【姫とエルフ①】
ヴィーナスさんの荷物箱かと思いきや、なんと一国の王女が箱から出てきた。いつもの煌びやかな服ではなく、動きやすい服を身にまとっている。
「「リ、リールラ姫!?」」
俺とヴィーナスさんは同時にそう叫んだ。するとリールラ姫は満面の笑みを浮かべる。
「いやぁ、成功したわね!」
「ちょ、ちょっとリールラ姫。なんで箱の中なんかに入ってるんですか!」
俺は慌ててそう尋ねる。
「なんでって、そうしないとついてこれないじゃないの! レバノンはうるさいしさ!」
そう言って彼女は眉をしかめた。ヴィーナスさんは汗を垂らして明らかに焦っている。
「リ、リールラ様! このような危険な事が知れたら国王様がなんと仰るか……! 今すぐに国に引き返してください!」
ヴィーナスさんが必死にそう言うが、お姫様は素知らぬ顔で言い返す。
「そう言われることは想定していたわ! けどブルマー、今回の試練を行う際に私はお父様から『アイデン騎士団を一任』されているのよ! あなたはお父様の命令より私の命令に従わないといけない!」
「し、しかしこれは既に試練とは言えません!」
「いいえ、試練よ。試練の内容は『ルクスの玉を発見する』こと。まだ見つけてないもの。そんなに私を帰らせたいならお父様に直訴することね。まぁお父様は今遠征してらっしゃるけど!」
「く、くっ……」
ヴィーナスさんは押し黙った。流石に一国の王女に一騎士団員がこれ以上は言えないだろう。
「理解したわねブルマー。私は引かないわよ、こんな面白いこと――じゃなかった。こんな大事な試練なんだから」
「今面白いことって言いませんでした?」
「言ってないわ」
俺の質問に姫様は食い気味に否定した。
「いや、言いましたよね?」
「言ってないわ」
もう一回言ってみたが、やはり否定する。
「完全に言ってたにゃ」
「私も聞いた」
「ノンもぉ」
テンネ達がそう追撃する。するとリールラ姫はだらだらと汗を流した後、深呼吸をして表情を落ち着かせた。そして俺たちを見て、微笑を浮かべてこう言った。
「ふっ、アイデン王国の王女の私が、面白いなどという理由でこんなところまで付いてくるわけがないじゃない! 私はお父様の試練を果たすという責務の為に来たの!」
「いやでもさっき面白いことって……」
「言ってたにゃ」
「うん、言ってた」
「言ってたねぇ」
俺たちが再びそういうと、姫様は再び汗をだらだら流した後、開き直ったかのように真顔になってこう言った。
「私が黒と言ったら白も黒よ! 私が言ってないと言ったら言ってないの。いい? さっきのは忘れなさい。次言ったら死刑よ死刑!」
「とんでもない恐怖政治じゃないですか。わかりましたよ、ヴィーナスさん、もう仕方ないですよこれ。リールラ姫連れて行くしかないですって」
「フ、フリードちゃんって案外大物になるかもね……」
ヴィーナスさんが苦笑いをして、口をひくつかせながらそう言った。
「ふ、そういう事よ。話は終わりね、さっさと行くわよ!」
「わ、わかりました……」
「あ、防具を着ないと」
そう言ってリールラ姫は自身が入っていた箱の中から防具を取り出し身につけ始めた。慌ててヴィーナスさんがそれを手伝う。
あの中に入れてたのかよ。
「では姫……私達の目的地はミセタ国の王都である【キリスク】です。その為におそらく他の街を経由すると思いますが、まず国に入る為に私たちは行商人として振舞います」
「ああ、そのための荷車だったんですね」
「そういうこと。エルフが治めてるだけあって、検閲が多いからね」
ヴィーナスさんはそう言って荷車を指差す。あれを売りに来たってことにするようだ。
「ま、いいんじゃない。けどブルマー、いえもうこの呼び方もやめたほうがいいわね。ヴィーナス。あなたその恭しい敬語やめなさい。そんな話し方してたら私達の関係が怪しまれるわ。だから私に敬語を使うのは禁止ね」
そうリールラ姫は指摘した。確かにそれは正論かもしれない。
「し、しかし流石にそれは……」
「使ったら死刑よ死刑」
このお姫様死刑軽く扱いすぎじゃないか。
「わ、わかりました……じゃなくてわかった。リールラ様」
「様もダメよ」
「え……じゃあリールラさん」
「ヴィーナス、お前みんなにはちゃんって付けてるんだからリールラちゃんでいいじゃにゃいか」
テンネがそう提案した。
「あらそうなの。ならそれでいいわ、ヴィーナス。あ、でも私は偽名を使った方がいいわね、そうだわ。じゃあ私は“リル”で、いいわね?」
「わ、わかったよ、リルちゃん」
「それでよし。フリード、だったかしら。あなた達もよ。特にフリードは同い年と聞いたわ、遠慮なくしなさい」
リールラ姫はそう言った。かなり勇気がいることだが、こういうのは切り替えが大事か。
「わかった、リル」
「私もよろしくなのだ、リル。テンネだにゃ」
「私はリン」
「ノンだよぉ」
「ええ、よろしく」
そう言ってリールラはニコリと笑った。なんだか楽しそうだ。よく考えたら仕事仲間なら敬語使っててもおかしくないのに、それをやめさせたってことは、お姫様はそういう関係に憧れてたりするのかな。まぁなんでもいいか。
そうして、俺たちはそのまま国境を越えるためミセタ国に通じる関所に向かった。
関所にいる兵士に、ヴィーナスさんが何やら紙を渡していた。おそらく商売の許可証だろう。
「なるほど、行商人か。それにしては亜人が多いな」
兵士がテンネ達を見てそう言った。するとヴィーナスさんはテンネ達を一瞥し、
「こちらは……奴隷にございます」
そう言った。
「だ、誰が奴隷にゃ――もがもが」
テンネが余計なことを言う前に口を塞いでおいた。
「なるほど、奴隷か」
その後兵士達は俺たちの荷物や荷車の中身を軽くチェックした。
「よし、通ることを許可する」
許可が出たので俺たちはそのまま門を通った。そして、そのまま荷物を運びつつ、40分ほどかけて近くの街まで歩いて行った。
その街は【ヘルマイア】と呼ばれる街らしい。基本的にアイデン国にある街の風景とそこまで変わりはないが、木や植物、花壇などが多い気がする。
こうして俺たちのミセタ国でのクエストは始まったのだった。




