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殺人

ちょうどお昼のことだった。いつもの海苔弁当と緑茶が川島刑事の昼食だ。女の警部補になって三年が経っていたが男とはまったく縁のないさみしい独身生活をおくっていた。そろそろ警部になるための昇進試験も控えていたある日のこと。 「川島さ〜ん」

遠くの方で巡査の河野が勢いよく走ってきた。

「あら?河野くんどうしたの?」

息を切らしながら目の前で立ち止まる河野を見て思わず川島がそう問いかけた。

「一緒にご飯食べに行きましょう」

その声はむなしく響いた。川島は机の上にのっている海苔弁当を指差すと河野は肩を落とした。

「先客がいるから」

海苔弁当を睨み付ける河野の顔を川島がニコッと笑った。まだまだ新米の河野は女刑事の川島に好意を寄せていたのだ。

「いつデートしてくれるんですか?」

「またその話?デートはしません。そんな暇があるならもっと事件解決のために働きなさい」

川島の言葉に河野は顔を背けた。やがて事件の知らせが入り、川島は河野を連れて現場に向かった。


八王子の現場は散々とした川岸だ。その場所に被害者はいた。頭部には石で殴られた跡があり、どうやら殺人事件らしい。そんな話を近くの刑事から聞いた川島はすぐに車に乗り込む。 「川島さん。被害者確認しなくていいんですか?」

河野の問いかけに川島はこう答えた。

「気持ち悪いから見ないわよ。後で署に写真送っといて」

そう言い残し、川島は車を走らせた。 「ち、ちょっと…」

河野はその場で立ち尽くすしかなかった。

事件発生から一週間が経った頃、容疑者は四人に搾られた。そしてその四人にはある共通点があった。同じ孤児院で育っていたことだった。孤児院上がりの四人の捜査が始まった。

一人めは田町に住む矢島勇治という男だ。

「20日の夜は八王子にいたわね。パラダイスっていうクラブに通ってるそうね」

「ああ…」

「その夜に殺人事件が起きたことは知ってるわよね」

「ああ…。それが俺と何の関係があるんだよ」

「被害者とあなたが口論してるのを近所の人が見たって言ってるのよ」

「そんな…」

「何か心当たりない?被害者とどういう関係があったのか教えてくれる?」 「それは…」

「言ってもらわないとあなたが容疑者になるの。それでもいいの?」

「かまいません」

「えっ!」

「俺が捕まって解決するならそれでいい。刑事さんも探す手間がはぶけましたね」

「矢島くん…」

川島は動揺していた。しかし、この時川島は矢島が犯人ではないことを確信していた。矢島は誰かをかばっている。そう思った川島はもう少し事情を聞くため矢島を署に連れていくことにした。 署に着くと矢島は淡々と話しをはじめた。 「出来心でした。反省してます」

「出来心だと!人の命をなんだと思ってるんだ」

普段お調子者の河野が珍しく感情的になっていた。矢島の言動にそうなったのではなく、少しでも川島の気をひくのが目的だろう。案の定、川島が尋問を始めるとすぐに矢島への怒りは消えていた。「本当に君が殺したの?」

川島は真剣な表情で矢島に問いかけた。しかし、矢島は頑なに何も言わなくなってしまった。その態度に川島はある切り札を出した。

「田原健、石黒聡、村山一哉、この三人は知ってるわよね?」 川島の問いに矢島は動揺した顔を見せた。同じ孤児院育ちだということは調べがついていた。嘘をついても無駄だと知った矢島はようやく重い口を開いた。

「ランハイムの友達です」

「貴方達が育った孤児院ね」

「はい…」

「彼らと最近まで会っていたわね?クラブにもよく行ってたみたいね。従業員が証言してるわ。 事件があった晩も一緒にいたそうね」

川島の鋭い視線と強い口調に矢島は何も言えなくなっていた。矢島は観念したのか、ゆっくり肩を落とし、話しはじめた。

「あの晩も俺達は会っていました。毎週日曜に会う約束をしてるんです。その日も日曜日で俺らはいつものクラブにいました。しばらく飲んだ後、そのまま家に帰りました」

「被害者と口論の原因は?」

「僕も悪かったんですけど、向こうもかなり酔っ払ってて、肩がぶつかって口論に…」

「それで殺したの?」

川島の問いに矢島は再び黙りこんだ。やがて沈黙を破るように川島はこう切り出した。 「あなたは殺してないわね」

その言葉に矢島は思わず川島の顔を見つめた。しかし、それでも矢島は何も言おうとはしなかった。らちがあかないと思った川島は矢島を解放し、孤児院上がりの一人、町田に住む田原を事情聴取することにした。 「俺は無関係だぜ!」

