2.とあるVTuberのライブ配信
「さて、始めるとしますか!」
パソコンのモニターにはライブ配信の待機画面が映っている。あたしの配信が始まるのを待っているリスナーの数が同接数として表示されていて、その数字を見るだけでニヤけてしまう。
同期の子に『数字の化け物』なんて揶揄されたりするけど、この世界は結果が全て。
どうやったら登録者数が増えるのか、どんな企画をしたらリスナーが喜んでくれるのか、いっぱいいっぱい勉強してようやく結果として結びついてくれた。
この画面に映る数字は言うなればあたしの努力の結晶。ニヤけてもいいんじゃない? だってあたし頑張ったもん。
「って、そんな場合じゃない」
配信の告知は済ましてるよね?のど飴も、飲み物も準備出来てるしスマホもマナーモードにしてある。
トイレも済ませてきたし……後はボタンを押して配信を開始するだけ。
「ふぅ……」
企業所属のVTuberとしてデビューしてから二年が立つけど、この瞬間だけは今も慣れない。
このボタンを押せば数千人のリスナーがあたしの一挙手一投足に注目する。
そこにはあたしの何気ない会話を楽しみにしている者もいれば、失言を待ち望んでいるアンチもいる。
数千人のリスナーに見守られ……監視されながら、配信をする。それがプレッシャーで辞めたいって思った時期もあった。
けど、自分がやりたい事が上手くいって、自分の成果が数字として現れる、この業界はあたしにはあっていた。
だから今日もあたしは配信を行う。あたしの配信を楽しみにしているリスナーの為に、そしてあたしのお金の為に!
「始めよう!」
配信開始のボタンを押すと共に配信者としての自分に切り替わる。
「こんばんナイトメアーー!」
恒例となった挨拶をすると配信画面のコメント欄がいっせいに動き出す。
『こんばんナイトメア!』
『待ってた!』
『こんばんナイトメア!』
『こんばんナイトメア!』
『裸待待機してた』
『こんばんナイトメア!』
ところどころに変なコメントが混ざっているけど、いつもの事だから気にしない気にしない。恒例の挨拶一色に染まったコメント欄を見てからいつもの口上を述べる。
「魔界のプリンセス 、悪魔姫 ロゼリア・グレモリーが今宵も夢の世界から飛び出てみんなに会いに来ちゃった!推してくれなきゃ悪夢見せちゃうよー」
『姫ーー!!』
『今日も可愛い!』
最初の頃はモニターにカンペを張って読んでたけど、半年も経てば流石のあたしでも覚えたね。そんなこんなで配信がスタートすれば、いつものように会話は弾む。
今日あった出来事をみんなに聞いて欲しくて、沢山お喋りしていたら気付いたら10分も経過しちゃっている!
今回の配信は雑談枠ではなくてゲーム配信!それを楽しみに来ているリスナーもいるから、そろそろ雑談は切り上げないとね。
「じゃ、そろそろみんなも待ちくたびれてきたと思うし始めちゃおうか!」
パソコンを操作して配信にゲーム画面を映す。配信タイトルとサムネイルにもなっているから、今日あたしが何をやるかはリスナーのみんなも分かっている筈。
一つだけ明かされていない事があるけど、それは後のお楽しみ!
