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再会 ~All That I Needed(Was You)~  作者: あだちゆう
27/39

砂漠

公園でうつむきながら、ブランコを漕いでいた時、

西の国出身という男と出会った。笑顔ではあるが、その奥には卑屈さがべったりと張り付いている。

「飲みに行こう。」

見知らぬ男と、一時間もしないうちに様々なことを話し合ったと思う。意気投合というわけではなかったが、互いの虚しさを埋めるためのようなものだった。

「これをのみな。いやなこと全部ぶっ飛ぶよ。」

それが、飲み続けると、自分自身を破滅させる危険な薬であるということは分かっていた。

それでもよかった。

自分自身から逃れたい。もう一歩も前に進むことなどできやしない。いや、何歩進んだとしても、さらなる地獄が待っているだけ。

どうせ地獄のようなこの世なのだ。どうあがいたって破滅し死ぬのは目に見えている。それがたとえ偽りの幻想であっても、それに縋りつきたい。死ぬ前に、快楽を。


・・・ハンスの横にに精霊が現れ、彼をとめようとした。

「なんなんだよ。うるせえな!

もういいんだよ、もう。死後、地獄でもなんでも突き落として呉れりゃいいよ。

もともと、この地獄のような地上に俺たちを送り込んだお前らが悪いのだ。それで生まれたのは自己責任ってひどいものだよ。もう、説教はやめてくれ。」

とハンスはひれ伏す。

精霊は何も言わないでハンスのそばに立っている。

ハンスがちらりと目をやると、精霊は涙を流し、悲しそうにしている。

「なんなんだよ・・・なんなんだよ・・・。

立ち上がったってまた希望は取り去られるだけだ。

すぐにお前はいなくなるし・・・。

それもあんたがたの采配(さいはい)だというんなら、おれは天を恨むぜ・・・。」

精霊はまるで母のようにハンスの髪に触れ、頭や背中をさする。

「疲れたね。すこし休みなさい。あとは、私たちがなんとかするから。」

ハンスはその言葉に何も答えることができず、眠りについた。


酒を飲みすぎることもなかった。

もらった薬を飲むこともなかったようだ。

ただ、ハンスの眼には泣きはらした跡があった。

そして、身に起こった絶望的な出来事とは裏腹に、ハンスの心は自由を感じていた。

スッキリとした気持であった。

ハンスは駆け出した。


目の前には真っ白で何もない風景が広がっている。

冷たくて清燦(せいさん)とした風が心の中を吹き抜ける。

ハンスは大地を踏みしめて立っていた。

この無意味な現実、どこかに意味を与えられるのを待っていたり、探したりしているうちは、もしそれが見つからなければ、絶望しかない。

ドラッグで自分の痛みをごまかしてはいけないし、自分自身の力を侮ることもしてはいけない。

この白い風景に自分自身が歩き始めていくことで、歩いた後に風景が刻まれていく。

全てを失ったとき、すべてを手にすることができる。


「ハンス、君は強いね。どうしたら、そんな強くなれるんだい。」

あの男は言った。

人を騙すして喜ぶようなタイプの男ではなく、彼も一人の苦しみを抱えた人間だ。

そのあとに続く言葉は予想通りだった。

「あんたにゃできるかもしれないけれど、俺には無理だ。できる人は特別。

・・・できない人はどうすればいいの。

世の中には、うまくできない人間が大半だ。その言葉がいかに人を傷つけるか自覚しているのか。」

その同じ口で人間というものは、散々

「なぜ、みんなできるのに、あなただけができないの。」

とのたまうものだからたちが悪い。


ハンスは誘惑を振り切った。

そして、無料と言ってもらった薬を路上で踏みつけた。

「もったいない・・・!何万すると思ってるんだ、高級なものを。弁償してくれんのか。」

後ろでぼそぼそという声を背中に、ハンスは行く当てもなく駆け出した。


痛みしかない。

だけど、そこには自由があった。

この痛みを癒すことのできるものは、ひょっとしたら生涯見つかることなんてないのかもしれない。

それでも、人は生きる。生きてしまう。どうしても生きる。

生きて、その先の世界を見てみたいと思う。

そして、その思いが人を創造に駆り立てる。

絶望の先には虚無がある。

そして、虚無から人は立ち上がり大いなる意味を創造し続けていく。


人は何度倒れても、立ち上がるしかないのだ。


ハンスはこの虚無な宇宙でたった一人きりになった。

誰一人として彼を理解してくれる者もいなければ、受け止めてくれる人もいなかった。

かつて、ハンスは自分のことを理解し、受け止め抱きしめて癒してくれる人がこの世のどこかにいると思って全世界を旅して訪ね歩いた。それが得られないとわかると、オアシスのない砂漠の旅人のようにもだえ苦しんだ。


そうではない。

ハンスは、瞑想と祈りの中、他者を理解しようとつとめた。

自分はこれまで賢者や勇者から教わったもろもろの教えを根本的な部分で自分のものにしようとしていただろうか。自分以外の誰かが何かを与えてくれるという欲望からの期待は裏切られる。

