3話
あれから数日が経ち、私はこの世界の生活にもだいぶ慣れてきた。
物や見た目は違うが、使い勝手は似ているため意外とどうにかなる。
……ところで言っていなかったが、私の職場は 普通に市役所みたいな場所だった。
ただの会社員だったはずの私からすれば、とんでもなく出世している。給料もいい。しかし――忙しい。
多分、元の世界より忙しいぞこの市役所。何せ人口も人種(?)も桁違いだ。書類をまとめるだけでも一苦労だった。
疲れのせいか、思考は歪み、背も丸くなる。
あ〜、さっきのアレ絶対カスハラだったよな。
もういい。顔は覚えた。毎日呪っとこ。
苛立ちを抑えながら、道の途中にある酒場へ寄り、適当におつまみと菓子を買い込む。
――そうです。今日は勇気を出す日なのだ。
カルドランさんに借りた金を返しに行くのである。
いや、本当に悩んだよ。あんな怪しい人に自分から関わりに行くなんてさ。
でも借りたままは駄目だろ。しかもいい歳した大人が。
何度も自分に言い聞かせ、名刺に書かれた住所へ向かうと、目的の建物らしきものを見つけた。
ふむ、見た目は普通の西欧風だ。少し気取ってはいるが。
石造りの外壁、アーチの窓。入口には銀色の文字で店名。
『酒場 シャヴァナー』
……あれ、店名違わない?
名刺を見直しても住所はここだ。どういうことだ。
少し悩んだが、せっかく来たのだし歩道で突っ立っていても邪魔だ。
覚悟を決めてドアを開けると、カランコロンと心地よいベルが鳴り、アルコールと果物の甘い匂いが流れ込む。
さっきの酒場はスパイス系だったが、ここは甘い香りだ。
店内は小さなロビーで、木製の椅子とカウンター。その奥の受付で、ゴールドヘアの美人がコップを磨いている。
うっわ……存在感強!?オーラありすぎ。
思わず見惚れ、まつ毛や髪の輝きに目を奪われる。
女性はふと視線をこちらへ向けた。ターコイズブルーの瞳がつり目に映えている。
そして――耳が長い。……エルフじゃん。そりゃ美しいわけだ。
女性の無表情に気圧されつつ受付に近寄る。
「すみません、少しお聞きしたいことがあって」
「下着の色ですか?」
「聞くわけねぇだろそんなこと」
凛々しい声とのギャップで余計に驚く。
いや、私そんなジロジロ見てた?変態だと思われてる?……く、確かに不躾だった。
「そうではなくて。マルチ護衛株式会社ヨースターを探していまして」
話題を変えると、女性は「なるほど」と頷き、革表紙の本を差し出した。
開くと、ヨースターの料金表。どうやらこの建物と併用らしい。
「生憎ですがヴァンは不在です。先に依頼内容を」
万年筆を構えるので慌てて止める。
「あ、依頼じゃなく。この前助けられたので、支払いとお礼を渡したくて」
女性は手を止め、じっと私の顔を見る。
うわ……美人の無表情ファンサ怖……。
「なるほど。失礼しました。ヴァンは先程出たばかりです」
ああ、すれ違ったか。まあ都合はいい。
……というか今の無言タイムなんだったんだ。
「じゃあ預けるので渡しておいてください」
封筒と袋を差し出すと、女性は無表情のまま中身を確認し始める。
毒が入ってないか調べてるのかな、とか考えつつ、会話が弾みそうにないので黙る。
手持ち無沙汰に店内を見回す。客はいない。従業員も……いない?
「従業員は私一人でございます」
「え?……あ、あぁ。そうなんですね」
心を読まれ狼狽える。女性は気にせず淡々と続ける。
「ヴァンに関わるのはやめた方が良いかと」
「?」
「あなたから、ろくでもない運命が見えます。それもとびきり厄介なものが」
「……はぁ?」
元カノのだる絡み?いや、違うか。もしくは占い系?
困惑しながら見返すと、女性の瞳の奥に、宇宙のような青い輝きが一瞬だけ宿った。
息を飲む。瞬きすると消えている。
なんだ今の。吸い込まれた?
「確認終わりました。毒は入っていないようで安心しました」
……とんでもない一言を添え、彼女は初めて微笑んだ。
私は釣られて愛想笑いを浮かべ、胸が少し高鳴る。
帰ろうとしたその時、扉が乱暴に開きベルが煩く鳴る。
「トリーナさん!ヴァンさんいる!?」
小太りの中年男が駆け込んでくる。
「先程出ましたよ。戻るまでまだかかります」
トリーナ――女性は楽しそうに笑う。
え、めっちゃ笑うじゃん。やっぱ嫌われてたんだ私……。
男はため息をつきつつ腰を下ろし、汗を拭く。
「あの事件のことを話したかったのに」
「事件?」
聞くつもりなかったのに反応してしまった。
「知らないのかい嬢ちゃん!」
いや最近来たんだよここ……。
事情を話すと、男は首を振り、
「知らないとは、とんだ田舎モンだ。この街じゃあの事件で持ち切りだよ」
その言い方は気になる。
怖いけど、好奇心が勝ってしまう。
「教えてやるよ。その事件は――」
「その事件は……?」
「 神隠しだよ。 」
…………はぁ?
「しかも頻度が異常だ。前は年一だったのが今や月に1、2回。狙われるのは若者だって話だ」
「へぇ」
「へぇじゃないよ!」
もう興味失せた。
だが男はムッとして続ける。
「監視カメラにも魔法探知機にも映らず消えるんだぞ!普通じゃない!」
「悪魔は滅多に出ませんよ」
トリーナが淡々と断言する。
「だがなぁ、こんな証明できない消え方されると、魔王の再来じゃないかって疑っちまう」
二人は楽しそうに話を弾ませる。
――そうだ、ここファンタジー世界だったわ。
そりゃ話についていけない。
疎外感で胸がじんわり痛む。帰ろう。
荷物を持って出口へ向かうと、
「気をつけなよーお嬢ちゃん!」
と呼びかけられ、手だけ振って外へ出た。




