思い出の国で
「街に出ると危ない・・・。ここで別れよう・・・。」
と小さな声でささやいて、ふたりは安全に別れたと思った・・・。
まもなく
「西の国と東の国の者が、許可なしで会っていいと思ってるの?」
と声が聞こえた。
彼女は二人の男に捕まえられた。おそらくは彼女を知っている東の国の奴らだろう。
ハンスはダッシュで彼女のところに急ぐ。
〈おいおい、みんな普通に会ってるだろ・・・なんでそれがいけないんだ・・・。〉
と思う。
しかし、うすうすと感じ取っていたが、この世界全体が一つの異常事態に巻き込まれているようだ。
・・・そう、魔王が世界を滅ぼすために人々の心に働きかけているのだ。
そして、人々の話の内容がこうなってきたということは・・・西の国と東の国の戦争が始まる時も近い。
「西の国の奴らは、人間ではない、魔法を使う人間は劣った人種で悪魔の使いだからな。」
といって、そいつらはこっちを恐ろしい憎悪と嘲笑の目で睨みつけた。
「それだけじゃないよな・・・。」
「おい、それいっちゃまずいって。」
とひそひそ声が聞こえる。
「あいつさ、実はヨウカイなのよね。」
〈ヨウカイ?ヨウカイってなんだ。人間ではないということか?だけど、そんなことはどうでもいい。
彼女が何であろうが・・・僕にとっては大切な人なのだ〉
「こんなところにいちゃだめだ・・・」
ハンスが、彼女の手を取った瞬間、ライトが照らされた。
なぜかそこに待ち構えていたように警官がいた。
ハンスは恐れたが、宇宙の力が自分に味方することを信じた。
「・・・だからいったのに・・・くっ・・・」
彼女が小さな声でそうつぶやく。
それに被せるように、
「もう、言い訳はきかないな・・・。
お前は、何を吹き込んだ?この西の国の旅人に?革命か?国家転覆の相談か?」
「ちがう!断じてそんなことじゃない!」
「だったら、何だ。言ってみろ。」
「・・・それは・・・。」
「どうした、言えないのか?」
「なんで、あなたに言わなければならないのか?」
「ふうむ、公には言えないようなことなのだな。となると、考えられることはやはり犯罪か。」
そこにハレルが出てきた。
「まあまあ、この者たちは、身寄りのない貧しい青少年です。犯罪も国家転覆もできる力があるとお思いか?」
「ハレル・・・貴様は預言者と呼ばれているようだが、それだったら、西の国をせん滅させるうまい方法を考えられるはずだ。もし、それに協力できなければ、貴様は偽預言者として死罪もあり得ますぞ。」
・・・というやり取りが続くうちに、
「泥棒だ!」という声が聞こえた。
「チッ・・・事件か。」
警官と男たちはそちらのほうに走っていった。
「お前たちはそこで待ってろ・・・!」
彼らが去ると、ハレルは聖堂の地下の墓にふたりを呼び寄せた。
「ここなら、だれも来ない。安全だ。」
ハンスは言った。
「ハレル・・・僕は・・・この子のことを幼い時から何度も何度も夢で見たのです。
昔に何かあったような気がしたのです。
だけど・・・だけど・・・どうしても思い出すことができなくて。」
少女は驚いたような顔をしている。
「ふむ・・そうか。ハンス、君は『記憶を封じられる魔法』をかけられているな。
人の魂というのはね、宇宙が始まって以来全生命が活動した一切の記憶を蓄えてそこにつながっているのだが、それはよほどのことがない限り普通の人には取り出すことができない。このことは、今はひとまず置いておこう。
個人の領域で言うならば・・・私たちの意識というのは、経験したことのすべてを蓄えることができる。
