第6話 「呪われた 人 と 呪われた 人」
初めてヒトと出会います
湖の畔を歩いていると切り立った崖から糸を垂らしている人を見つけた。
おぉ!遂に他の人を見つけた!
こんな物騒な場所で釣りをしてる人がいるとは。
世俗を嫌う職人とかかな。だとしたらとてもカッコイイな!
「すいませー…………」
あ、人じゃないや。
お昼時だから、日避けの黒いローブを被っているかと思っていた。
だけど、こちらに向けられた顔をよく見ると、顔が白く痩せこけていて……肉を限界まで削ぎ落とした…………というか、あるべき肉が一切なく真っ白な骨が剥き出しになっていた。
………骸骨かよ。さっきカッコイイと思った気持ちを返して欲しい。
というか、またスケルトンか。人型は骨にしか会えてない。どうしてこうなった。
お互い無言で見つめ合う。
「…………」
「………お茶でも飲むかい?」
「喋るのかよっ!!」
流暢に言葉を話すスケルトン。いや、言葉を話すから区別するために骨さんと心の中で呼ぼう。
そのままカチャカチャとテーブルと椅子、カップとソーサーをどこからともなく取り出し、準備してポットから紅茶を注ぎ、終いにはクッキーまでお茶請けとして出している。なんだこれ。
「まぁ良いや。じゃあご相伴に預かります」
敵意というものを全く感じず、にこやかに(?)対応してくる骨さんに拍子抜けして、向かいの椅子に座る。喉も渇いてたしね。
すると、向こうもポカーンとしている。
どうした?
「……あっはっはっは!!面白いねぇ、君は」
「いや、あなたには言われたくないんですけど……」
本当に。
喋るスケルトンでも驚きなのに、釣りをしているわ、お茶を勧めてくるわ、終いには傾けたカップから琥珀色の液体が顎を伝ってビチャビチャと下に垂れ流し……て、
「零れてるって!」
「はっはっは、何を言っているのかね。ちゃんと飲めているだろう」
そのままクッキーを口に入れて噛み砕く様子が見える。そのバラバラにされた欠片たちが肋骨の内側を通って琥珀色の水溜まりに落ちていく。
いや、そのまま落ちてるのは飲めているとも食べているとも言えないだろう。
お替わりの紅茶を注ぎながら、椅子と下に零れた紅茶とクッキーに気付く。
「おや、そういえばつい先日、最後に残っていた皮と筋を燃やされたんだったか。あっはっはっは!!」
「そんな重要なこと忘れるなよ……」
「いやぁ久しぶりに人に会えたものだから舞い上がってしまったようだ。お恥ずかしい」
というか、燃やされたって誰にだよ。ツッコミでつい敬語を使うのを忘れてしまうぐらいだった。
骨さんはスケルトンなのに物凄く陽気だ。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私はエルダーリッチのダールソンという」
「あ、どうもご丁寧に。人間のシュウです」
僕の名前は異世界では多分違和感がある。横文字っぽい名前にしておけば多少珍しいぐらいで済むはず。
それにしても『人間の』なんて生まれて初めて名乗ったわ。
この世界だと色々な種族とかいるかもしれないし、それが普通なのかもしれないけど。
っていうか今、さらっとエルダーリッチって言ったか。
思わず『鑑定』してみる。
■ダールソン・アンダーソン
種 族:アンデット・転生種
性 別:♂
クラス:エルダーリッチ
あれ?
ダンジョン内で『鑑定』した時は、結構な情報が見れていた。
けど、ダンジョンの外に出てからは、『鑑定』しても名前(仮)と簡単な説明ぐらいしか出なかったんだけど、このダールソンさんはちょっとだけ見れる情報が多いな。
なんでだろう?
