【魔物使い】
世の中というものは、平等に出来てはいない。それは大なり小なり誰もがどこかで気付く一つの真実というものだろう。
けど、それにしても、それにしたって――これは酷いだろ神様。
「こっちに来るんじゃねーよ魔物の仲間!」
目の前にいる、ついこの前までよく遊んでいた村の仲間のゾックが石を投げてきた。
小石とはいえ割と痛い。
思わず逃げるようにして、後ろに走り出すが、そこにはニヤニヤと笑う、村のリーダー的存在ロイヤーの姿があった。
「な、何する気だロイヤー」
俺が恐れながらそう訊くと、彼は笑みを止める事なくこう言った。
「魔物は駆除しなきゃ……なぁ? もちろんお前の事だよ、フリード。『ファイア』」
ロイヤーが『ファイア』と唱えると彼の右手には人の頭ほどの火の玉が宿った。
あれは、【スキル】だ。そう、あれこそが俺がこんな目に遭っている理由。
【スキル】とは生けるもの全てが生まれた時から持つ超常的能力の事だ。俺たちはそれを国が定める神官から告げられて初めて使えるようになる。その儀式を【神託】というが、国によってこの神託は行う年齢が違うこともあるらしい。
俺たちの国の神託を行う年齢は、17歳だった。だから俺も17になった今年、遂にスキルが授けられるんだと、村の仲間と共に意気揚々と神託に向かったのがついさっきの事だ。
だがそこで待っていたのは酷い現実だった。
「えー、フリード君。君のスキルは……っ!? こ、これは【魔物使い】!?」
あの時、神官が俺にそう告げた途端、周りの空気が変わったのがわかった。
魔物使い、それは人間よりも魔に近き者。彼らは人に危害を加えるため、遥か昔に勇者に退治された。古くから絵本などで伝わる、誰でも知ってるその伝承。おとぎ話だと思っていた。だがそれはまぎれもない現実だった。
告げられたその瞬間からみんなの俺に対する視線が変わった。
村に帰る途中、ロイヤーたちが絡んできたかと思えば俺を退治しようとしてきたわけだ。正に彼らは勇者気分だ。
「なぁフリード。魔物ってのは燃やしたらどうなるんだ? お前で試していいか?」
「お、俺は魔物じゃないっ!」
ロイヤーはニヤニヤと笑っている。周りの奴らも笑ってやがる。俺の反応を楽しんでいるのだ。
くそっ、どうにかして逃げないと……。
俺は逃げるため、走り出した。
「あっ、フリードが逃げた! ロイヤーにげたぞ!」
「わかってる。まぁ見てろ、よっと」
何故かロイヤーが追ってくる気配がない。不思議に思い、後ろを振り返ると、そこには眼前に迫る炎の姿があった。
「ぐあっ!」
炎は俺の背中に直撃し、強烈な痛みを与えると消え去った。
「お、おいロイヤー。本当に当てて大丈夫なのか? フリードの奴が死んだらでもしたら」
「バカ言え。わざとたいした事ない威力に調節して投げたんだ。死ぬわけないだろ」
「す、すげーロイヤー! もう威力を調整できるのか? やっぱお前は天才だよ!」
「ふん、これくらいわけないさ」
ロイヤーたちが俺を見て笑っている。
な、何が大したことない威力だ。めちゃくちゃ痛えぞこれ。
ロイヤーたちはそのまま俺の方へと歩いてきて、芋虫のようにのたうち回る俺を見下ろしてきた。
「じゃあな、フリード。二度と“人間に”話しかけてくるなよ。村にも来るな。ひゃはははは」
彼らはそう言って村の方へと帰っていった。
よかった……殺されるかと思った。俺は激痛走る背中を庇いながらのそりと起き上がると、よろよろと村に向かって帰り始めた。
どよりとした雲から、ポツポツと雨が降り始めていた。雨が火傷している背中を少しだけ冷やしてくれる。
ロイヤーには帰るなと言われたが俺には他に帰る場所もないし帰らないわけにはいかない。俺は両親が物心着く前に死んでしまったから、誰も守ってくれる人はいないとは思うけど。
1時間ほどかけて村が見えてきた。だが様子がおかしい。村の入り口には人がたくさんいて、皆俺の方をじっと見ている。歓迎している様子でもない。これはどういう事だ?