自分自身をわきに置き、いつくしみの眼で一切を見る。

先ずは、自己自身に対して。ハンスはこれまでの人生と苦難をまた別の仕方で見つめてみた。

ハンスは、マスターの教え、ハレルの教えを繰り返し反芻した。

自分を覆いそうな不安や恐怖、絶望や失望に対して、忍耐強く心を愛と光のうちに据えることに努めた。

すると、愛と光のほう自らが自分のほうに近づいてきた。

精霊たちは愛と光のうちに生きている生命体であり、人間もまたその本質を同一にする。



これまで、ハンスは問うていた。

「なぜ、神はこの僕にこのような苦しみを与えるのか」と。

しかし、もう一つ上の視点からハンスは自らに問いかけるようになった。

「神は、この絶望を通して、この試練を通して、自らに何を教えようとしているのか。」

という問いかけである。

ハンスは、自らを振り返った。

人の魂は、成長のためにこの世界にやってくると考えたらどうだろうか。

もし、すべてのことに意味があるなら・・・。

自分自身が克服せねばならぬ課題は何か・・・自らの魂が学ぶべきことは何なのだろうか。


ハンスはそれまで、理解されることや、愛されること、求めることばかりを考えていた。

だが・・・それが満たされたところで、魂は単に外部に依存した偶発的な喜びに振り回されているに過ぎない。

ただ、欲望に振り回されているに過ぎない。

それは、風が吹けば吹き流されてしまう葦のようなものに過ぎない。

果たして、それが自らの魂の為になるのだろうか。

外部に依存されぬ、自らのうちからほとばしり、放射されるような深い喜びのうちに自らを置くことだ。




ハンスの抱えていた孤独の質は明らかに変わった。

それは充泌のうちにあった。


ハンスは自らの存在を「源」に強く置くことにした。

源にはあらゆる愛と平安と無限の富と希望とが充泌している。

言葉はその強い助けとなりうる。

言葉は自分自身に宣言すること、そして力を与えることなのだ。


「大丈夫。大丈夫。大丈夫。

きっとうまくいく。

このことからは最高のことが始まるに違いない。」


どん底の絶望の時に発したハンスのこの宣言から、全宇宙の運命が大きく舵を切ることになろうとはハンス自身も知ることはなかった。

この言葉を受け取った精霊は、これを書簡に記録し天の高きところ、「源と共にある方」にそれを提出した。

「源と共にある方」は、精霊がそれを伝える以前から、まだすべての事の起こる前からこのことを知っていた。

また、その方は宇宙を覆うほどの一切の愛をこの小さなハンスの存在に注ごうとしている。

・・・それゆえなのだ!苦難を与えられるのは。

苦難を与えられることによって、魂にとって最上の愛の成熟がもたらされる。

そして、そのことは彼自身だけでなく、全人類の希望になりうる。

だが、ハンスはそのことを頭でも心でも悟ることはできないでいた。


だが、再び、絶望と寂寥(せきりょう)がハンスを襲う。

宇宙も精霊も一時の気の迷いだったに違いない。

ハンスは行く当てもなく、糸の切れた凧のようにさ迷い歩いた。何日も何日も。はるかはるか遠くへ。

ハンスの身体も心も持ち物も風や太陽に侵食され、ボロボロになっていた。

ついた先は、草木一本生えない砂漠と崖と山。

人の気配は一切ない。そして、生命の気配も。あるものといえば、動物の骨。

誰もいない、誰もいない、誰もいない。

旅の疲れがたまってくると、ハンスはこれ以上歩くことができなくなった。

そして、砂の上に倒れこむ。もう、立ち上がることすらできない。

何のために自分自身がこの街まで来たのかすらわからなくなってしまった。

何のために生きているのかも。

風が吹き、砂を運んでくる。

砂は少しずつハンスの(からだ)の上に覆いかぶさり、その姿を侵食していく。


声が聞こえる。

「もう、人を信じることなどやめてしまえばいい。」

「人間とは裏切るものだ。」

この砂漠にたったひとつ、巨大な生命体が姿を現した。夜の帳が下りてきたあたりだった。

魔王だった。

宇宙が人間一人一人を髪の毛一本に至るまで完全に把握しているように、悪魔もその人間の弱さや罪や恐れを完全に把握し、それを手に取って人間を自らの支配のうちに引っ張り込もうとする。

