作中作:皇帝の威光、第1章1節アーサーと聖杯の騎士
この作品は作中作ですので読まなくとも本編の進行に差し支えはございません
私はこれらの場に居合わせた事は偶然でなく、運命か必然か、もしくは神の導きか、或いはその全てでも足りないほどの意味をそこに見いだした。故に私は知りうる全てをここに書き記す。
全ては皇暦0年、収穫の月に始まった、それまで五つの大陸では大小合わせて、20程の国々が統治を行っていた、北端には巨人族が、東と西にはそれぞれドワーフの住む岩の王国と、エルフの住む大森林が、中央には人族によって築かれた8王国が互いにしのぎを削っていた。
人族の大陸は混沌に包まれていた、それぞれが隣接する国々と戦をし、時に同胞となり、目まぐるしく変わる世界情勢の中で、祖国を失った者や、捕らえられた者は、想像を絶する体験をした。
才有るものは、兵器開発や戦闘魔術士として戦に駆り出され、力なき者は男どもの慰み者とされ、それすらも出来ない者は、魔術により自我を持たない傀儡とされる。
そんな理性も秩序も持たぬ混沌に、純粋な正義が産まれた、それは国に属し対外的に大きく活動を行う、一つ組織だった。
彼らは殺しを厭わず、その腕も確かだった、しかし彼らには信条があった。
救いを求めるものは必ず一度救いを与え、裏切った者は地の果てまでも追い回し代償を与える。
それは村を焼き、民を殺した悪人であれど、盗みを働く、乞食であれど誰にでも平等だった。ただ一度に限っての事だが。
救いを受けた者や組織に属す者は、漏れ無く手に赤の聖杯陣を刻まれた、これは組織に救いを受けた、或いは忠誠誓った印とされ、印の有る者同士でしか認識出来ない特殊なものだった。
その事から組織は「赤の聖杯」と名乗り、大陸各地へと勢力を広げていった。
20名の聖杯を刻むことの出来る騎士を聖騎士と呼び、彼らは世界を旅し人々を救って回った。
組織が出来てから5年もすると、人族の人口の約半数は手に聖杯を刻み、大陸北端の王国では王を含む全国民が、聖杯を甲に刻んだ。
組織ははいずれ信仰となり、長は神格化され、騎士長アーサーの名は世界全土に知れ渡った。
騎士長とは言えど剣術に優れた訳では無い上、稀代の天才だった訳でも無い彼が、これ程までに組織を拡大出来たのは偏に彼の人格が、類を見ない程に優れていたからだろう。
彼は元々北の小国の騎士団長だったが、隣国の圧倒的国力の前に、膝を屈する他無かった。
しかし彼は民をみすみす見殺しにする様なことはしなかった、彼は床に伏せる国王の変わりに3人の騎士を連れ、隣国へ謁見に向かった。
ーーーーーー
「アーサーとその騎士よ、顔を上げよ」
玉座に座り低い声でいった。
膝間付き伏せた顔をゆっくりと上げ、王を見上げる。
「陛下、我々は床に伏せる国王に代わり、我が国の願いを届けに参りました」
アーサーが言い終えると、そばで伏せる騎士が顔を上げる。
「そうか…して内容は?」
「どうか我が国の民をお救い下さい、戦をすれば我々の敗北は明らかです、ですからどうかこの命に変えてでも、わが国の民をお救い下さい」
「そうか…」
一言呟くと玉座に深く座り直し、少し逡巡を呈した後再び口を開いた。
「悪とは何だ?」王が言った、これまでの聞いたどの声よりも重く、息苦しい程に締め付ける声だった。
しかし彼は答えなくてはならなかった、どれだけ苦しかろうと、民を救うには溺れてでも答えを出さなくてはいけなかった。
しかし彼は答えなかった、背に掛かる命の重みを理解しても尚、彼は答えなかった。
それは、締め付ける空気でもなく、諦めでもなく、ましてや答えることに怯えたわけでもなく、ただ答えられなかった。
それは、彼が答えを知らなかったから。
故にアーサーは言った、「私に、悪は分かりませぬが、私にとって民の命を奪わんとする者は悪でございます」
すると王は笑いだし、アーサーに言った「ならば私が悪と申すか」
「あなたが我が守るべき民を殺すのであれば」アーサーは肯定した。
すると王は玉座を立ちアーサーの前に立ち言った。
「気に入ったぞ、北の騎士よ、そなたの心意気に免じて全ての民を臣民として向かえ、貴様には我が騎士団の一員と成ってもらおうではないか、」
突然の事に水を打った様に静まるが、理解が追い付くとアーサーは礼を述べた。
「アーサーと騎士2人は国へ戻り、王にこの事を伝えるがよい、次の月までには、詳細を改め、使者を寄越そう、但しそこの金髪の騎士よ貴様は此処に残れ」
「お待ちください陛下、彼は我が国を誇る騎士でございます、未だ妻もおらぬ身でして、どうか…」
アーサーが言い終える前に国王が切り出した、
「安心せい、手荒な真似はせん。それよりも速く伝えに戻ったらどうだ?」
その威厳を前に、アーサーは引き下がるしかなかった。