彼らの近くまでよると、村長が俺をじっと見て口を開いた。
「フリード。話は聞いた。お主、魔物使いなる邪悪なスキルを授かったらしいの」
「…………はい」
「悪いが“魔”の者をここを通すわけにはいかん」
「俺は……俺は! 何も悪い事なんて考えてませ――痛っ」
俺が必死に訴えかけようとしていると、村人の1人が俺に石を投げつけてきた。額が切れ、血が垂れ流れる。
「どっか行けよ化け物!!」
「そ、そうだっ! お前なんか村の仲間じゃない!」
「消えろ!」
誰かが口火を切ると、皆が口々に俺に罵声を浴びせてくる。
彼らの目には恐怖が宿っていた。
そうか、俺はもう……魔物と同じなのか……。
「そういうことじゃ。フリード、悪いがお主は永久追放じゃ。お主の事はお主の両親から頼まれておったが、儂にはお主を殺させない事くらいしかできん。わかるな?」
「さ、最後にリズと会わせてください」
リズは俺たちとともに育った一個下の女の子だ。リズは両親のいない俺とよく遊んでくれた。
彼女と最後に話したい。このままさよならなんてしたくない……!
「リズはお前とはもう会いたくないってよ! 魔物のお前なんかとはな! 馬鹿め!」
ロイヤーが前にしゃしゃり出てそう言ってきた。やはり彼の口元には笑みが浮かんでいる。
「そ、そんな……リズがそんなこと言うはずが……」
「気持ち悪りぃんだよ! 消えろ!」
「ぐぁっ」
ロイヤーは俺を蹴り飛ばす。俺は泥だらけの地面に尻餅をついた。周りに誰も止めるものはいない。
そうか……俺の味方はもういないんだ。
「フリード、悪いがこれが現実じゃ」
「はい……お世話になりました……」
「これはお主の家にあった荷物をまとめたものじゃ。達者でな」
俺はリュックを受け取り、踵を返して、村人からの投石をくらいながら目的地もなくただ歩き始めた。
辺りの雨はかなり強くなっていた。
――歩いて、歩いて、歩いて。
どれくらい歩いたのか、俺はどこかもわからない場所で遂に歩き疲れてそのまま地面に突っ伏した。
濡れた地面が火照った体を冷やす。
「は、はははは、はは……」
変な笑いが出てきた。なんだこれ。これからどうすればいいんだ俺は。
火傷した背中が痛い。このままだと意識が飛びそうだ。
何か、何か手を考えないと……。
地面にうつ伏せになりながら、灼けつくような痛みに耐えていたその時、俺の眼前に影が落ちた。
嫌な予感がする。上を向いてはいけないような、そんな気が。
そんな事を思いながら恐る恐る顔を上げてみると、そこには舌舐めずりをする四足歩行の魔物、【ブラックキャット】の姿があった。
ブラックキャットは猫系の魔物で、名の通り全身が黒い毛に覆われている。全長は1メートルほどあり、かなり活発な性格をしている。
ま、まずい……。このままだと喰われる。
「フシュウウウウ……」
魔物は品定めするように俺の様子を伺っている。俺が動けないことがばれたら確実に喰われるなこれ。
動きたくても正直背中が痛すぎて逃げ切れる気がしないし……何か俺に出来ることは……。
はは、絶望しててもこんな状況だと、やっぱり生きたくなるんだな。俺はまだ死にたくないんだ。
――生きよう。
生きて何ができるのかなんてわかんないけど、とにかく生きよう!
「生きてやるっ!」
さて、生きると決めたならどうしよう。俺に出来ることを探せ!
あれ、待てよ? よく考えたら俺、魔物使いとかいうスキルがあるじゃん。あれ使えばいいんじゃ? あれ魔法名なんだっけ? あの時神官様に一応教えてもらったけど、何せ異様な雰囲気だったからな……。
「グルルルル……」
まずい、こいつ俺が動けないことに気づいた。もう食う気だ。だってよだれ垂らしてるし口開いてるし!
俺はうつ伏せから仰向けに体の向きを変え、襲いかかってくる魔物の口を手でなんとか押し返していた。
えーと、えーとなんだっけ。『リトライ』じゃなくて『リジェネシス』じゃなくて!
あーやばいやばい頭喰われそう。
あん時神官なんて言ってたんだっけ? 思い出せ俺、命の危機だぞ! そうだ! あの時神官はめちゃくちゃ嫌そうな顔しながらこう言ってた。
――貴方のスキルは魔物にそれまでにない力を与え、新たな人生を歩ませます。故に魔法名は――
「『リライフ』!!!」
「グルッ!?」
俺がそう唱えると俺の手が眩く輝き出し、魔物の体もそれに呼応するように輝き始めた。
眩しくて思わず目を瞑り、光が弱まってきた頃に再び目を開けると、そこにいたのは――
「たーべさーせろー! ……あれ?」
キョトンとした顔をした、黒い髪の似合う猫耳の美少女だった。
辺りは雨が止み、雲の隙間から日が差し込んでいた。