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悪役令嬢さん、お久しぶりです。こんにちは、ヒロインです。助けて。

掲載日:2026/04/18

誤字報告ありがとうございます!

一部文章訂正しました。


ルイーゼロッテは揺り椅子に腰を下ろしてのんびりとバラ園を眺めていた。


そろそろ春の花の盛りの時期。柔らかな風に乗って、うっとりとするほどの甘い香りが漂ってくる。


「ああ……、なんて気持ちが良いんでしょう」


青い空を上げて目を細めるルイーゼロッテに、日傘を持った侍女のマリーダが「本当に。気持ちの良い気候になりましたものね」と答えた。


ルイーゼロッテがブライプトロイ王国を追放され、ザクセン王国にやってきた時はまだ冬の最中だった。


それからいくつかの季節が巡り、今、こうして第二王子の離宮でのんびりとバラを眺めている……。


過去を思い返せば、この穏やかさはまるで夢のようだ。


ルイーゼロッテはブライプトロイ王国の侯爵家の娘に生まれ、幼くして王太子であるトーマス・フォン・ブライプトロイの婚約者に選ばれた。


厳しい王太子妃教育を施され、貴族学園では淑女の手本であることを強いられた。

余暇など全くない過密なスケジュール。


それでも、王太子であるトーマスを支えるため、ブライプトロイ王国の未来のため、涙をこらえて力を尽くしていた。


だというのに、トーマス王太子は平民上がりの男爵令嬢であるモニカ・フォン・メーレンベルクに恋をした。

挙句、ありもしない冤罪をルイーゼロッテにかけて、大々的に婚約破棄をしたのだ。


貴族学園の卒業パーティで、盛大に婚約破棄を叫んだがトーマス王太子。

ただし、王太子が声を大にして主張した通り、ルイーゼロッテがモニカを虐めたなどという証拠は提示できなかった。


だが、トーマス王太子は言った。


「モニカを虐めたという事実はあるが、証拠はない。だから、悔しいがルイーゼロッテを国外追放の刑には処せない。だから、形式上は他国への留学としてやろう。ただし、ブライプトロイ王国に帰ってきたのならば、そのときは徹底的にお前も、お前の家も潰してやる」