「ふむ。そういえば、シュウ君はどうしてこんな山奥に?」
「えーっと…何故なんでしょうね?目が覚めたらダンジョンにいたんですけど、それ以前の記憶がなくて…」
死んで転生しましたって言っても、信じられないと思うからそう言っておこう。
正直分からないことだらけだし、あながち嘘でもないしね。
ただ、この人の種族が『転生種』ってあるから、もしかしたら理解されそう。
「何?記憶喪失か…。うーむ、治してあげたいところなのだが、私は光魔法は使えないのだ。すまないな」
「ああ、いえ。光魔法で記憶喪失って治るんですか?」
「治癒できる魔法は『水』と『光』の2種類あるのだが、水魔法は肉体的な傷しか癒すことはできない。光魔法は精神から癒して肉体を治癒する魔法なのだ」
「へぇー、そうなんですか」
光魔法の治癒術か。呪いを解く方法がありそうな感じだな。
「とりあえず近くに町…というか村とか他に人がいるところを知っていたら教えて頂きたいんですが………」
「村か………なにぶん、ここは魔物の巣窟である森でね、人が寄り付かない場所なのだよ。余程の手練れであっても滅多なことでは入らない場所なのだ。だから、人のいる村まで行こうとすると相当な距離を行かねばならん」
「そうなんですか…。道のりは長そうですねー」
喉が渇いていたのもあって、目の前のカップを手に取りお茶をすする。
「あ、うまい!」
なんだこれっ!? うまっ!!
「いやはや、やはり面白いな君は!こんな得体の知れない相手の出す飲物を躊躇うことなく口にするとは!!実に面白い!はっはっはっは!!
「いやー、目が覚めてから今の今までまともなものを口にしてなくて」
「そうかそうか!もっと遠慮せずに好きなだけ飲むといい。おかわりもたくさんあるぞ!」
「なんだかすいません」
「気にすることはない!こんな姿だからね、まともに人と会話できるは久しぶりなのだよ」
確かに夜じゃなくても話しかけられれば怖いわな。夜だと尚更。
洞窟でも暗闇で突然スケルトンが襲ってきたのは怖かったし。
「僕も、人が居るなーと思って話しかけながら近づいた時は、またスケルトンかと思いましたよ」
「ん?スケルトンを見たことがあるのかね?」
「ええ、目が覚めて初めて会ったのがスケルトンだったんですよ。いきなり剣を振りかぶって襲いかかられましたけど」
「ふーむ?この辺にスケルトンのいるダンジョンなどあったかな?」
「え?ええ、スケルトンとか骨の魔物ばっかりでしたけど」
「む?ということは呪われたダンジョンがあるのか。具体的にどの方向にあるかを聞いても構わないかね?」
突然、朗らかな雰囲気を真剣なものへと変えてダールソンさんが聞いてきた。
え、そんな重要な話なの?
「ええ、良いですけど、入れないですよ?」
「どういうことだね?」
「僕も再度入ろうとしていたんですけど、岩壁の先にあることは分かってもそれを掘り起こす手段がなくて諦めたんですよね…はあ」
「む?出入口も通らずにどうやってダンジョンから出てきたんだね?」
「ボスを倒してクリアしたら洞窟で目が覚めたんですよ」
「クリアしたっ!?」
「そうなんですよー。せっかくダンジョン関係のスキルを手に入れたのに、ダンジョンコアっていうのに手を触れてないとスキル使えないって言われて困ってるんです」
「………シュウ君」
「はい?」
ダールソンさんが、さっきまでの和やかな空気を完全に消して、真剣な空気を纏って話しかけてくる。
「シュウ君。君は、呪われているじゃないかね?」
「ええ、呪われてますよ。これもどうしたものかと………」
「やはりか。アンデッド系の魔物が出るダンジョンは呪われているものが多い。普通の人は、それを知っているから、そういったダンジョンを無闇矢鱈と攻略しないのだ」
「え、そんなに呪われているダンジョンがあるんですか?」
「ああ、あるのだ。ダンジョン自体が呪われているものもあるし、そういったダンジョン以外にも呪われたアイテムが多くある。それに、そういったアイテムを所持したりダンジョンをクリアすると、自身も呪いに掛かることが多々あるのだ。場合によっては死に至る呪いも少なくない」
「………え?」
………そういうことは早く知りたかった!!
既に手遅れだよ!!
