ギロチン小屋
「さあさあ、その御兄さん! 娯楽の華ギロチン小屋だよ! どうだい兄さん、今からちょうど首を落とすところ、安くするから寄っといでよ」
そう話しかけてきたのは年の頃四十近い猫背の男。どうやら、と推測するまでもなくギロチン小屋の客寄せの様だ。その客寄せに捕まり、青年は少し悩んだ。ギロチン小屋、今や風俗と並び立ついかがわしいが、一大大衆娯楽の一つ。大人の嗜み。趣味はギロチン小屋通いと言っても通じる今の世の中。さて、反面自分はと振り返ると元来血が嫌いな性質だから、どうにもこうにもギロチン小屋と言うのが怖くてたまらない。考えただけ、少しその画を想像しただけで何とも言えぬ貧血感と吐く一歩手前に行くような心の騒めき。いやいやギロチンは大衆娯楽が一つ、娯楽の華、一体全体間違っているのは自分で、ギロチン社会に適合できない自分は恐らく社会不適合者ではないか、とよぎってしまうのがこの青年の思考だ。そんな青年、つまりは優柔不断、それを見逃す客引きではないのである。
「む、もしかして御兄さん、ギロチン小屋が初めてかい? それならウチの店はお上公認の優良店! 地下に潜っているアングラギロチン小屋とは大違い! 明朗会計、サービス満点、顧客は満足! まさに初めての御兄さんみたいな人にはうってつけのお店だよ」
まくしたてるまくしたてる。青年に思考を与える隙を与えず、その思考の隙間に言葉をガンガン飛ばす。これは青年、日頃うすうす興味はあるものだから、ついつい聞いてしまうのが餌にかかった魚の常。
「では、一回の見物でかかる料金は幾らなんだい?」
「ヘヘッ、御兄さん。ようやくその気になってくれたね。そうだね、ウチの店は初めてだし、ギロチン小屋も初めてって事で一万円ポッキリ! これでどうだい」
客引きはこちらの財布と心の紐の結び具合を熟知した様に、獲物を射る目でそう答える。内心、安いと思う青年だが、ぼったくりにあたっては行けない。後悔後先絶たず、落ちたギロチンの刃は戻せない。
「それは些か高すぎやしないかい。情報誌では最安値は五千円という話だが。それに二時間楽しめる映画は千八百円。それに比べたら一瞬のギロチンに一万円は納得しかねる」
「ヘヘッ、それが御兄さんの素人たる由縁ですぜ。まず情報誌の最安値何て信じるべからず。雑誌に書いてある値段なんてカモを呼ぶための客寄せ値段。信じちゃあ、そりゃあんた。ぼったくりが待つだけです。何よりも信ずべきは人、つまりは私の様な人間です。何、中には優しく近づき、会計時に云々という話もありますが、私はしません。この業界、信頼が一番、特にギロチン小屋なんてえ血生臭い業界、下手な恨みを買ったら首ちょんぱ。そんな話はアングラギロチンではよく聞く話ですからね」
青年は少し目の前が白くなり始めたが、踏みとどまる。そうだ、これを切っ掛けに自分は変わるんだ。ギロチンを見れば自分は変われる。半ば暗示をかけながら続けざまに客引きの話を聞く。
「それにあんた、映画が千幾らで安い、ギロチンが一万で高いと言うが、そりゃあお門違いです。映画は所詮作り物、フィクション、映画のギロチンは死にません。しかしギロチン小屋はどうですか。本物です。死にます。死が見られるんですよ。命が絶たれる瞬間をね。これ以上の贅沢はおありですか。人間の生命が絶たれるところを高みの見物で見られる。これは正に娯楽です。それにですよ。お上公認ギロチン小屋で首を斬られる奴さん方は犯罪者たち。収益の一部は被害者に行くって寸法ですから、そんなに迷って踏みとどまる理由なんて皆無皆無。別に百万の特等席で見るってわけじゃない。さあ、御兄さん。時間もそろそろ。ご決断は如何に」
「うん、では行こう。案内してくれ」
青年は客引きに店に連れていかれ、入店時に一万円を払った。テニスコートが一つくらい入りそうな店の中央にはギロチン代が置かれ、その周囲には異様な熱気が渦巻いている。
「今日の犯罪者は女児誘拐、そして強姦、殺人、ゴミ捨て場にポイだとさ。こりゃあ、ギロチンも当たり前だなぁ」
青年も心の中で最もだと同意する。目には目を、ではないが罪を冒したら償うのが筋。それが社会維持の常。魂の安定の生贄。それが必要なのだ、と社会派ぶって青年は考えてみる。全ては受け売りなのだが。しかし昔はあまり殺されなかったらしい。いや、昔々は殺されていたけど、昔は殺されなかったらしい。昔は異常だ。
「さてお集まりの皆さん! 今宵もこんなにもお集まりになり感謝いたします。集まった金額は一千万円を超えました。この七割の七百万円。女児を亡くした被害者夫婦に支払われます。誠にこれは皆さんのご厚意と正義の心が生んだ尊ぶ寄付金です」
青年は何だか達成感を覚える。
「ではお待たせしました皆さん! これからギロチン処刑を始めます」
その言葉を聞いた数秒は静寂。と思った矢先に、重い鈍器が落ちる鈍い音、男の一瞬で一生残りそうな断末魔、観客の悲鳴と歓声、頭が落ちる音。どれも耳から脳を侵し、一生脳の中に残りそうな魂の残響だ。音のしがらみから抜け出した青年は気付く。落ちた顔が青年を見つめていることを。そしてギロチンの穴から首の断面が見える。断面の模様が何だかもう一つの顔の様だ。首の顔もこちらを見ていた。落ちた顔と首の顔が青年を一緒に見ている。
青年は想定よりも衝撃を受けず、しかと立っていられることに気付いた。とても興奮した。心臓の鼓動が高鳴る。青年は思う。魂がギロチンを望んでいる。
翌日から彼はギロチン小屋の常連になった。