不快な記憶を思い出し、ルイーゼロッテは眉を顰めたが、すぐに首を横に振った。日の光を浴びた長く真っ直ぐな銀色の髪が揺れる。


「ルイーゼロッテ様、御髪が乱れます」

「……そうね、ごめんなさいマリーダ。整えてくれる?」

「かしこまりました」


マリーダがさっと髪をなおしてくれている間に、呼吸を整える。気持ちも、同様に。


今では穏やかな日々を送っているのだ。

それでいい。

過去などどうでもいい。

今更憤ったところで、既にトーマス王太子とモニカは婚姻を結んだ。

いずれトーマス王太子は王位を継承しブライプトロイ王国の国王となり、平民上がりの男爵令嬢だったはずのモニカが王妃になってしまうのだ。


過去は忘れ、今のしあわせと未来だけに思いを馳せよう。


ルイーゼロッテは深呼吸を繰り返す。

それから、独り言のように言った。


「今のしあわせはウェルナー様のおかげね……」


ウェルナーはザクセン王国の第二王子。

現在はルイーゼロッテの婚約者である。結婚式はもうすぐだ。そして、ルイーゼロッテはザクセン王国の第二王子妃となる。

つらい過去を乗り越えて掴んだ明るい未来。


そう、過去などすべて忘れようとしたのに……。


そのウェルナーが侍従たちを従えてやってきた。


ルイーゼロッテは揺り椅子からすっと立ち上がった。


「ウェルナー様!」

「……ルイーゼロッテ」


あら……? と、ルイーゼロッテは思った。


常ならば、赤茶交じりの金の髪を揺らしながら、子犬のようにルイーゼロッテに駆け寄り、そして、愛を隠すことなくルイーゼロッテを抱きしめるウェルナーなのに。


今の、ウェルナーの歩みは遅い。それだけではなく、顔に複雑そうな感情を浮かべている。


「くつろいでいるところ、すまない」

「……何かございましたか?」


ウェルナーが頷くと、後ろに付き従ってやってきた城の文官の一人が前に出た。

手には、銀のトレーに乗せられた一通の手紙。封は既に切られていた。


「手紙……?」

「ああ。差出人がアレだったもので、一応、危険物や毒が仕込まれていないか、書かれている内容がどのようなものか……、こちらで確認はした、が……」


歯切れの悪さにルイーゼロッテは軽く首を傾げた。すると、月の光を集めたような銀色の真っすぐな長い髪がさらりと揺れた。


「アレ……、とは?」

「隣国の王太子妃となったモニカ・フォン・ブライプトロイから、君宛てに」


ルイーゼロッテが紫色の瞳を見開く。


もう既に過去となった出来事。

思い出せばまだ不快には感じるが、それでももう終わったこと。


……だった、はず、なのに。


何故、今、わざわざ……。


しかし、隣国の王太子妃となった女からの、正式な手紙だ。

読まないわけにはいかない。


内心の動揺を隠し、ルイーゼロッテは渡された手紙を手にした。


「……とりあえず、内容を確認してみますわ」


ルイーゼロッテは揺り椅子に座りなおすと、手紙を読み始めた。




     ***



『 悪役令嬢さん、お久しぶりです。

ヒロインを自称しておりましたモニカです……。


……まず、謝罪をします。

卒業パーティで婚約破棄なんてしてすみませんでした。


いえ、悪役令嬢さんと王太子殿下の婚約を破棄すると決めたのは、アタシじゃなくて、王太子殿下なんですけど。


……なんて、言い訳ですね。ごめんなさい。


アタシのせいもあって、ありもしない冤罪を、王太子殿下が悪役令嬢さんにかけちゃったんですよね。


そう、冤罪。

分かっています。

今では分かっています。


平民上がりの男爵令嬢だったアタシが、貴族の礼節やら常識やらなんやらを全く理解していなかったのが問題だって。


「婚約者が居る令息とは節度のあるおつきあいをしましょうね」


節度って何? 

手を繋ぐくらい別にいいでしょう? 

キスとかしているわけじゃないんだから、顔を近づけるくらいが何?


……そう思っていたんです。


「あなたより身分の高い方と廊下をすれ違うときは、壁際により、頭を下げましょう」


廊下ですれ違うときに、相手を避けろなんて、悪役令嬢さんが偉そうにど真ん中歩いているだけでしょう? なんでアタシがわざわざ避けないといけないのよ。貴族学校の廊下はダンスを踊れるくらいに広いのよ。避ける必要なんてないんだから、フツーにすれ違えばいいでしょう? ホント偉そうに。


……そんなふうに思っていたんです。ごめんなさい。


貴族の常識を知らないアタシは、それまで下町で暮らした通りの常識で貴族学校でも過ごしていたんです。


所変わればルールも変わる。


そんなこと知らないで。

ううん、別のルールが課されている場所に移ったのに、元のルールのまま過ごしていたんです。


悪役令嬢さんは、アタシを虐めていたんじゃなくて、その場所のルールを教えてくれていただけなのに。


アタシは誤解して、曲解して、王太子殿下に泣きつきました。


「悪役令嬢さんが酷いんですぅううう。アタシ、虐められてるんですぅううう」


……ごめんなさい。正直に言えば、虐められていると思ったのは四割くらいで。残りの六割は王太子殿下をオトしてやろうと目論んでいました。


だって!


王太子殿下は金色のふんわりとした髪の毛に、サファイアのような瞳。すっと通った鼻筋も、高い身長も、優雅な物腰も……。それまで下町の乱雑な男しか知らなかったアタシにはまるで夢のような王子様で……。


こんな素敵な王子様を、悪役令嬢さんから解放してあげるのが、ヒロインってもんよね!


……なんて、物語の登場人物になった気分だったんです。


魔女のような悪役令嬢から王子様を解放する可憐なヒロイン。

それがアタシの役どころだと……思い込んでいたんです。意気込んでいたんです。


ええ、思い込みです。

本当にごめんなさい。


悪役令嬢さん。あなたを、卒業パーティで断罪して、婚約破棄して、国外追放にして……。

アタシは、王太子殿下と結婚式を挙げて。


正義はアタシにあるのよ! これで王子様と結ばれて、アタシは愛される王妃となってしあわせに暮らすのよ!


