第1話 始まりの日
魔法を学ばんとするものよ
いかなる時も我を信じ
我が身をそそげよ
〜魔道士のための心得より〜
ー唄ー
真っ白な心 それは黒をも浄化する
眩しい光 奥底に宿して
信じる気持ちも忘れないで
それは旅 それは道しるべ
ー緑の街のわらべ唄ー
〜「王の旅路」より〜
〜プロローグ〜
「アリー、こっちへおいで」
ああ、またこの夢だ。
私はまだ小さくて、顔だけぼんやりとした男に手招きされている。
私は何も考えず、手招きする男に嬉しそうに抱きつくと、男も嬉しそうに私を優しく抱き上げて、ふんわりと風が吹く草原に向かう。
私とは似ても似つかない夕陽のような色の髪の毛を見て、顔を埋める私。
顔は分からないのに酷く安心する。
その髪がふんわりと風でなびくと、不思議とお日様の香りがして、私はこの香りが大好きだった。
「アリー…。お前はいつか、この世界を束ねる者になるだろう。
その……に導かれ、……を連れて、いつしかこの世界に……をもたらす時が必ず来る。
この世界を、民を……。
頼んだぞ、アリー」
どうしてそんなことを言うの⁇
そう言おうとしても言葉が出ない。
そうして、男は私をゆっくりと降ろすと、自分のネックレスを私にかけて、いつも風のように立ち去るのだ。
涙が止まらない。
ああ、また行ってしまった。母に抱かれながら泣く私。
どうして。どうして行ってしまったの⁇
お父さん……。
第1話 始まりの日
「……‼︎」
「……‼︎」
「……リー‼︎………て‼︎」
「……アリー‼︎…きなさい‼︎」
「……アリー‼︎いい加減に起きなさい‼︎」
母から無理矢理起こされた私は、まだ眠い目を擦りながら、今日見た夢を思い返していた。
「どうしたの⁇ぼぅっとして」
母は私の顔を覗き込みながら不思議そうに見つめた。
「懐かしい夢を見たんだけれど、いつもあんまり上手く思い出せないんだよね」
「お父さんの夢⁇」
私がゆっくり頷くと、母はそっかと言うように私に苦笑いを向け、私の部屋から出て行った。
父はこの世界で優秀な魔道士だと小さい頃に教わった。
〝魔導士〟とは魔法に精通し、業を成すものとし、街々によって強さの等級が違うらしいが、緑街に集う魔導士は魔道士ランクによる称号でその者の強さが決まる。
ちなみにだが、魔法よりも科学に精通し、業を成すものは〝魔術師〟と呼ばれるらしい。
私の父と母は魔道士で、父はその中でも大蛇の位と呼ばれる〝大賢者〟の称号を持っている。
正確には持っていたというべきなのだろうか。
私はそんな父を誇りに思っていたし、色んな街々の話を語る父が大好きだった。
けれど、私が物心着いた時、ある事件に巻き込まれて消息不明になった。
そのことについて10になったある日、しつこく母に聞いてみたけれど、母は私に何も教えてくれなかった。
「その時がきたらね」
その一点張りだった。
あれから6年が過ぎて、私は16になった。
母が言う〝その時〟とはいつやって来るのだろうか。
そんなことを思い出していたら、一階にいる母の声が飛び込んできた。
「もうすぐご飯出来るわよー」
優しくて明るい声だった。
「はーい。今行くー‼︎」
開いた私の部屋のドアからそう返事を返して、私は布団を飛び出した。
部屋の奥にあるクローゼットの扉を勢いよく開けて、ワクワクを胸に、私は今日から着る予定だった、魔導士ローブの制服を身につけた。
着替えが終わると、私は急いで下のリビングに向かった。
「お母さん時間‼︎時間‼︎」
私が急いで階段をかけおりると、階段の横にあるキッチンから
「そんなに急がなくても入学式には遅れないから大丈夫よ」
と弾むような笑い声が聞こえた。
今日はここ〝green hill city〟通称〝緑街〟唯一の魔道学校の入学式当日である。
何度、この日を夢見てきたことか。
私は入学式の事で頭がいっぱいいっぱいだった。
緑街で魔道を志す者は、16になるその年に、五つの街の狭間に聳え立つという魔道学校に入るのが古い掟である。
ここ〝Wizard・Float〟は五つの街とその狭間にある魔導学校、もとい賢者の塔の6つで形成されている。
