【迷宮と姫④】
辺りを見渡す。あるのは壁のみ。空間としては割と広さはあるから窮屈感はないが、いかんせん出る方法がない。
上を見上げると俺たちがさっきまで立っていた場所に穴が空いているのが見えるが、あそこまで登っていくことはできなさそうだ。
「完全に閉じ込められたな」
「ここは、ダンジョン内の閉鎖空間? 面白い。こんなところがあるとは」
「リン、そんな事言ってる場合じゃないぞ。これ俺たち出れないぞ」
そう、このままだと出れない。これはまずい。このままここから出れないと、ダンジョン閉鎖の時にダンジョンにいることになって処罰対象になってしまう。
処罰がどれほど重いのかはわからないが、出来るだけ避けないと。
「とにかく何かここから出れる仕掛けがないか探そう。さっきの落とし穴みたいにあるかもしれない」
俺はそうみんなに指示をして、壁をペタペタと触り始めた。
そうこうして結構時間が経った気がしたが、全くなんの発展もない。少し休むか、と思った時上から声が聞こえてきた。
「間も無くダンジョンは閉鎖しまーす。残っている方は速やかに地上に戻ってくださーい」
恐らく調査団の人たちだろう。少し遠くから聞こえるが近くにいるはずだ。
しめた! 気づいて貰えばいいんだ。
「すみませーん! ここにいまーす! 助けてくださーい!」
上に向かってそう叫んでみた。しかし天井との高さがかなりあるせいか、あまり響いている感じはしない。
「何か今聞こえなかったか? こっちの方から」
「あ? でも誰もいねーし気のせいだろ。次のところ行くぞ」
「そうだな」
「ちょっ、おーい! ここにいまーす!! ここにいるってえ!!」
俺のSOSも虚しく彼らはどこかへ行ってしまったようだ。
さて……どうしようか。
♦︎
フリードたちが閉じ込められたのと同じ時刻、外が夕焼けになる頃、ロイヤーとゾックはダンジョンの地下3階にいた。
既に調査団がダンジョン内で冒険者たちに帰るように促している。
「確か、あのドミニクとかいう奴が言うには……この壁のどこかにスイッチが……」
ロイヤーが壁をペタペタと触っていると、ある場所が凹み、ゴゴゴと音を立ててその壁が開いた。中には、10人ほどの男たちが既に集まっている。中にはドミニクの姿もあった。
彼らが中に入ると、壁は自動的に元に戻った。
「よぉ、来たかロイヤー。紹介するぜ、今回のパーティの男たちだ」
ドミニクがそう言って奥にいる男たちに目を向けた。
「おーい、ドミニク。ガキじゃねえか、こんな奴仲間に入れて大丈夫なのかぁ?」
ひとりの男がバカにしたような口調でドミニクにそう言った。
「まぁそう言うな。年齢は関係ないさ。要はやるかやらないかだ」
「けっ、まぁ脚引っ張らないならいいけどよ」
男はロイヤーを一瞥してそう言った。
「ちっ、ムカつく野郎だな」
ロイヤーはそう悪態を吐く。
「さて、みんな集まったところだし説明を始めるぞ」
ドミニクが手を叩いてそう言った。
「まず、今はみんなも知っているように外には調査団の奴らがうろついてる。これは名目としてダンジョンの調査をするからそう名乗っているようだが、実態はアイデン騎士団だ。敵に回すと厄介だし、ここでとりあえずはやり過ごす」
ロイヤーはそれを聞いて少し驚いていた。アイデン騎士団だとは思っていなかったからだ。彼ら騎士団はとても名誉ある職で、こういった雑用ともとれる仕事に就くことはほとんどない。つまりそれはダンジョン閉鎖がそれほど大事であるということを物語っている。
「それでだ。問題の『ルクスの玉』だが、情報によると地下15階から20階あたりに置かれる事が多いらしい。今俺たちは3階にいるわけだが、王女達がくる前に、設置されたそれを奪うっていうのが今回の計画だ。何か質問はあるか」
するとひとりの男が質問する。
「その玉はいつ設置されるんだ」
「わからん、が恐らく王女達が来るのは明日の昼頃の筈だ。つまり今日の夜から明日の朝にかけて調査団の奴らが設置するものだと思われる」
「結構賭けじゃねーか」
「ハイリターンにはリスクは付き物だ。
まぁ明日の朝に行動すれば十中八九大丈夫だろう」
「ちっ、それまではこんなむさ苦しいところで待機かよ」
「我慢するんだな」
質問した男は舌打ちしてその場に座り込む。
そういうわけで、ロイヤー達はその隠し部屋で数時間待つことになった。
ロイヤー達が待機している一方、狙われている側の王女一行は着々と準備を進めていた。
「遂に明日ね! わくわくしてきたわっ!」
大きな部屋の中でひとりの女がそう口にした。
豪華なドレスを着ているのにもかかわらず、それに不釣り合いなガッツポーズをする女性。
「こ、こらリールラ様! はしたないですぞ」
そんな彼女を諌めるようにして、初老の男がそう言った。
そう、彼女の名前はリールラ。このアイデン王国の王女である。
「いいじゃないレバノン! 待ちに待った試練の日だわ。私の実力を見せつけてやるってもんよ!」
「リールラ様。明日の試練は力を示すだけではなく他にもちゃんとした意味が……」
「わーかってるわよ! ルクスの玉の重要性でしょ!? ルクスの玉は王家に代々伝わる秘宝。あの伝説の『妖狐』を封じている重要な玉だわ」
リールラは少しイラついた様子でそう返した。何回もこの確認を繰り返しているからだ。
「そうでございます。400年前に暴れた妖狐。その力は凄まじく、当時の魔王と同等だったとも言われています。そんな奴めをルクスの玉に封印したのが時の英雄ロード。彼がのちのアイデン王となるわけですが、それから受け継がれているのがルクスの玉。こうしてロード様の血を受け継ぐ子孫様達が17の歳に、魔力を玉に注ぎ込み、封印を強めるのが本当の試練。ダンジョン20階付近に置くのは封印に必要な最低限の魔力があるかを測るため、故に――」
まーた始まったよ、とリールラは半ば呆れ気味でレバノンの話を聞き流していた。
そう、彼女はまだ知らない。王家以外知らないはずのルクスの玉を狙っている人物がいることを。