……そう思っていました。そこまでが、アタシの人生の最高潮でした。


だって、物語って、みんなそうじゃないですか! 

物語のヒロインはしあわせを掴んだところで終わるんだもの!


なのに今はしあわせなんかじゃないんです。

アタシ、不幸です。

王子様と結ばれたのに、おかしいです! 


ああ、馬鹿だった。

王子様は王子様っていうだけで、素敵って思いこんでいたあたしが馬鹿でした。まさか王太子殿下があんな……。


ううん、物語のヒロインはしあわせになって終わりますけど、アタシは物語のヒロインじゃなかったってだけですよね。

ごめんなさい。本当にごめんなさい。勘違いしていてごめんなさい。


アタシがヒロインではなく、単なる平民上がりの小娘ってだけで。

あなたも悪役令嬢ではなく、立派な侯爵家のご令嬢ってだっただけ……。

……ああ、今は侯爵令嬢ではなく、隣国の第二王子妃様なのですよね……。


アタシは今、残念ながら、こっちの国の王太子妃ではあるんですけど、国力、身分からすれば、あなた様の許しがなければ、アタシがあなた様のお名前を呼ぶこともできないんですよね。

これでも勉強したんです。一応、アタシなりに。王太子妃になったんだから、ちょっとはお勉強もしないとねって。


勉強して、分かりました。

悪役令嬢さんがお持ちの知識の千分の一にも満たない程度のほんの些細な分量だったとしても。分かりりました。アタシはホント大馬鹿だったんだって……。


悔いても悔いても。どうしようもないんですけど。

ようやく理解が出来て、こうしてあなた様に謝罪の手紙を書いています。


許して……なんて、言えないんですけど。


許してくれなくていい。でも、助けてほしいんです。

厚かましくてごめんなさい。アタシには頼れる人があなたしかいないんです。


そう、悪役令嬢さん。あなたは阿呆で無力で真っ当な判断力もない王太子殿下を支えるべく教育をされていたんですってね。


アタシがキラキラの王子様と思っていた相手は、実はハリボテの王子サマで、なーんにもできない。だからあなたがいたんだってようやく身にしみて分かりました。


通常の政務もできない。

根回しも、調整も、書類の作成も、すべて終えた後、施行するために書類に名前を書く。

その『名前を書く』ことを王太子の仕事だと思っているんですよ、あの無能の王太子は。


さすがのアタシも呆然としました。


結婚式を挙げた後、ウフフアハハの新婚旅行から帰ってきたら。


政務は、何も片付いていない。未処理のまま、執務室に書類がどんどんどんどん積み上げられているだけ。


「これ、今まで、どうしていたの?」


アタシが王太子殿下に聞いたら。


「ん? 元婚約者にすべてやらせておいたが? そういえば、アイツ、何でこの書類を処理していないんだろう?」


きょとんと。まるで幼い子どもみたいに首を傾げたんですよ!


「あ、あの……、王太子殿下が婚約破棄して、あの人を隣国に追放したから……。お城の書類なんて処理できないです」

「ああ、そうだったな。じゃあ、この書類は誰が処理するんだ?」

「……王太子殿下が、ご自分で、するんですよね」


王太子殿下はお笑いになりました。まるで風薫る五月の空のような、実に爽やかな笑みでした。白い歯がきらっと光りました。


「あははは。君はおもしろいことを言うね。ボクの仕事は整った後の書類に名前を書くことだよ。書類を整えるのは別の人間のやることさ」

「……で、では、仕事をしてくれる別の人は……、今は誰ですか? 殿下が、任命とか、したんですか?」

「そんなもの、君がやればいいだろう?」

「…………できるわけないじゃないですか!」


叫びました。

ええ、もう、盛大に叫びました。

アタシは元庶民ですよ! 

書類に書かれている内容なんて、一行だって理解できません! 

話し言葉を書くならともかく、国を動かす重要書類の特別に格調高い言い回しとか、貴族だけに伝わる言いかたとか、そんなの全く知りません! 

