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再会 ~All That I Needed(Was You)~  作者: あだちゆう
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マスターの教え

次の街、「ネオコイワ」はエドキオから数時間歩いただけでたどり着いた。

このネオコイワの街にも、賢者と思しき人がいるという。

世界一の大富豪という。

名前は語らず、「マスター」と呼ばれていた。

マスターは高名であるにも関わらず、その邸宅や店を一般に開放していた。

「これが、大富豪の邸宅?本当に?」

そこにあったのは、ごくごく普通の民家。

手伝いの人に通され、入らせていただく。

「少々お待ちください。」と言われ、部屋に案内される。

部屋には大きな毛皮と、高級なソファと、輝くばかりのシャンデリアが飾られ、数えきれないほどの従者が

・・・と思っていただけに、多少拍子抜けした。

すべてが普通なのだ。

来客用に多少大きいつくりをしていたが、部屋の中には最低限の生活必需品以外は何もない。

簡素な椅子と机があるだけだった。

これが本当に、世界一の大富豪の邸宅なのだろうか。どこか別に城のようなものがあるに違いない。

まもなく、「マスター」と呼ばれる男がやってきた。

ハンスはいともたやすく、あまりにもあっけなく、世界一の大富豪である「マスター」にあうことができた。

マスターの肌にも髪の毛にも光沢があり、いつも微笑みを絶やすことはなく、全体的に柔和なオーラが彼の全身から放たれていた。身なりも簡素そのもので、ただ一点指に輝くダイヤモンドのリングをつけている。

マスターにはその他の悪徳金儲けの詐欺師が持つうさんくささは全く感じなかった。


「やあ、西の国からわざわざようこそ。君はなんと素敵な身なりをしていることか。そして、不思議な目を持っている。君も精霊が見え、語り合うことができる人間だね。」

マスターは、会って、瞬時にしてハンスの隠れた才能や魅力を見抜いた。ハンスは驚いた。

しかし、「なぜそんなことがわかるのですか」とは不思議がってわざわざ聞く必要はないと思った。

また、誰もがそれまでハンスを認めてくれなかっただけに、この旅で初めて自分の深いところを認められたような深い安心感と喜びを覚えたのだった。

「すべて、物事には時がある。偶然に思えたすべてのことにも意味があるのだよ。

君がこのタイミングで私に出会えたことにもとても君の人生にとって重要な意味のあるものだ。」

マスターと同じ空間にいるだけで、ハンスは深い落ち着きと平安を覚えた。

そして、今まで心の奥深く、存在の次元で知っていたが、すっかり忘れてしまった秘密を、彼はすっかり手にして使いこなしている、それゆえに「マスター」なのだろうということがわかった。

マスターは、一目でハンスの抱えている悩みや悲しみ、そして夢と希望、そして課題を正確に言い当てた。

それが、あまりにも自然で何でもないようなことのようにマスターは語った。

ハンスはその言葉の一言一言が自分自身を解放して自由にし、またその言葉にとどまる限り至福、浄福のうちにあるであろうということを感じ取っていた。

その言葉は、頭や理論理屈での言葉ではなく、人間の中心につながりハートに響く不思議な言葉だった。マスターの数分間のことばはハンスが生涯悩み続けた問題に対してきわめて優しく正確な解答にほかならなかった。

「君の心のうちにはおそれが渦巻いているね。そしてまた、生涯にわたっておそれを植え付けられてきた。

それが、君を苦しめ、大きな劣等感を抱かせている。

自分のすべてを愛し、許すことですよ。愛し続け、許し続けること。

そこから、一切が変わる。」


ハンスの全身の細胞は安心し、喜びに満たされるようだった。

まるで、彼はあの太陽のぬくもりをすべて余すところなく独占したような幸せと温かさのうちにあった。その数分間に満たない時間はまるで永遠の一部であるかのような深みを持っていた。


西の国ではカネは確かに大事であるか欲望の権化で醜く汚いものと思われていた節がありお金持ちは嫉妬の対象であった。

東の国では金はむしろ社会の血液であり、お金持ちは尊敬されている節があるようだ。

ハンス自身、もっと若い時は西の国の考えに近かった。また、物質でなく精神こそが大切でありそれ以外物は求めるべきでないと思っていた節があった。先ほどの警察官の話を聞くにつけ、金に対して「人間性を失わせるもの」という嫌悪感すら抱いた。

