【キンジクの花⑦】
おとぎ話を聞いたテンネはふむふむと頷く。
「へぇ、じゃあフリードも魔物を率いて人間ボコボコにするのかぁ」
「ひぃっ」
何故か納得しているテンネ。そしてそれを聞いてさらに怯えるサビル。
「いや何故そうなった。俺はそんな事しないよ」
「と言って人間どもを油断させるマスター。流石」
「ひ、ひえええっ」
リンも何故か乗っかってきた。どんどんサビルが怯えていく。参ったな、このままだと話にならない。
「いいか、サビル。俺は別に世界征服なんて望んじゃいないし、何より俺がそんな悪人に見えるか?」
「み、見えます……」
見えるのかよ。まじかよ。村ではフリードは優しそうな顔してるねえ、ってみんなに言われたのに……。テンネはその反応で大爆笑してるし……。
「ごほん、まぁそれはそれとして、だ! 俺はそんな事はしない。いいか、とにかく俺たちはお前のお姉さんを捜す、そうだろ?」
「そ、そうですね……お、お願いします」
びくびくしながらそう頼んでくるサビル。
うーむ、どうやら完全に怖がられてしまったようだ。まぁ仕方ないのかもしれない……たぶん俺が逆の立場だったら同じ感情を抱いているだろう。
「ご主人は、人探しをしてるのー?」
ノンがそう聞いてきた。
「そうだ。最近ここらで失踪したこの子の姉を探してる」
「ふーん。私、男の人ならここで連れ去られたの見たよー?」
「ええっ!? 実際に目で見たのか!?」
「うんー。向こうの方でキンジク食べてた時に見たー」
そう言ってノンは向こうの方の木々を指差した。今はキンジクはなさそうだ。男ってのはたぶんさっき情報提供された冒険者の男と見て間違いないだろう。
「そ、それで!? そいつはどこ行った?」
「消えたー」
「へっ?」
「なんかあの辺の空間がグググって歪んでぇ、中からにゅっと魔人が出てきてー、男の人を殴り飛ばして気絶させてたー。それでその後男の人を連れて帰っていったよー」
頭に入りづらい説明だったが、つまりは空間を切り裂いて移動してる奴がいるって事だ。
空間支配系のスキルはかなりレアだぞ、そんなのが使いこなせる奴って中々厄介だな。
俺は、ノンが言った空間が裂けた場所付近に行ってみる。すると確かに、魔力を使った痕跡を感じられた。
「ここから来たのか……」
そう言って俺は何となく手のひらをその空間付近に近づけると――
ピキッ
そんな何かがひび割れるような音が響いた。実際に空間には黒いヒビが入っている。そしてヒビはどんどん広がっていくと、遂にバラバラと音を立てて崩れ落ちた。
割れた空間の先には暗く狭い閉鎖的な通路が広がっている。
「にゃんだぁ!?」
「何したのーご主人?」
「お、俺にも分からん」
「空間を切り裂くとは、流石マスター」
リンが勝手に勘違いしているが、俺にはそんな能力は存在しない。考えられるとしたら、おそらくここには、空間スキルの持ち主が作った空間をつなげるためのゲートのようなものが存在していたのだろう。そしてそれは、魔力を持って触れなければ感知することはできないんじゃないか? ただハリボテのような偽装をしていたから、俺の魔力に触れた途端崩れ落ちたとか。
「こ、ここに姉さんが……姉さん!」
「……ん? あ、おいサビル!」
そんな事を考えているとサビルが走り出してその空間の中に走って入ってしまった。
「仕方ない、追いかけよう!」
そう言って俺たちも空間の中に入る。中はところどころ壁に埋め込まれたろうそく以外に光は無く、薄暗い。土でできたような狭い壁と、一本の道が奥へと続いていた。
少し走って奥にたどり着くと、そこには扉があった。俺たちがサビルに追いつくと、彼はその扉を開けた。
中は、今までの一本道はなんだったのか、と思うほど広い空間で、そして気味が悪かった。薄暗く、周りには高い本棚が並んでいる。
空間の中心には男がいた。彼は俺たちに背中を見せていて、何か作業をしている。彼は、診療台のようなところに横たわっている見知らぬ男にかちゃかちゃと音を立てながら何かをしていた。それはまるで、手術をしているかに見えた。
ふと男が、俺たちの気配に気づいたのか、こちらを振り返る。目があった。
男は、若かった。細く、高い身長で丸い眼鏡をかけている。男は血に染まった手袋と白衣を着ていた。そして俺たちをみるなりげんなりとした顔で口を開いた。
「見つかって、しまいましたねぇ……」