誰に何を頼めば政務が回るのかとかも知りません! 

お城で、どの人が何の仕事についているのか、何にも知らないんですよ!


そんなアタシにやれって……。無茶言うな!


生まれた時から王太子妃教育、王妃教育を受けていたような侯爵令嬢様と、庶民丸出しで、ようやく何とか文章を組み立てられるようになった程度のアタシが、同じ仕事ができるはずないなんて、馬鹿でも理解できるでしょう⁉ 理解できない王太子殿下は馬鹿以下なの⁉


「殿下、政務を任せられる相手を、大至急見つけてください! 側近候補だった人とかいないんですか⁉」

「んー? 政務を任せられる相手? さあ、そんなの誰がいるかなあ? 必要な人材とかは、君が探してくれよ」

「それ、アタシの仕事じゃありません!」

「ボクの仕事でもないんだけどなあ」

「オマエの仕事だよっ‼」


なのに。

王太子殿下は不思議そうな顔をしているんです。


「整った後、書類に名前を書くのがボクの仕事なんだけどなあ……」

「書類を整えるために、あちこちに根回しをして、法案を通して、調整をするところも王太子殿下のお仕事です!」

「あはははは。そんな話初めて聞いたよ」


……もう、どうしたらいいんですか、この阿呆殿下。

書類に名前を書くことと、子を仕込むことしかできない無能がまもなく国王になるんですよ?


絶望しかありません。

国、滅びます。


国を滅ぼさないために、悪役令嬢さんみたいな地位も身分も知恵も知識もある人が、王太子殿下の婚約者に選ばれたんだって、ようやく、ようやく、アタシにも分かりました!


ああ……今更ながら悔やみます。

卒業パーティで断罪なんかしなきゃよかった。

せめて、悪役令嬢さんを国外追放なんかにしないで、側妃にでも宰相にでもなってもらって、国の政務をあなたに回してもらうよう画策すればよかった。


アタシはキレイな王子様の隣で「うふふ」って笑って暮らしたかっただけなのに!

なんでこんな阿呆相手に苦労しないといけないの!


婚約者の地位なんか奪わないで、愛人で我慢していればよかった!


……すんごい勝手なこと言っています。ごめんなさい。


でも、王太子殿下がここまで無能になった原因の一つに、悪役令嬢さんの存在があると思うんです。


悪役令嬢さん。あなたは、後の王妃となるために、今まで完璧に政務を回してしまっていた。

それこそ王太子殿下なんて要らないくらいに、あなた一人で王太子の政務を回していたし、王太子殿下が国王になった後も、きっと王妃として国を支えられる能力を有していた。


だからこそ、この顔だけ無能の王太子殿下は、書類に名前を書く以外の政務ができないほどに阿呆になった……。


アタシはそう思うんです。


だから、責任を取ってください。


悪役令嬢さん、隣国の第二王子に嫁いで、第二王子妃になったんですよね?

だったら、隣国の第二王子にウチの国の国王になってもらって、悪役令嬢さんがウチの国の王妃様になってください!


アタシは、どこか風光明媚な荘園でももらって、そこで悠々自適の生活をしますから。

アタシが優雅に暮らせるようにしてくれれば、こっちの国を丸ごと差し上げますから!


何だったら王太子殿下もお返ししますから‼


アタシはそんなに贅沢はしません。

そうですね……子爵程度の生活が出来ればそれでいいんです。

新しいドレスを作るのは年に二回とか三回程度でいいですし、侍女も専属は要らないです。住まいを整えてくれる使用人が十人くらいいればいいです。料理人は腕がいい人を選んでほしいですけど。アタシ、王城の料理を食べ続けて舌がかなり肥えちゃったので、美味しいご飯は食べたいです。


一国をお渡しする対価としてはささやかでしょう?


国をお譲りしますから、アタシがどこかでのんびり暮らせるように、悪役令嬢さんにがんばってもらいたいってだけなんです。


必要なら、城の見取り図とか警備配置とかお渡しするので。

ウチの国を乗っ取って、悪役令嬢さんの国にしてください。

それで、アタシがのんびり暮らせるように取り計らって下さい。


悪役令嬢さん、あなたなら、国の運営なんて簡単にできるでしょう?


