プロローグ【アカリフォリア学園の一日】 その3
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「じゃあねお兄ちゃん。また夕方に~」
「ああ、じゃあな」
学園に着き、俺たちはそれぞれの教室に分かれた。
聖アカリフォリア学園、俺たちの通う学園の名前だ。俺たちの住んでいる地域は世界でも有数な大都市で、学園はそれはもう至るところにあるんだが、その中でもかなりのネームヴァリューを誇っているのがこのアカリフォリア学園だ。
はっきり言って、入学するためのお金はかなり高い。しかし、それに見合うだけのカリキュラムが設定されており、卒業する頃には必要な知識をほぼ全て学ぶことが可能となっている。中でも目を引くのが、「魔法」に関する講義の豊富さである。
どの学園でもそれなりの技術は学べるが、アカリフォリア学園は設備も豊富で、先生たちも魔法使いなので知識と説得力が他とは明確な差がある。もちろん他が悪いと言ってるわけではなく、ここがそれほどまでに秀でているというわけだ。
元々俺は勉強が嫌いじゃないし、たくさんの知識を身に付けたいという気持ちが強かったので、この学園を受けたいと常々思っていた。だから俺は、この学園に通えていることにとても満足している。
言わずとも分かるかもしれないが、一流の学園というのもあり、ここに入るためにこれでもかと言う位勉強に励んだ。確率的には落ちないレベルの学力は当時でもあったのだが、入学してはい終わり、というわけではないし、入った後に知識の足りなさを痛感するのは嫌だったから、この際だ、と思ってやれるだけやり込んだことは今でも鮮明に覚えている。その努力の甲斐あって、こうして通えているんだとも思うしな。
だから、兄としては、よくほのかはこの学園に合格したなと思っている。はっきり言って、ほのかは勉学はかなり苦手だ。それに魔法もそこまで上手に唱えられるとは言えない。模試でもかなりひどい判定を食らっていたんだが、そこから五分五分のラインまで持っていき、そして合格を手に入れた。やればできるんだな、と入学した時は思っていたが、やはり精根尽き果てたようで、入ってからは周囲のレベルの高さに圧倒されっぱなしで苦労しているようだ。「この学園に通ってるだけでもステータスとしては十分だよ。目標は留年せずに卒業することだよ」と高らかに宣言していた。兄としては最低限その宣言を達成してほしいと願うばかりだ。
さてと、今日も頑張りましょうかね。
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ガラガラ。
「――あ、穣くんおはよう」
「おう、陽愛子、おはよう」
教室に入るとすぐに笑顔で応対してくれたのは、同級生の松本陽愛子だ。1年生の時にたまたま席が近くだったので勇気を出して話しかけて、そこから仲良くなったクラスメイトの1人だ。人当たりもいいから、男女問わず人気がある。男性は少し苦手意識があるようだが、仲良くなっちゃえば問題なく話せるらしい。
つまり俺は、認められた存在ってわけだ。なかなか嬉しい。
「今日も早いな、来るの」
「今日、魔法の実技テストがあるでしょう? ちょっと緊張しちゃって、いつもより早く目が覚めちゃったの」
「緊張ね~、する必要なくないか? 陽愛子は。いつも無難にこなしてるじゃないか」
「そんなことないよ~、いつもテストはハラハラドキドキしながら受けてるし、あんまり自信はもてないんだ」
「そうかね~。まあでも、心配する気持ちがないと勉強しなくちゃって気持ちも起こらなくなっちゃうし、それくらいの気持ちはあってもいいかもしれないな」
「お~、さすが穣くん、言うことが違うね」
「綺麗事を並べることに定評のある猪原穣です、今後とも、よろしくどうぞ」
「き、綺麗事って、ほ、本心じゃないの?」
「本心だぞ。俺が陽愛子に嘘偽りを並べ立てるなんてそんなことするはずないじゃないか。そういうのはほのかにしかしてないから安心してくれ」
「え~? それだとほのかちゃんが寂しい想いをしちゃうんじゃ」
「ちょっと寂しい想いをしたほうがいいときもあるさ。むしろそういう時の表情の方がそそるものがあるかもしれない」
「あ、あはは。穣くんは、結構Sな一面があるんだね」
「俺は2面性を持つ男を目指しているんだよ陽愛子くん」
「え? それってつまり……オカマになりたいってこと?」
「ちがーう! 俺はニューカマーに興味はなーい! SとMを状況に応じて使いこなせる男になりたいということだ~!」
「わ、わわごめんなさい。というかそんなこと大きい声で話しちゃ駄目だよ~」
「心配ない、もう何度かそういう発言してるからみんな分かってくれてる」
「え、ええ?」
「な、みんな?」
「あ、みんなも大丈夫なんだ……」
「だから陽愛子も、そういう発言をしてもみんな受け入れてくれると思うぞ? さあ、思いのたけを俺に解き放って来い」
「ええ? 何か急展開なんだけど!?」
「人生とは常にジェットコースターなんだよ」
「え、ええ~?」
「さあ、何でも来い。全て受け止めるぞ。ストッキングが好きだとか言ってくれたら情熱的にハグしてあげよう」
「それは穣くんの願望じゃあ……」
「あれ? ばれてる、どうしてだ?」
「昨日も4回くらいそっち方面の話が出てるし、それが話しに出なかった日はないからね」
「何だと? ――ふ、俺の情熱は簡単には消えてくれないようだ」
「せ、台詞はカッコいいのにその前がストッキング発言だからすごい感情が迷子になる」
「ふ、それが俺の狙いだ」
「わ、私はどうすればいいんだろう?」
「ありのままを受け入れれば、それでいいんだよ」
「そ、そうですか……」
「……で、何の話してたんだっけ?」
「あはは、忘れちゃったよ~。今日も穣くんは絶好調だね」
「毎日アイドリングしてるからな、万全だぜ」
「それって、とっても悪いんじゃないかな!?」
「うむ、日に日に陽愛子は突っ込みの腕を上げているな」
「穣くんのおかげで日々鍛えられています」
「これからも、精進したまえよ」
「わ、分かりました」
――そんなこんなで、今日も講義が始まろうとしている。