1.出会いイベント
皆さんはリアルタイムアタックというものをご存知でしょうか?
私は暇な時にたまに見る程度でしかないので知見は浅いのですが、ゲームスタートからあらかじめ設定しておいたクリア目標までの現実の所要時間を競うというゲームの競技になります。
1秒でも速い記録を目指す極限の効率化とでも表現しましょうか。
他者が、あるいは自分が保持する記録を超える為により効率的なルート開拓を行い、失敗は許されないという緊張の中で極限の操作精度を求められる。
ゲームという娯楽でありながら、一つのミスも許されないRTA特有の緊張感や記録に対する執念は全世界の人々の心を掴み、今に至るまで愛され続けております。
ダンジョンの出現により世界は大きな変革を求められましたが、『娯楽』の部分であった漫画やアニメ、ゲームといったメディアミックスは大きな影響は受けなかったのも大きいですね。
動画配信用のプラットフォームは二世紀の間に様変わりはしましたが、人が作り出した文化は変わらず、ゲームの実況プレイやライブ配信、そしてRTAという文化は今もしっかりと引き継がれております。
私が最後に見たのは半年も前にはなるのですが、日本記録を超える為に新たなルートを開拓し、奇想天外なプレイで無事に結果を出していました。
私にとって重要なのはRTAが通常のプレイと異なるという点。ストーリーやゲームを楽しむ通常のプレイと違い、RTAの走者は記録だけを求めます。たった一秒を縮める事に命をかけて望んでいるのです。
私が見たRTAでは数秒を縮める為にあえてヒロインを助けないなんて、選択をしておりました。
通常プレイならば『ヒロインを助けないと!』となるところをRTA走者は数字の為に平然と見捨てる。そういう方々なのです。
数字の為なら道徳を度外視した選択を平然と選ぶ。そこにあるのは極限までに洗練された効率的な行動です。
なので、主人公の名前が適当な事も多々あります。名前は入力速度を考慮して『ほも』とします、なんてふざけた理由で哀れな名前を名付けられた主人公を多く見てきました。
そう考えると、亜亜阿 愛はまだマシに思えますが、明らかにふざけて名付けられていますね。普通の感性で付けられる名前ではありません。
彼がRTAの走者が操作するプレイヤーだとすれば、私に彼の動きを読む事は出来ませんね。知人から明かされたのはこの世界の大まかな設定やストーリー、それに付随する未来。
主人公が取れる選択肢には目を通しておりますが、プレイヤーの行動全てを予測する事は出来ません。奇想天外の動きをするRTA走者なら尚更。
いえ、そもそもプレイヤーが存在するのかすら現段階では定かではない。プレイヤーの名前しか判断材料がありませんので。
この世界がゲームを基準とした世界なのか、はたまたゲームそのものの世界なのか……どちらにせよ私に判断する事は不可能な以上、今はプレイヤーについては保留としておきましょう。
仮に主人公を操るプレイヤーの存在があるのであれば、私に対して敵愾心をお持ちでないことを祈るしか出来ませんよ。世界の外側にいる存在に私は干渉する術を持ちませんから。
手出しの出来ない外側の存在について考えるよりも、目の前にいる生きた人間を相手にした方が手っ取り早い。
知人から仕入れた情報で主人公についてはよく分かっております。なので彼をこちら側に引き込む事は難しくない。
彼の心をとり、いずれは私の手足として働いて貰いましょう。
「頭を上げてください」
お礼の言葉と共に深く頭を下げていた亜亜阿 愛君に声をかけると、ゆっくりと顔を上げた彼と目が合います。
───そこにあったのは桜色の瞳。
ゲームの世界だからと、言われれば腑には落ちますが……ほんの一週間前まではこの世界の人間はこれほどカラフルではありませんでしたよ。本当に頭の痛い話です。
「何はともあれご無事で何よりです。あっ……そういえば名前を名乗っておりませんでしたね。私は早乙女 夏樹と申します」
「よろしくお願いします!」
「はい。よろしくお願いします」
花が咲くような笑顔。それを男性がしているのですから、なんとも反応に困りますね。
それはさておき。改めて、主人公───亜亜阿 愛君を確認してみましょう。
大きくぱっちりとした桜色の瞳。本来であれば瞳を覆い隠す程に長い前髪を、髪留めによって目にかからないようにしております。
男性にしては長めの髪ですね。特徴的な桜色の髪は背中の中間辺りまで伸びており、首元で一つに纏めております。
手入れをしっかり行っているのか髪に艶があります。あまりに美しいものですから、思わず髪を手に取ってみたいと欲に駆られる者もいるかも知れません。
目鼻立ちの整った美少年と呼ぶに相応しい容姿。設定によると成人しているようですが、顔つきは幼いですね。女性物の服や化粧をすれば、女性に見られても可笑しくないでしょう。
そんな亜亜阿 愛君の容姿も相まって、亜亜阿 愛君と私のカップリングがあるとかないとか。出来ればない方がいいですね。
