【キンジクの花⑧】
その男はやれやれといった様子でため息を吐くと、手に持っていたメスを横にある机に置いた。その机にはやはり、医者が使うような医療器具や謎の液体が入った瓶が置かれている。
「ここは気に入っていたんですがねぇ。どこの空間から『連結』してきたのやら」
そう言って彼は苦笑する。
気味が悪い奴だ。だが俺はきかなければならない。
「お前が……失踪事件の犯人か?」
男は、俺の質問を聞くと興味深そうに俺を見て、その後口を開けて笑った。ひとしきり笑った後、彼は眼鏡をくいっと持ち上げた。
「あなたは選択を間違えていますねぇ。私が怪しいと思ったからここまで乗り込んできたのでしょう。だったらそんな事を訊く前にまず私を不意打ちすべきだった。そうすればあなたはもしかすると私を捕縛できたかもしれませんねぇ。私が悪者かどうかはそれから尋ねればいいでしょう?」
「回りくどい言い方をしやがって、結局お前が犯人なんだろ!」
「はいそうです。私が犯人です。さてそれであなたはどうするんですかねぇフリード君」
「何故俺の名を……」
名乗った覚えはない。こいつ……いったい何者なんだ?
そう考えていると、隣から誰かが駆け出して眼鏡の男の方へと走っていった。サビルだ。
「お前がっ、お前が姉さんをっ! 姉さんを、返せええええ!」
「待てサビルッ!」
よくみると、サビルは右手にナイフを持っている。眼鏡の男の方はといえば、そんな脅威が迫っているにもかかわらず全く動じる気配が無い。そしてあろうことか背中を向けて、診療台に寝そべっている男に何か話しかけた。
「起きなさい、ガズル」
「死ねえええ!」
サビルのナイフが眼鏡の男の背中を突き刺した、かと思われたが、ナイフは奴に突き刺さる前に粉々に砕けていた。
「なっ!?」
ナイフを砕いたのは、診療台から起き上がった男が手のひらから出現させた鉄の棒だった。
そのままその男の鉄は伸び、サビルの腹に胸に直撃する。
「うわぁっ!?」
「サビル!」
吹き飛んできたサビルを俺は受け止めた。
「ごほっ、ごほっ!」
「大丈夫か、サビル」
「ぐ、うぅ……」
「リン! サビルに回復を!」
「わかった」
俺はリンにサビルを引き渡し、奴らの方に向き直る。鉄を出した男は筋肉質で身体中のいたるところにツギハギの跡がある。
そして、顔を見て思い出す。俺はこいつを見たことがある。そうだ、こいつは俺たちにゴブリンの中規模クエストを持ちかけてきたあのおっさんだ!
だがあのおっさんはこんな筋肉質じゃなかったし、身体中にツギハギの跡なんてなかった。何があったんだ。
「おいあんた! 何があったんだ!」
俺は呼びかけてみるが、おっさんは何も答えない。いや、答えないというよりまるで俺の声が届いていないかのようだ。
よく見ると目には生気がなく、虚ろだ。
「なんだか、アンデッドみたいになってるにゃ、あのおっちゃん」
「お前もそう思ったかテンネ」
「というかーあれって普通にゾンビじゃなーい?」
ノンもそう言って肯定する。
確かに、そう言われて見るとアンデッドに見えるような気がしてきた。
アンデッド系は人間や魔人の死体が魔力を与えられて生まれると言われている。仮におっさんがアンデッドになったんだとするなら、アンデッド化させたのは、この眼鏡の男だ。
だが、そうなってくるとこの男は……。
俺の目線に気づいた眼鏡の男は、不敵に笑った。
「どうやら気づかれたみたいですねぇ。あなた達も会ったことあるでしょう? ガズルというんですがね。この男は既に死んでいます」
眼鏡の男はあっさりとそう告白した。もう死んでるのか。
「くそ、つまりお前は……」
「そう、私は【死霊魔術師】です」