でも、アタシには無理なんです。

王太子殿下が無能の中の無能なんで、これでも王太子妃きなった後、アタシ、がんばって勉強して国を回そうと努力はしたんです。


でも、付け焼刃じゃ無理。


それに、元々あたしは、何もしないでにこにこ笑って、愛される王妃をやればいいんだーなんて、舐めたことを考えていたような女なんです。


もう、努力なんて無理。


これ以上勉強して、王太子殿下を支えて、苦労して、寝る間もないほどに、血を吐くほどに努力するなんて、もう、無理っ!


国なんて、運営できる人にあげるよ!

だから、アタシに楽をさせて!


王太子殿下なんてもういらないよ!

顔だけの役立たずなんだもん!


元々アタシは、王太子妃になって、にこにこ笑って、着飾って、毎日楽しく過ごせると思ってたからから、あなたから王太子殿下を奪ったんです。


こんなにも何もできない無能の王太子殿下は要らないんです。

無能のために努力する日々なんて、欲しくないのっ!


無能が国王陛下になるなんて、悪夢でしかない。

その無能の補助なんて、アタシにはできません!


だから、どうか。悪役令嬢さん。

アタシを助けてください……。


よろしくおねがいします!




ルイーゼロッテ・フォン・ザクセン第二王子妃様へ 親愛をこめて


モニカ・フォン・メーレンベルク改めモニカ・フォン・ブライプトロイより』




   ***




「……厚顔無恥にして阿呆な内容だろう」


ヴェルナー様は呆れ顔だ。


「そうですわね、ヴェルナー様。しかも、親愛を込めてというわりには……」


鈴を転がすような澄んだ美しい声で、ルイーゼロッテはくすくすと笑った。


ルイーゼロッテが第二王子妃となるのは間もなくだが、まだ、第二王子妃ではないのだ。


「だいたい謝罪をしている相手に対しての呼びかけが『悪役令嬢さん』ってどういうことだよ! 謝罪のフリをして、ルイーゼロッテを馬鹿にしてるの⁉」


叫ぶヴェルナーに対して、ルイーゼロッテは淡々と告げた。


「敬称や相手に対しての尊称、呼びかけ等々。ご理解していないだけですわね、きっと。残念なことに、このお手紙、モニカ・フォン・ブライプトロイ妃殿下の素直なお気持ちそのままに書かれたのでございましょう」

「馬鹿なの⁉」


はい……とも、いいえ……とも答えず、ルイーゼロッテはあいまいに微笑む。


「……」


ヴェルナーは顔を歪め、呆れかえった感情を隠すことない。そして、しばしの後、盛大な溜息を吐いた。


「……ルイーゼロッテはよくもまあ、あんな阿呆どもに付き合っていたねえ」

「……ええ、まあ。トーマス・フォン・ブライプトロイ王太子殿下の婚約者であったのは、わたくしの意志ではなく、元お父様……ダルムシュタット侯爵の命令でしたからね」


しかたありませんわ……と、ルイーゼロッテは優雅に紅茶を口に含む。


「……で? ルイーゼロッテ。手紙の通りに阿呆なモニカ・フォン・ブライプトロイ妃殿下を助けてあげるのかい?」

「まさか。当然無視しますわよ。……いえ、せっかくですから手紙は利用させていただきましょうか」

「……利用?」


ルイーゼロッテは低く笑う。いや、嗤う。


ブライプトロイ王国の現国王も無能とまではいわないが、愚物だ。愚物が上に立ってなんとかなっているのは、それなりに有能な側近が現国王を支えているからだ。


……ただし、王も側近も高齢のため、いつまで政務をとり行えるか分からない。


だから、現国王はなるべく早く国王の位をトーマス・フォン・ブライプトロイ王太子殿下に譲りたいのだ。


譲位をした後どうなるかなどは、現国王は考えてもいないのだろう。

長年の重荷をおろし、あとは悠々自適。

そんな夢想を描いていることだろう。


馬鹿だ。

現国王も、王太子も、王太子妃も。


「ええ、間違いや相手が侮蔑と受け取る表現を堂々と書いてはおりますが、せっかくがんばって長々とした手紙を書いてくださったのですからね。努力の成果は活用して差し上げねば」