何かを忘れたように思えても、一度インプットされたことというのは意識の深いところに眠っていて、ふとしたきっかけで思い出すことができるようになっている。
ところがハンス、君のかけられた魔法は、その記憶を意識に上らないように意図的に鍵をかけられたものだろうね。
しかし、君が眠っているとき、その深い意識の鍵は開く・・・開かざるを得ないのだ。
そして、その記憶は君が生きる上でとてつもなく重要な意味を持っている秘密なのだ。
だから、なんとかして君の魂は精霊と協力して封印された秘密を忘れまいとして何回も君に夢という形でこの子のイメージを見せたのだ。」
「そ、そうだったのですね・・・。そのカギを解く方法というのは・・・?」
「幸いだったね。
私はそのカギを開く秘法を習得しているのだ。
もう、そろそろ、君の心にかけられた封印を解いてもいいでしょう。
さあ、そこに腰かけて・・・ゆっくりと呼吸をして、リラックスして。眠ってしまう一歩手前にまで意識を落として・・・。」
ハンスは、言うとおりにした。
彼女が封印を解くための道具を持ってきていることがわかる。
不思議な音とともに、ハレルは不思議な呪文を唱えた。
すると、ハンスはそれまでいた地上を離れて、はるか上空に魔法も使わずに飛び上がった。
傍には、ハレルと彼女がいた。
周りの様子が普通の空の様子と違う。
「ここは、『思い出の国』。」
雲の周りには、小さい頃から今までのすべてのありとあらゆる経験がカプセルになって浮かんでいた。そしてそれらのすべては互いにつながっておりまるで光り輝くチューブのようにハンスを取り囲んでいた。
「そのカプセルの一つを選んでごらん。」
ハンスがそれを選んで開けると、昔、誕生日の時に食べた七面鳥や父や母の笑顔やその日外で遊んだことなどが一瞬でフィルムのように雲の上に再生された。
ハレルは言った。
「思い出に浸るのが目的ではないよ。君はこの膨大なカプセルのうちから、奥に分け入って『あの封印』を解かなくちゃならない。」
その「思い出の国」はあまりにも分け入るには広大だった。自分自身の心というのはこの世界よりも、宇宙よりも大きいものだ。どうすればいい、どうすれば求めるものを探すことができる?
「確かに・・・『思い出の国』は目に見える宇宙よりも広い。
しかし、もし、想いを強く持てば、何万光年離れた場所でも一瞬にして近づくことができ、また場所自体を近づけることができるのだよ。」
ハンスは、強く念じた。
洞窟があった。
ハンスがその洞窟に向かって歩いていくと、洞窟もまたハンスに向かって近づいてきた。
その扉には巨大なカギがかけられていた。
ハレルは言う。
「これか、君にかけられた呪いは・・・。ちょっと待ってくれよ・・・すぐ終わるから・・・」
ハレルはいとも簡単にその洞窟の鍵を開けてしまった。
「その先に行けるのは・・・私では無理だ。
君と・・・」ハレルは少女の名前を告げる。「君だけだ。」
ハンスと少女は二人して暗い洞窟に入っていった。
それを外し、暗闇を松明をつけながら歩いていくと、宝箱を守る魔物がいた。魔王の手下か・・・。
「よく来たな。わが名はベリアル。ここは、お前の場所・・・しかし、今は私の場所だ。取り返してみるがいい。
もし、できるものなら・・・。」
四本の腕を持ち、異形の様相をした骸骨の騎士、ベリアルは刹那、自らの腕を剣に変え襲い掛かってきた。
自分の世界の中にこんな恐ろしく強い敵がいるとは思わなかった。
「精霊よ、力を与えたまえ!」
ハンスは、呪文を使い魔物にダメージを与えつつ、一方では光のバリアを張り彼女を守る。
「ふはは、効かぬわ!そんなもの!」
ベリアルはハンスの攻撃を風のごとく受け流していく。
「もう、終わりだ!
