【キンジクの花⑪】
俺たちは来た道を戻り壊れた空間をまたいで山へと戻った。そして、下山しながら檻の中にいた人たちに事情を説明して、彼らの話を聞いた。
「俺らはみんなあの山から連れ去られたんだ。ほとんどはキンジクを探しにな。しかも一攫千金の金のキンジクをだ」
ガラの悪い男がそう話を切り出した。
「俺らはみんな金のキンジクの美味しい話に乗っかった。だが恐ろしい事にそいつぁ嘘だったんだ」
「どういう事です?」
「金のキンジクは無かったんだよ。そいつは俺たちを誘き寄せるための餌だ。あの眼鏡が言ってたから間違いねえ。俺たちはまんまと奴らに乗せられて捕まったってわけだ、ちくしょう」
男はそう言って地団駄を踏む。
なるほど、一攫千金の撒き餌を撒いてそれに飛びついてきた魚たちを攫ったってわけか。
「それで捕まった後はどうなってたんですか?」
俺がそう尋ねると、途端にその男は肩を震わせ始めた。
「あ、あいつは人間じゃねぇ。恐ろしいやつさ……!」
「一体何があったんです」
「あ、あいつは攫った人間達を3つに『選別』し始めたんだ。身体能力の高い人間、魔力の高い人間、そしてそれ以外の人間」
かたかたと歯を震わせて男はそう呟く。気づくと周りの囚われていた人たちも顔を青くし、恐怖にまみれている。
「その選別は……」
「見ただろ!? あのアンデッドになっちまった男の姿を! あの眼鏡は新しい研究の為だ、とかなんとか言って最初の2つに分けられた奴らを順に『実験』していったんだ!」
「じ、実験って……どういう事です?」
「く、詳しくはわからねぇ。俺はそれ以外の人間だったからな……ただ、毎日毎日誰かの悲鳴が聞こえてた。そしてその声は決して次の日に聞こえる事はないんだ……!」
男は息を荒げながらそう叫ぶ。
俺は驚きを隠しきれなかった。この事件は俺が想像していたよりも遥かに闇が深い。しかもその闇はおそらくまだまだ底がある。
「俺達はずっと恐怖に怯えてた。最初にあいつが言ったんだ。ここにいる奴らは全員実験する。成功すれば問題ないが失敗すればアンデッドになるって。アンデッドになった男を見せながら笑ってそう言いやがったんだ……!」
これ以上はまずい。
俺はそう思った。あたりに恐怖が伝播している。おそらく仲間が犠牲になった者もいるのだろう。泣いている人もいた。せっかく助かったってのにこれじゃ本末転倒だ。
俺はそう思い、話を切り上げた。そのあとに会話が続く事はなかった。山を下りて麓の村に着くと、皆堰が切れたかのように泣き出した。
「フ、フリードさん! 本当に、本当にありがとうございました……!!」
サビルは涙を留めなく流し、深々と頭を下げた。彼の姉も同じようにして頭を下げる。
「ぼ、僕フリードさんの事、怖がっちゃってぇ、ほんとにっ、ほんとにっ、すみばせっ、グスッ、すみばせんでしたぁ!!」
サビルは顔をくしゃくしゃにして鼻水を垂れ流しながら謝る。こんな顔してるやつを怒れるはずもない。というか元々怒る気なんてないけど。
俺は手をサビルの頭において慰めることにした。
「俺は気にしてないよ」
「あ、ありがとゴザィばすぅ」
そう言いながら俺の胸元に顔を擦り付けるサビル。おい、鼻水つくだろやめろ。
そう思っていると、サビルのお姉さんが声をかけてきた。
「フリードさん。サビルの姉のアシッドです。この度は本当に……ありがとうございました……感謝してもしきれません……!」
アシッドさんはそう言ってほろりと涙を流す。彼女は美しかった。身長も俺と対して変わらず、胸も大きい抜群のプロポーションだった。年は俺より3つか4つは上だろうか。
「そうだ、あんたらは命の恩人だ!」
「英雄だ英雄だ!」
「ありがとおおおおおお!!」
村にいる人々がそう言って次々とお礼を叫ぶ。攫われてたほとんどが冒険者だから感謝の声も野太いけど、それを聞いてると心臓の鼓動が高鳴って全身が熱くなるのを感じた。やばい、ちょっと泣きそう。
そう思ったけど、慌てて俺は思い直した。
「そ、そんな。俺なんてやられてたんですから。敵を倒したのはこの子ですよ」
「にゃ?」
そう言って俺はテンネを捕まえて俺の前に立たせる。リンとノンもだ。みんなの注目がテンネに集まった。
「耳と尻尾……ワーキャットの亜人だ」
「あっちもワーシープとスライムヒューマン。亜人だ」
「亜人……あの猫娘めっちゃ可愛いな」
みんなテンネを見て口々にそう言った。そう、テンネもリンもノンも魔人だ。あまり良くない印象を持っている人も多い。少し変な声も混ざってたが。表立ってみんな彼女たちにお礼を言えないのかもしれない。それぞれが周りの様子を伺っていた。
そんな時、ひとりの男が声だかに叫んだ。
「馬鹿野郎お前ら! 何してやがんだ! あのお嬢ちゃんが命張って俺たち助けてくれたんだぞ! 礼言わねえでどうすんだ! ありがとうお嬢ちゃん!」
その男は、ガラの悪いあの男だった。男がそういうと周りの人々もざわつき始めやがてお礼の言葉を言い始める。
「あ、ありがとう!」
「うおおおお! あんたらのおかげだ! ありがとう!」
「いやぁあのスライム娘も羊も可愛いな。ありがてえありがてえ」
大きな声が、テンネたちを包む。彼女たちは照れ臭そうにしていた。ひとり何か違うありがたみが聞こえたような気もしたが気のせいだろう。
そう思っていると、テンネが前に躍り出て叫んだ。
「私こそ最強の魔人! 天使のような猫のテンネだにゃ!!」
「「「うおおおおおお!!! テンネ! 天使! テンネ!」」」
謎のテンネコールが始まった。流石に俺も今回は文句のつけようがないな。
そう思って俺は笑ったのだった。