その街々によって使える魔法が異なっており、その使い方や主旨も様々であるが、決まっている等級制度もまた別だ。
魔導学校に入ると、五つの街の魔法がある程度習得出来る為、魔導学校に入る事がオススメされており、緑街で魔導を志すものは、この場所に入る事自体が優秀な魔導士を目指す為の登竜門だと言われている。
そういえば、魔法と聞いて、本やマンガで描かれる非日常的な世界を考える人も多いだろう。
ここではっきり言えることは、それは違うということだけだ。
確かに空を箒で飛んだり、簡単な魔法ならば手だけを使って、術式を思い浮かべれば、発動させることも出来る。
が、ここでいう魔法はいわゆる血や肉、体力のようなものだ。
頭を鍛えあげれば、難しい術式で高度な技を使えるようになる。
また、血や肉を鍛えれば魔法を身に纏い戦士のようになる事も出来る。
だが、体力。すなわち〝魔力〟が尽きると魔道士はある一定時間動けなくなり、無理をすれば砂へと朽ち果ててしまうらしい。
だから、食事や休養をきちんと取るし、この世界にはテレビや音楽機器、食器や器具だってもちろんある。
ただ本で読んだ〝現代世界〟と呼ばれる中の器具とは少し違った構造になっているのは否定はしないでおく。
その器具を使う為にも、魔力を消費するのだ。
街々によって習得出来る魔法は決まっている。
私が住んでいる1番北にある
『green hill city(緑の丘街)』
通称『緑街』は天候や光、植物についての魔法。
西にある『fire birds city(火鳥街)』
通称『炎街』はその名の通り火や炎についての魔法。
東にある『water rail city(水鶏街)』
通称『水街』は水、氷についての魔法。
南西にある『under the moon city(月下街)』
通称『月街』は土や岩、地面についての魔法。
南東にある『a dark night city(闇夜の街)』
通称『闇街』ここでは闇と召喚術の魔法が習える。
そして、すべてを習い終えた成績優秀者は賢者の塔で大型魔法を教えてもらえるらしい。
大体は自分が住んでいる街の魔法の技巧を習得して終わるが、
〝魔法試験〟と呼ばれる、魔法の階級審査を受ければ、他の街々の魔法を習う事が出来るとか。
しかし、厄介な事に、この〝魔法試験〟と呼ばれるものが想像以上に難しく、聞いた話によると、合格者は1割にも満たないという。
そして、闇街で召喚術を習得すると、自分の使い魔と呼ばれる古の生き物を呼び出すことが出来るようになるらしいが、嘘か本当かは定かではない。
使い魔を出すことに成功すると、その者は大型魔法を使いこなす事ができるらしい。
位の高い魔道士はこの大型魔法を使えて、漸く一人前になるという。
大型魔法の術式を極大魔法の術式へと変えられた時、なおかつそれが扱える資格があると認められた時にはじめて〝賢者〟の称号を与えられるというが、どうやら、成功の一筋だけではないらしいということを近頃、本を読んで知った。
五つの魔法を使いこなせたとしても、使い魔を出すことに失敗すると悪魔に心や心臓を盗られ、その者は〝黒染め〟と呼ばれる化物に変わってしまうのである。
他にも、自分の感情が暴走した時や、悪魔に魂を売った時には〝黒染め〟と呼ばれる化物になってしまう場合もあるらしいが、治し方については、どの本を探しても書いていなかった。
だから、魔道士に求められる一番大事なことは何事にも透き通る眼を持つことだと、昔、母からよく教えられた。
まあ、そんなことはどうでもいいか。
私は、何度も読み返した本に書いてあったことを思い出すのをやめた。
今日は何かと色々思い出すことが多い。
昔母に聞いたことや、父のこと、そして本の内容までも。
私は色々考えるのをやめて、いいにおいのするキッチンの方に行ってみた。
「今日の朝ご飯はなんだろう⁇」
そんなことを考えながら。
キッチンに向かうと母がサラダを盛りつけていた。
「今日の朝ご飯は何ですか⁇」
テレビの司会者みたいに聞いてみる。
「ラズベリーのジャムパンとシーザーサラダにオレンジ」
「やったー‼︎」
私は飛び跳ねてしまった。
ラズベリーのジャムパンは私の大好物だ。
