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第8話「残念 な お嬢様」 ◆

■2017/01/07 挿絵を追加しました。

「がぁっ!?」


 痛みで視界が一瞬ブラックアウトして白く明滅する。

 噛まれた首が焼けるように熱いのに、体の芯が徐々に冷えていくという奇妙な感覚を味わっている。

 痛い!痛い痛い熱い痛い寒い!!!!


【吸血鬼のスキル『眷族生成』により『呪い:吸血鬼の眷族(永級)』が発動しました】

【『呪い:Lv1の呪い(永級)』により、『呪い:吸血鬼の眷族(永級)』を無効化しました】


 ヤバ……ヤバい!呪いが!!!

 Lv1の呪いヤバい!!

 一瞬、痛みを忘れたぐらいだよ!

 お陰で少しの余裕ができた。


「い、つまで……吸ってんだ………!!!」


 左手の人差し指と中指を立てて、首元に顔を埋めている美女の顔目掛けて突き刺す。

 ブスッと見事に二本の指が奥深くまで突き刺さった。


 ―――――鼻の穴に。


 うん、ちょっと待って欲しい。

 ちょっと冷静になれたからってこれはないと思う。さすがに自分でもびっくりだよ。

 鼻に指を突き刺された美女は「おごぉぉおお!!!」とか言ってるし、美女にあるまじきすごい顔してるに違いない。

 お陰で首元から退かすことができた。

 そのまま部屋をゴロゴロと右に左に転がっている。

 うん、後悔はしていない。命に関わりそうだったしね。

 痛み分けだよ、痛み分け。

 ってか誰だ、この美女は。さっきのがなければ素直に見惚れそうなぐらい容姿の整った人なのに。


■???

種 族:人型・転生種

性 別:♀

クラス:ヴァンパイア

状 態:【呪い:不老不死(永級)】


 なるほど。吸血鬼のスキルが発動したからもしかしてって思ったけど………ヴァンパイアだったか。

 というか吸血鬼の不老不死って呪い扱いなの?この世界。

 名前は………魔物と同じく分からないんだな。

 ダールソンさんは見えていたのに…なんでだ?

 ………今気付いたけど、僕含めて呪われている人(?)にしか会わない。

 まさか、この世界の人は全員漏れなく呪われているんじゃないだろうな。

 呪いってもっと大仰なものじゃないの?

 僕が言うのもなんだけど、何でもかんでも呪いで済ますなよ。いくらなんでも雑過ぎるわ!

 まるで、この世界そのものが呪われているみたいじゃないですかー!!

 いや、単に類は友を呼ぶ理論かもしれない。…やだなー、それ。


「あっはっはっは!!!!やはり君は面白いねぇ!!あの!お嬢様が!!あっはははは!!!」

「笑い事じゃないんですけど。滅茶苦茶痛かったんですよ。呪いまでありましたし……」

「あっはは!はっ…すまなかっ、はは!たねえ。………はあ、君が『永級』の呪いに掛かっているから大丈夫だと分かってはいたんだが、お嬢様が起きてくるほど空腹だとは予想できなんだわ!」

「どれだけ物臭なんですか……」

「いやいや、さっきの吸血行為はお嬢様の種族上、必要な食事なんだよ。お嬢様は吸血鬼だからね。久しぶりの食事だから、眷族化していつでも食事できるように手元に置きたがったんだろう」

「それでですか、これは」


 首元に目を向ける。

 押さえていた手を退けると、今もまだ血が流れ続けている。


「ここは森の奥深くだから、人が来ることもない。だから、お嬢様は本能である吸血行為を抑えるために、眠ることでそれを抑えようとしていたのだ。年単位で」

「年単位!? いくらなんでも限度があると思うんですけど……」

「寿命とは縁が無い種族だからね。それで、そろそろ目が覚めると思って、釣りや君に分けて貰ったスケイルファングの血などで衝動を抑えるための代替物を用意するしようとしていたのだよ。その前に君を獲物として認識して起きてしまったようだがね」