「本日やるゲームはこちら!映画化も決まった稀代の名作『Abyss』だよー」
あたしが今からプレイするゲーム『Abyss』は成人男性をターゲットに絞って作られたもので、簡潔に言ってしまうとエロゲーである。
けど、エロ要素よりもストーリーやキャラクター、ゲーム性の方が高く評価されているっていう珍しいゲームなんだよね。
エッチなシーンもしっかり作り込んでいるから素晴らしい出来ではあるんだけど、実際にプレイしてみるとノイズに感じることがしばしば。
エロゲーをやっててエッチなシーンがノイズに感じるって凄いよね? それだけエロ以外の要素が作り込まれている証拠なんだけど。
このゲームが発売されたのは今から7年前。熱狂的なファンを作り上げた本作は、ファンからの熱望もあり全年齢版をその2年後に販売。
全年齢版を熱望されるって事は……それだけエッチなシーンがいらないって思うファンがいたって事だよね? ある意味凄いね。
全年齢版として発売された『Abyss』は発売日から売り切れが殺到するほどの大ヒット。そのあまりの人気からコミカライズされて、アニメ化もしちゃった。
原作がエロゲーとは思えないほどの反響と、開発者の熱量は凄まじく……とうとう映画化まで決定するという。すごいよねー。
そんな『Abyss』の影響はテレビや映画だけに留まらず、あたしたちの活動の場である配信業界にも届いている。
ちなみにあたしたちが配信してるのは全年齢版の方ね!流石にエロゲーの方を配信サイトで流しちゃうとアカウントがBANされちゃうし!
「アニメも盛り上がってきてるけど、意外と原作のゲームをプレイしていないって人も多いんだって」
最近のVTuber界隈のゲーム配信は『Abyss』一色!それだけ影響力があるんだよね。
言葉を飾らずに言うと、映画化もあって話題性が高い『Abyss』を配信すると、視聴者がいつもより増えるので配信者がこぞって配信しているというだけ。
そんな訳で、あたしもこの流れに乗って『Abyss』のゲーム配信をする予定なんだけど……。
「という訳で今、話題の『Abyss』をRTAでプレイするよー」
残念な事にあたしはこのゲームが初見じゃない。ぶっちゃけるとあたしは『Abyss』のかなり熱狂的なファンだったから、ストーリーやキャラクターのセリフを全て覚えている程度にはやり込んじゃってる。
当然だけど、初見プレイにはならないしリスナーが期待しているような新鮮な反応は見せられない。なら、どうしたらいいのか?そこで思いたったのがRTAだったんだよね。
攻略プレイみたいことは出来ない事はないけど、オタク全開に細かいところまで話しちゃう未来が見える。それはVTuberのキャラ的にNG。それでも配信を盛り上げたいって気持ちはある。
『Abyss』が初見のリスナーには申し訳ないけど、演技でわざとらしい初見風を見せるよりずっといいと思う。バレて炎上するのはごめんだし。
それにRTA特有の緊張感はリスナーを配信に引き込むのにもってこい! ちゃんと予習もしてきたし、あたしは何時でも走れるわけですよと!
で、肝心のリスナーの反応はというと。
『草』
『なんでだよwww』
『www』
『同期が初見プレイをしている中RTAをする女』
『流石は姫!そこに痺れる憧れる!』
『草を超えて大草原ww』
はい。予想していた通り!
同期のミリーとカレンの二人が『Abyss』の配信を始めたのは当然、把握済み。
あたしの場合はどうやっても初見プレイにはならないから二人の配信を見るのは問題なし。そういう反応するよねって厄介なファンの反応しながら応援してたからね。
それにRTAをすると決めてから同業者がやっていないかも確認したよー。当然だけど、全くいないわけではなかったかな。
けど、明らかにRTAをしている配信者は少ない!女性のVTuberだとほぼいないに等しい!
なら、これはある意味でチャンスじゃないかな?初見プレイは出来ないけど、女性VTuberの数少ないRTA走者!
『Abyss』のファンもRTA勢もあたしの配信に釘付け待ったナシ!
「だって仕方ないじゃん、あたしは既プレイだもん。みんな知ってるでしょ?」
初配信の時にあたしが好きなゲームとかも語った覚えもあるし、『Abyss』のファンが配信でコメントしてくれて拾った覚えもある。
リスナーもあたしが初見プレイじゃない事を把握しているのに、この反応!いや、流石にRTAするとは思ってなかっただけか!