田原は取調室の椅子にもたれかかり煙草をふかしながらそう言った。そのふてぶてしい態度に河野が怒鳴った。

「お前何様のつもりだ!!」

河野の声を割って入ったのは川島だ。

「河野くん、少し落ち着いて!」

その言葉におとなしくなる河野。やがて、川島が被害者の写真を見せると田原にゆっくりと話しかけた。

「被害者と面識は?」

「ない」

「矢島くんを知ってるわね」

「…ああ」

「孤児院の仲間ね」

「…ああ」

「矢島くんと被害者がもめてたのは知ってる?」

その質問に田原は黙りこんだ。川島は直感的に田原は事件に関わっているように思った。そして単刀直入にこう切り出した。

「矢島くんが殺したと思う?」

その質問にも田原は黙ったままだった。彼もまた黙り続けて事件は再び振り出しかと思った矢先、田原の口から意外な言葉が飛び出した。

「矢島が殺したんじゃないか?」

「え?どういうこと」

川島は動揺した。犯人ではないはずだと予想していた矢島を田原は犯人だというのだ。しかも、孤児院時代からの友人を裏切るような言動だった。川島が詳しく事情を聞くと、田原はゆっくりと話しはじめた。


「俺達はいつものようにクラブで楽しんだ後、すぐに帰る予定だった。でも矢島だけは用があると言って他の三人よりも早く店を出たんだ。やがてみんな解散した後、俺は酔っ払いのおっさんに絡まれている矢島を見かけた。近づいてみると頭を押さえながら酔っ払いが倒れていた」

「矢島くんが石で殴ったの?」

「いや、そこまでは見えなかった。ただ、口論していて少し目を話した瞬間に男は倒れていた。そして矢島の姿も消えていた」

「そう…」

「もういいだろ?知ってることは全部話した。帰らしてくれ!」

「わかったわ…」

川島は田原を自宅に帰すことにした。田原の証言が本当なら被害者を殺害したのは矢島の可能性が高い。矢島も自供している。しかし、どうしても川島は矢島が犯人だとは思えなかった。もう少し詳しく事件を調べる必要があると考えた川島は孤児院育ち三人めの男、石黒聡という男に話を聞くことにした。


「僕に何か?」

「矢島勇治を知ってるわね」

「ランハイムで一緒だった」

「20日の夜一緒ににいたわね」

「はい」

「20日に殺人事件があったのは知ってる?」

「ええ」

「矢島くんが関わっている疑いがあるんだけど何か知らない?」

「僕は何も知らないです」

「本当に?」

「ええ」

やけに落ち着いて淡々とした口調で話す石黒に川島は違和感を感じていた。

「友達が容疑者になりそうなのに随分落ち着いてるのね?」

「僕が逮捕されるわけじゃないんだし、矢島だって人を殺すような人間じゃありませんから他に容疑者が見つかるんじゃないですか?」

よほど矢島を信じているのか、まるで川島を小馬鹿にしているような口調で石黒はそう話した。川島は田原の話を持ち込むことにした。

「田原健もランハイムの友人ね」

「はい」

「実は彼が証言してるの。20日の晩、クラブで別れた後、被害者と矢島くんが口論しているところを」

「それで?」

「はっきりとは言わなかったけど、田原くんは矢島が殺害した気がすると言ったわ。どう思う?」

「田原が言うなら間違いないかも…」

「矢島くんが殺したってこと?」

「…ええ。その話が本当なら」

「そう…」

川島は少し落胆していた。今まで刑事をして一度もやまが外れたことがなかったのが一番の自信だったのに、石黒の証言によりますます矢島が容疑者に近づいてしまった。川島の直感は偽物なのだろうか。それだけが川島の頭を悩ませていた。

「川島さん?」

署に戻りデスクに頭を抱え込んでいた川島に河野が声をかけた。しかし、川島は無視した。そんな川島の態度に河野は面白くないのか、こんなことを言い出した。

「残りのひとりも聞き込みして早くデートしましょうよ」

川島はもう矢島を容疑者にしぼろうとしていた。そのほうが楽だ、もうすぐ昇進試験も控えている、それに時間をかけよう、いつのまにかそう思うようになっていた。

「ついでだし、あと一人だけ聞き込みしてみるか」

川島は最後の一人、村山一哉に話を聞くことにした。


「あなたは矢島くんが容疑者だと思う?」

川島は昇進試験のことで頭がいっぱいだった。そのため、すこしばかり荒っぽい聞き方をしていた。どうせ村山も矢島だと言うに決まっている、そう思っていたのだ。しかし、そんな川島の予想を覆したのは村山の一言だった。 「犯人は矢島じゃないぜ」

思いもよらない言葉に川島は動揺した。そして、今まで冷めきっていた川島の刑事魂に再び火がついたのだ。 「犯人を知ってるの?」

川島は村山に問いかけた。すると村山はゆっくりと頷いた。思わずニコッと微笑む川島。

「デートは少しおわずけね」

川島は河野にそう言い残し、村山に詳しい話を聞くことにした。

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