それゆえ、それまで世界一の大富豪であるという「マスター」に対してひとつの壁のような気持ちがあった。


しかし、その勇者の話を聞いてから考えが一変した。

「お金は、火や包丁と同じものなのだよ。」

とマスターは言った。

「それを破滅のエネルギーに使うか、人助けや愛のエネルギーに使うかはそれぞれ各人の心にかかっている。

また、富とは宇宙の原理の一つであり、宇宙全体それこそが無限の富なのだ。

それを引き出し具現化するには人間の正しき知恵と行動が必要なのだがね。」

お金を通して、感動がありそして人助けや世の中をよくしていくことができる可能性を見出してから、ハンスもこのお金という神の与えしたもう知恵を積極的に学ぶようになった。

そして、「富を積極的に理想の実現のために貯蓄して使おう」と決意を新たにした。


マスターの話は、賢者アウレリウスの話や、勇者レンの語る内容とはまた違ったが、それが本質的に同じものということがハンスの魂にはよく分かった。

マスターは語った。

すべては一つである、と。

この宇宙の中心には、無限の力があり、その力に忍耐強くつながっているだけで、人はあらゆる望むものを巨大な磁石のように引き付けることができるのだと。

ただ、この世は思いだけでなく、行動することによってのみ正解がわかるシステムになっているのだ。

また、言葉がこの世界を創造する道具であるということ。


「しかし、マスター、質問してもいいですか。

心がすべてを作り出すことができるというなら、なぜ現実にこの世には、不条理が存在するのですか?

いや、そして、僕自身もこんな苦難や不運をいやというほど味わってきました。これも私が作り出した自業自得なのですか、とも聞きたくなるものです。」

あえて、ハンスはそう言った質問をしてみた。

「学ぶためですよ。私たちは魂の学びをしにこの地上に生まれてくる。」

「学び?」

「そう。我々がこの星で学ばなければならない核心は一つ。

それは、自分を尊重し、愛し、許すこと。」

「尊重し、愛し、許す?」

「それを学びに来るために人は生まれてくる。

苦難や不条理と見えるものは、それを学ぶための過程なのだ。」

「しかし・・・現実は・・・」

と言いかけてハンスは飲み込んだ。

マスターの言葉は魂の奥底で真実と分かったから、それを否定することは自らのうちから開かれようとしている宝箱に鍵をかけてしまうような愚かなことにも思えたからだ。

「確かに現実には苦しみは存在するかもしれないが、それも解決し成長していくことはできるのだよ。

愛と光、尊重や尊敬の対極にあるものとは何だと思う?」

「憎しみや闇、軽蔑や嫉妬、でしょうか。」

「その本質にあるもの、奥にあるものは何だと思う?」

「その、奥にあるものですか・・・。何でしょう。」

「劣等感ですよ。」

「劣等感・・・?はあ。」

「そう、劣等感。多くの苦しむ人々がこれを気が付かないまま持っていてそこから離れるすべをわからないまま、お互いに傷つけあったり、苦しんだりしている。君が不条理や不幸と呼ぶものはそれではないのかね。」