 獣か。


「ごればばだじにぼよぞうがいだっだわ!!(これは私にも予想外だったわ!!)」


 お嬢様は、鼻からボタボタと鼻血を出しながら、嬉しそうな顔で話す。若干興奮しているような気がしないでもない。そのまま鼻をハンカチらしきもので拭き取るとこちらに向き直る。

 身長160cmぐらいで、外見は20歳ぐらい。赤銅色の髪を背中まで伸ばして毛先が少しカールしている。

 そして、胸元を大胆に開けた黒と赤のドレスを着ている。

 予想外だったのはこっちのセリフだよ。


「ふふ、気に入ったわ。私の眷族化を防いだ上に鼻の穴に指を入れての反撃、見事だったわ。是非、私の物になりなさい」

「お断りします」

「ああっ!間を開けず断るだなんて……!!もう少し考えて欲しいものね」

「嫌です」

「あなたの血は今までに飲んだ中でも、最上位とも言えるぐらいとても美味しかったわ。是非私の物に……」

「絶対に嫌だ」

「じゃあ、せめてもう1口だけ……」


 そう言って近づいてくる。心なしか目が据わってる気がする。

 両手をこちらに向けて、ゾンビのように歩いて近づいてくる。

 怖くなってジリジリと後ろに下がる。


「話を聞けよっ!駄目に決まってるだろ!!」

「嫌よ、絶対に飲ませてもらうわっ!」

「あっはっはっは!あーお腹痛い!」


 なんて話を聞かない奴だ。

 あと、ダールソンさんはいつまで笑ってるんだ。痛むお腹なんてないでしょ!

 少しずつ動くのに焦れたのか、距離を詰めてきたかと思うと飛びかかってきた。

 逃げるべく横に移動しようと思ったら、机の脚に躓いて後ろに倒れ込む。

 このままだと上に乗られそうだと思い、手を動かすと「うぐっ!」という声とパチーンという乾いた音が響いた。


「痛ったー……」


 体を起こして辺りを見回すと、倒れた僕から少しズレた所にスライディングヘッドしている吸血鬼がいた。

 大丈夫か?と声をかけようとした時、ガバッと上げた顔にはモミジの形に真っ赤に付いていた。


 ―――恍惚とした表情で。


挿絵(By みてみん)

イラスト:心太


「良い……良いわ、とても良いわ!凄く良いわ!!最高に良いわ!!!」

「………ダールソンさん?」

「お嬢様は極度の被虐趣味なのだ」


 アウトー!!

 拒絶され、頬を打たれて、喜んで…って、ただのドMじゃねーか!

