偽りの
夫は足が悪いだけじゃない。仕事中に起きた事故のせい。その後に病気をしたこともあり、引きずるような歩き方。でも、手を差し伸べようとすると振り払う。
「邪魔だ。余計なことはするな」
細くなった足と体が、夕食の席に着く。
「また、揚げ物ばかりか」
「あなたが好きだと思って」
夫は自分の皿に取り分けてあるカツを、順に口に運ぶ。
「ふんっ。こんなもの」
不機嫌そうな顔と感想。
「おいしいよー」
隣に座る娘はそう言ってくれるが、夫は何だと言わんばかり。
「味付けが濃すぎる。ママはお嬢さんだったから、見た目のまんま、料理はからっきしだ」
「そんなことないよー」
確かに始めはそうだった。でも、今は頑張っている。
「あーあ、なんで結婚しちゃったのかなぁ。ママのおうちは資産家だったけど、今じゃ借金だらけで全部パー。かろうじて差し押さえられてないだけ」
「おじいちゃん、おばあちゃん、やさしいよ」
「だから騙されたのさ」
子供の前でそんなこと。
「旦那である俺も足がこんなんで」
「ママ、かわいそう…」
「そう、かわいそうだねぇ」
夫はご飯にお茶を注いでかきこむと席を立った。
「つまんないだろ。おいっ」
私を一瞥し、離れていく。
「俺の方から出ていこうかなぁ~」
残された私たち。娘が話しかけてくる。
「ママ、リコンするの?」
しない。
「パパなんて、もうパパじゃない。ケガしてからずっとイヤなパパ」
「パパだってつらいのよ」
伏せがちな目を娘は覗き込んでくる。
「ママの方がつらくない?」
……
「大丈夫よ。きっと乗り越えられる」
作り笑いだが、私は娘ににっこり笑顔を見せた。
夫が当たってくる理由は知っていた。自分の体がままならないから。私たちに迷惑をかけまい、別れようとしているのだ、と。だが、知っていて尚つらい。
でも…。
私は顔を上げた。ここが踏ん張りどころ。
この家の蓄えはたくさんあった。離婚だと分割されることになる。
私は料理に磨きをかけることとした。