【ロイヤーの失敗④】
ふたりの男が、酒場で酒を飲んでいた。半ばやけ酒のように飲んでいたためか、2人とも顔が真っ赤である。
「くそっ、くそっ、くそ!」
ドン、とカウンターのテーブルを叩きつける男。少し長めの前髪を片方に流していて、顔は整っている。男はロイヤーだった。隣には坊主頭のゾックがいる。
「お客さん、壊したら弁償だよ?」
「チッ……!」
店主がそう彼に注意すると、渋々といった様子で腕を引っ込める。彼は冒険者達に襲われた後、偶然通りかかった人に救護隊を呼ばれて助けられたのだ。回復薬などを使い、表面的には顔の腫れなどは治まってきているが、痛みはまだある。
ロイヤーは苛ついていた。ゴブリンにやられて、冒険者にもやられ、再び救護隊に助けられた事もその一因だが、何よりも馬鹿にしていたフリード達はゴブリンにやられなかったという事実に苛ついていた。
「魔物の分際でっ!! 僕を見下してるつもりか!!」
ロイヤーは誰にいうわけでもなくその場で吠える。だがゾックが反応をくれなかったのが気に食わず、彼はゾックの方に視線をよこした。
「おい、ゾック! お前もなんとか言ったらどうなんだ!」
真っ赤な顔でゾックにそう言うが、当のゾックは机に顎を乗せて気が抜けたような返事をした。
「んなこと言ってもさー、やられたじゃん俺らはさー」
ゾックもかなり酔っているせいで普段言わないようなことを口走っていた。するとロイヤーは赤い顔を益々赤くさせて答える。
「あれは油断してただけだっ! 僕だって本気出せばあれくらい!」
「無理だろー、俺たち鎧も壊されて武器も洞窟に置いてきたし、なーんも残ってねぇじゃんー」
そう、ロイヤー達はゴブリンロードの攻撃で鎧を壊されており、現在はお金もないので壊れた鎧を着ている。持っていたあの剣も彼が目を覚ました時には誰かに盗まれて無くなっていたのだった。
「お、お前はどっちの味方なんだゾック!」
「味方とかそういう話じゃないだろ。今回は普通にやられちまったんだよ。俺たちはさー」
「くそ、僕は認めるもんか……」
「だいたいフリードだっていつのまにか亜人の女の子連れてるしよ。亜人だけど普通に可愛かったし、羨ましいよなぁ」
「ゾックお前! 魔物なんかを羨ましがるとはプライドを捨てたか!」
「そんな事言ってるからお前リズの件だって――」
「よう、あんたら。ちょっと時間あるかい?」
ゾックがロイヤーに何かを言おうとすると、彼らに話しかけるひとりの男がいた。男は歳の頃は20後半といったところだろうか。体つきからして冒険者のようである。
「なんだ、あんた? あんたも復讐しに来たのか?」
ロイヤーは男を睨みつける。すると男は大げさに手を広げる。
「復讐? なんの話だ。おいおい、怖い顔すんなよにーちゃん。俺はよ、ちょっとあんたらに興味があって話しかけただけなんだ」
「興味……?」
「少し話を聞かせて貰ったが、あんたらゴブリンロードにやられて装備無いんだろう?」
「余計なお世話だ!」
「まぁまぁ落ち着けって。んで、高い装備だったから金もあまりなくて、新しい装備も買えない。違うか?」
「ちっ……だったらなんだというんだ」
ロイヤーは忌々しそうに男に言う。
「実はよ、今そんな奴らが冒険者には割といるんだ。そいつらも金に困っててな。そんな奴らを今俺は集めてる」
「話が見えないな」
ロイヤーがそういうと、男は彼に「ここだけの話だけどよ」と前置きをしてから小声で話す。
「美味しい話があるんだ。金が沢山手に入る。どうだ、乗るか?」
するとロイヤーは馬鹿にするように鼻で笑った。
「はっ、何を言いだすかと思えば、馬鹿らしい。そんな典型的な嘘に騙されるか」
「言うと思ったぜ。なら内容を教えてやる、それから考えな。ただし他言は厳禁だ」
ロイヤーは一瞬躊躇した。だが今のままではひもじい生活が待っているだけだと考え、聞くだけ聞いてみようと思うのだった。
「いいだろう、話せ」
「生意気なガキだな。いいか? 今度この王都のダンジョンに王女様がやってくる」
「馬鹿な。王女がダンジョンになど来るはずが……」
「それが来る。一般には公開されてないが、この国の王族は17の歳になるとダンジョンに潜る試練がある」
「聞いたことないぞ」
「当たり前だ。だがダンジョンが国の調査が入るとかなんとかの理由で閉鎖される日があるのを聞いたことはあるだろう」
ロイヤーは確かにそれは聞いたことがあった。国による定期的な検査という名目でダンジョンへの侵入が禁止される時があると。だがその回数は多くなく、あっても1年に1回程度だという。
「まさかそれが……」
「そう。王族などの国の重鎮がダンジョンに何かしらの理由で潜る必要があった場合に行う措置だ」
「……まぁ筋道としてはおかしくはないな」
「それでだ。次のダンジョン封鎖が5日後だっていうリークが入っている。今年で王女は17。間違いなく、彼女がダンジョンに潜るはずだ」
「ふん……ならそれが仮にあってたとして、どうやって金を稼ぐつもりだ。まさか誘拐でもするつもりか?」
すると男はニヤリと笑って答える。
「狙うのは、試練に使われる【ルクスの玉】と呼ばれるものだ」
「なんだそれは?」
「詳しくは俺もわからないが……どうやら代々王族の試練に使われる玉のようだ。ダンジョンに置かれるらしい。そいつぁとても貴重なもんらしくてな……闇市で売ればとんでもねえ額になるらしい」
「つまりそいつを王族が取る前に盗むってわけか……」
「そういうわけだ。どうだ? やる気になったか?」
男がロイヤーにそう言うと、ロイヤーは不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。
「僕はロイヤーだ。あんた、名前は?」
「ドミニクと呼んでくれ。いい関係になれそうだな」
そう言って、彼らは握手を交わした。その光景をゾックは興味なさそうに見ている。
こうして、王族に対する不穏な動きが水面下で行われていたのだった。