身長は170cmほど。体格は中肉中背。体つきを見るだけで体を鍛えていないのが分かります。
亜亜阿 愛君に才能があるのは知っていますが、それでも冒険者になるには最低限のスペックは必要。狭き門を潜るには彼の肉体はあまりに軟弱。
この場にいて冒険者と名乗っているのであれば、彼も資格をお持ちという事ですが、多くの冒険者は彼を見て試験に受かるとは思わない。扱いとしては国家資格ですからね。
クレイジーモンキーの皆さん絡んでいたのも、そういった侮りもあるでしょう。私の場合は既に答えを知っておりますので、複雑な心情ではありますが理解は出来ています。
亜亜阿 愛君が冒険者になれたのは彼自身の努力や才能ではなく、裏金です。
知人から聞いたストーリーによりますと主人公は幼少の頃から友情を育んだ親友が『アビス教』の信徒によって殺害される現場を目撃してしまいます。
目撃者を消す為に命を狙われた主人公は悲鳴を聞いて駆けつけたヒロインの助けもあり、命からがら逃げ延びる事に成功。
その後は様々なヒロインとの出会いイベントを重ねた後、親友の仇を取るために主人公は冒険者になる事を決意します。
体を鍛えて、必要な知識を蓄えて冒険者になる為の前段階として資格試験に挑む!かと思えば、ゲーム的な事情なのか……主人公は資格を不正取得します。
というのも親友を殺した諸悪の根源───アビス教に追われる主人公は逃げた先でとある女性に保護されました。
設定によりますと、ボンキュッボンの妙齢の美女だそうですよ。その女性は政界にも大きな影響力を持つ大富豪だそうで、金の力や政治家の後暗い事を知っていたのもあり、主人公の為に手回しをして資格を不正取得出来たようです。
見返りに肉体を求めているので、善行による行いではありませんね。不正取得については、まぁいいでしょう。私も裏の世界に生きる住人。汚いことの一つや二つ気にする事はありません。
こうして、資格を不正取得した主人公は冒険者の一人としてダンジョンの探索を行うわけです。彼には才能があったので遅かれ早かれ資格は取得出来ていたので、……まぁ時短ということで。
それにしても、亜亜阿 愛君が今身につけている防具もその富豪が用意したのでしょうかね?資格を取得したばかりの新米冒険者が身につけれる代物ではありませんよ、これは。
冒険者であれば必ずは耳にするブランドの最高級品の防具。これを新米の、それも男性の冒険者が身につけていたら……やっかみも生まれますよ。
騒ぎの原因が分かった気がしましたね。やはり人の嫉妬は怖いものです。
ん?
不意に亜亜阿 愛君から視線を感じました。
まるで値踏みするような視線。上から下、そして身につけている装飾品を見ている?
「早乙女さんは……冒険者ですか?」
恐る恐ると、いった様子で亜亜阿 愛君が尋ねてきます。
現在地はダンジョン前の広場です。此処に用事があるのは基本的に冒険者か、ダンジョンを管理する役人だけ。
血気盛んな冒険者が集まるような場所に、この世界の男性は足を運びません。その為、この場に居るというだけで答え合わせになる訳です。
ですが、今の私はダンジョンを探索する為の装備はしておりません。社会人らしく、服装は黒のスーツで整えておりますのでパッと見だと判断に困りますよね。
役人の可能性も考慮しながら聞いてきた感じがしますね。
「はい。私も冒険者ですよ。一応ランクはCランクですので、先輩になりますかね?」
胸ポケットから冒険者の資格証を取り出して亜亜阿 愛君に見せます。彼の目には『Cランク』と表記されたモノが見えている筈です。
冒険者のランクはG~S。ランクによって進める階層が制御されておりますので、Cランクですと私が進めるのは50階層までですね。
私の本来の資格証であれば制限なく進む事は出来ますが、残念ながら政府によって取り消しをくらってしまいました。
なので、私が亜亜阿 愛君に見せているのは偽造されたものであり、正規に発行されたものではありません。主人公と同類ですね。
不正取得した彼と、偽造している私。目的の為ならば手段は選ばない性格。憎む敵もまた、同じ。なるほど……ゲームにおいて彼と息が合うわけです。
「亜亜阿 愛君はまだ駆け出しの冒険者ですよね?良ければ私がダンジョンの探索についてはお教えしましょうか?」
「いいですか!?」
「私で良ければ」
「是非お願いします!」
知人によれば私が主人公の仲間に加わるのは、ダンジョンで彼と共闘した後。未熟ながら、将来性を感じる主人公の戦いに価値を見出したのでしょうね。
それはゲームの話。
私は既に知人から主人公がどれくらい強くなるかをあらかじめ把握しております。彼の有用性もね。
なら、わざわざゲームのイベントを待つ必要はありません。この段階から友好を育み、私の手で育て……最強の冒険者として、アビス教と戦って貰いましょう。
「ただ、今日は私は予定があるので後日でも構いませんか?」
「大丈夫です!師匠が大丈夫な時に連絡ください!!!」
───私はいつのまに師匠になったのでしょうか?おかしいですね。