「ええ、なるほど。」

「親や、周りの大人が、ありのままの自分を百パーセント認めないことからその劣等感は植え付けられ、

いじめや、憎しみ、嫉妬、愛を奪い、世の中を恐れ、傷つけあうことがはじまるのだ。」

「ええ。」

「もっと言えば、劣等感の正体とは恐れです。」

「恐れ・・・?」

「この恐れが戦争を起こし、恐れが人と人を分断する。

恐れを捨てて愛をとることです。人間それだけでいいのですよ。」


ハンスとマスターは一時間以上話し合った。

マスターは、ハンスの心に引っかかるものの一つ一つをほぐしほどいていき、安心を与えてくれた。

ハンスは、大いなる何かに温かく守られて、このまま私を乗せている人生の流れが自分をとてつもないところに引き上げてくれるだろうという予感を抱いた。

もっともっとハンスはマスターの話を聞いていたかった、いや、マスターの言葉は宇宙につながっており、ハンス自身その実体とパワーをもった言葉につながっていたかった。


「それでは、時間だ。いま、君に伝えるべきことはすべて伝え終わった。それ以上語ると、君は混乱してしまうだろうからね。」

「ありがとうございます。これから、今すぐにあなたに言われたことを実践してみます。」

「言われたことをすぐに実践しようとするその姿勢が君の良いところだ。

そして、君が何かアクションを起こすとき、抵抗は起こるでしょう。」

「えっ?」

「嫉妬や批判を受け、また孤立し、そんなバカげたことはやめておけと、笑われ孤立するでしょう。」

「・・・う」

「いやだなあ、と思うのは自然なことです。

しかし、あなたはそこで自分自身の信念を彼らの批判に同調させないことです。

むしろ、それに感謝して、抵抗する気持ちを抱かないことです。

批判や嫉妬は、実はあなたを高いところまで運んでくれる味方なのだということを知りなさい。

感謝すればますますジェット気流のようにあなたははるかなる高みへと持ち上げられるのです。

どうか恐れではなくして、忍耐強く、愛と光、感謝と尊重に自分自身の心を置いてください。

そのエネルギーがたまりにたまると、恐れや批判は行き場をなくし、あなたのもとから去っていくでしょう。

そうしたとき、目の前にあなたの望みがかない、栄光を手にすることができるのです。」

「ありがとうございます!

この旅ずっと、あなたの教えにとどまっていきたいと思います。」

「この旅は、あなたにとっては何か大切なものを学ぶための一つの巡礼となるでしょう。

あなたに与えられた一つひとつの課題をクリアするたび、あなたは本当の自分自身を取り戻していく。

あなたという宝石を磨くのはこの旅で出会う他者なのです。

そして、あなたの魂がひとつ学びを終え、次のステージに進むたび、あなたの道も新しく開け新天地に運ばれることとなるでしょう。」


ハンスはこの青空のようなさわやかな心でマスターのもとを去り、ネオコイワの街並みを歩いた。


抵抗や敵とみられるものは、自分自身にとって成長のチャンスであると同時に新しい冒険でもある。

不安や困難すらも希望に変わると信じること。

そこに、よき旅を送るコツがあると言ってもよい。


旅における心がけ。

この旅を導き給うのは聖なる霊に他ならない。

君は、この力に導かれ、知らない土地に導かれ、今まで出会ったことのない人々に出会う。

そして、旅は人生を変える。

予期せぬ、想定外のことは起こるものだと、心を固めよ。

そして、恐れるな。

宇宙の為す不思議な(わざ)を信頼せよ。

・・・そう、ハンスは自分自身に言い聞かせた。


ハンスはさっそくマスターの教えを実践してみた。

すると、みるみるうちに不思議な助けが、心に描いたとおりに自らのもとに流れ込んできたことに驚きを隠せなかった。


道中、明るく着飾った三人の女性たちに声をかけられたことが一つの「引き寄せ」の結果であると早急に分かった。

「マスターにお会いした方ですよね。」

その明るさにハンスは、心をほぐされた。

「私たちも、マスターに出会って素敵なお話を聞いたのです。」

女性たちは陰鬱さとは無縁で、そう、魂の輝きを放っていたといってもよい。まるで天女だ。

三人の女性はそれぞれ、ナナ、ナオ、カナといった。

彼女たちと歩きながら「ヤシロ」に向かった。

「ヤシロ」とは、「テラ」と同様、東の国における精霊との交信所である。やはりそこにも、風や雲のように生きている知性が存在するが一般人にはその姿は見ることができない。

ハンスは、西の国における「教会」と「ヤシロ」「テラ」との関係を考えていた。

西の国の「教会」はヤシロやテラを迷信や偶像として潰すべきだと主張し、東の国は教会を固定観念に凝り固まった不自由な組織として解散することを主張する。

ハンスにとってそれらの互いの主張はどうでもいいことだった。なぜなら、彼は様式は違えど、同一の起源をもつおなじ一つの精霊がそこに働いていることを知っていたからだ。それはあたかも世界のどこにいても太陽が同じように見え、照るように。