『知ってた』
『この間も三時間近く夏様について語ってたもんなー』
『普通にプレイすると思ってたらRTAで笑っただけだよ、姫』
『とりあえず、RTAのチャートあく』
ですよねー。
これは完全にあたしが悪いわ。いや、リスナーの予想の上をいった自分を褒めるべき?
「ミリーとかカレンみたいに新鮮な反応は出来ないからさー、ならどういう配信がいいか考えた末に思いついたのが……R・T・A!」
『なんでそうなるww』
『普通にプレイでもいいだろ』
『草』
『これぞ姫クオリティ』
『チャートあく』
コメント欄を見るとRTA勢も待っておりますよ、と。あたしのリスナーなら『Abyss』について知ってる子も多いと思うけど、なかには初見がいると思うから、説明しながら進めていきたいね!
「って事でさっそく始めていくよ」
今回あたしがするのは『Abyss』のRTAで最も難しいと言われている夏様エンドのチャート。ラスボスである夏様の好感度がMAXな状態でのみ、見れる特殊エンディングがゴール。
通常プレイのRTAは結構多いけど、夏様エンドで走りきった走者は実は言うと少ない。その大きな理由が、運が絡む要素が多すぎるからだよ。
攻略対象である夏様は90%くらいまでは交流やプレゼント等で好感度を上げて、イベントを起こす事であげる事が可能だけど、残りの10%はダンジョンで取得出来るアイテムがなければどうやっても埋まらない。
そのアイテムの入手方法が鬼畜過ぎるんだよねー。どれだけのプレイヤーが泣かされた事か……。
「今回はハルハルさんが見つけた『強くてニューゲーム』でのチャートで進める予定です」
リスナーのみんなに今回のRTAの趣旨を説明しながら、RTA勢が気になっていたチャートを話す。夏様エンドに関しては独自チャートはまだ作れそうにないんだよね。
「RTAの日本最速記録を保持するハルハルさんのチャートを使えば、RTA初心者のあたしでもそれなりの結果は出るかなーって 」
『無理だろww』
『あの人の変態プレイは誰にも真似できない』
『料理初心者がレシピ見ただけで本格的なフレンチを作ろうとしているようなもの』
『麿のチャートは難しいでおじゃるよ』
『とりあえずがんばれー』
ぶっちゃけ、あたし程度の実力だと記録の更新は不可能だと思う。けど、走りきる事に意味があると思うんだよね。だからやるよ、あたし!
ハルハルさんのチャートはクリアデータを引き継いで初めからプレイする所謂、『強くてニューゲーム』で進めるというもの。
ただし、レベルやアイテムなど一周目で手に入れたものは全て引き継がないのが大事。
これだと初めからプレイするのと何も変わらないように思えるけど、本当に気持ち程度だけアイテムのドロップ率が上がるって言われてる。
夏様攻略に必要なアイテムはソシャゲのガチャよりも渋いから、このドロップ率をあげる為に様々な試行錯誤をするのがRTA勢。
「それじゃあ始めるよ」
『wktk』
『枠超えても終わらないとみた』
『がんばれー』
『麿を超えてみるでおじゃるよ』
『タイマー忘れてない?』
リスナーのコメントを見て、タイマーの表示をし忘れていた事に気付いてコメントを打ってくれた人に感謝しながら慌てて表示する。
といっても『Abyss』のRTAは主人公の名前を決定したところから始めるのが主流。最初に『Abyss』のRTA動画を上げた人をみんなが習った結果だね。
「主人公の名前はあらかじめ募集していたものを採用しました!今回のお名前は『亜亜阿 愛』君です!」
『草』
『ひでぇ名前ww』
『酷すぎるww』
『RTAを予想してたリスナーがいますねこれは』
『やべ、まさか採用されるとはww』
『犯人いるじゃんww』
主人公は男キャラだし、あたしの名前を付けて夏様に名前を呼ばれたら興奮しすぎて配信どころじゃない気がするんだよね。
って事で自分以外の名前にしたくて、あらかじめSNSで募集しておきました。その中からランダムで選んだ結果……これなんだけど、うん。あたしが選んでおいてアレだけど酷い名前だわ。
変えてもいいけど……特にいい名前もないし、このままいっちゃおう!
