どうか、お元気で
お久しぶりです。
良かった。
ちゃんと私がわかりますね。
安心しました。
そして、少しだけ……いえ、なんでもありません。
今更何をしに来たって?
そうですよね。
普通そう思いますよね。
あなたの気持ちは分かりますので私も手短に済ませます。
では。
単刀直入にお伝えします。
私、他の人のところに行くことになりました。
はい。
そうです。
確かに私は生き物ではありません。
はい。
そうです。
私は人間が『才能』って呼ぶ存在です。
向き合わなくなっても『私』はいつまでも自分のものかと思っていましたか?
ごめんなさい。
違うんです。
『私』は他の方のところに消えていくものなんです。
『私』が居なくなれば、あなたのもとに残るのは亡骸だけです。
亡骸は成長しませんよね。
幸い死んでいるから、もっと酷くなるなんてことはないですけれど……。
違います。
あなたを傷つけるために来たのではないんです。
ただ、お世話になったから来たんです。
ほんの一時ですけれどあなたとは一緒に夢を目指しましたしね。
結局、夢は破れてしまいましたし、それに諦めてしまいましたけれど……。
あなたが夢見たもの。
もしかしたら、次のパートナーは叶えてくれるかもしれません。
だから安心してくださいって……そう言いに来たんです。
ただそれだけです。
本当に。
止めてくれないんですね。
そうですよね。
わかっています。
あなたが私から離れるまでに色々あったこと知っています。
勉強も仕事もお付き合いも友人も家族も……。
わかっています。
仕方ないって。
わかっています。
……それではこの辺で失礼します。
今までありがとうございました。
***
奇妙な夢から覚めた私は少しだけ泣いた。
唐突な涙に夫は心配して仕事も休んだ。
子供も心配して学校を休むなんて言い出したけれど、どうせ学校を休みたいだけだろう。
子供を見送った後、夫が入れてくれたホットミルクを飲みながら夢の内容を話そうかと思ったけれどやめた。
夫も色々諦めたのではないか、なんて考えてしまったから。
昼頃には心が落ち着いた。
夫と二人でご飯を食べていると、夫がふと私達の子供の話をしてくれた。
「あいつ、国語が得意科目なんだってな」
「そうね」
「この間、自分で小説を書いていたよ」
甘いミルクの味が鈍くなる。
砂糖が完全に溶けていなかったのだろうか。
「まだ七歳なのにね。内容はまぁ、子供じみていたけれど」
夫の言葉を聞きながら私は何とか口の中に残るものを飲み込む。
「小説を」
なんとか呟いた言葉にはミルクの熱が微かに残っていたような気がした。
「君の影響かもな」
「そうね」
ぽつりと落ちた言葉は日常に溶けて、やがて消えた。