ブラッディ・タイフーン!!」
刃の嵐が四方八方から襲い掛かり、ハンスは傷だらけになって倒れた。
彼女が叫ぶ。
「お願い!ハンス、立ち上がって!こんな薄暗い同口で私を残して倒れないで・・・こんな奴に負けないで!」
「ハハハ!無理だ。
そいつは、もう何度も何度も傷ついてきた。まるでその人生と同じよ!もう立ち上がることはできまい。」
「あいにく・・・そいつが違うんだな・・・」
そこには立ち上がるハンスの姿があった。
「げえ・・・何ぃ?あの攻撃を受けて、まだ立ち上がるほどこいつは強かったのか・・・?」
「君の祈りが・・・僕を守ってくれたよ。
これまで、僕は独りぼっちだった。あらゆる人を信じることができなかった。だけど今はそうじゃない・・・。
僕の周りには、今大切な人がいる・・・。
それに、僕の後ろには宇宙の力がある。お前に負けるわけには決していかない!」
「ほざくな!小僧め!そのボロボロの体でどこまで戦えるかな!」
「どこまでも戦えるさ!立ち向かってやるぞ!さあ来い!」
ハンスと、ベリアルは、何時間もの死闘を繰り広げた。
弱かったハンスは明らかに強くなった。雄々しくなった。戦いが長引くにしたがって、精霊が彼に味方をし、彼の攻撃に勢いをつけていく!
これは・・・ハンスの勝ちではないか。
「イタイイタイイタイ・・・」
ハンスが情けをかけ、とどめを思い踏みとどまった瞬間・・・自分の腹にベリアルの剣が刺さった
・・・かと思いきや、ハンスは間一髪でそれをかすり傷にとどめた。
そして、一閃・・・!
ついにとどめだ。
ベリアルはうめき声をあげながら静かに掻き消えた。
その先は、暗いような明るいような、それでいて温かいような安心できるような守られているような場所だった。
「やっと、戻ってきた・・・。」
そう感じた。
宝箱のようなカプセルを開けると・・・
今、すべてが分かった・・・。
すべての記憶がよみがえってきた。
あの日・・・
あの時、僕は訊かれた。
「ねえ、ハンス、あなた、私のこと、好きなの?」
と。
そして・・・僕がその重い重い口を開こうとしたときに・・・。
西の国の監視員が、それを目撃し、弾丸のように魔法でハンスの頭をぶち抜いた。
僕はその場で倒れこんだ。
少女は驚愕のあまり、顔を真っ青にしている。
そして、同時にその時のすべての記憶を意識から消された。
だけど、潜在意識にそのことは強く強く残っていた。
彼女は連れていかれた。
それまで隠していた、妖怪であることがばれた。
彼女は、僕に妖術をかけ誘惑し堕落させようとした疑いをかけられて、国外追放を命じられたのだった。
「ちがう!ちがう!ちがう!断じてそんなことはない!」
「一切のいいわけはきかない・・・。」
「このことはなかったことに・・・」
と、ハンスの頭からは彼女の記憶も消された。
ハンスの家族にも街の人びとの白い目が及んだ。
父も母も決してハンスを責めることはなかった。
父は、もともと戦争に反対していたが、街の人びとから白い目で見られるのを避けるため軍に志願した。
そして、死んだ。
事故で。戦争の準備のための資材を作るときの有害物質漏れの事故に巻き込まれて。
会社は、父の「自己責任である」ということをかたくなに主張し、逆に父は国に損害を与え迷惑をかけたとして死んでもなお追及をうけた。
そして、そして、そして、
お前の名前は・・・そうだった、
ユウナ。
おもいだした。
ユウナ。お前は、ユウナ。ユウナ、ユウナ、ユウナ!!
何度もつぶやくようにその名を言い続けた。
空に向かって叫んだ。
彼女の名前をついに思い出した。
ユウナと叫んだ瞬間、彼女は言った。
「私の名前・・・思い出してくれたのですね・・・ありがとう。
ご察しの通りです。私は実は妖怪なんです。・・・ずっとずっと隠してきました。」
「関係ないよ・・・。君が何であれ・・・君は君だ。」




