79. 苦手なもの
「ちっ、結界の外まで吹っ飛んだのっ? ムカつく幸運ねっ」
揚羽は、そう言いながらも、途中で事実に気づく。
(……待て、違う。こいつは初めから計算してたんだ、そっちに吹っ飛ぶように。それによって、犬を守るのと同時に自分を結界の外に出したのかっ!!)
桜のほうを見ると、桜は不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
その笑みを見て、揚羽が焦り始める。
(くそっ、これは戦闘経験の差だっ。やっぱりこいつは強い! さっき仕留められる時に仕留めておくべきだった!!)
危機感を感じた揚羽は、すぐに喜之助のほうを向いて言った。
「まずいよっ! 喜之助、もう一回あいつに糸をっ……」
揚羽の言葉を遮って、桜が「もう遅い!!」と叫ぶ。
それと同時に、道山が右手を高く突き上げて咒文を結んだ。
「走れ言霊、極硬岩衝!」
――ゴゴゴゴゴオォォォォォォォォッ!!――
その瞬間、道山の右手の上空に、青白く光る巨大な岩石が出現する。岩石は、空中でゆっくり回転していた。
「な、何あれっ!?」
それを見て、揚羽が怯む。
「言っただろ、拳二百発分だあーーーーっ!!!!」
桜が叫ぶと、道山が右腕を振り下ろした。
――ゴオォォォォーーーーッ!!――
巨大な岩石が、轟音とともに喜之助に向かっていく。
『なっ、なにぃぃぃぃ!!』
――ドゴオォォォォォォォォンッ!!――
次の瞬間、喜之助に岩石が直撃し、喜之助が遥か沖のほうまで吹っ飛んだ。
『ぐああぁぁぁぁぁぁ!!』
「きゃああぁぁぁぁっ!!」
喜之助と共に、感覚を共有する揚羽も衝撃を受ける。
「……あが……がはっ……」
揚羽はふらふらになり、そのまま倒れるように両膝を砂浜についた。
「んぐっ!」
両手をついて、痛みで意識が飛ぶのを何とか堪える。
「はあっ、はあっ。痛い。体中が痛いっ」
何とか意識は維持できたが、体中を骨折したような痛みが襲っていた。
苦痛に悶える揚羽のもとに、桜が歩いてくる。
「おいっ、さっきはよくもやってくれたな?」
「ぐっ、くっ、くそ」
揚羽が這って桜から逃げようとするが、そんな揚羽の背中に、桜はドスンっと腰掛けた。
「あがっ、やっ、やめ……」
「アタシはねえ、糸なんか使わなくても相手を操れるのよ。とりあえず、お前を謝らせてみよっか? おい揚羽、アタシとパロに謝罪しな」
「だ、誰がお前らなんかに……」
揚羽に話す機会を与えることなく、桜が後ろから揚羽の顎の下に両手を回す。そして、そのまま揚羽の顔を自分側に引っ張り上げた。いわゆる、キャメルクラッチである。
「あがあーっ。わっ、分かった……。分かったからやめてっ」
海老反り状態の揚羽が、すぐにギブアップする。
「何だよ、根性ねえじゃねえか。アタシはあんなに頑張ったのに。お前ももうちょっと頑張れや」
そう言うと、桜は揚羽の顔を更に引き上げた。
「んがあぁぁぁぁっ」
揚羽の目に涙が溜まり始める。
「やめ……謝るから……ごめ……なざ………い」
――ガクッ……――
揚羽は、ちょうど謝罪を言い終わったところで、結局意識を失った。
「ちっ、つまんねえなあ。これからもっとイジメてやりたかったのに」
『もう勘弁してやりなさい、桜』
やり足りない桜を、道山が宥める。
「だってさあ、道山。この野郎、アタシが動けないのをいいことに散々ひどいことしたじゃん」
『それで私たちは逆に助かったじゃないか。もしこの娘が未熟でなく本当の強者だったら、あの瞬間すぐに私たちの魂帯を切っていただろう。そうしたら、私たちはその時点で負けていた』
「確かに、まあ、そうだけど」
『良い勉強をさせてもらったと思いなさい』
「ちぇー、分かったよ。じゃあ、あとは魂帯をお願いね」
桜に言われ、道山が揚羽と喜之助のあいだの魂帯を引きちぎる。
『ぬんっ』
その結果、沖から揚羽のもとに戻ろうとしていた喜之助が、悲鳴とともに散失した。
宿主の揚羽は、すでに気絶していたので、少しピクっとしただけで大きな反応はない。
「ありがと、道山。さて、これで隊外構成員たちへの被害が少しでも減るといいんだけどね。でも、やっぱ創世会の本部を叩かなきゃ無理かなあ。まだまだ信者はいるだろうし。相手が創世会だってはっきりした今、これから戦いはもっと激しくなるわね」
『では、今日みたいなことがないように、もっと厳しい訓練をしていかなければいけないな』
「今よりもっと? ひ~っ」
桜が苦い表情を見せると、道山は優しく微笑んだ。
その微笑みが、この早朝の戦いの終わりを告げる。
桜は、それから椿木に連絡をし、後処理を隊外構成員に任せた。電話が終わると、すぐにパロのもとに駆け寄る。
「パロ~。怖かったでちゅね~。もう大丈夫だからね~」
桜は、パロを抱っこしながら、パロの頭を何度も撫でた。
パロは嬉しそうに、短い尻尾をパタパタと振っている。
『パロも無事でよかったじゃないか』
「ほんとよ。ねえ、パロー。あっ、道山もちょっと撫でてみる?」
『っ!! いや、いい……」
道山は、一瞬ビクッとしてから目を逸らした。
「??」
桜は、その道山の行動に違和感を感じる。
「いや、遠慮しないで。ほらー」
『……いや、いい』
道山は、なぜか分からないが、その時だけ桜と一切目を合わせようとしなかった。
「道山、なんか挙動不審なんだけど……」
『なっ、何を言っているんだ。至って普通だ』
「じゃあ、こっち向きなさいよっ」
『……いや、いい。海を見ていたいのだ』
道山が、ごまかすように遠くの海を見つめる。
「道山……前から思ってたんだけどさあ。道山って、もしかして犬が怖いの?」
『なっ、何を言ってるんだ!? そんなこと、あるわけないじゃあないか。霊体で触れないから、触らないだけだ』
道山は、桜のほうを見て、説明しながら顔を赤くした。
「じゃあ、撫でる真似だけでもしてみてよ。可愛いよ」
『……いや、いい』
道山が、またそっぽを向く。
「やっぱり怖いんだっ!! 意外~~~~。じゃあ、もっと近づけちゃお。ほらっ、ほらっ!」
『やっ、やめろっ。やめてくれ!! こっちに来るなっ。ひ~~~~っ』
桜はパロを掲げて、笑いながら道山を追いかけた。




