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アキラ

作者: 齋藤優介

 四時間目の終りのチャイムが鳴り、先生が教室を後にすると、あたしは急いで教室から逃げようとする(アキラ)の肩を掴んだ。

「ねぇ、昼休み暇でしょ。ちょっとあたしらに付き合ってくんない。」

あたしが声をかけるのを合図に、優佳(ユウカ)弥生(ヤヨイ)が玲の進路を絶つ。

「今日は、ちょっと用事があって・・」

「はぁ?あんたいつも一人じゃん。いいから来いよ。」

玲はあたしの手を振り払おうとしたが、肘があたしの体に触れそうになると大人しくなった。

「今日は、あんたのためにあたしらが特別なゲームを用意したのよ。楽しみでしょ。」

「う、うん。」

 知ってる。世間ではあたしたちがやってることを「いじめ」というらしい。あたしと同じ中学生が、飛び降り自殺するたびにニュースで偉そうなおじさんたちが、いじめ問題についてなんか喋っているのを知ってる。いじめっ子はいじめているという自覚がない、お遊びだと思ってる、ってよく言われるけど絶対嘘だ。あたしはきっとこれがいじめなんだなってこと、わかってる。多分、優佳も弥生もわかってるはず。もちろん、いじめが悪いって言われてることも。教科書に出てくる石膏像になった哲学者も、いろんな難しい理屈をこねくり回して、いじめは良くないって言うと思う。あたしもそんな気がする。でも、なんかちょっと違う気もする。哲学者はきっと、難しく考えすぎてしまって、間違ってるんじゃないか。哲学者の理屈は、頭の中では正しくても、現実では間違っているんだ。玲があたしたちより弱いからいじめられる。だから、あたしたちがいじめていてもおかしいところなんてないんだ。なんとなく、あたしのほうが賢い判断をしている気がする。こう考えちゃうのはあたしが悪い子だからなんだろうか。

 校舎奥の空き教室にやってくると、優佳は体育祭のときに使う備品の後ろに隠していた水槽を大きな引きずり出した。中には水が貯められていた。朝のうちに、学校に早く来てあたしらが注いでおいたのだ。この教室の周りは行事の時以外はほどんど使われないから、先生たちに見つかる心配もなかった。これだけのために、わざわざ朝の時間をつぶすなんてすごいあほらしい。あたしもそう思う。最初のうちはこんな準備はしてなかった。気づいたら、ゲームの内容もレベルアップしていて、準備にも凝るようになっていた。

「あんた、水泳の授業受けてないんでしょ。」

「え、あ、アトピーがあるから・・塩素がダメで・・」

「じゃあ、あたしらが代わりに授業してやるよ。」

あたしがそう言うと、弥生は玲の髪を掴み、水槽の前に引きずり込んだ。

「やめてっ」

「今日の授業は水中で息を止める練習でーす。玲ちゃんは何分持つかな?」

「ほらほら、理香(リカ)ちゃんが授業に付き合ってくれるんだよ。真面目に授業を受けなきゃねー。」

 理香。弥生には言わないでおいているけど、あたしはこう呼ばれるのが本当は嫌いだ。まるで、リカちゃん人形みたいだ。あんな首のガタガタ動く気持ち悪い人形と一緒にされたくない。それに比べて、なんでこいつは玲なんて無駄にかっこいい名前をしているのだろう。玲と名前を並べるとイライラする。

「それじゃあ、行くよー。優佳、ストップウォッチ準備できた?」

「オッケー、よーいスタート!」

「ちょっと待っ、ぅごぼ、ぉぐ・・・」

 優佳の掛け声とともに、弥生は玲の顔を水槽に突っ込んだ。呼吸の行き場を失った玲が暴れる前に、あたしと優佳が玲の体を押さえつける。あたしも優佳も運動部だから、文化部の玲を押さえつけるぐらい大したことない。特に、頭を押さえている弥生は握力がかなり強いから、玲の頭はびくともしない。

 水槽に映る玲は必死に目と口を閉じ耐えているが、必死さが裏目に出て、水が顔から入り込み余計苦しくなっている。はっきり言って間抜け面だ。けど、むかつくぐらいにこいつはあたしより可愛い。どんなに間抜けな顔になっても顔の出来は正直あたしより上だ。絶対言わないだろうけど、優佳と弥生もそう思っているはずだ。あたしはこいつより上の存在。あたしはクラスでも多分目立ってるほうだし、告白されたことだって何回かある。対して、こいつは地味だし、友達といるのを見たことない。告白も・・・されたことないと思う。現にあたしがこうやって玲の体を支配している。なのに、あたしはなんでこいつに取りつかれているのだろう。こいつの名前に縛られ、顔に憑かれ、挙句にあたしの昼休みと朝の時間を支配する。

 ふと、向かいの校舎の三階に目をやる。あたしの好きな人が女子と楽しそうに会話している。この調子でいけば、彼女は彼と付き合うことになりそうだ。あたしのいる一階の暗い空き部屋から彼のところには手が届きそうにない。こいつが、あたしをこの部屋に縛りつけて逃がさない。

「ぁがああ、はぁ、はぁ、うぅ・・」

「じゃあ、ちょっと休憩ー。次はもっと時間を伸ばしてみよう。」

水中から顔を上げた玲は、口と顎から水を垂れ流し、体を揺らしながら激しく呼吸している。こんな状態になってもまだこいつはむかつくぐらいに可愛い。

「な、な、」

「あ?なんだよ。」

「なんで、なんで、こんなことするの。」

 心を見透かされた気がした。なんで?あたしが聞きたいくらいだ。なんで、こいつはあたしをボロボロになってでも縛りつけるのだ。

「うるせぇ、もう一回行くぞ!」

そう言って、あたしは玲の頭を再び水槽の中に押し付けた。


全国のアキラさんとリカさんごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読後感は良くないけれども目の付け所が面白いと思いました。劣等感に囚われていじめをやめることができず自身までも傷つけてしまう様子になまなましさを感じました
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