 喜んでいる。そう、彼女は結果的にビンタを受けて喜んでいる。いや、悦んでいる、が正しいと思う。

 ダメだ、コイツ早く何とかしないと。


「今の平手打ちは、当てる場所、角度、当て方、力加減…全てにおいて完璧だったわ!だから……さあ!もう一度頼むわ!!…はぁ!はぁ!!」

「アホかっ!」

「あふんっ!」


 あ、しまった。怖くて反射的に手が出てしまった。相手が悦ぶだけなのに。


「あっははっは!あー面白かった。はぁー………シュウ君、とりあえず一息入れないかね?」

「助けて欲しかったんですけど…」

「嫌だよ。私が同じ事をお嬢様にやったら、文字通り殺しに来るんだよ。一々そんなことをしていたら身が持たないさ」


 ダールソンさんは笑いながらもお茶を入れていく。

 吸血鬼のお嬢様は、見た目は良いだけになんて残念な美人なんだろうと思ってしまう。


「お嬢様。いつまでも床に転がっていないで、椅子に座ってください。はしたないですよ。それに、非礼を詫びるのと自己紹介をしませんと……ブフッ!」

「……殺すわよ、ダールソン。人が数年ぶりの余韻に浸っていたというのに、邪魔しないでくれないかしら……!!」


 余韻ってなんだよ。もう突っ込みたくない。


「まあ良いわ。まだまだぶって欲しい所だけれど、お互いの理解を深めないとね」

「いや、こっちは理解したくないんで」

「ああっ!なんてつれない言葉なのかしら。それだけで嬉しくなってしまいそう……!!」


 ドMに罵倒は逆効果だな。質が悪い。


「ふふっ、ぶたれていない時間は放置プレイという訳ね?それはそれで良いわ!!」

「………」


 もうやだ、何してもコレが喜ぶ未来しか見えない。

 早く出て行きたいよ。


「お嬢様。シュウ君に呆れられていますよ」

「あら、それはいけないわ。向けるなら侮蔑の視線が良いもの。……冗談よ」


 絶対に嘘だ。


「私はこの館の主、吸血鬼のシグリア=モナスカス=ブラッドペインよ。シグと呼んで下さる? そして、私の物になりなさい」

「シュウです。絶対にお断りします」


 自己紹介もまともにできないのか、と口に出しそうになったけど、無理矢理心の中で思うに留めた。悦ばせるだけになりそうだし。


「それで、シュウ様はどういった理由でこの骨に連れて来られたのかしら?」

「ああ、それは……」


 なんて言うべきか。というか、この人にダンジョンについて教えられるの?

 ダンジョンより男女について教えられそうだ。極度なSとMの話を。

 聞きたくねー。

 ……はぁ。物凄く気が進まないけど、選択肢が他にないしなー。


「ダールソンさん。本当にこの人に話しても大丈夫ですか?」

「まあ、普段はこうだが、ダンジョンに関しては私以上に詳しいんだよ。性癖はあれだが」

「一言多いわよ」


 それから今までにあったことを話した。

 自分の名前以外思い出せないこと。

 目が覚めたらダンジョンにいた事。そしてそれをクリアしたこと。

 それで呪われたこと(ということにしておこう)。

 人を探して森を歩いて川を見つけて、それに沿って歩いてきたこと。

 湖を見つけてダールソンさんと出会い、館に誘われたこと等々。


「なるほどね………。じゃあ、基本的なダンジョンについてお話しした方が良いかしら?」

「お願いします」

「ふふふっ、ここで恩を売っておいて好感度を上げなくてはね」

「お嬢様。今より下がる余地はありませんから気にする必要はないかと」

「黙りなさい」


 シグさんがダールソンさんに向かってカップを投げる。それを難なく避けるダールソンさん。

 確かに好感度が下がりきっている以上、これより酷い人には出会わないと思う。……多分。


「こほんっ、さて……どこから話そうかしら。……そうね、ダンジョンの成り立ちから話そうかしら。ダンジョンというのは一種の魔法生物なのよ」

「魔法生物?」

「ええ、スライムとかイビルソードとかね」

「スライムはまだ分かるんですけど、イビルソードってなんですか」

「ああ、そういえば記憶がないのだったわね。スライムは液状の魔法生物で、核とそれを覆う液体で構成されているわ。そして、液体を全て取り除いても、核を破壊しなければ魔力で周りの水などを取り込んで再生するの。そして、イビルソードというのは戦場で散った兵士の剣が放置され、血を吸って長い時を経て魔物となった剣のことよ。こちらもスライムと同じで剣だけを破壊しても意味がないわ。核を破壊しないといずれは元の形へと戻るの」

「なるほど」

「だから、スライムやイビルソードと一緒で、ダンジョンというのは周りの土地から魔力を集めて、ある程度の力を得るとより効率よく育つためにコアが意志を持って外への門を開く。それが大体Lv30~Lv50ね。その時には心臓部分であるコアを守るためにボスやトラップ、魔物を配置するわ。その状態になるとさらに効率的に栄養を集めるために、溜め込んだ魔力で鉱石や魔道具が入った宝箱をエサに外部から自分の体内へと獲物を誘い込むの」