すぐに朝ご飯の準備にとりかかった。
母は朝食をリビングに運び、私はスプーンやフォークやらを引き出しから出して、食器の手前に置く。
そうそう、忘れてはいけない。
冷蔵庫から母特製の甘さ控えめのベルガモットティーを出すと、二人分のコップに注ぐ。
準備は……うん。完璧だ。
私と母は机の横にある、椅子に座ってふたりで手を合わせながら
「頂きます」
というと、私は一目散にラズベリーのジャムパンを手に取って口いっぱいにほおばった。
ラズベリージャムの甘さが口いっぱいに広がって私は幸せの気持ちに包まれた。
「んー、美味いぃいぃいい‼︎幸せ……」
母はその光景を見ながら、優しく笑った。
私は、ふと思った事を口に出して聞いてみた。
「私、いつか賢者になれると思う⁇」
母はそれまで笑顔で朝食を食べていたが、その質問を聞いた途端に、笑顔から真顔に変わり、食べる手をやめてしまった。
私は
「お母さん……⁇どうしたの⁇」
そう聞いても、母は何も答えてくれなかった。
静けさが一気にリビングに広がった。
ふぅ。と一呼吸置くと、母は止めてしまった手をまた動かしはじめた。
「あなたなら、きっとなれるわ」
シーザーサラダを頬張りながら言う、母の顔はとても穏やかだった。
さっきの間は何だったのだろう。
父の事といい、今のことといい、母は私に何か隠している。
私に知られたくない何かを。
私はこの時、母が何か隠している事に漸く気づいたのだった。
朝食を食べ終え、片づけ終わったあと、時計を見たら入学式まではあと30分しかなかった。
入学式は賢者の塔で行われる予定だ。
賢者の塔までは私の家から10分といったところにある。
10分といっても草原を真っ直ぐにほうきで飛んで行くだけだけど。
「急いで用意しなくちゃ」
私は自分の部屋にかけていった。
階段をかけのぼって、二階にある自分の部屋のドアを開けると、鞄と魔道誓約書、筆記用具、〝魔道士のための心得〟の本が机の上に置いてあるのが目に入った。
どうやら、こうなることを予測していた母が、私を起こしにきてくれたときに用意してくれていたらしい。
私はそれを見て、階段の下にいる母に上から
「お母さん‼︎ありがとう‼︎」
と伝え、バッグの中にそれをすべて詰め込んだ。
まだ家を出るまでに5分はある。
入学式の集合は9時。
入学式が始まるのは9時30分。
私は焦る心を落ち着かせて机横の鏡の前に立った。
鏡の横にはお父さんからもらったネックレスがかかっている。
緑色の小さな帽子にキラキラと光る白い小さなクリスタルがついたネックレスをとると、私はそれを見えないようにローブの下から首に巻きつけた。
これは私の大好きな父の形見だ。
あの日、父からもらった大切な物。
あの日、父が言った言葉は忘れてしまったけれど、これだけは、毎日肌身離さず首につけている。
ネックレスをつけ終わると荷物を持って、私は下にかけ降りていった。
時間は…うん、ぴったりだ。
「お母さん‼︎準備出来たよ‼︎」
いつ用意したのか、母はもう準備万端だった。
「お父さんのネックレスは…うん、忘れずにしてるわね」
母は荷物の最終チェックを始める。
「うん、忘れ物なし‼︎」
その母の言葉を合図に私と母は家を出た。
家を出て、ほうきにまたがると私と母は賢者の塔に向かった。
途中、母が何か言っていたみたいだけれど、母の声よりも風の音の方が強くて何を言っているのかまではわからなかった。
賢者の塔につくと、母は自分のほうきと私のほうきを左手に持って右手の指をぱちんとならした。
これはほうき隠しの魔法で、もう一度指をならすと出てくるといった、とても簡単な魔法だ。
遠出する時は大体いつもほうきだから、この光景は日常茶飯事である。
指を鳴らした後、私と母は入学式が行われる広場へと移動した。
広場に到着して、私達はとても驚いた。
広場には何十人と集う人だかりで賑わっている。
「え、まさか……。
もう、入学式始まってるの⁈」
「どう…なんだろう⁇」
母はそれだけ答えて黙ってしまった。
私はすぐに母が左手にしていた腕時計を除き込んだ。
入学式始まりまであと15分。
それを確認して少しホッとする。