魔王は無数の触手を持ち、全人類を絶望のうちに閉じ込めようと画策する。


真っ暗闇、真っ暗闇、真っ暗闇。


魔王は、砂に埋もれていたハンスの躰を引き上げた。

そして、驚くべき速度で砂漠の外に飛ばした。

この砂漠から抜け出すことができた。魔王はいつも狡猾だ。

こうして、わずかな希望をちらりと見せて、次にその希望を目の前から奪い取るような真似さえする。

砂漠の果てには崖があった。魔王はその上にハンスを置いて、絶望のビジョンを見せた。

後方にはハンスを捉えようとする東の国政府の軍勢と、彼の両親を死に追いやり二人を引き離した西の国の軍都が迫ってきている。前には崖しかない。

「敵が迫ってきている。

お前の前には道はもはやない。

さあ、後ろに下がることも、横に行くこともできない。

前に飛ぶか?そこに待っているのは死だ。

うずくまったままでいるか?お前は殺される以外にはなかろう。

祈るか?今までどれだけ多くの先人が、その祈り空しく応えられぬまま殺されていったか。

神は応えぬ。応えぬ。応えぬ。

君が一体どこに行こうと、悪魔の手から逃れることはできないのだよ。」

「さあ、屈せよ。屈せよ。我に屈せよ。一切は絶望。この世に逃れる場所はないのだ。」

魔王はその鋭い牙で、ハンスの胸に嚙みついた。

血が滲み、苦痛の表情を浮かべると、魔王は遥か彼方の天を見上げて嗤った。

「天よ。貴様との勝負、俺の勝ちのようだ。

もう、この男には立ち上がる気力すらない。完全に俺の支配に屈した。」


ハンスはもはやハンスではなく、自分自身を失った生ける(しかばね)であった。



「教えておいてやろう。

この世は神と悪魔が、人間を囲い込んで自分の側につけるゲームのようなものさ。

神が人間をつくったとき、愛という目的のために、自由を人間に与えた。一切の強制も罰も与えはしないのだ。

人間の(コア)には神がいる。

核は目に見えず、その存在も証明できるものではないが、宇宙で最大のエネルギーを持つ種子のようなものだ。

その延長に覆われているのが肉体と物質世界。

神が自らの子を生み出す。子はその名の通り細かく分かれて「精神」となり、「人間」となるときそれは、感覚の世界に閉じ込められる。

人が世界と相対して『自分』を持った瞬間、すべては分裂したものとなる。

分裂した精神は自分を守るとか恐れるという本能が与えられる。

いわば、影のようなものなのだが、それはあたかも実在であるかのごとくこの地上を分断する。

我々の正体とはそれだ。


愛や光というカードと武器が神の手札。恐れや欲望や争いという武器が俺たちの手札。

人間は自由を与えられている。神も悪魔も、人間に呼びかけることしかできない。

また、周りの環境を気まぐれに動かすことも可能なのだ。

このルールで行くと、特に現代ではこのルールで行くと俺たち悪魔がいかに有利かわかるかね。

指一本動かすだけで人間は簡単に転ぶ。

その様子がおいしすぎるのだよ。」


「あなたは負けるのですか・・・?このまま負けるのですか?」

精霊がハンスのうちにささやいた。

「・・・もういいよ。もう・・・いい。そっとしておいてくれ。このまま立ち上がる気力もないのだ。

