださいよぉ。もう臨界点を超えてます。あとは少しの魔力を加えてあげれば……」
レイチェルに呼ばれたあの眼鏡の男が、手に持っている玉に向かって、何やら魔力らしきものを込め始めた。すると玉の周りにまとわりつく禍々しい紫色のオーラが更に増え、やがて玉にヒビが入る音がし始めた。
「来た、来ますよ……! 素晴らしい魔力! 伝説の妖狐です!」
「駄目っ、やめなさいっ!」
「遅いっ!」
リルの制止も虚しく、玉は完全に砕け散り、そしてあたりに紫のオーラが充満したかと思えば、俺の全身を巨大な魔力の圧が襲った。
こ、これが妖狐の魔力。とんでもないぞ。気をぬくと、膝をついてしまいそうだ。
充満していたオーラが収束していくと、そこには四足歩行で佇む、9本の尾を持った巨大な紫の狐がいた。高さは3メートル近くはありそうだ。
「く、くくく……遂に復活できたぞ。ロードのクソめ。こんな玉っころに妾を400年も閉じ込めおって……」
狐が砕けた玉を前足で踏み潰しながらそう言った。そしてそのままレイチェル達の方へ視線を向ける。
「妾を封印から出したのは、貴様らか?」
「そ、そうです」
流石のレイチェルも冷や汗をかいていた。というかこの場にいる皆が動ける状態ではなかった。あのテンネですら、少し怯えているようだ。
「ふん、なるほど。まぁ礼は言っておこう」
「あ、ありがとうございます。それで妖狐様。一度、私たちと共についてきていただきたいのです」
「何? 貴様らと? 普段なら断るところじゃが……今の妾は気分がいい。いいぞ、連れていけ」
「は、はい。では、『コネクト』」
レイチェルがおそらくスキルを唱えた。すると何もなかったはずの空間が揺らぎ、空間に裂け目ができた。裂け目の奥には街が見える。あれは、ヘルマイアの街だ。
レイチェルはその中に先に自分と眼鏡の男を入れて、後に妖狐に入ってもらっていた。その後彼は動けない俺たちを見ながら、
「では、さよなら。フリードくん」
そう笑顔で言ったのだった。
そして彼らは空間の狭間へと消えていった。揺らぎは消え元の空間に戻る、
「た、大変な事になったわ……」
まず口を開いたのはリルだった。すでに顔面蒼白といった様子だ。
「う、うちもこんな展開は予測してなかったよ」
ヴィーナスも驚きを隠せていないようだった。2人ともどこかもう諦めてしまいそうな雰囲気が漂っている。それは駄目だ、ここで諦めたらそれこそ全てが無駄になる。
「追いかけよう!」
だから俺はそう言った。
「お、追いかけるって、どこへ」
「あの空間の先に見えた街、あそこはヘルマイアの近くだ。たぶん彼らはそこに移動した。今から行けば1時間で追いつけるかもしれない!」
「け、けど追いついてもどうするのよ」
「そんなもん追いついてから考えよう! このままだとまた妖狐が暴れちゃうって! 国に報告するにしても早い方がいいでしょ!」
「……そ、そうね。フリードの言う通りだわ。急ぎましょう!」
なんとか気持ちを立て直したリル達と共に、俺らはヘルマイアに向かうことにした。
あのありえない力の妖狐、普通にやっていたんじゃ倒せっこない。だけど、俺の魔物使いのスキルなら、もしかして……。