あ、でも僕はダンジョンクリアする前から呪いに掛かってたけど、それはどうなんだろう。
原因はどう考えてもこの世界に来ることになった黒魔術だろうし。
「私も元人間の魔法使いだったのだ。そして、魔法を極めるのが夢だった。だから魔法関連の道具、魔道具を研究していたらうっかり呪われてしまってね。あっはっはっは!」
笑い事じゃないと思う。
「ん?元人間?」
「そうだよ。私は魔道具に掛けられた『永級』の呪いで、人間としての生を終えてもこうしてリッチという魔物としてだが、生きることができているのだ」
「人間が魔物になるんですか?」
「うむ、なるのだ。人は未練を残して死ねばゾンビになり、ゾンビが肉などが失えばスケルトンになる。そもそも魂が宿る器がなければゴーストやポルターガイストなどの魔物になるのだ」
「なるほど。ところで『永級』の呪いってなんですか?」
「おお、そうだった。記憶がないのだったな。呪いにはランクがあるのだ。『初級』『低級』『中級』『上級』『特級』『永級』とあってな、中級ぐらいまでならお金さえあれば教会や優秀な光魔法の使い手などで解呪できる。だが、それ以上となると専用アイテムを大金を積んで作ってもらうか、ダンジョンで運よくその呪いに対応しているアイテムを得るしか方法がないのだ。君がどのランクの呪いに掛かっているかによって、解呪の方法は違うがね」
へー、そういったランクがあるのか。
確かに、ゲームっぽい感じはするからそういうのがあるんだろう。
ただ、僕のステータスを見る限り解呪できないんじゃないかなー。
「『永級』の呪いって、もしかして………」
「現状、解く方法がない。まさか、君の呪いは『永級』…なのか?」
「はい………」
「そうか。記憶を失っていて知らなかったとはいえ、災難だったな」
「あーまあ、死んだりとか苦しんだりする呪いじゃなかったから良かったと思ってますよ」
「はっはっは!随分と前向きだな、君は!実に、良いね!!益々気に入ったよ!ちなみに、どういった呪いか聞いても良いかね?」
「ええ、はい、レベルが上がるとLv1になっちゃう呪いですね」
「レベルを!?それはなんともキツイ呪いに掛かってしまったな。ステータスだけで全てが決まるわけではないが、それで大体の強さが決まってしまうのも事実。よくここまで生きていられたな」
「いやー、ダンジョンをクリアしたらクラス?っていうのが変わっていて、それでステータスが伸びていたんですよ。それがなかったら死んでいたかもしれませんね」
「クラスチェンジか…なるほど。クラスによるが、大幅なステータスアップを図れるものも確かに存在する」
「ええ、運が良かったんですよ」
「なるほど。そんな運の良い君に、突然ですまないが頼みたいことがあるのだ」
「頼みたいこと?」
「ああ、君が先程仕留めたスケイルファングを何体か分けてもらいたいんだ」
「スケイルファング?」
「湖から上がってきた口の大きな魔物だ。戦っていただろう?20体程」
「あぁー、あれですか」
あれスケイルファングっていうのか。っていうか見られていたのか。
んー、21体もあるし、いっか。
「良いですよ。ただ、そのー…交換条件ってわけじゃないんですけど、いくつか質問してもいいですか?なにぶん記憶がなくて…」
こんなに長生きの人からなら色々な情報を聞けそうだし。
「おお、いいとも!そうか、これから生きていく上で情報は必要だな。まぁ300年ぐらい前の話だから、あまり当てにはできないかもしれないが」
「いえ、それでもお願いしたいです。まったく知らないと、町とかに着いたら変なことで揉めても困るので」
「それもそうだな。ふむ、何から聞きたいかね? と言っても、私も魔法の研究ばかりしていたから、世俗のことはあまり詳しくはないのだ」
「そうですね。………うーん、知らないことばかりで何から聞けば良いのか困りますね」
「おお、今更だがそんなに堅苦しい言葉を使わなくても構わないよ。それにしても、うーむ。………そうだな、私の専門だというのもあるが呪いについてもう少し補足しておこうか?」
「ああ、はい。お願いします」
「と言っても、永級の呪いではない限り、上位の呪いで上書きは可能だ。そうやって少しでもマシな方に持っていくか、解呪のアイテムの都合に合わせる方法もある。というぐらいだな。ただ、これは運頼みになってしまうからあまりオススメはできないがね」
「へえ、そういう方法もあるんですね」
はぁー。
話を聞いていただけなのに喉渇いてきた。さっき水もまともに飲めなかったし。
紅茶のおかわりをもらって、クッキーも食べてみる。
こっちの世界に来てから素材そのままじゃない、ちゃんとしたものを食べるのは初めてだったけど…とんでもなく美味い!!
「美味いっ!!」
「あっはっはっは!!好きなだけ食べるといい!!」