「それじゃあスタートするよ。タイマー開始!」
主人公の名前が決まると共にタイマーを起動してRTAをスタート。見慣れたムービーの後に、主人公『亜亜阿 愛』のモノローグで物語が始まった訳だけど。
「最初の1週間は全てイベントが固定なので、適当に流していくねー。ストーリーについて詳しく知りたい人は是非自分の手でプレイ!」
最初の1週間はゲームのチュートリアルの部分だから、ここでRTAのタイムが変わる事はないかな? 攻略対象であるヒロインとの出会いイベントとか、操作説明がメインだし。
自分で操作できるようになると、ヒロインの誰かと交流して好感度上げたり、主人公のパラメータを上げたりできるんだけど……今回のRTAは夏様以外に用はないからイベントが起こるまでは、主人公の育成一択。
夏様はラスボスなのもあって攻略出来るようになるのが、一番遅いからねー。さっさとダンジョンに探索できるところまでいかないと。
『操作が淀みなくて草』
『パラメーターの上げ方がガチ勢すぎるだろ!』
『さすが姫ww』
『ここまでは順調でおじゃるな』
『流石です』
主人公のパラメーターは『体力』『頭脳』『運』の3つから選んで上げる事が可能。
『体力』を選択すると経験値が貰えて一定を超えるとレベルUP。ここら辺はRPGにありがちだねー。ダンジョン探索でも経験値は貰えるけど、効率がいいのはこっちかな。
『頭脳』を選択するとダンジョンの知識が主人公が蓄えて、ダンジョンの探索が優位になるよ。ランダムで発生するモンスターハウスのようなバッドイベントの回避率が上がる。
『運』を選択するとダンジョン探索時の魔道具と呼ばれる武器や防具のドロップが増える。ダンジョンの攻略は魔道具がないと始まらないから『運』は必須!
序盤は主人公のステータスが弱いから『体力』を選んでレベルを上げるよりも『運』を選んで魔道具のドロップを増やした方が効率がいい。強い魔道具を序盤で手に入れてらサクサク進むからねー。
という訳でひたすら主人公の『運』のステータスを上昇させていると、イベントが進み亜亜阿 愛君がダンジョンの探索に向かう事になったよ。
ここで今回の最終目標であり攻略キャラの夏様との出会いイベントが起こるんだけど……。
「あれ?……なにこれ?」
『ふぁww』
『なにこのイベント?』
『なんで姫が困惑しているのか初見のわいには分からん』
『亜亜阿 愛が絡まれてるだけだよな?』
本来であれば典型的なチンピラキャラに主人公が絡まれて、夏様に助けられるっていうイベントなんだけど……あたしが見てる画面では記憶と違うキャラが主人公に絡んでる。
何度もプレイしたからこのキャラの事も知ってるけど。
「なんで中盤の敵キャラとここで会遇してるの?なにこれ?え?」
主人公に絡んでるキャラはクレイジーモンキーって呼ばれる冒険者パーティーで、ゲームが中盤まで進むと主人公の敵であるアビス教の刺客として襲いかかってくる。
パーティーメンバー全員に『猿』の苗字か名前が入っているのが特徴で、敵としてはそれなりに強いから覚えてるプレイヤーは多いと思うよ。RTAだと中盤の鬼門として扱われるし。
でも、おかしいよ。クレイジーモンキーの初登場は中盤に入ってから。 こんな序盤で、それも主人公に絡むようなイベントはなかった筈だけど……。
コメント欄もあたしと同じように困惑している。
「───なにこのイベント?」
モニターに映る同接数が爆発的に増えている事すら、今のあたしにはどうでも良かった。
あたしはただ、未知のイベントに興奮していた。