実のところ、ルイーゼロッテは怒っていた。

怒り狂ったあまり、逆に冷静になるほどに。


『悪役令嬢さん、あなたなら、国の運営なんて簡単にできるでしょう?』という一文。


ふざけるな。

国の運営が簡単にできるか。

これまでどれだけの努力を重ねてきたと思っているのだ。


幼少の時から、自分の時間なんて一秒もなかった。

何から何まで決められて、できなければ叱責されて。

阿呆を支えるために、馬車馬のように働かされて。


卒業パーティで婚約破棄をされたとき、もうこれでいい……と思った。

婚約を破棄? もうどうでもいい。

阿呆を支えるよりも、自由になりたい。

追放? 違う、解放だ。


わたくしを不要と断罪するのならば、わたくしがこれまで舐めさせられた辛酸の、一部でもお前たちが請け負うがいい。


できない、無理だ、なんて、言わせない。

できなくてもやれ。

国を担うのなら当然だ。


何が「助けてください」だ。何が「アタシがのんびり暮らせるように取り計らって下さい」だ。


ふざけるな。


「政務が出来なければ滅びる? だったら滅びればいいじゃない。滅んで、無能も阿呆もいなくなった土地を、あとからわたくしたちがいただけばいいだけのこと」


トーマス・フォン・ブライプトロイ王太子殿下も。

モニカ・フォン・ブライプトロイ王太子妃も。


一国の王、一国の王妃となる者なのだから、責任くらいは自分で負え。

負えないのなら、勝手に滅びろ。


どうしてこのわたくしが、お前たちのために、これ以上働かなくてはならないのか!



怒りの感情は表情には出さず、ルイーゼロッテはウェルナーの後ろに控えている文官の一人に、手紙を返した。


「まずはこの手紙を書き写してちょうだい」

「書き写す……ですか?」

「ええ。原本は厳重に保管を。写しを、我が国、隣国、そしてブライプトロイ王国の新聞社に送り付けてちょうだい」

「新聞社……」

「ブライプトロイ王国の王太子妃であるモニカ・フォンブライプトロイより、まもなくザクセン第二王子妃となるこのわたくしへの手紙と大々的に報じてよいとも伝えてね」


どれだけの阿呆が一国の王太子と王太子妃なのか、皆、知るがいい。


内心に湧き上がる怒りの感情を抑えながら、ルイーゼロッテは「ふふふ」笑った。いや、嗤った。


「知った上で、ブライプトロイ王国の民が、近隣諸国が、どう判断するのか……。わたくし、高みの見物をいたしますわね」


「なるほどね……」


結果、ブライプトロイ王国が滅んだとしても……、それはわたくしの責ではない。そう言わんばかりのルイーゼロッテだった。


過去がどうであれ、これまでの経緯がどうであれ。

今がしあわせなのだから、過去にこだわることなどなく、忘れ、ヴェルナーとのしあわせな未来だけを見て生きるつもりだった。


「わざわざ復讐のための材料を送ってくれるなんて、なんて馬鹿な小娘……」


助けることもしない。

新聞社に写しを送らせるのも文官たちに任せる。

ルイーゼロッテは花の香りのする庭園で、ゆったりと愛するヴェルナーと茶でも飲みながら過ごせばいい。


モニカ・フォン・ブライプトロイ王太子妃は「悪役令嬢さん、お久しぶりです。こんにちは、ヒロインです。助けて」なんて内容の手紙を、無意味に長く書いて寄越したけれど。



「ふふふ。悪役に助けを求めるヒロインねぇ……。答えなど、決まっているじゃないの」



ヒロインさん、お久しぶりね。ごきげんよう。あなたに悪役令嬢と呼ばれた女ですわ。……助ける義務なんてありませんわね。さようなら。



わざわざ返事などは送らない。

ルイーゼロッテは心の中でだけ、そう返事をして。



そして、思い出したくもない過去を、これできれいさっぱり忘れることができる……と、微笑みを浮かべた。






終わり




お読みいただきありがとうございました!

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