【キンジクの花⑩】
テンネの尻尾が2本に増えた。俺はこの状態を知っている。そうだ、これはテンネのスキルの中にあった。
『化け猫』
あたりに魔素が多く興奮状態にある時、尾が二つに増え、身体能力が飛躍的に高まる。
そんなスキルだったはず。確かに、この部屋には魔素が多く感じた。だからか。……だとしたらテンネは今、身体能力が高くなっているのか?
「ごほっ」
口から血が出る。くそ……内臓もやられてんのか。
そう思っていると、不意にテンネが俺の方へと振り返り、何故か俺をお姫様抱っこした。
何やってんだ、とも言えず俺はなすがままに運ばれ、そのままリンの前にゆっくりと置かれる。
「リン。フリードの事はお願い」
「う、うん」
そう言ってテンネは敵の方へと歩いて行った。
待て、なんだあの感じ。いつものようなテンネの馬鹿さが全くもって感じられなかったぞ。
いつもは言動によって台無しになってるあのクールビューティな顔が、今はかっちりと当てはまっている。いったいどうなってる。
そうこうしているうちに、首無しの死体は、鉄の棒を持ってテンネへと襲いかかった。だが、鉄の棒を振り下ろした時、そこにテンネの姿はなかった。
「後ろ」
テンネは死体の背後に回っていた。そしてそのまましゃがんで剣を横一線に振り払い、両足を切断する。
足を無くした男は、その場に倒れる。そしてテンネは腕、胴体と次々に切断していった。圧倒的だ。流石にあのアンデッドも、もう動けないようだ。
「次は、お前だ」
テンネは剣を観戦していた眼鏡の男に向けてそう言った。眼鏡の男は、興味深そうにテンネを見やると、眼鏡を持ち上げて笑う。
「面白いものが見れましたねぇ。実に興味深い。猫人にそんな能力があるとは知りませんでした……」
「御託はいい、死ね」
テンネは恐るべき速さで男に近づくと、剣を振り下ろした。だが男にそれが当たる前に、剣は空間で静止した。まるで見えない壁があるかのように。
「壁……!?」
「おっと、グッドタイミング。お迎えが来たようです。なので私は失礼しますねぇ。面白かったですよあなたたち。次に会う時はもっと楽しませてくださいねぇ」
「待てっ!」
「では、御機嫌よう」
眼鏡の男がそういうと、彼の後ろの空間がねじ曲がり、漆黒の空間が現れた。彼がその空間に歩いて入るとねじ曲がった空間は元に戻っていく。男は最期に俺の方へと目を向けると、不敵な笑みを浮かべた。そしてそのまま空間は元に戻り、後には何もなくなった。
どうやら危険は去ったらしい。テンネはすぐさま俺の方へと駆け寄って来た。
「大丈夫かっ? フリード! 死ぬな、死ぬなよ」
心配そうな顔で見つめてくるテンネ。いつもよりテンネの顔が凛々しいせいか、少し恥ずかしい。
俺は、リンに体液を飲ましてもらっているおかげである程度は楽になっていた。喋ることもできるみたいだ。
「リンのおかげで平気だ。それよりお前、とんでもなく強かったな」
「当たり前だ。私は魔人。あの程度の者に負ける道理がない」
「……言おうか言わまいか迷ってたけど、テンネ。お前、口調変わってね?」
「何を言っている? 私はいつも通りだ。変なやつだなフリードは」
どうやら本人は違和感に気づいてないらしい。全く意味がわからん。
「でも、フリードが無事で……良かった」
「わっ」
そう言ってテンネは俺に抱きつく。俺の体を労ってか、優しく。そして何故かそのまま俺の頬をペロリと舐めた。彼女の舌はざらざらとしていて少し痛かった。
「な、何すんだよ」
「ふふ」
テンネは笑っていた。いつもとは違う状況も相まって、俺はドキドキしていた。て、テンネが可愛いだと……!?
「私は、少し寝る……」
そう言ってテンネは俺の膝で寝始めてしまった。いろいろと自由なやつだ。
「マスター、テンネにドキドキしてた」
「し、してないよ」
「嘘つき」
リンにはバレバレのようだ。少ししてノンが泣きながら俺のもとに来た。
「ご主人様ごめんなさぁい。ノンのせいで、怪我しちゃったぁ」
「い、いいよほら、死んでないし」
だがノンは一向に泣き止む気配がなかった。泣き止む羊に寝る猫、スライムの体液を飲む俺。どう考えてもカオスな状況だった。サビルは怪我は癒えているようだが気絶していた。
その後時間が経ち、俺が回復するとテンネも起きた。テンネの尻尾は元に戻って、言動もいつものアホなテンネに戻っていた。
「やっぱり私は天才だにゃ!」
自画自賛していた。
一応ノンは泣き止んだ。抱きつかれて気づいたが、ノンは大事なところが毛で覆われているせいで全然気づかなかったが全裸だ。俺はすぐに持っていたローブを彼女に着させた。
サビルも気絶から目を覚ました。彼も最初は酷く混乱していたが、状況を説明すると少し落ち着いた。
俺たちはこの空間を探索することにした。部屋の奥には何があるのか不安だったが、扉を開け、入ってみるとそこには檻に閉じ込められた人たちの姿があった。
「姉さん!」
「サビル!?」
サビルのお姉さんがいたらしい。檻の鍵を開け、2人は感動の再会を果たしたのだった。