どうやら遅れた訳ではなさそうだ。
「遅れてはないみたい」
「あら、本当」
私が指差した時計を見て、心底ホッとしたように言った。
それなら、この集団はいったい何なのだろうか。
「とりあえず、前まで行ってみよ‼︎」
私は不思議に思って、母の腕を強くつかんで集団の方へ向かった。
母を引き連れて人混みをかき分けながら真ん中くらいまでくると、この人混みの正体がやっと分かった。
入学式前に行った、テスト結果を見ている集団だったのだ。
私はこのテストに期待は1ミリもなかった。何故なら、勉強など、していなかったから。
ドキドキしながら一番下の方を見る。
私の名前は載っていない。
どうやら最下位ではないみたいだ。
「はぁ」
とため息を漏らす私を見て母は笑った。
私はまた自分の名前を探す。
下から上に見ていく。
30位くらいまで見たけどまだ私の名前はない。
ふと私はそこで、1番上、1位の名前を見てみた。そこに載っていた名前を見て私は驚愕した。
『1位--アリー・シュナイザー--』
私の名前だった。
「え⁇」
私は本当に目が点になって、嘘ではないかと自分の頰を引っ張った。
「痛い……」
どうやら嘘ではないようだ。
「アリー、貴方の名前、見つかった⁇」
母はまだ一生懸命に私の名前を探していた。
「あれ……」
私が指を指した方向を見ると母も凄く驚いた。
「アリー、あなた勉強したの⁇」
「ううん、時間なかったからしてない」
即答だった。
「じゃあ、簡単だったとか⁇」
「いや、そんなことはなかったよ…なかったはず……」
そうだ、テストの内容はかなり難しかったはずだ。
ある本の内容から抜粋された問題だった。
私はその本を小さい頃に一回読んだことがあったぐらいで、内容はうろ覚えだったし、かなり忘れていた。
だから、このテストに期待もなかったし、まさか自分が1位になるなんて、思ってもみなかった。
後から校長先生に聞いて分かったことだが、どうやら500年続くこの学校で歴代最高点数を叩き出したという。
「すごいじゃん‼︎」
「うん……」
賢者の塔を現す鐘の音が当たり一面に広がった。
どうやら入学式が始まるらしい。
私と母は急いで広場の奥へと向かった。
広場の奥に入ると、入学式の受付が始まっていた。
私と母はその最後尾に急いで並んだ。
それがなんかおかしくて、母と顔を見合わせてクスクスと笑った。
前のひとの受付が終わり、いよいよ、私の番がきた。私は魔道誓約書を取り出して受付役の人に渡した。
受付役の人は皆、熱心に仕事をこなしていた。が、途中、受付役の一人が母の顔を見て驚いた顔をした。
だが、次の人が待っていたため、すぐ、また自分の仕事に戻った。
私はそれを見て不思議に思った。
母の知り合いは、まだこの学校にはいないはずだ。
「知ってる人⁇」
「ううん。知らないわよ⁇」
母は前に並んでいる列へと進んで行く。
母のことは昔からずっと一緒にいる私でもよく分からない事が多かった。
父のことはよく話してくれたが、自分のことはあまり話してはくれなかったからだ。
まあ、話したくないことを聞いても仕方がないと思って、私も母に対してはあんまり聞かなかった。
でも、さっきの反応を見ればわかる。
母は私に何か隠していて、それはこの学校の人達が知っている事だという事。
でも、隠している内容まではわからなかった。
まさか母が、この街では有名な魔道士だったりして。そんなことを思ったが、頭をぶんぶんと振った。
あの天然な母の事だ。
そんなことあるわけないか。
「まさかね……⁇」
ふと気がつくと母は追いつくのがやっとくらいの距離にいた。
私は考えるのをやめて、無我夢中になりながら母のところまで走る。
母も考え事をしていたらしく、私が息を切らしながら追って来ているのには気づいてはいなかった。それどころか、私がずっと自分の隣を歩いていると思っていたらしい。
まぁ、そんなとこが母らしいが。
母のところまで走ると、私は息を整えて校長先生の話を聞きに広場のイスに座った。
この後、校長先生に拉致られる事になるとは誰も思ってなかっただろう。
そう誰も。
漸く新しい話が書けそうなので、また1話から投稿し始めます‼︎