再び
ハンスはエドキオに戻る。
しかし、彼女と再び会ったり話をするだけで自分の命の保証すらない。
すぐに、彼女がやってくることはなかった。
ハンスにできることはただ、すべてがうまくいくことを信じて待つことであった。待ちながら、今目の前にあることを一つ一つ丁寧になしていくことだった。そして、自分は恐ろしいほどに運がいいと自己宣言をしてその流れに身を任せていくことであった。
確かに、ハンスの心には不安と緊張、そして「うまくいかないのではないか」という魔王からの誘惑があった。
しかし、魔王は誘惑以上の何もできなかった。
ハンスは雑草を取り除くようにその誘惑や抵抗を排除していった。
そして、忍耐強く、「あの子」が再び取り戻されることを毎日願い続けた。
「マスター」やハレルの教えに忍耐強く自分の心を置き続けた。
砂漠の中で川の流れのほとりに植えられた木が時が来ると生い茂り実を結ぶように、ハンスの魂は大いなる宇宙と繋がり、望むもののすべてを引き寄せることになった。
そして、ついに「その日」は来る。
ハンスは再び、ハレルのいる教会に戻り、聖堂で精霊の声に耳を傾ける。
まるで、こんなことが前にもあったようだ・・・。
教会の聖堂いっぱいにオルガンが鳴り響く。誰かが練習で奏でているのだろう。
それと同時に、天井からは幾人もの天使が飛んでくる。
ハンスにとって、それらの素晴らしく荘重なものは何も心に入ってこない。あの事が気になって気になって仕方がなく、それどころではないのだ。
ハンスが目をつぶっていると、その隣にだれかが座っていた。
その感覚が、肉体を持たない天使や精霊とは違う生身のものであるということはわかった。
それでいて、その心は、彼らとまるで変わりない透明なものだということも。
そして、目で確認しなくても、その息遣いや、肌触りで、それが誰かということをハンスはすぐに気が付いた。
少女がうれしそうにこっちを向いている。
ハンスのはもうこれ以上ほかに何も要らないと感じすべてに感謝した。
神様のことなんかよりも、ハンスは今となりに座っているこの女神のような少女のことを感じていた。
・・・前にあった。このことは前にもあった・・・はるか前に。
あの時と全く同じだ。
夢で何度も見たあのことと同じだ・・・。
だけど、今、これは夢なんかじゃない。
隣に、あれだけ求め続けてきた少女がいる。
一度、自分を裏切った少女がいて、戻ってきた。
ハンスは宇宙に感謝をささげ歓喜しつつも、呼吸を整えながらその喜びを出さずに、心と細胞の隅々までその喜びを味わっていた。
ハンスは少女に向かってほほ笑んだ。
少女は涙を流しながら、ほほえみ返した。
それ以上、何を語ればいい?・・・何を?
それだけで十分だった。
もはや、事情は聞くまい。
今は、彼女が傍にいる、そのことを全身の細胞と心で味わい感じなければならない。
すべてのわだかまりがこの清く白く透明な精霊の息吹によって流され、
緋のように真っ赤に染まった罪や汚れや苦悩や宿業も、雪のように清められていく。
これ以上の幸せが存在するであろうか。
オルガンの音はやみ、完全な静寂と清浄な空間だけがあり、そのなかに透明な二つの心があった。
時間がたつのを忘れて、二人はその場で祈るように、ゆっくりとした呼吸と鼓動を刻んでいった。
もう、何も考えない。ただ、感じることに集中しよう。
この透明な場所にどこまでとどまり続けていられるか。
もはや、時間の中に祈りがあるのではなかった。祈りの中に時間があった。
そのときの二人はすべてを超え出ていた。
心の透明な領域で、人間も宇宙も精霊も生きているものも死んだ者もすべてはつながっており、そこにおいてふたりは完全に一つであった。
どれだけ祈り続けただろうか。
二人はふと目を合わせ、コクンとうなずき聖堂の外に出た。
外には、燦々と太陽が照り、二人を祝福していた。




