ユタカの墓前で
一旦ホウキにまたがり、螺旋を描きながら高く高く上昇して、東の国の街を見渡す。
西の国にあったような山は一切見えない。
地平線を覆うほどまでに一面にビルや塔がひしめいている。
エドキオの街は、細胞が日々入れ替わるようにして、何年もたつと、そこにやってくる人と出ていく人は入れ替わっていく。
まるで心臓のようにこの街からは人が出ていき、そして、流入していく。
空中には空を覆うほどのエアバスの群れが飛び交っている。
ホウキではエドキオの街を飛ぶことはできないので、ハンスはエアバスを使う。
ハンスが少年時代に訪れた東の国のエドキオと、今眼前に広がるエドキオの街は、一緒のようでいながら、風景にしろところどころが激しく入れ替わっていた。
そして、この巨大な都市は眠ることなく、人々が入れ替わりながら、活動と変化を続けていくのだ。
昨日のエドキオと今日のエドキオもまた違う。
間違いなく、エドキオは世界一の大都会である。
見渡す限りの高層ビルが地平線をすっぽりと覆っている。
ハンスは空からその様子を眺めながらこう考えた。
この巨大な街も、まるで無数の蟻が土くれの塔を作るようなもので、天がそれを保つ意思を放棄さえすれば、瞬時にしてそれは消えていくだろう。
・・・そして、自分自身もまたそんな限りなく小さなもののうちの一人でしかないのか・・・?
ハンスはバスの人々や行きかう人々の中に、それぞれの歩んできた人生やドラマを思う。
このひとつひとつの小さな存在は、それぞれが無限に尊いひとつしかない宇宙の中心だ。
・・・そして、この大文明はいったいどこに向かうというのだろうか。
彼は、人類がこれまで歩んできた歴史の興亡に想いを馳せていた。
このエドキオの街も、五百年前の戦争で草木一本生えない焼野原となっていたという。
また百年前は恐ろしい伝染病のために街の五割の人間が死に絶えた。
現在は、そんなことなど完全な忘却の彼方であり、平和に見せかけた窒息しそうな飽和した科学文明の退屈さと窮屈さとがこの街を構成している。
「あ・・・!あれは!」
ハンスはバスの窓の外にあるものを見つけ、近くの駅で降り、その場所に急いだ。
十代のころにいつも聴いていたユタカの墓だった。
生物のように絶えず変化し続ける街のビルの一角の合間にユタカの墓はひっそりと佇んでいた。
まるで、その街の様子を見守るようにして。
「ユタカ・・・君のファンでした。僕は今まで何度君の歌に人生を変えられ、励まされてきたことか。」
そのビルの合間から街の風景を見ていた。
ふわっと風が吹くとせつない気持ちにかられる。
ギターを取り出し、この風に乗せてメロディーを刻む。
周りを、何でもないようにして多くの大人たちが歩いていく。
誰もハンスの歌を聴く者はいない。
だけど、この風に乗った想いと歌声はどこか遠くに運ばれて、知らないところで種にまかれて、忘れたころに芽を出して、大輪の花を咲かせるに違いない。そう祈りを込め続ける。
あの時のユタカは、エドキオの巨大なドームを満席にするほど人を集め、観客のすべてが絶叫するほど熱かった。
彼は高台からステージに飛び降り骨折し、ギターを破壊しながら叫び続け、血まみれになりながら、半裸になりながら転がりまわった。一見狂ったように見えるその姿はやはり美しかった、美しかったんだ。
そして、完全燃焼するように彼は流星のごとく逝った。
みんな、きっと彼に共感していたと思う。
だけど、彼はきっと誰にも理解されなかった。
恐ろしい孤独だけが彼を踏みつけ、救世主に仕立て上げた。
ただ、熱狂だけが、熱狂だけが・・・。
いま、照り付ける太陽の下、喧騒と静寂の中、熱狂の中心にいたかの魂は眠っている。
誰も聞いていない歌をユタカに捧げ歌い終えた後、孤独と虚しさに痛みすら感じた。
墓に向かって一礼と合掌をした後、旅を続ける。