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エピローグ

「その後、健一と菫子は奇跡的に一命を取り留めた。健一は落ちる瞬間、静が念のために呼んでおいた救助船を見つけていたのだ。落ちた二人はすぐさまダイバーによってなんとか救出されたのである。健一は頭を強く打つ重傷であったが、無事回復していった。そして菫子は健一が落ちる瞬間、身を挺して庇ったため軽傷ですんでいた──」

 そこまで読んで、女は次の原稿用紙をめくり、そしてその手を止めた。

「──ああ、すいません。小説、まだここまでしか書いていませんでした。とりあえず……あの……いかがでしたか……」

 女は原稿用紙の束を膝元に置いて、目の前のベットで寝ている男にそう声をかけた。とある病院のとある個室。男は寝たまま、女とは逆の、窓のある方角にずっと首を向けていた。

 寝てしまっているのだろうか──女はそう不安に思ったが、幸いにして男は寝ていなかったらしい。「うーん」という唸り声がベットから聞こえてきた。

「いくつか、質問をいいでしょうか……?」

「ええ、もちろんです。……なんでしょう」

「美守さんはその後、どうなったのでしょう?」

「ああ……はい。静葉さんはやはり、彼女のマネージャーと密会していました。その後の警察の調査でマネージャーの麻薬所持が発覚しました。──ちなみに、静葉さんが亡くなったというのはこの男にとっても予想外のことだったそうです。さらに追求された時、実際に麻薬を強引に盛ろうかとも考えてはいたそうです」

「なぜ、盛らなかったんですか?」

「タイミングが悪かったのです。その直前にこのお話でも出てきましたが、巨大犯罪組織が一斉検挙されました。男もここから薬物を手に入れていたそうで、この影響で薬物が足りなくなっていたようです」

「なるほど……それで、もう一つですが」

「はい」

「その話は、貴女の創作小説で、新人賞に応募するために感想を聞きたい、とのことでしたが──」

「──はい」

「実は、私の名前も『健一』というそうなんですよ。もしかして、何か関係があったりしますか?」

「──そう、なんですか……」

 すごい偶然ですね。

 女は努めて明るくそう答えた。くしゃっ──と震える手で膝元にある原稿用紙の一番上のページを握り潰す。

 記憶喪失となったその男──健一は「ですよねえ」といって明るい声で笑った。

「ははは……」

 女もそれに応えるように愛想笑いを返した。

 大丈夫。覚悟はしていた。

 まだまだ方法なんていくらでもあるさ。

 ──でも、ほんの少しだけは、期待してたんだけどなぁ……


「ああ、それで。最後の質問なんですがね?」

「はい」

「貴女があの事件のことを全部思い出したのなら」

「……え?」

「私がした……その、告白、ってやつも思い出してくれましたかね? ──菫子さん?」

 健一は首を動かして、女──菫子の方に顔を向けた。顔に浮かべていたその微笑みは、紛れもなく『健一』のものだった。

「あ──」

 その顔を見て、菫子の視界が突如としてぼやけ始めた。ほんの少し腰を浮かしてしまい、ばさり、と原稿用紙の束が床へと落ちる。

 菫子はそのまま徐に左手で健一の布団の端を掴んで、右手で目元をごしごしと擦った。

 そして、菫子も微笑みをその顔に浮かべながら言った。

「馬鹿……。そんなの、忘れちゃったわ──」

〈了〉


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