「それって獲物を待っている状態ですよね?獲物が何も入らなかったらどうするんですか?」

「良い質問ね。シュウ様は頭も良いんですのね」


 なんだろう…褒められているのに嬉しくない。


「ダンジョンが生まれた場所が奥地や僻地の場合、獲物が何も入ってこない時には外へモンスターを放って狩りに行かせるわ」

「ってことは、そこら辺にいる魔物はそういったダンジョンから出てきているってわけなのか?」

「ええ、出てきています。ちなみに、弱い魔物を放って倒されてしまう場合はより強い魔物が放たれますわ。倒せばアイテムを残したりはしませんけど」

「ちょっと待った。その言い方だとダンジョンの魔物かそうじゃないかっていう違いが分かるみたいな言い方してるけど…」

「分かりますわ。そこら辺にいる魔物は死んだ後もそのままの形で残りますわ。でも、ダンジョンの魔物は、倒せば魔力の霧となって魔石をアイテムとして残して消えますわ。あ、魔石というのは普通の魔物の体内にもあるものですわ」

「そういう違いがあったのか」


 ということは、クラッシュスパイクもスケイルファングも元々そこにいた魔物ってわけか。


「そういえば、スライムは核を壊したら倒せるってことだけど、ダンジョンのボスを倒すとダンジョンは死ぬのか?」

「いいえ、死ぬのではなく一時的に機能を停止するだけね。でないと、シュウ様がダンジョンを手に入れることはできないと思いますわ」

「それもそうか」

「ダンジョンにとっての死は、ダンジョンコアが破壊されること。その場合、ダンジョン内に貯め込んだ魔力を周囲の土地に吐き出して、周りの土地がとても豊かになるの。だから、普通の人はこっちを選ぶわね。ダンジョンを従えると国から敵と認識されるもの。ちなみにボスを倒しただけで放置すると、しばらく時間が経てばまた周りから魔力を取り込んでボスが生み出されるわ。ダンジョンコアを破壊するよりは少ないけれど、ボスを倒すだけでも周りの土地は豊かになる、というのは意外と知られていないことかしら」

「………」


 知らなかったし選択肢もなかったけど、気付けば国の敵か-。これじゃあ迂闊に町に行けないな。


「と言っても、通常ダンジョンは難易度が高くて、複数の人数で組んだパーティというものでしかクリアできないから、一人でクリアしたシュウ様は自分から言わない限りはまずバレないわ」

「パーティだと誰かが言うから…か?」

「そうよ。ダンジョンを個人で持つと、ゆくゆくは魔王レベルまで育つ人が過去にいましたから、人間としてはそれだけの脅威になる前に片付けたいのでしょう。今までの歴史でもそうだったわ」

「はぁ………戻れるわけでもないし、なるようになるだけか」

「ふふっ、そういう前向きなところは好ましいですわ」


 そういって微笑んだ顔は、とても自然で見惚れるほどに美しかった。

 ドMというのがなければなー………。


「ダンジョンスキルについては………長くなるし明日にしましょうか。もうこんな時間だもの」


 そう言ってシグさんの視線を辿ると、窓の外に見える景色は既に日が落ちて真っ暗だった。


「今更ですけど、シグさんもダールソンさんもなんでこんなに親切にして下さるんですか?」

「私のことはシグと呼び捨てにして下さいな。私は、吸血鬼という種族上、人とは捕食者と食料の関係にはなれても、仲良くはできませんもの。寝惚けて襲ってしまえばそれこそ取り返しのつかないことになりますしね。それなのに普通に接してくれるというのはありがたいものです。それに……」

「それに?」

「久しぶりにあんな風に扱って頂けて、とても嬉しかったのです……はぁはぁ」


 あ、そっちが本心かよ。

 ちょっと感動した僕の気持ちを返してほしい!


「私は湖でも言ったが、シュウ君が面白かったからだね。長生きすると感情がなくなっていくんだよ。良くも悪くもね。それに、こんな姿だと碌に話し相手が居なくてね。色々と新鮮だったのだよ」

「そうね、私もいい加減シュウ様を私の物にするのは諦めますわ」


 あー良かった。

 これで少しは安心できる。


「変わりに私をシュウ様の物にしていただく方が良いですわ……はぁ……はぁ……ぅへへ…」


 前言撤回。状況がより悪化した気がする。




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