2話
なんも書く事ねぇ
SFとファンタジーが混ざり合ったこの世界には、本当に何でもあった。
ATMもファミレスも、魔王が入れた伝説のヒビの観光名所も。世界観はめちゃくちゃだが、どうやら戦争が少し落ち着いた後の時代らしく、案外みんな普通に暮らしている。
飯も美味かった。というか普通だ。拍子抜けしたが、楽に生きられるならそれが一番だ。
──しかし、問題は突然やってくる。
ファミレスの会計前。
カバンの中を何度見返しても、財布がない。
すられた? いや、それは絶対にない。
自分で言うのもなんだが、私ほど馬鹿みたいに他人を警戒している人間はいない。
じゃあ何故か。
答えはひとつ。
財布を家に忘れたぁぁぁぁ!!!!!
やばい。死ぬほどやばい。
せめて店に入る前に気づけよ私。どうする? GOする?
いや、ふざけてる場合じゃない。誤魔化して家に戻る……いやアウトだ。それ倫理観が死んでる。
冷や汗が全身の穴という穴から噴き出しながら店員のお姉さんを見ると、気まずそうにこちらをチラチラ見ている。
分かってる。
「早く金払えよ」って言いたいんだろ。でも無いんだ現金もカードも。
仕方ない。覚悟を決める。
「す、すみません……財布忘れてしまって……」
「あ、でしたら──」
「切腹するのでそれで勘弁していただけないでしょうか……?」
「え?」
店員の目が驚きすぎて逆にしぼむ。
分かる、その反応。無銭飲食かよって思うよね。
「切腹でお願いします」と繰り返したあたりで、店員が焦って首を傾げる。
あ、ここ切腹という概念ないのか?
「あー……侍の切腹です。腹切り。腹を切らせてください」
「!?!?!?」
驚き方が加速してる。次でショック死しないだろうか。
「こ、困ります!」
「本当にすみません。でもお金がないので……」
平謝りしながら、さっき広告で配られた小刀を懐から出して鞘を抜く。
「お、お客様!? お客様ぁぁ!!?」
辞世の句まで読み、覚悟を決めたその時。
「すんませーん。会計お願いしまーす」
店員も私も、同時に声の方を振り向く。
「ついでにこの姉ちゃんのも一緒で頼むわ」
男は珠玉みたいな瞳で私をチラッと見やり、黒髪をかき上げながら指さす。
店員は驚きつつも安心したように、男が差し出した伝票を受け取ってレジを打ち始めた。
「え、あ、ちょっ──」
わけも分からず止めようとした瞬間、180は余裕で超えるがっしり体格に肩を軽く抱き寄せられ、「まぁまぁ」と言われる。
いやいやダメだろ。
男はカードでサラッと支払い、そのまま店の外に連れ出す。
後ろを見ると店員さんが「ありがとうございましたー!」と元気に手を振っていた。
しばらく肩を掴まれたまま呆然とし、大通りに出たところでようやく離される。
「あ、あのお金!」
「ん? ああ、要らねぇよ。あんぐらい」
男は軽く笑った。
「ぐ……じゃあ切腹させていただきます」
「いや要らねぇって。何聞いてんだ姉ちゃん」
礼をしようと色んな案を出すたびに拒否され、私が喋れば喋るほど男は遠慮なくドン引きしていく。
やばい。このままだと“ろくでもない大人”の烙印が押される。
「姉ちゃん、見ねぇ顔だな」
話題を逸らしたのか、ただのマイペースなのか、男は私を頭から足まで観察するように視線を動かした。
トリップ……は絶対言わない方がいい。頭おかしい人だと思われる。
「あ……えっと、田舎から上京してきて」
「へぇ。こんな街に? 言っとくけど、ここ他より治安悪いぞ」
視線につられて周囲を見れば、路地裏に怪しい影、大通りで揉めてる異人同士。
あ〜……なるほど。
なんでも取り込んだ結果、バランスが崩れてるのか。
道理でさっきから何度も男にぶつかられてるわけだ。財布スるつもりだったな。持ってないけど財布。腹立ったから吹き飛ばしたけど。こう見えてフィジカル強いんだ私は。
「その様子だと、もう何回か酷い目にあったみたいだな」
ため息つきながら、どこか楽しそうに笑う。
なんだコイツ、人が酷い目にあってるってのに。
ジト目で見返すと、男は名刺を差し出してきた。
【マルチ警備株式会社 ヨースター
社長 ヴァン・カルドラン】
「うわ、うさんくさ」
「おい」
言ってから口を閉じた。遅い。
「今更閉じても遅ぇよ。聞こえてるから全部」
名刺の“マルチ”が余計怪しい。
しかも社長って……。
改めて観察する。
気だるげで頼りない雰囲気。
服は冒険者っぽくて若い。
瞳は死んでるのに宝石みたいに綺麗。
腰には大ぶりの剣。
……あ、これ危ない人だ。
「まぁ頼りなさそうに見えるだろうが、一応修羅場はくぐってんだよ。なんかあったらうち使え。初回クーポンあるし」
軽口を叩きながら肩を叩かれ、妙に重みを感じて心がざわつく。
……こっっわ。
「頼りにしてます」
完全に世辞。だがカルドランは気にせず「待ってるわ」と飄々としている。
「護衛だけじゃねぇぞ。力仕事も相談も何でも乗る。冒険者だよ」
それただの何でも屋では?
愛想笑いしながら相槌を打つと、カルドランは視線を彷徨わせ──
「あ〜。いい機会だし、悩んでることぶちまけてけよ」
「……はぁ?」
「死ぬのなんて、その後でいいだろ」
その言葉にスッ……と脳が遠のく。
え、今私慰められてる……?
そう思った瞬間、頭が熱くなる。
「わ…………」
「ん?」
覗き込んできた瞬間、
「私を憐れむな!!!」
6秒もった。むしろチャージしてしまい、胸ぐら掴んだ。
「お前ほどの男前に憐れられるのが一番心に来るんだよ!!」
「ちょっ……落ち着──」
「落ち着けるか!!!」
「ぐぇ」
降参ポーズを取るカルドラン。けど苛立ちは収まらない。
「だ、誰かぁぁ! 近衛兵ーー!!」
ふざけて叫ぶのでガンガン揺すると顔が青ざめたので手を放す。
「……とにかく。死ぬつもりじゃなくて責任を取ろうとしただけなんです。武士道の精神です」
弁明すると、カルドランは汗を拭いながら言った。
「よく分かった。つまりアンタはヤバいやつだ」
「何の話聞いてたんだお前」
深く頷くな。
殴るか? 殴ろうか?
拳を握ると、カルドランは吹き出して笑う。
「待て待て。バカにしたわけじゃねぇよ。
嬢ちゃん、新参で気弱そうだったから心配してたんだよ。その調子なら安心だわ」
……なるほど。
全部お節介の一部だったわけか。
拳の力を抜く。
「ホント、想像よりイカれてて安心したわ。この街でも十分やってける」
「どう聞いても罵倒だろ」
やばい。ペース握られてる。ムキになってしまう。子どもか私は。
「では、何かあれば連絡するので今日はこれで」
「あ、ちょい待て」
早口に切り上げようとすると止められる。
「名前くらい教えてけよ。呼びづれぇだろ」
「権野裏 権蔵です」
適当に答えて駅へ向かう。
絶対振り返らん。
後ろから「無茶だろそれ」と聞こえたが無視。
関わるべきではない。……もう遅いかもしれないけど。
あ……! ……お金……。