ハンスはもはや形式や型にこだわることはなく、ただ一切を超越した唯一の宇宙の中心と自己を合わせることが肝要なのだと考えていた。

何時間もヤシロに向かって歩き続けるのだが、彼女たちとの話はとても楽しく、それまでの悩みが嘘のように思い出せなくなるほど軽やかであった。

四人で大笑いしながら、様々なことを話し合った。笑えば笑うほど、心は軽やかになっていった。

「ヤシロへの巡礼のコツは楽しむこと。楽しくやることよ。」

とナナたちは言った。

ハンスの心には光がともった。と同時に、自分にも他人に光をともせる力があることにハンス自身驚いた。



ヤシロにたどり着く。

ハンスはヤシロの門を潜るとまるで、母親の胎内に戻っていくような安心感を感じた。

源に戻ることと再生することがこのヤシロで行われている。

巨木がいくつも並び生え、白い石で地は覆われている。

そこには神聖な気が満ちていた。

水で身を清め中に入る。ハンスの精霊もそこに充満した精霊と混じりあって天から大きな力を受けているようだった。

祭壇には鏡があった。

鏡の中には神が映っているといわれているので、のぞき込むと当然のことながら、自分自身の姿が映っている。

ナナたちは言った。

「あなた自身が本当は神なのよ。

そして、私たちはみんな本当は神。そのことに気が付くために私たちは死と再生を繰り返しているの。」


祭壇の前のハンスにインスピレーションが降りた。

「再びエドキオに戻れ。」

精霊はまたハンスに告げた。

「お前を待っている人がいる。ハレルが・・・。」

「ハレル?あの賢者を名乗る俗人が?」

と一瞬思った。

「人間を見るな。働いている力と愛を見よ。」

と精霊はさらに告げた。

彼自身、再びハレルに会いたい、そこに新しい道が開けると感じていた。

ハンスはその声に従い、道を引き返し、エドキオに戻る。


三人とはまた再開する約束をして、ハンスはホウキに乗り込む。



一旦ホウキにまたがり、螺旋(らせん)を描きながら高く高く上昇して、東の国の街を見渡す。


西の国にあったような山は一切見えない。

地平線を覆うほどまでに一面にビルや塔がひしめいている。

エドキオの街は、細胞が日々入れ替わるようにして、何年もたつと、そこにやってくる人と出ていく人は入れ替わっていく。

まるで心臓のようにこの街からは人が出ていき、そして、流入していく。

空中には空を覆うほどのエアバスの群れが飛び交っている。


ホウキではエドキオの街を飛ぶことはできないので、ハンスはエアバスを使う。

ハンスが少年時代に訪れた東の国のエドキオと、今眼前に広がるエドキオの街は、一緒のようでいながら、風景にしろところどころが激しく入れ替わっていた。

そして、この巨大な都市は眠ることなく、人々が入れ替わりながら、活動と変化を続けていくのだ。

昨日のエドキオと今日のエドキオもまた違う。


間違いなく、エドキオは世界一の大都会である。

見渡す限りの高層ビルが地平線をすっぽりと覆っている。

ハンスは空からその様子を眺めながらこう考えた。

この巨大な街も、まるで無数の蟻が土くれの塔を作るようなもので、天がそれを保つ意思を放棄さえすれば、瞬時にしてそれは消えていくだろう。

・・・そして、自分自身もまたそんな限りなく小さなもののうちの一人でしかないのか・・・?


ハンスはバスの人々や行きかう人々の中に、それぞれの歩んできた人生やドラマを思う。

このひとつひとつの小さな存在は、それぞれが無限に尊いひとつしかない宇宙の中心だ。


・・・そして、この大文明はいったいどこに向かうというのだろうか。

彼は、人類がこれまで歩んできた歴史の興亡に想いを馳せていた。

このエドキオの街も、五百年前の戦争で草木一本生えない焼野原となっていたという。

また百年前は恐ろしい伝染病のために街の五割の人間が死に絶えた。

現在は、そんなことなど完全な忘却の彼方であり、平和に見せかけた窒息しそうな飽和した科学文明の退屈さと窮屈さとがこの街を構成している。



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