【姫とエルフ③】
老婆が手を置く机にはカラフルな布が敷かれ、その上にはいかにもそれっぽい水晶が置いてある。
めちゃめちゃ怪しげなお婆さんだけど大丈夫なのだろうか。
「金は持ってんのかい?」
老婆がそう尋ねると、ヴィーナスが無言で懐から革財布を取り出して、それを見せた。
「ふん、良いだろう。それで、知りたいのはどいつだい?」
「こいつです」
俺がレイチェルの似顔絵を渡すと、彼女は目の色を変えた。そして目を細めて、俺の方を睨む。
「あんた……なぜこの男を探してる」
「それは言えませんね」
「ふん、まぁ確かにそこは私にゃ関係ないさね。じゃあ教えてやるよ。その男はレイチェル・レンズレイド。ミセタ国王都の【ニヒル隊】の軍人さ」
「ニヒル隊?」
「ああ。存在しない隊ってよく言われてる。都市伝説なんかでね。要は国のお抱えの闇を扱う特殊部隊さ。こいつはそこを僅か10歳で入隊した。いわゆる天才さね。私ですらあまりこいつらのことは知らない」
「じゃあレイチェルと会おうするなら?」
「まず王都に行くべきだね。確実に合う方法なんてないが、相手は闇を扱う奴ら、知りたいなら王都で闇を扱ってる奴らと接触した方がいいだろうね」
そういうと、老婆は何やら紙に文字を書き始めた。そしてそれを俺に渡す。
「これは?」
「こいつを王都にいるエルフの商人、【ルーズベルト】に渡しな。私の紹介だから悪くはしないはずさ。その後レイチェルを見つけられるかはあんたら次第だ」
「ありがとう」
「ふん、礼なんかより金を渡しな。20万デリーだ」
「えっ、高っ」
俺は思わずそう言ったが、後ろにいたリルがヴィーナスから財布を受け取ると紙幣を取り迷わずお金を渡した。
「いいわ、安いものよ」
「わかってるねぇ、お嬢様……この情報は渡した私もやばいんだ。そろそろ商売する場所を変えなきゃね」
「にゃ、お婆ちゃん、その水晶何の為にあったのだ?」
テンネがそう尋ねると、お婆さんは不敵な笑みを浮かべた。
「カモフラージュさね。こんなもん使いやしないよ」
「にゃるほどー」
「お婆さん、あんたいったい……」
「おや、私達はお互い無干渉でいた方がいいと思うよ。キーヒッヒッヒ!」
老婆は不気味に笑う。こうして情報を得た俺らはそこから立ち去った。
俺たちはその後、宿屋へと泊まることになった。ヴィーナスは部屋を分けようとしたのだが、リルが反対して、大きな部屋で5人で泊まることになった。いや窮屈だろ。
「いやー、面白くなって来たわね!」
部屋の中でリルがそう言って、拳を握りしめる。
「面白いというか、俺的にはどんどん闇の深い話になってる気がするんだが」
「うちもそう思うよ。まさかニヒル隊の話が出てくるとはねー」
ヴィーナスはそう言った。
「え、ヴィーナスはニヒル隊の事知ってたの?」
「噂ではね。騎士団員として先輩たちから話は聞いた事があったんよ。けどそれも都市伝説扱いだった」
「そうね。私も噂でしか聞いた事なかったわ。噂で有名なのは『ピリカラルの撤退戦』かしら」
「何それ?」
ていうかリルも知っていたのか。まぁ王族だからそこら辺は噂が回っていたりするのだろうな。
「10年前、ミセタと北西にある小国ラグンが領地を争って戦争をしていたわ。ミセタはラグンを小国と侮って、戦略を練らずに、一気に戦力を投下して戦争を終結させようとした。けれどラグンにいた名将ヒルハイデが入り組んだ場所であるピリカラルでそれを打ち破り、ミセタは撤退戦を余儀なくされたの」
小国ラグンか。確か、小さい国だけれど中には戦闘能力の高い兵士たちが集まっていると聞いたな。
「撤退戦はかなりの犠牲を伴うわ。その時ミセタの部隊には手柄を立てようと第一王子であるエルフィリオがいたの。その時、外から戦争の状況を見ていたお父様は、ミセタの第一王子もこれまでだ、と思ったらしいわ。けれどそうはならなかった。王子の部隊は無傷で国に帰ってきた。その時からよ、ニヒル隊の噂が流れ始めたのは」
「へぇ、窮地を救った部隊ってわけか」
10年前だと、レイチェルがいた可能性は高いな。あのお婆さん、レイチェルは10歳の頃から部隊に所属してたって言ってたしな。
「ま、公式に記録が残されてないからあくまで噂よ」
「なるほどね」
「それより気になってたんだけど、フリード。あんたなんで仲間に亜人多いの? 奴隷でもないんでしょ?」
リルがそう尋ねてくる。やっぱり気になるところか。
「別に大した理由でもないよ。仲間を探してたら偶然魔人が多かったってだけさ」
「ふーん。私はどうでもいいけど、アイデン国には今でも亜人排斥の過激派がいるから気をつけたほうがいいわよ」
「大丈夫にゃ、そんな奴らは私がぶっ飛ばすのだ! にゃ? リン?」
「わかったわかった。今、読書中だから、話しかけないで」
胸を張り、えへんと威張ったテンネが、リンの方に同意を求めたが彼女は読書に集中して全然テンネの話に興味はなさそうだった。
「ぐぬぬ……じゃあノン! 一緒にぶっ飛ばそうにゃ?」
「すぴー」
ノンは気持ちよさそうに寝ていた。
「ぐぬぬぬぬ……もういいにゃ! 私1人でもそんな奴らは倒せるにゃ!」
「おいおいテンネ、俺を忘れてるぞ」
「フリード! やっぱりお前は最高にゃ!」
テンネが飛びかかって抱きついてきた。俺の胸に顔を擦り付けている。こいつ無駄にいい匂いとかするからそういうのされると困るんだが。ヴィーナスとリルが少し引いてるじゃないか。
そんな感じで俺たちは就寝し、次の日に王都に向けて出発することになった。




