秘境
雲海を抜けると、そこには信じられない景色が広がっていた。
秘境。
その村は雲の上にあった。
「母さん・・・客人です。ハンスというの。そして、サトルとハルナ。」
ユウナの母親は、ハンスを家に招いた。
雪のかかった山脈がまるで屏風のように美しく背後を飾る。
いつも雲がかかっているため、人工衛星からも察知は不可能で、人間が立ち入って調査することもできず、数千年間の間ひっそりと隠れながら彼らはここで文明を築いてきた。
草花が美しく咲き乱れ、太陽の日差しがさんさんと降り注いでいる。
まるで桃源郷じゃないか。
西の国の魔法の知恵も、東の国の科学の知恵も、その両者の開発に携わった人間の中には何人かこの村から出たものもあった。
この村。
実は、一万年前は世界を支配していた巨大帝国であった。その場所は人類の起源ともいわれる。
しかし、いつのまにかその帝国はゆっくりと歴史の表舞台から姿を隠し、いよいよ人類の歴史からは忘れ去られてしまい、一部のオカルト研究家が興味を持つがついに発見できず、という秘境になってしまった。
夜になると、夜空の星々がオーロラのカーテンから滑り降ってくる。
それらの星々に乗って多くの精霊や妖怪たちがあつまり、
UFOも庭にとまり宇宙人たちも来る。
宇宙人というと人間と姿かたちも肌の色も違う生命体化と思いきや、姿は人間と何も変わりない人々だった。
ハンスははじめ、恐れを抱いた。
しかし、すんなりなじんで、居心地のいい場所になった。
みんな姿も形も、考え方も育ってきた文明も違った。
だけど、酒をかわしながら、互いに大笑いしていた。
「ここの柱はおれが建てたんだ。」
「風呂場は私の設計です。」
「壁紙のデザインはすべておいらだよ。」
と集まった者どもは楽しそうに語った。
この家自体も、様々な者どもが自分のできる範囲で手伝って作り上げたものなのだ。
ハンスは自分が人間であることが逆に何もできないようで恥ずかしいことに思われた。
「ちょっと一曲やってくれよ。」
ハンスは、西の国にいたころ何回も皆の前で機械的に披露した演奏をした。
集まった者どもは皆、興ざめしたような顔でいる。
「それじゃいけないよ。もっとおまえの本当のさ、気持ちを爆発させるんだ。」
ハンスは、それまで自己満足で、誰にも理解されないと思ってずっと秘めていた詩と歌を素直に歌った。
周りの空気が、自分に飲み込まれていくのが分かる。
ああ、まるで、ハンス自身が銀河系の中心になったみたいで、巨大な渦が彼の周りを取りまき力を与え輝かせている。ハンスの演奏は、宇宙の中心を輝く光の炉になっていた。
まるで、この何十畳もの家に全世界と全宇宙の縮図があらわれていた。
「そうだ。そうだよ。ハンス、おまえ今何を感じた。」
宇宙人の一人がやったねという顔つきで褒める。
「えっと・・・考えさせてください。」
刹那、「ちがう!」と叱られた。
「考えるんじゃない!感じるんだ!」
「感じる・・・。」
「・・・そう、感じることだ。」
「宇宙そのものを捉えるには、思考や言葉ではいけない。
考えることは、見えるもの、目先の物事に捉われるということだ。そうなってしまったが最後、大きな視野を失う。
直感を信じろ。
・・・
ふははははっ!厳しいことを言ったかもしれんがな、お前、いい顔つきをしていたよ。」
そこでの生活は楽しくて楽しくて仕方がなかった。宇宙の一切を覆い尽くすように重くのしかかっていたそれまで通ってきた苦悩や闇のすべても今やまるでわらくずのように、気にならなくなるほど軽いものになっていた。
ハンスもユナも、人生を支配していた苦悩が何だったのか忘れて思い出せなくなってしまった。あれほど誰かに分かってほしかった、慰めを期待して多く語ろうとしてきたことはすべて必要のないものだった。
ただ、ひとつの必要な幸福が魂に宿るだけで、人はそれ以外すべてのものは影のような幸せだと気が付く。
そこには何もなかった。
だけど、すべてがあった。




