4話
同時期に入社した年下の女の子が職場に来なくなった。
私にしては珍しく話の合う子だったので少し残念だったが、まぁあの子なら辞めてもおかしくはない。深く考えずに過ごしていた。
「浅井さん、ちょっといい?」
上司に呼ばれ、仮眠室で食べていたパンを飲み込みながら顔を上げる。
「はい?」
上司は周囲を見回してから、私の隣に腰かけ、耳元で囁いた。
「あなたと一緒に配属された子、新島さんだけど……」
あぁ、あの子ね。名前そんな感じだったっけ。
頷いて続きを促したが、上司は妙に言い淀む。
「…………」
……え、なにこの重い空気。
数秒後、意を決したように私と目を合わせる。
「今日は早上がりにするから、様子見に行ってくれる? 心配なの。どうしても」
……え?
「住所はここに書いておいたから」
いや、そういう問題じゃない。
立ち上がろうとすると肩を掴まれて座り直される。
「頼むわ。あの子と仲がいいの、あなたぐらいしかいないから。家にいなかったら帰っていいからね」
「いや無理です、私そういう――」
「じゃあ頼んだわよ」
スッキリした顔で上司は部屋を出ていった。
……ええぇぇぇ。
いっそクビの宣告の方がマシじゃない?
仮眠室を見渡すと、その場の全員が目を逸らした。
⸻
というわけで来ました。
『後輩の家に突撃してお見舞いしてあげようの旅』 の開催です。
ヒューヒュー口笛を鳴らして気分を上げてみる。
……辞めよう。虚しくなるだけだ。
貰ったメモを見返すと、住所は間違いなくここ。
こじんまりしたマンションで、家賃も安そうだ。
202号室――2階か。
階段を上ると、ポストから郵便物がはみ出している部屋があった。
……あれだな。
嫌な予感が走る。
とりあえずインターホンを押すが反応はない。
手袋をはめ、ポストから郵便物を抜き取って部屋を覗く。
明かりはなく、埃っぽいが放置されて長いわけではなさそうだ。
郵便物の一番古い日付は一ヶ月前。
さーて、ドアは……。
ドアノブを引くと、不気味な音を立てながら――開いた。
……開くんかい。
靴のまま上がると、思ったよりはマシな状態。
家を空けてそこまで時間が経っていないのがわかる。
困ったな。
どこ行ったなんてわかるわけない。
電話帳でもあれば……いや今どきの子は使わんか。
寝室に入ると、ベッドの上に妙に豪華な手紙が置かれているのを見つけた。
「なんだこれ」
金の文字と花の装飾。招待状らしい。
場所は……街の中央通りから少し外れたあの高級店の並び。
ここの家賃からしてそんなところに行く金あったのか?
……まぁいい。様子だけでも見に行くか。
⸻
そして、来てみたわけだが……。
デケェ……。
語彙力が死んだ。
石畳の道の時点で察しはついていたが、白い大理石の壁面がドンッと視界を塞ぐ。
深紅の絨毯が敷かれた大扉。金持ち以外お断りオーラがすごい。
ドレスコードとかありそう。今の私じゃ無理じゃ?
そう思いながら入口へ向かうと、軽鎧の近衛兵に止められる。
「あ、招待状あるんですけど」
「ダメだ。出直してこい」
まぁそうよね。
「じゃあ頭痛いんで、中のトイレ貸してください」
「いいわけあるか。ダメだ」
きっぱり断られる。
「えぇー、私、はるばる田舎から来たんですよ〜???」
「ダメだ」
「あり得ないんですけど〜???」
過去に見た嫌な女を思い出しながら真似してみたが、
近衛兵は顔を顰めて「嫌な女だ……」と呟き、それでも「ダメ」の二文字。
ふむ。嫌がらせ演技で突破を狙ったが無理か。
バカの真似は二度とやらん。
一応謝って踵を返す。
さて……服を整えれば入れるのか?
どこで買う?財布の中身は?
「すみません」
悩んでいると声がした。
振り向くと、170cmほどの優しげな女性が微笑んで立っている。
「お困りのようですね」
「はぁ、まぁ……」
無意識に一歩下がり周囲を確認する。
ここは大通りだ、叫べば何とかなる。
「私に手伝わせてくれませんか?」
「結構です」
言い切って交番の方へ歩き出す。
すると女性は私の腕を掴んで慌てた。
「ま、待ってください!話を!せめて話だけ聞いて!」
「結構です」
断固拒否して進もうとするが、力が強くて動けない。
くっ……女だからって油断した。体幹がエグい。
「これ!これ見て!」
「……なんだよもう」
しつこさに根負けして振り向くと、
女性は煌びやかな刺繍の手帳を掲げていた。
なんだそれ。
興味に負けて足を止めると、彼女は嬉しそうに咳払いし、
「中をどうぞ」
と言う。
訝しみつつ開くと、軍服姿の男の写真と部隊名が記されていた。
『ギャランドゥ騎士団』
『第一団隊長 マウハ・ウァート』
騎士団。
この世界の図書館で見た警察的組織だ。しかも結構上の位。
……でも本物かわからん。
刺繍は細かくて豪華だが、私に美術眼はない。
「あ、っっやしー……」
「ここに来てまだ疑うんですか」
いや、疑う要素しかないんだが?
ジト目で見上げると、彼女――ウァートは「まったく」と首を振る。
なんかムカつく。
「お呼び止めしてすみませんが、こちらはあなたを拘束できる権利があります。ついてきてくださいますね?」
……その疑問符は“圧”の疑問符だよね。
薄く息を吐き、渋々頷く。
どれだけ怪しくても、本物だったら断った瞬間マズい。
様子見に行くだけだったはずなのに――
なんかどんどん巻き込まれてる気がするなぁ……。