失った・・・僕はもはやすべてのすべてを失ったのだ。何もない。」

「何を言うのですか?あなたは何も失ってなんかいない。」

「何も失ってないだって?」

「そう、何も失っていない。あなたにはいのちが・・・そう、いのちが与えられているではないですか!」

「・・・いのち・・・?」

「あなたのいのちの奥の奥底には、いかなる悪魔も手を出せない無限の愛と力が眠っているのです。

そして、そのいのちに触れた瞬間、あなたは再び立ち上がり奇跡を起こすことができるのです。」


そのとき、ハンスの心の奥底にある思いが浮かんだ。

「何をお前は恐ろしがっている?

いったい何をお前は絶望している?」


精霊は

「そうだ!本当は絶望など存在しないのです。闘魂を持つのです!闘魂を持たぬものに道は開けません。」

と喜びの声をもって叫んだ。

そして、あるビジョンを見せた。

あの少女だった。

少女はハンスの名を泣きながら叫び続けていた。

「・・・これは、彼女の心の奥底の声、なのか?

『ごめん』とも『逢いたい』とも言葉にならない声で、彼女は大声をあげて僕のことを呼んでいる。」


「あの彼女の態度は、いったい何だったんだろうか?

・・・違う。あれは本心じゃない・・・。

何か巨大な圧力にコントロールされて、恐れから、そう言わざるを得なかったんじゃないか・・・。」


もし、すべての状況が心から生まれたものであるなら・・・正しい心であり続ければ・・・

すべての物事はその鋳型に流れてくるはず。


ハンスは彼女が再び自分自身のもとに戻ってくることを強く念じ、祈った。


崖っぷちの荒野。ハンスは立ち上がり、砂漠の中に向かって歩を進めた。

魔王の見せたすべての幻影は消え去った。

それらの「恐れ」の幻影が消え去ると、次々と支えが来た。


「おおい!ハンス!探したぞ。」

サトルが、遠い空からクルマを飛ばして迎えに来ていた。

傍には妻のハルナもいた。

「大丈夫?」

とハルナは心配そうに聞く。

「・・・生き別れた君の妹にあった。だけど、だけど、裏切られたのだ。捨てられたのだ。」

「・・・そんな。」

「・・・と思っていた。だけど、そうじゃないような気がする・・・きっと、・・・」

ハンスはその先の言葉が出なかった。


ハンスとサトルは抱擁を交わした。

「サトル・・・僕は・・・僕は」

「大丈夫だ。安心しろ。」

サトルは、それ以上かける言葉を持たなかった。


「・・・助けに来てくれたんだね。ありがとう。やはり僕はどこまでも幸運に恵まれているのかもしれない。」

「そうだ、君は幸いなるものだ。信じるほうにかけてみよう。

人が信じて祈ることは必ず実現するのだと、君はこの旅で学んだはずだ。」

「そうだ。私はこの世界で比類がないほど運がいい人間だ、ついている!だから大丈夫だ!」

かつて、マスターから聞いた自己宣言の一種だった。

「そう、君はついている。私たちは世界一運がいいのだ。」


絶望であった場に快活な笑いがあふれた。


砂漠の片隅に美しい花が咲いていた。


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